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夢*
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「帰りたい」
夢にうなされて起きた後、最初に言ったのがずっと喉で引っ掛かっていた言葉だった。
朝早く、キールに起こされて目が覚める。鍵は掛けてない。
部屋は暖かいのに、外の真冬と俺の中がリンクする様に、ガタガタ体が震える。
もう二度と会えない恐怖が体温を奪っていく。うなされていたらしく、気付いたのは耳の良い殿下らしい。
悪夢を見ていた。内容は覚えてないが想像はつく。怖い事はひとつだけ。
今までは、良くしてくれる彼らに遠慮があって言えなかった。明らかに俺に好意を寄せてくれてるのが分かったし、俺の方も居心地が良く。言ってしまえば、彼らに触れられるのが、治療行為というのが治療行為以上に気持ち良かった。
違和感がないのだ。
こっちに生まれてくる筈だったんじゃないかって思える位。ここの人達にも世界にも違和感なく好意を抱けているのが不思議だ。
向こうの世界では何もかもが違和感しかなかった。学校のクラスメイトにも両親にも好意どころか好感すら抱いた事がなかった。イジメも虐待もなかったのに、ずっとここは俺の居る場所じゃないと感じていて、それは大人になって独立したらその違和感もなくなるんだろうと思っていた。
大人になったとして大人になった事がそんなに大した事なくても、向こうの世界しか知らなければ、こんなものかと諦めもついたんだろう。
でも、俺はこっちに来てしまった。
大人になる前に。
その違和感ばかりの世界でヒヨリだけが俺の肯定だった。善で愛しいものだった。ヒヨリほど大事な存在だはなかった。こちらに来るまで、大事なのはヒヨリだけだった。多分、否、間違いなく、ヒヨリにもそうだった筈だ。だから俺は間違えたんだ。
ヒヨリはゲイだった。
でも俺の事は恋愛対象じゃなかった。
ただそれだけの事だ。
色んな話し合いをしなきゃいけないのが、朝食の後という事になった。食事前にして食欲がなくなると困るから。
豪華な朝食が用意された部屋にはグエンとリロイがもう居た。ティールームとは別の豪華な部屋。もう豪華という形容詞しか出て来ない。給仕してくれる執事さんまで居るんだもの。
「リョウ」と、誰かが呼ぶ。
「リョウ」と呼ぶのは、向こうの世界ではヒヨリだけだった。親も学校のクラスメイトも、
「リョウタ」
と呼んだ。だから「リョウ」と呼ばれるのも何だか嫌なんだが、キール以外には発音が難しいので文句言えない。でも確実に、彼らに「リョウ」と呼ばれる毎に、ヒヨリが遠くなって行く気がする。それが凄く嫌だ。
俺は元々こんな事ぐちゃぐちゃ考える人間じゃない。でもグルグル止まらない。
ヒヨリの声で「リョウ」と呼ばれたい。
「ヒヨリ」
代わりに彼の名を呼ぶ。
口に出したら止まらなくなった。
「ヒヨリ、ヒヨリ」
何度もその名を唱える様に呟く。涙まで出て来て完璧な朝食を台無しにして行く。
キールが涙を拭いてくれる。
給仕してくれる執事さんが申し訳なさそうに皿を下げて行く。申し訳ないのはこっちなのに。
「帰りたい」
「ヒヨリに会いたい」
「どうしたら帰れる?」
「それはお薦め出来ない」
リロイの言葉を俺は聞き咎めた。
「お薦め出来ないって事は、出来ないって事ではない?」
「死ぬぞ」
リロイの言葉にはいつも二人にない険がある。
キールの言葉が続く。
「そういう魔法、魔術はあるんですが、成功例が殆どないんです。成功例はあるんですが、何故成功したのか解らない。共通項がない。解らない」
「だから余程、切羽詰まった時しかやらないんだ。国が滅びるかもって位の国難のある時以外」
「呼ぶ事は出来ない?」
それが一番の解決策の様な気がする。
ヒヨリだって、こちらの世界の方が生き易いに決まってる。
「召喚もな。帰すのも。何にも現れないと言うのなら良いんだが……」
言い淀む二人に対してリロイが続ける。
「バラバラで出て来たり、捻れてたり、中と外がひっくり返ってたり、複数の人間がくっ付いて出てくる事もあったらしい」
「くっ付いてるのが人間ならまだ見れたのにと言うのもな、あったらしいな」
「じゃあ、俺ってやっぱり偶然こっちに来ちゃったって事?」
「偶然でも何ともならんという事もあるんじゃないか」
リロイって俺に絶対何か含みあるよね?
「そういう報告例があるって事?」
自分がぐちゃぐちゃになるのも嫌だが、ヒヨリがぐちゃぐちゃになるなんてもっと嫌だ。
堂々巡りだ。
ちゃんと出口は用意されてるんだろうか。
「皆んなで一緒に考えましょう」
キールが傍まで来て跪き、手を取ってくれた。この人は何でこんなに穏やかな気持ちにさせてくれるんだろう。これが水の魔法なのか。偉い人が傍に置いておきたいのがよく解る。
「かぐや姫のお宝って本当にないの?」
と、訊く。
リロイとグエンには何のことやら解らんだろう。
お宝を手に入れれば。
何でも叶えてくれるというものではないのかも知れないけど。
かぐや姫も、そんな事を考えてたんだろうか?
夢にうなされて起きた後、最初に言ったのがずっと喉で引っ掛かっていた言葉だった。
朝早く、キールに起こされて目が覚める。鍵は掛けてない。
部屋は暖かいのに、外の真冬と俺の中がリンクする様に、ガタガタ体が震える。
もう二度と会えない恐怖が体温を奪っていく。うなされていたらしく、気付いたのは耳の良い殿下らしい。
悪夢を見ていた。内容は覚えてないが想像はつく。怖い事はひとつだけ。
今までは、良くしてくれる彼らに遠慮があって言えなかった。明らかに俺に好意を寄せてくれてるのが分かったし、俺の方も居心地が良く。言ってしまえば、彼らに触れられるのが、治療行為というのが治療行為以上に気持ち良かった。
違和感がないのだ。
こっちに生まれてくる筈だったんじゃないかって思える位。ここの人達にも世界にも違和感なく好意を抱けているのが不思議だ。
向こうの世界では何もかもが違和感しかなかった。学校のクラスメイトにも両親にも好意どころか好感すら抱いた事がなかった。イジメも虐待もなかったのに、ずっとここは俺の居る場所じゃないと感じていて、それは大人になって独立したらその違和感もなくなるんだろうと思っていた。
大人になったとして大人になった事がそんなに大した事なくても、向こうの世界しか知らなければ、こんなものかと諦めもついたんだろう。
でも、俺はこっちに来てしまった。
大人になる前に。
その違和感ばかりの世界でヒヨリだけが俺の肯定だった。善で愛しいものだった。ヒヨリほど大事な存在だはなかった。こちらに来るまで、大事なのはヒヨリだけだった。多分、否、間違いなく、ヒヨリにもそうだった筈だ。だから俺は間違えたんだ。
ヒヨリはゲイだった。
でも俺の事は恋愛対象じゃなかった。
ただそれだけの事だ。
色んな話し合いをしなきゃいけないのが、朝食の後という事になった。食事前にして食欲がなくなると困るから。
豪華な朝食が用意された部屋にはグエンとリロイがもう居た。ティールームとは別の豪華な部屋。もう豪華という形容詞しか出て来ない。給仕してくれる執事さんまで居るんだもの。
「リョウ」と、誰かが呼ぶ。
「リョウ」と呼ぶのは、向こうの世界ではヒヨリだけだった。親も学校のクラスメイトも、
「リョウタ」
と呼んだ。だから「リョウ」と呼ばれるのも何だか嫌なんだが、キール以外には発音が難しいので文句言えない。でも確実に、彼らに「リョウ」と呼ばれる毎に、ヒヨリが遠くなって行く気がする。それが凄く嫌だ。
俺は元々こんな事ぐちゃぐちゃ考える人間じゃない。でもグルグル止まらない。
ヒヨリの声で「リョウ」と呼ばれたい。
「ヒヨリ」
代わりに彼の名を呼ぶ。
口に出したら止まらなくなった。
「ヒヨリ、ヒヨリ」
何度もその名を唱える様に呟く。涙まで出て来て完璧な朝食を台無しにして行く。
キールが涙を拭いてくれる。
給仕してくれる執事さんが申し訳なさそうに皿を下げて行く。申し訳ないのはこっちなのに。
「帰りたい」
「ヒヨリに会いたい」
「どうしたら帰れる?」
「それはお薦め出来ない」
リロイの言葉を俺は聞き咎めた。
「お薦め出来ないって事は、出来ないって事ではない?」
「死ぬぞ」
リロイの言葉にはいつも二人にない険がある。
キールの言葉が続く。
「そういう魔法、魔術はあるんですが、成功例が殆どないんです。成功例はあるんですが、何故成功したのか解らない。共通項がない。解らない」
「だから余程、切羽詰まった時しかやらないんだ。国が滅びるかもって位の国難のある時以外」
「呼ぶ事は出来ない?」
それが一番の解決策の様な気がする。
ヒヨリだって、こちらの世界の方が生き易いに決まってる。
「召喚もな。帰すのも。何にも現れないと言うのなら良いんだが……」
言い淀む二人に対してリロイが続ける。
「バラバラで出て来たり、捻れてたり、中と外がひっくり返ってたり、複数の人間がくっ付いて出てくる事もあったらしい」
「くっ付いてるのが人間ならまだ見れたのにと言うのもな、あったらしいな」
「じゃあ、俺ってやっぱり偶然こっちに来ちゃったって事?」
「偶然でも何ともならんという事もあるんじゃないか」
リロイって俺に絶対何か含みあるよね?
「そういう報告例があるって事?」
自分がぐちゃぐちゃになるのも嫌だが、ヒヨリがぐちゃぐちゃになるなんてもっと嫌だ。
堂々巡りだ。
ちゃんと出口は用意されてるんだろうか。
「皆んなで一緒に考えましょう」
キールが傍まで来て跪き、手を取ってくれた。この人は何でこんなに穏やかな気持ちにさせてくれるんだろう。これが水の魔法なのか。偉い人が傍に置いておきたいのがよく解る。
「かぐや姫のお宝って本当にないの?」
と、訊く。
リロイとグエンには何のことやら解らんだろう。
お宝を手に入れれば。
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