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ラスティア国2

138 茶会2

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魔法陣のある地下室の前まで、ヴィヴィアンは魔力を使って高速で向かう。

地下室の入口付近で人の気配を察知し、側にあった見張り塔の陰に身を潜めると…一瞬だけチラリと状況を確認する。

【ハッ!】

気付かれないよう…壁にピタリと背をつけたヴィヴィアンは、たった今目にしたものを頭の中に映し出す。

男性が、抱きかかえた女性に覆い被さる映像だ。

【…え?】

念の為、もう一度確認。今度はじっくりと。

【あらあら?】

人目を忍んで熱い口付けを交わしている男女は、装いと髪色から、アシュリーとレティシアの二人だと分かる。

【嘘!レイったら…!!】

奥手だと思っていたアシュリーが、予想を裏切ってかなり積極的だったのを目の当たりにして、ヴィヴィアンは『これがアヴェルの遺伝子か』と感嘆した。



名残惜しそうに、お互いの唇を啄んで離れる二人。

アシュリーは熱を孕んだ蜂蜜の如く甘い瞳でレティシアを見つめ、宝物を抱えるようにして一歩二歩と…宮殿を目指して歩き出す。



【何て…イイ顔を…】

滾る想いを凌ぎ切れないアシュリーの心が透けて見える表情、それを素直に受け入れているレティシアの様子に、大興奮のヴィヴィアン。

なぜレティシアを抱いたままなのかが…気にならない程。

【恋してるのね】

ジワジワと喜びが胸に込み上げ、涙目になっている。

【要らぬ心配をしたようだわ。そっと見守りましょう】





「…ヴィヴィ…」

「キャーーッ!!!!」


キスシーンの余韻に浸っていたヴィヴィアンは、耳元で突然に名を呼ばれ飛び上がった。

その勢いで前につんのめったところ、柔らかな魔力に包み込まれて宙に浮く。


「…ア…アヴィ…あなたったら、驚かさないで」


そこに立っていたのはアヴェル。

フワフワと浮遊するヴィヴィアンを、アヴェルは腕の中にしっかりと抱き留める。


「ははっ…捕まえた」


悪戯っ子のようにニカッと笑う、愛する夫アヴェルの笑顔が眩しい。



スカイラの言う通り、ヴィヴィアンは捕獲された。




──────────




アシュリーとレティシアが地上へ出たところ、後方から女性の叫び声が聞こえ、その後…アヴェル&ヴィヴィアンに遭遇。


「…父上、母上!なっ…なぜこんなところに…?!」


直前まで甘いムードだった二人は大慌て。


「…お、お出迎えに…ね…」


静観しようと心に決めたはずが…気不味い状況に、ヴィヴィアンの目が泳ぐ。


とはいえ、そこは大人。
何事もなかった…という体で簡単な挨拶をした後、四人揃って茶会の席へと向かう。





「親子で、堂々と何やってんのさ?」


“控えの間”の扉を開けた瞬間、スカイラがそう言うのも無理はない。

アヴェルはヴィヴィアンを、アシュリーはレティシアを…それぞれ“お姫様抱っこ”して登場したのだから…。


スカイラは呆れ顔、サオリは…仏のような顔をしていた。



    ♢



「皆様、お時間となりました。お茶会を始めましょう。…こちらのお部屋へどうぞ」


前国王の住まう離宮の応接室は、金と青を基調とした室内装飾に、重厚で豪華な調度品がずらり…荘厳な雰囲気。
大きな窓からたっぷりと光を取り込むことで、高貴な色合いを柔らかな印象へと変えている。


「改めまして、私のお茶会へようこそお越しくださいました」


ヴィヴィアンは一礼すると、招待したスカイラ、サオリ、レティシアへと…順に、一言ずつ言葉を述べながら握手を交わしていく。


「本日は、私たちの大切な息子…レックスを救ってくださった皆様をお招きできましたこと、大変うれしく思います」


ヴィヴィアンは、隣に並ぶアシュリーの肩に軽く触れる。


「大魔女スカイラの魔法の力、聖女サオリの癒しの力、そして…レティシア・アリスの愛の力…その尊いお力をお貸しくださった皆様のお陰で、私は今こうしてレックスと触れ合えております」


ヴィヴィアンは、ゆっくり噛みしめるようにそう言うと、目にうっすら涙を浮かべた。


「レックスと私たち家族に、素晴らしい未来を与えてくださいました。皆様に、心よりお礼を申し上げます…本当に…ありがとう…」

「スカイラ殿、サオリ殿、レティシア・アリス殿、私からも感謝申し上げる。我が家族にとって、これ程の喜びはない。ありがとう」


アヴェルとヴィヴィアン、二人が揃って頭を下げる。


(つい一年前まで王国を統べていたお方から、このような…いいのかしら?)


大魔女でも聖女でもない凡人レティシアは、戸惑いを隠せない。
しかし、アシュリーの両親が…愛情に溢れ、慎み深く穏やかな人柄であることを知れてよかったと思う。




「大魔女殿、聖女様…幼いころより、私の身体のことを気にかけていただき…誠にありがとうございました。お二人の崇高な御心に、深く感謝いたします。
大魔女殿がいらっしゃらなければ、呪いに気付くことも解呪も不可能でした…心からお礼申し上げます」


スカイラとサオリの前へ進み出たアシュリーは、左胸に手を当て長く頭を下げた。
スカイラは、二度頷いて微笑み返す。


「聖女様、耐え難い苦しみに思い悩む時は少なくありませんでしたが…一緒に戦ってくださった日々は忘れられない時間でもあり、いただいた数々のお言葉は…私の生きる道標です」

「…大公…」

「もうしばらく、魔力捻れが解けるまで…お世話になります」

「ええ、勿論。完治まであと少しね」


(サオリさん。本当に頑張って来られましたよね)


「レティシア」

「…あっ…は、はい!」

「君の存在が、私の全てを大きく変えるきっかけとなった。レティシアが側にいてくれて…よかった。
この出会いは、偶然ではなく運命だと思っている。これからもよろしく頼む」

「勿体ないお言葉です、殿下」




挨拶が一通り済んだところで、ヴィヴィアンがチリンチリン!とベルを鳴らすと、焼き立ての菓子やパイ、サンドイッチなどを手にした侍女と侍従が大勢現れる。

淡いブルーのテーブルクロスが掛かった存在感のある丸テーブルに、カラフルな菓子や軽食が次々と運ばれ、キャスター付きのワゴン上には冷えたプリンやケーキまで…盛りだくさん。


少々堅苦しさを感じるくらいに落ち着いた応接室内が、一瞬で華やいだ茶会の場へと変貌する。


(わぁぁ…お菓子、全部…手作り…?!)


六人分の紅茶を配り終えた侍女が部屋を出た時には、甘くて香ばしい焼き菓子の香りと、花や果実のような紅茶の上品な香りで室内は満たされ、レティシアは視覚と嗅覚を堪らなく刺激されていた。


「さぁ、座りましょう!どうぞ召し上がって」


男性二人は並んで座り、アヴェルの横にヴィヴィアン、アシュリーの横にレティシアが座る。



    ♢



「客を放ったらかして、主催者をこっちが出迎えるだなんて前代未聞だよ?」

「…悪かったわ、スカイラ。あなたの言う通り、大人しく待っていればよかったと私も反省しているの。どうして飛び出してしまったのかしら…?」


ヴィヴィアンは、スカイラからお説教を受けていた。


「ヴィヴィアン様、このミートパイは絶品です!レシピをお聞きしたいくらい」

「よかったわ。サオリちゃんは、お肉が好きよね」


にこやかな笑顔のヴィヴィアンは、若々しくて可憐。
淡いローズピンクの髪色に空色の瞳で、濃い紫色のドレスがピッタリ。


(…サオリさんは、サオリなのね…)


多少の無礼講が許される私的な茶会だとは言っても、ハイソ上流階級な集まりに違いはなく…レティシアは及び腰。黙って今の状況を観察している最中。




スカイラとサオリは、必然的に席が隣同士。


『おばあ様…レティシアは、どうしたのかしら?』

『今日は、緊張しているように見えるねぇ…?』

『でも、レティシアを見る…大公のあの甘い目つきったら!』

『黙ってても、可愛くて仕方がないのさ。若いころのアヴェルと全く同じ顔をしている。…ほら、菓子を与え始めたよ…』

『あらら…え?レティシアが平気で食べてるっ』

『おやまぁ、お返しに…食べさせるのかい』

『『…っ…!!』』




「…殿下…っ」


一口サイズの焼き菓子を、アシュリーの口に入れたレティシアは瞠目する。


キラキラと輝く金の瞳から、溢れ出る涙。


「…っ…?!」


アシュリー本人も事態を飲み込めず、思わず涙を拭ったものの、濡れた手をボーッと眺めて動かない。


また新たな涙が…アシュリーの頬を伝い落ちていく。




「あなたは、昔から…そのお菓子が一番好きだったわ」




優しい母の声が、室内に静かに響いた。









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