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第14章
193 公爵令嬢レティシア2
しおりを挟む二度目の刻印の儀を三日後に控え、婚約祝いパーティーの開催まで一週間…というある日、レティシアは王族の集まりへ参加をするアシュリーと一緒に王宮を訪れた。
アルティア王国では婚約披露の祝事を行う予定がないため、ラスティア国大公の婚約者がレティシアに正式決定したという話は今日の集まりで報告しておく必要がある。
この貴重な機会を逃すわけにはいかないと、アシュリーの母ヴィヴィアンは、集まりの後に近しい親族を招いて若い二人の婚約を祝う茶会を催す計画を立てた。
今回は準備期間があったお陰で、幸いにも早くからこうした顔合わせの日程が組まれている。
尤も、心積もりができていたところで…公爵令嬢としてきちんとした振る舞いをしなければと気負うレティシアは緊張していた。今となっては、刻印の儀の当日に王宮へ呼ばれ、家族に見送られる形で慌ただしく挨拶を交わしたことが有り難かったと思えて来る。
「レティシアちゃん…レティシアちゃん?」
「あっ…はい!申し訳ありません、ヴィヴィアン様」
「いいのよ…皆レティシアちゃんを歓迎しているわ、そんなに考え込んで固くならなくても大丈夫」
茶会が始まるまで、会場の端のソファーに腰掛けて時間を過ごす。テーブル上の銀皿には、ヴィヴィアンお手製の焼き菓子が綺麗に盛られていた。
「今日のピンク色のドレスも素敵、初々しいわ。ふふ…ユティス公爵が山程ドレスを買ったって、街で有名になっているそうね」
「実は…令嬢として初めてのお茶会へ参加した時に、アシュリー様からプレゼントされたドレスを着て行ったのですが…お義父様も用意をしてくださっていて『先を越された』と、ひどく嘆いてしまいまして…」
「公爵の悔しそうな顔が目に浮かぶわ。…レイのことだから、知ってて先に届けたのよ」
ユティス公爵のあまりの落ち込み具合に申し訳ない気持ちもあって、後日衝動買いに付き合った結果…ブティック界隈では噂になってしまっている。
茶会用のドレスは日常用より丈が少し長く、夜会用よりは短い。クローゼットに仕舞われてしまっていた義父のドレスも、今日の茶会で日の目を見て喜んでいることだろう。
「お紅茶は足りているかしら?お菓子の味はどう?」
「ヴィヴィの手作りだよ、美味しいに決まっているじゃないか?…これは、ぅん…美味い!」
「アヴィ、あなたに聞いているんじゃないの。…そのお菓子はレイにも残しておいてちょうだい、食べ過ぎよ」
「朝早くからいい匂いで私を空腹にさせておいて、息子のために食べるなと言うのか…ヴィヴィアン…」
「空腹だなんて人聞きの悪い、朝食も昼食もしっかり召し上がっていらしたでしょう?集まりにも参加しないで、困った人ね。…後で幾らでも焼いて差し上げます」
「ありがとう、大好きだよ」
「知っていますわ」
『美味しい』と…たった一言を告げる間もなく、前国王夫妻はイチャイチャし始める。これは、レティシアの緊張感を解そうとワザとしているのだ。そう考えなければ、この場に座っていられない気がした。
(番の性質上…私たちも二人きりになれば同じかも)
傍から冷静に眺めていると、アヴェルの甘い眼差しや仕草はアシュリーと酷似していて、ヴィヴィアンとの仲睦まじい様子が次第に自分たちの姿と重なって見えて来る。妙な恥ずかしさを覚えたレティシアは堪らず俯いた。
「お父様、お母様、人前でいい加減になさいませ」
レティシアの心の声を強めに代弁したのは、隣に座っているアシュリーの姉エスメラルダ。現在懐妊中の彼女は大事を取って集まりには参加をせず、ここでゆったり寛いでいる。
「私は慣れているけれど、妖精さんを困らせてはいけないと思いますわ」
「「…妖精さん…?」」
「そうよ、ほら…お顔が赤くなっているじゃない」
(あら、エスメラルダ様って妖精が見えるお方なのね)
流石ファンタジーの世界だと、何もない広々とした空間のどこかに頬を染めた小さな妖精が羽ばたいているのを想像して…レティシアは思わず辺りを見回す。
「……あっ……エル?妖精さんって、もしかしてレティシアちゃんのことを言っているの?」
「いけない…シャーロットに知れたら怒られる」
「え?……わ、私?」
「うむ、確かにな…レティシア嬢は妖精みたいだ」
「…言われてみれば、そうねぇ…」
三人の視線を一身に浴びた妖精の顔が、更に赤く色付く。
エスメラルダは妊娠が分かる前にレティシアそっくりの妖精が夢に出て来たと話し、長男に続いて次は可愛い女の子の誕生を確信したと言う。それが理由で、レティシアは『幸せを運ぶ妖精さん』と名付けられてしまったらしい。
普段しっかり者のエスメラルダは、子を授かると少々夢見がちな性格に変わるようだった。
──────────
アシュリーが婚約者を迎えるとあって、茶会には王妃ソフィア、宰相セドリック、魔法師団長イーサンも招待を受け、皆揃って参加をしている。
“お茶会”なるものは元々女性が中心。無事挨拶を済ませて暫く和やかに歓談すると、男性陣は主役のアシュリーを取り囲んで賑やかに別室へと移って行った。
「感謝祭の時以来ね、ユティス公爵令嬢」
「はい、王妃殿下。お会いできて大変光栄に存じます」
女性陣に新たに加わったのは、現国王クライスの正妃ソフィア。先ずは、ほぼ初対面と変わらない彼女との対話を試みる。
「間もなく、ルデイア大公の婚約者となるのでしょう?レティシア嬢は未来の大公妃、わたくしたちは似た立場になるわ…そう畏まらないでちょうだい」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝申し上げます」
うっすら微笑んだように見えるソフィアは、ほんわかと朗らかな雰囲気を持ちつつも芯の強い前王妃ヴィヴィアンとは対照的に、聡明でいて意志の強そうな人柄が外見から滲み出ていた。良く言えば高貴な地位に相応しい品と威厳があり、悪く言えば冷ややかな印象。この世に生を受けて以来、王妃になるために貴族令嬢として王道の真ん中を歩み続けて来た…そんな…ある意味、尊敬すべき強い女性のオーラを感じる。
レティシアは生半可な気持ちでアシュリーと共に生きると決めたわけではないが、紆余曲折あって貴族令嬢に舞い戻った身としては何となく気後れしてしまう部分があった。
(…感情の読めない方ね…)
金髪の緩い巻き毛に碧眼の美人。色白のソフィアは、前世の世界であればヨーロッパ人の代表のような容姿をしている。青灰色の瞳は少し物憂げで、淑やかな彼女によく似合っていた。28歳、前世のレティシアと同じ年齢でも落ち着きが全く違う。王妃として別格の存在感を持っている。
「陛下も大変お喜びでいらしたわ。…大公は、こちらでは婚約者のお披露目をなさらないおつもりだそうね」
「はい。ラスティア国では、一週間後にパーティーを予定しております」
「そうは言っても規模が小さいでしょう。人生で一度切りの大切な日よ、貴い加護や聖名を授かった身分だというのに…少なからず不満に思うところがあっても、何の不思議もないわ」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。私は大公殿下のご意向に沿うつもりでおります。不満はございませんわ。まだまだ未熟者ですので、皆様とこうして触れ合いながら多くを学ばせていただける時間を大変うれしく思います」
「レティシア嬢は…謙虚なのね」
アルティア王国でのお披露目に関しては、婚約者選びの最中である兄アフィラムへの配慮と、大々的に祝って貰うのは結婚式だけで十分だとするアシュリーの考え方にレティシアも賛同していて全く揺るがない。
にっこり笑ってみせると、大体の事情は耳にしているであろうソフィアの反応は実にあっさりしたものだった。痛くもない腹を探られるというのか…本音と建前、その振り幅の程度を確かめるために試されたような気分になる。
相手の顔色ばかりを窺って肯いていればいいというものではない。言葉遣い、声色、抑揚の付け方、目線、手や口の動き、全て組み合わさって一つの文章が意味を成す。
それを上手く読み取り且つ会話をする…これが貴族社会の難しさかと、レティシアは経験も実力も足りない現実に改めて気を引き締めた。
──────────
──────────
外が暗くなった夕方遅く、アシュリーはゴードンとルークを引き連れ…いや、付き添われて戻って来る。
「…珍しく、少し酔っておられるご様子です…」
「…まぁ…」
今夜は王宮泊まり。アシュリーの魔法でセキュリティ万全の部屋には、以前搬入したベットがそのまま残されていた。今や、チャールズたちアシュリーの従者の他にレティシアの侍女と護衛まで並んで控えていて、室内の雰囲気は様変わりしている。
「ロザリー、お水とグラスをサイドテーブルへ」
「はい、レティシアお嬢様」
「ありがとう。皆…今日はご苦労さま、もう休んで貰って構わないわ。ゴードンとルークは、アシュリー様をベットへ運んでくださる?」
「「畏まりました」」
────────── next 194 公爵令嬢レティシア3
いつも読んで下さいまして、皆様…本当にありがとうございます。
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