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第14章
202 婚約披露パーティー
しおりを挟む「ご覧になって、大公殿下の…あの晴れやかなお顔」
「私、初めて笑顔を拝見いたしましたわ」
「私もよ。女性と見つめ合ってダンスを踊っていらっしゃるだなんて、夢を見ているのではないかしら?」
「…本当…とってもお幸せそうね…」
ラスティア国ルデイア大公の婚約を盛大に祝うパーティーでは、煌めく大広間の中心で華麗なペアダンスを披露する若き君主とその婚約者に注目が集まっていた。
約一年ぶりとなる国主催の催しに招かれた貴族たちは興奮した様子で高級な振舞酒を飲み、会話を楽しむ。
優雅な音楽が流れる会場内は、時折口元を扇子で覆い隠しながら立ち話をする淑女や、美を競い合う着飾った令嬢などで大いに賑わっている。
「…大公様が婚約をなさるとは…」
「王国で形式的なお茶会へ参加されていたのは10代半ばまででしたでしょう?その後は婚約者選びを行わず、ご結婚を諦めたとか…男色の噂もありましたわよね?身の回りの世話は侍従に任せて、女性を毛嫌いしておられたのに」
「そうね…毛嫌いというか、稀に催事でお会いしても女性に全く興味がないご様子で…大公殿下は紳士的なお方ですけれど、色恋には冷ややかな対応でしたわ。残念に感じた記憶しか残っておりませんもの」
「恋人を正式な婚約者として迎えるわけですから、儀式はお済みなのでしょう?つまり、男性機能は何の問題もなく正常だと…大変喜ばしいお話ではありませんこと?」
「…夫人ったら、オホホホ…」
「娘の出したお手紙には、いつも決まった文面のお返事が帰って来るばかり。恋人の存在を突然知らされた時には、それはそれは驚きましたのよ」
「家も同じですわ。正直なところ、娘が大公妃になれるとは夫も私も期待しておりませんでした。寧ろ諦めていたというのに…ご婚約なさったお姿をこうして目の当たりにいたしますと、悔しいと申しましょうか…裏切られた気持ちになるものですわね。あら、また他国の方が大公妃に?」
「大事なのは君主の血筋でしてよ。それにしても別人のよう…もしかして、魔女がよく使う魅了魔法の薬を…」
「こうもお変わりになると、説明がつきませんよね」
「夫人、疑いたくなるお気持ちは分かりますわ。でも、もうその辺でおやめにならないと…お相手は聖女様の妹君、滅多なことを仰らないほうがよろしいのでは」
「そもそも、魅了魔法なんて必要ないお美さではなくって?皆様は、眉目秀麗な大公殿下の横に堂々と立って…あれ程に輝ける女性がこの国に何人いるとお考えですの?」
「…確かに…」
「難攻不落の大公様も、とうとう恋に落ちたのね」
「もしや、前国王陛下と同じで…運命のお相手と出逢われたのかしら…?」
「まぁ…そういうことにしておきましょう」
当たり前のように政略結婚をして、今や年頃の娘を持つ母親たちは、何だかんだ言いつつもアヴェルとヴィヴィアンの“運命的な大恋愛”に憧れを抱いた世代であり、ロマンチックな恋物語には少々弱い。
話題の中心人物の詳細など知らなくても、会話は勝手に盛り上がる。それは、令嬢たちの間でも同様だった。
「ユティス公爵令嬢の腰の細さ…見た?」
「えぇ、小柄なのに案外胸も大きいわよ」
「予想以上に綺麗な人ね。年下と思えないくらい落ち着きがある上に、ダンスもお上手…というより、洗練されているわ。デビュタント前なのにどうして…?」
「平民から公爵家の養女になった“偽物令嬢”だと思っているなら大間違いよ。お父様が宮殿で聞いた話によれば、身分を捨てて祖国を出た元候爵令嬢らしいの」
「その話知ってる、聖女様に会うためよね」
「すごい行動力…え?感動の姉妹再会物語ってこと?」
「…じゃあ、大公殿下とは旅の途中で…」
「そんなドラマチックな出会いをされてしまったら、胸のサイズだけじゃ勝ち目がないわぁ」
「大公様って誘惑には一切乗らないことで有名だったじゃない。色気なんてあっても無駄よ」
「そう言うあなたは、殿下へ情緒的な文章を書き連ねた手紙を出し続け…結果的には無駄だったんでしょう?」
「私は、自分の身分に合った家へ嫁いで子供を産めばいいって言われるのが嫌だったの。綺麗で魅力的なだけでは王族の伴侶にはなれない…だからこそ挑む価値があると思っていただけよ」
「私も、お妃様になりたいわけじゃなかったけれど…チャンスは今しかないとお母様に言われて手紙を書いていたわ。ユティス公爵令嬢は殿下の秘書官ですもの、条件が良過ぎたわよね」
「女性秘書官を側に置くなんて、誰が想像できたと思う?秘書官といえば…ベラ嬢…ずっと黙っているけれど、何か知っている話はないの?」
「娘の私に秘書官室内の情報を漏らしていたら、お父様はとっくに辞めさせられているわよ」
「それもそうね…厳しい大公殿下が見逃すはずないか…あっ、ファーストダンスが終わったわ」
曲の鳴り終わりでピタリと最後のポーズを決めたカップルへ、周りから大きな拍手が送られる。
手を取り合って礼をするアシュリーとレティシアを祝うあたたかい拍手はしばらく鳴り止まず、会場の隅で補佐官パトリックが密かにガッツポーズを決めていた。
「ほら…やっぱり、次の曲もお二人で踊るみたいよ」
「ねぇ、フロアへ出ない?男性陣が私たちをダンスに誘おうとソワソワしてこちらを見ているわ」
「久しぶりの舞踏会ですもの、楽しまないとね!」
「えぇ、私この曲大好きなの!」
──────────
大公付き秘書官のドレイクス・ロウエン子爵は、本日、婚約披露パーティーの主役であるレティシア・アリス・ユティス公爵令嬢のサポート役を任命されている。
アシュリーは招待した大勢の貴族へ挨拶をして回る必要があり、ずっとレティシアの側に付いていてやれない。代わりに彼女を任せる適任者となるはずのパトリックは会場内全体の管理業務で席を外せず、今回は通訳など補佐役としての経験が豊富なドレイクスに白羽の矢が立つ。
ドレイクスは、未来の大公妃を囲って我先にと自己紹介を始める貴族を一人ひとり順序よく捌き、円滑且つ適正な会話時間を持たせつつも男性を一定距離以上近寄らせないよう…可能な限り細心の注意を払った。
こうして最も人が殺到するパーティーの序盤を見事切り抜けたドレイクスは、周囲の状況が落ち着いたタイミングを見計らってレティシアを個室で休ませると、大広間の端で待機させていた自分の娘の下へ足早に向かう。
「随分と待たせて悪かったな、ベラ。早速、公爵令嬢へご挨拶をしに行こう。こちらへ…歩きながら要点を話す」
「はい、お父様」
「今、別室で休息を取っていただいている。お前には予定通り話し相手を頼みたい。メイドが控えていて食事や飲物の用意もあるから、誘われればご一緒して構わないが…くれぐれも失礼のないように」
「分かっておりますわ」
「それから、途中で偶然出会ったフェイロン子爵家のサンドラ嬢と、そのまま連れ立って部屋へ入られた」
「では、サンドラ嬢もユティス公爵令嬢のお側に?」
「あぁ…フェイロン家主催の茶会へ一度参加されたことがあって、面識があるようだ。お前もサンドラ嬢とは知り合いだったな」
「はい、存じております」
レティシアの休憩用に予め準備をされた部屋が、アシュリーとの待ち合わせ場所になっている。
ドレイクスは室内まで立ち入るわけにはいかず、娘のベラに後を託すことにした。勿論、事前の綿密な打ち合わせでしっかり許可は取ってある。
「公爵令嬢は慣れない場に出てお疲れのご様子に見える。一時間もすれば殿下がお越しになるだろう、それまでゆっくりと寛いでいただくのだぞ」
「お任せください、お父様」
「パーティーはまだ続く。殿下がお見えになったら、お前も誰かと踊って自由に過ごすといい」
「えぇ、そうですわね。ありがとうございます」
ほんの一時間でも…ベラにとっては、前君主の時代より秘書官を務める語学堪能な自慢の父親から与えられた初めての大きな役目。
舞踏会に浮かれる友人たちとの会話を楽しむ余裕がない程に緊張していても、そんな姿は見せられない。ベラは顔を上げて前を見据え、父ドレイクスの背を追った。
この後、間近で見るレティシアの美貌と愛らしさ、そしてアシュリーの溺愛っぷりに…ベラは何度もため息をつく羽目になる。
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