星降る真夏の夜に、妖精の森で迷子になる。

折原ノエル

文字の大きさ
3 / 72

魔法

しおりを挟む
 まただ。
 また耳鳴りがする。

「どうしました? 大丈夫ですか?」
 キールが気遣わしげに訊いて来る。
「大丈夫。ただの耳鳴り。小さい頃からよくあるんだ」
 慌てて否定する。何故なら、お気楽極楽な王子様が、
「魔力が足りてないんじゃないか?」
などと言い出すからだ。
 この世界には魔法というものが存在する。元の俺たちの世界でもあったのかも知れないが、非現実と揶揄されるものが、ここには現実として確固と存在する。
 で。その、異世界の人間には魔力というものに耐性、免疫がなく、不調を来たすので馴染ませる事が必要となる。
 異世界からのお客などというものは居ない事はないのだが非常に珍しく、報告事例も滅多にない。
 が、言い伝えによると、食事を摂ってゆっくり馴染ませるのも良いのだが、もっと簡単な方法が存在する。
 魔力の強い人間に譲渡して貰うのだ。
 ただ手を当てるだけでも良いのだが、手っ取り早く摂取するにはもっと濃厚な接触が有用で。つまり、キスやセックスなどのお互いの唾液交換が非常に効果的であるらしい。
 なんか騙されてないか?
 とも思うのだが、この三日で俺は身をもってそれを証明してしまっていた。
 何せ死にかけで食事を摂る事も出来ず、医者に診せようにもど田舎で呼んでくるのに日日が掛かる。
 魔力の強い人間に譲渡して貰うのが良いのだが。魔力の強い人間なんて滅多に居ないのだが。
 居たんだね。すぐそこに。
 溺れてるのを救けてくれた、異世界に落ちて来て一番最初に遭ったのが、この国有数の力の持ち主だった訳だ。都合の良いんだか悪いんだか、それで俺は彼等から治療を兼ねて魔力譲渡をして貰う事になった。運あるんだろう……。
 勿論、死にかけだったのでキスだけなのだが。人工呼吸と同じだ。だがそうと割り切るには、俺の経験値が低過ぎる。
 例えそれが、物凄い美形ばかりから受けるのだとしても。
 例えそれが、同性の恋愛がフツーの事として認められている世界だとしても。
 例えそれが、
「リョウは異性愛者ですか?」という質問に対して、
「多分。でも、今好きなのは男なんだ」
というのが俺の答えだったとしても。
 この上なく、居た堪れない。

「やはり風属性なのかも知れません」
 ある程度なら、感覚で分かるらしいが。
「耳が良いのです」
「それだけだけどな」
 同じ風属性の殿下が言う。
「あと風を操る。条件が良ければ飛んだりも出来る」
「飛べんの?!」
 盛り上がったら。
「着地に失敗したら、大怪我だぞ」
 リロイから茶々が入る。
 当の殿下は何か覚えがあるらしく、目を泳がせる。
「訓練が要りますね」

 でも俺は……。

 水と火と風。その三つが人の属性としてある。
「キールは何?」
「私は水属性です」
「治癒が得意なんだ。私みたいな風でも、リロイの火でも出来るのだが、水は治癒に秀でている。声なんかにも癒し効果があってな。キールの声でストレス解消出来る」
「何か分かる」
 キールは青みがかった銀色の瞳と髪をしている。髪は長くて後ろで一つに束ね、背も高くすらっとして、冷たい感じの人になりそうなのに、受ける印象がとても柔らかい。穏やかなのが身から溢れまくっている。
 なんと彼は転生者だという。
 元は俺と同じ日本人で、30半ばで死んだらしい。うちの親よりは上、祖父母よりは下の年代って事?
 転生者は転移して来るよりは遥かに数が多いが、現実で生身で体験することの方が刺激が強いので、前世の記憶を保ったままというのは難しいらしくどんどん忘れて行く。
「私も小さい頃は記憶も確かだったんですが。最近は自分の名前まで忘れそうです」
 救けられた時ずっと背中を摩ってくれてたのが彼。治癒してくれてたらしい。
 グエンは嘘か誠か本当に王子様。しかも王太子殿下。こんなとこで何やってんの。
「城なんて、退屈の極み」
 彼は金色の髪、青い瞳。背も高く、眉目秀麗。如何にも王子様! って、ルックスなんだが。人工呼吸だの何だの、ほざいてたのが彼。このチャラいのがな~。これ風属性の特徴じゃないよな。嫌だな。
 そして、リロイ。公爵家の御令息で、泉に飛び込んで救けてくれたのが、彼。彼も男前で。この国のトップ3集めちゃいましたか。訊くと、火属性。因みにここは公爵家の別邸で。妖精の森は敷地内。
 そう何と、こちらでも妖精の森。
 ただ向こうと違って、滅多にお目には掛かれないらしいが妖精は本当に居る。という事になっている。しかも、魔の森とも言われていて、公爵家領内という事もあり人は寄り付かない。そう言えば、使用人見ない。公爵家なんてわんさか居そうなのに。
 で、そんなとこに何で彼らが都合良く居合わせたのかというと。昔から出入りしてるのに怖い目には遭った事がないのと。
「予言があったんです」
 国を挙げての大規模なという訳でなく、予言がたまに降って来る人間に、
「妖精の森に何か来るらしいよ~」
って。ゆる~く言われてやって来た。
 そしたら俺が降って来て。
 予言は本当になった。
 ありがとう。預言者の人。貴方のお陰で命拾いしました。  

「ヒヨリというのは誰だ?」
「え?」
「譫言でずっと呼んでた」
 キールは元日本人なので、それが人の名前であると見当がついた様だ。
 気になるのが彼の事だけなので、ずっと譫言で口にしてたとしても不思議はない。
「どんな字を書くんですか?」
「日に和む」
「良い名前ですね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...