前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第14章

200 婚約者2

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「…オオカミ?」


レティシアは、勝手に大型犬だと思って聞いていた話を…巨大な狼へと置き換えて考え直す。
攻撃魔法を使った令嬢は、突如目の前に現れた大きな獣に驚いて身の危険を感じたのだろう。レティシアならば、走って逃げて狼に噛みつかれているか、身動きできないまま襲われている。想像しただけでゾッと背筋が凍った。


(逆に、瞬時の判断で銀狼を庇ったフロム嬢はすごいわ)


「兄上の育てた狼は頭がよく、無闇に暴れて人を殺めたりはしない」

「そうなのですか?」

「ただ…少々訳ありな個体で、外部には極力知られないようにしている。負傷者が出なかったことは幸いだった。今回の件は内々に処理をするはずだ。しかし、令嬢はどんな手を使って兄上の宮殿の中庭まで入り込んだのか…」

「入り込む?私は、お茶会に集まった婚約者候補のご令嬢方だと思っておりましたけれど…違いますの?」

「婚約者の選定は、茶会の席も含め全て王宮内で公平に行う。兄上はこのところお忙しく、そちらにはあまり時間を取れていない様子だった」


アフィラムの婚約者選びは始まってから時間が経っている。周りの口さがない貴族が何を言おうと、アシュリーたち家族は彼が答えを出すまで見守り続ける姿勢を崩さずにいた。


「改めて…君に出会えた私は、本当に幸運だと思う」


キラキラ輝やく蜂蜜色の甘い瞳をしたアシュリーが、長いまつ毛を揺らして和らいだ表情で目尻を下げ、レティシアの頬を愛おしそうに撫でる。これは、最近よく目にする惚けてデレデレした時の顔で間違いない。レティシアは胸がキュンとして、つられて頬が緩んだ。


「アフィラム殿下のお心を掴む、素敵なお相手が見つかるといいですね」

「うん…まぁ、王族が気を抜いて楽しめる茶会は少ない。候補者の中には、決定を待ち切れずに辞退して此れ見よがしに高位の貴族令息と婚約を結ぶ虚栄心の強い者や、兄上の気を引こうと姉妹を入れ替えて試す家など様々だと聞く。新たな申し入れも後を絶たない」


(私が思っていたより…ずっと大変そう)


王族の持つ強い権力にあやかりたい高位貴族は多い。欲深い者は、婚期ど真ん中のアフィラムへ隙あらば娘を差し出そうと目論んでいる。


「そろそろ…私的な繋がりが欲しいと探りを入れて来る時期かもしれないな」

「何か適当な理由を付けて、アフィラム殿下の宮殿を訪問したのでしょうか?」

「侵入者でないとするなら、身元がはっきりしていて予め予定を把握できた者に限られる。若しくは、兄上が自ら令嬢を招いたか…それは、ほぼ婚約者に決まったも同然の相手と見ていい」


要するに、前者ならばストーカー、後者であれば伴侶内定者という意味だ。王国騎士団を取り纏める団長アフィラムの住まいへ易々と忍び込む忍者のような令嬢がいるわけはなく、侵入者の線は端からない。
レティシアは、膝の上に頭を乗せて雑談に応じるアシュリーの黒髪を無意識に指先でクルクルと弄りながら思考を巡らせた。


「仮に宮殿へ呼ばれたご令嬢がお二人だとすると、おかしな話になりますよね。アフィラム殿下は、誤解を招く不誠実な行動はなさらないと思いますわ」


(よって、突撃ストーカー説が有力!)


「フロム嬢は候補者ではないから、その場に居合わせた別の理由がありそうだな」

「え…えっ?…ということは…」

「もう一人の令嬢の名は聞いているか?」

「はい、聞きましたわ。……メ、メロ…パ…家?」


家名をちゃんと覚えたつもりでいたレティシアは、意気揚々と口を開いたものの…記憶の奥底にある懐かしい菓子パンの絵しか思い浮かばずに困惑し、カタコトの返答になってしまう。この状況で『メロンパンみたいな名前だった』とは、恥ずかしくてとても言えない。


「…メロパヌス家の…ディルカ嬢…」


(通じた!)


「兄上の婚約者候補筆頭となる伯爵家の令嬢だ。現当主は堅い人物だと言われていたが、前妻を亡くし、後妻との間に授かった初めての娘を大層可愛がっていると聞く。火属性の魔法に長け、魔力は申し分のない家柄だな」

「だから、攻撃魔法を扱えたのですね」

「魔法や魔術を学んでも、実践の場を持たない令嬢たちは腕が錆びついてしまうものだ。緊急事態ならば尚のこと、彼女は案外勇ましい女性なのかもしれない。…何れにせよ決めるのは兄上…さて、この話はここまでにしておこう」

「えぇ」

「明日は忙しくなる、流石に今夜は泊めて貰えないだろうな」

「…お義父様が…また渋いお顔をなさるもの…」

「ハハッ!晩餐では機嫌を損ねないよう努力するよ」




──────────




王国騎士団団長を務めるアフィラムは、罪人となったグラハム・ウィンザムの後任を決め、騎士隊の管理業務の引継ぎを進めていた。

圧倒的な武力を誇る騎士団と比べてしまうと、下位部隊となる騎士隊は突発的な事態に出動する機会が少なく規模も小さく思える。しかし、王国内の治安維持には決して欠かせない存在で、街中では常に数多くの任務を遂行していた。軍事の指揮系統は統一し明確且つ効率的にすべきで、手柄も落ち度も一手に担う者の責任は非常に重く、その反面突出した力を持つと言われている。

今回の違法薬物事件を教訓に、犯罪行為の再発防止を目的として、アフィラムとの連携を上手く取りつつ騎士隊内部の監視を兼ねた補佐役を新たに設ける運びとなった。
ここ半月程、その難しい立場となる役目を請け負うに相応しい家門を探している。今日は、メロパヌス伯爵を宮殿に呼んで面談を行っていた。

予定外だったのは、伯爵の娘ディルカが父親の秘書官と称して一緒に付いて来たことだ。
近ごろ茶会から足が遠のいていたアフィラムは、婚約者候補の一人である彼女に『一目会いたかった』といじらしい様子で言われては無下にもできない。かといって話し合いの場に同席させる意味もなく、急遽用意した控えの間に待機させて侍女を付ける対応を取る。

公私を問わず、自分の時間を割いてまでメロパヌス家の父娘と茶を飲むつもりはなかった。彼らも期待せず速やかに立ち去るだろうが、宮殿へ出入りする姿は内外で誰かしらが目にしており、真の理由とは関係なく噂が立つ可能性は十分にある。尤も、王族の名誉と品位を著しく穢す下卑た噂で怒りを買おうとする愚鈍な者はそういない。ディルカにしても、せいぜい他の候補者を牽制する程度だと…アフィラムは理解していた。

憂鬱な気分でいたところ、飼っていた銀狼の遊び場である中庭にディルカが足を踏み入れ、小さな騒動を起こす。


『こっちへ来ないで!』

『ダメよ!』

火炎球ファイヤボール!!』

『やめてっ!!』


女性の叫び声と銀狼へ放たれた紅蓮の炎、そしてそこへ飛び込んで行く一人の令嬢の姿を目にしたアフィラムは、二階から疾風ブラストで炎を蹴散らし、同時に風を使った魔力壁で熱風を封じ込め、さらには防御壁シールドも張る。



    ♢



聖女宮の治療室で目を覚ました令嬢は、エーベラー伯爵家のフロムだと名乗った。
銀色がかった薄ピンク色の髪に、深い紫色の透明感のある瞳。何となく母親のヴィヴィアンに似た雰囲気を持つ彼女を、アフィラムは社交界で見掛けた記憶がない。

フロムは動物向けの魔法薬の調合師で、今日は銀狼を診察した医師に同行していたのだと言う。火炎に怯まず身を投げ出して銀狼を助けようとした彼女の勇気に感謝の気持ちを述べると、出過ぎたことをして却って迷惑を掛けたと…申し訳なさそうに項垂れる。


「これは…君のものかな?」

「…あ…私の眼鏡………壊れてますね…」

「すまない、地面に落ちていたのを…私が踏んで割ってしまったんだ。弁償させて欲しい」

「弁償?…と、とんでもない!安物ですから…眼鏡なら鞄の中にもう一つあったと思います」

「それでは私の気が済まない。困らせるつもりはないが、フロム嬢…せめて家まで送るくらいは任せて貰えないだろうか?」


先に帰ってしまった医師の馬車に同乗して来たフロムは、窓から見える夕暮れ時の空を眺め…家へ帰る術がないと気付いて素直に頷く。


「…ご親切に…ありがとうございます…」

「よかった…断られたらどうしようかと思ったよ」

「え?」


顔を上げたフロムのぼやけた視界には、金色の光が二つ…宝石のように煌めいていた。










────────── next 201 婚約者3

200話目となりました!ここまで読んで下さった皆様へ、深く感謝申し上げます。







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