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第14章
201 婚約者3
しおりを挟む─ コン コン ─
「…ん?」
「あら?…どうぞ、入って」
「お寛ぎのところ、申し訳ございません」
身体を起こしたアシュリーがレティシアの頬へ唇を近付けた…丁度そのタイミングでサロンの扉を叩いたのは、晩餐の時刻を知らせにやって来た侍女長のアイリス。
入室の許可を得た彼女は、ソファーに並んで座る二人の側へ歩み寄り、優雅な身のこなしで腰を落とした。
「ルデイア大公殿下、レティシアお嬢様、ご婚約の成立…誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます」
「「ありがとう」」
「お嬢様、お召し替えの準備が整っております。如何なさいますか?」
「そうね…支度は少し後にしても構わないかしら?」
「大丈夫でございます」
「…では、例のものを先に…」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
アイリスは明るい声でそう言うと、廊下に控えていた侍女のアナベルから小さな箱が載った銀色のトレーを受け取り、恭しく掲げてソファー前のテーブルへ運び置く。
直前までの甘い雰囲気をおくびにも出さず、背筋を伸ばし公爵令嬢らしい振る舞いをするレティシアと、侍女長をはじめとして公爵家の使用人が礼儀正しく仕え、速やかに部屋を出て行く様子をアシュリーは満足気に眺めた。
「ぅん?それが“例のもの”か…何だ?」
「…これは…その…」
金の紙帯が掛かった黒い小箱を手にしたレティシアが、口元をキュッと小さく引き結んで上目遣いをする。凛々しい顔つきから一転、愛らしい表情へと逆戻りした恋人に、アシュリーの胸が否応なく高鳴った。
「アシュリー様、お誕生日おめでとうございます!」
「…っ…?!」
「二日早いですけれど、プレゼントです」
微かな期待を含んだ熱い眼差しを向けて来るアシュリーへ、レティシアは素早く箱を差し出す。黄金色の瞳を丸くした彼が、小さな贈り物を大きな手でそっと包み込む動きが…スローモーションのように目に映る。
「ありがとう…レティシア」
「…気に入ってくださるといいのですが…」
「…………」
「私、いつも素敵な品々をいただいてばかりで…お誕生日に何を差し上げればいいのかと、いろいろ考えました」
「…………」
「それで……あの、アシュリー様…?」
「…すまない…うれしくて…」
「え?」
「もしかしたらと、そう思ってはいたのだが…今、どうしていいか分からなくなっている…」
レティシアを思い切り抱き締めたいのに、両手で大事に抱えた宝物も手放せない。感動のあまり身動きが取れず、アシュリーは固まっていた。
「ふ…ふふふっ…アシュリー様ったら困った方ね。先ずは、中身を見てくださいませんこと?」
「…あ、開けてみてもいいか?」
「えぇ、是非」
贈り物を用意したレティシアの緊張とはまた違う…初めてのプレゼントを前にした子供のような手つきで箱を開く彼の姿は、ちょっぴり奇妙で貴重で新鮮に思える。
「…房飾り…」
「剣の鞘に付ける飾りにしていただけたらと思いまして」
「成人するまでは武具を貰うことがほとんどで、装飾品はなかったな…この色合い、工房に頼んだ品なのでは?」
「えぇと…そちらは、私が作りましたの」
「手作りなのか…っ?!」
「はい…剣の飾りは幸運のお守りだと聞きました。他国では“永遠”や“縁を結ぶ”などの意味を持つ縁起物でもあるそうです。アシュリー様は剣に何も付けていらっしゃいませんし、私の想いを込めて作りたいと思ったのです。刺繍は未だ苦手を克服できておりませんが、こちらは紐を結んで作る…きゃっ」
話の途中で、勢いよく覆い被さって来たアシュリーにレティシアは強く抱き締められた。
分厚い胸板に顔を埋め、彼の全身から滲み出る愛情を感じ取ってこの上ない幸福感に満たされると、蕩けてしまいそうになる。これでは、どちらがプレゼントを貰っているのか分からない。
「…ありがとう…一生大切にする…」
「…少々、不格好ではありますが…」
「何を言う、金糸が青い紐で結ばれていてとても美しい…気に入ったよ。この世に一つしかない私の宝物だ。剣士は、妻や恋人から贈られた房飾りを鞘に付けている者が多い。羨ましいと思った時もある…私にはそのような人など…むっ」
今度は、レティシアがアシュリーの口に手を当てて話を遮った。ところが、目を細めた彼に手を取られ…指先を柔らかな唇で食まれてしまう。そんな色気と魔力香ダダ漏れのアシュリーが、吐息混じりの声で囁いて来る。
「君からの口付けも…プレゼントして貰えないか?」
「…く、口付け?…あっ…」
アシュリーは座った状態で軽々とレティシアを持ち上げ、身体を跨いでソファーへ膝立ちになった細い腰をガッチリ抱え込む。こうなっては、最早断る術などない。
「駄目…?」
「…お望みでしたら…喜んで…」
レティシアは、甘え上手な彼の頬がピンク色に染まって行くのを頭一つ分高い位置から見下ろす。熱で火照った頬をしっかり両手で挟んで、ゆっくりと隙間なく唇を重ね合わせた。
♢
誕生日といえば、プレゼント。
その話題に触れる度、アシュリーからは『君が婚約者になる以上のものはない』との答えが返って来る。確かにそうかと喜ばしく思うと同時に、何を贈っても我が身を超える品物がないという壁にぶち当たってしまった。
誕生日当日=婚約披露の日は勿論、前日から慌ただしくなると予想して、バースデープレゼントを渡す決行日を誕生日の二日前と決めたレティシアは、そこから遡ること数週間前…ロザリーやアナベルと悩んだ末、やっと贈り物に決まった房飾りの製作に取り掛かる。アシュリーは『この世に一つ』と言っていたが、実は先に作って失敗した第一号も存在していた。
100%アシュリーカラーにしようと金と黒を織り交ぜて初挑戦で作った飾りは、縦縞模様のトラ柄という何とも厳つい仕上がりに…。手伝ってくれたロザリーたち侍女、さらにはアイリスも微妙な反応を見せたため、レティシアの黒歴史となってしまう。その残念な房飾りは、現在机の奥へと仕舞い込まれている。
後日、アシュリーと手合わせ稽古をしたラファエルから『殿下が剣の柄の部分に縞模様の房を付けている』『気になって剣術に集中できなかった』との情報を聞いて顔面蒼白になるまで、レティシアは黒歴史を漏洩した間者がいる事実に気付かなかった。
──────────
賑やかな晩餐も、最後のデザートまで終えてティータイムとなる。楽しそうに義父母と過ごすレティシアを横目に、アシュリーはラファエルを連れてバルコニーへ出た。
「夜風が気持ちいいな。ラファエル、小公爵として本館での暮らしには慣れて来たか?」
「はい、お陰様で」
「うむ。レティシアとはどうだ?」
「兄という立場は経験済みでしたが、まさか自分が弟になるとは考えてもおりませんでしたので、最初は急に関係性が変わって戸惑ったと申しますか…」
「剣術の指導もあったからな。まぁ、姉といっても数ヶ月の違いだ。しかし、彼女の弟ならば悪くはないだろう?」
「はい、弟歴一ヶ月の私でもそう思います。いつも自然体で、裏表がなく人に優しい。義姉上といるとホッとするのは、義父上や義母上もどうやら同じようです。ただ…変なところで頑固だったり、行動が読めなくて困ったことは何度かありました」
「ハハッ…うん、それは想像がつく」
声を上げて笑うアシュリーの笑顔につられてしまわぬよう、ラファエルは小さく咳払いをして誤魔化す。
「先日は、運動不足を解消したいとかで…馬に乗ってみたいと訴えておられましたね」
「乗馬か…きっと、馬車に乗らなくなるぞ」
「え?…乗らなくなるのですか…」
「多分…そんな気がしないか?あぁ、プレゼントのお返しに乗馬服を贈るのもいいな…」
顎に手を当てて、何色が似合うだろうか?とブツブツ呟くアシュリーと、娘のドレスを選ぶ時の義父ダグラスの姿が…ラファエルの目に重なって見える。
「大公殿下がお幸せそうで、何よりです」
「君の義姉上が、私を愛してくれるからだよ。私と共に人生を歩むと神へ誓いを立てて、ようやく婚約者となった。願いが叶って本当に幸せだと思う」
「おめでとうございます。私も、殿下を義兄上とお呼びできる日が今から待ち遠しいです」
「そうか…私は末っ子を卒業して、兄になるのだな」
「私とは逆ですね」
アシュリーとラファエルは、互いに顔を見合わせて笑った。
────────── next 202 婚約披露パーティー
読んで下さる皆様、いつもありがとうございます。
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