星降る真夏の夜に、妖精の森で迷子になる。

折原ノエル

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マーカス公爵夫人

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「まあ! なんてお可愛らしいのかしら!!」
 穏やかな冬の昼下がり、俺たちは強襲を受けていた。
「可愛いって俺は違うよな」
 ヒヨリとライトの事だろう。
「一人で逃げるな」
 視線から外れようとした俺をライトがセンターに押し戻す。またいつの間にやら場所取りに負けたらしいぞ。
 お爺ちゃんとキールは同席してくれたのだが、リロイとグエンは面子を聞いた途端いなくなってしまった。裏切り者め。例の二人にはお相手が居ないのでそちらに話が行くのが嫌だったらしい。だとしても。

 マーカス公爵夫人は大きい人だった。縦にも横にも。チョコレート色と言えば聞こえは良いのかも、濃い茶色の髪を高く結い上げ化粧が濃い。真っ赤なフリルをふんだんに使ったドレス。アクセサリーは指にも腕にも耳にも首元にもあり、瞳と同じ色のブルーの石を使っているから統一感ありそうなのにわしゃっとしていて暑苦しい。んでもって声もデカい。すいません。悪口言います。
「出て来るキャラ出て来るキャラ、強過ぎない?」
 音量は抑えている。俺たちだけに聞こえる様に。彼女の声が大きいので多分聞こえてない。 

 貴族の皆様は爆弾騒ぎを受けて殆ど本領地に引っ込んでるという話なのに。ここにはその殆どに含まれない人が多くやって来ていた。確かに飛行船爆破犯人が検挙されてから爆発事件は起きていず、疎開していたお貴族様たちは続々と帰って来ているらしいが。
 貴族はいきなりやって来ないのが大挙して押し寄せていた。一連の事件で鬱屈していていた上に久し振りに現れた異世界人に興味津々で。良い気分ではないが、俺たちの悪評を覆すのにしょうがない。

 マーカス公爵夫人を含め五人。王妃の姉君、未亡人だという黒い衣装で頭にも黒いヴェールを被った婦人、理知的な印象を受ける婦人。そしてごく平凡な婦人。でも誰より俺たちはその目立たない地味で平凡な彼女に注目していた。彼女本人はそんな事露にも思ってないだろう。彼女、俺たちにはすっかりお馴染みのーーリズベスト伯爵夫人は。
 今も警部たちは彼女に張り付いていて側にいる筈だ。もしかして屋敷にまで入って来てるんだろうか。俺たちにもどこに居るかは分からない。

「皆様はずっと御領地で?」
 キールが話を振ると、
「私以外は」
 答えたのは喪服の婦人で、それに否定は無かった。リズベスト伯爵夫人からも。
 キールとお爺ちゃんは当たり障りのない様に話を進める。リロイとグエンがいれば結婚話で意識を逸らしてボロボロ出て来そうなのに。余りそこら辺で成果は無いまま終わりそう。

 突破的なお茶会は、あの女の話が出て流れが変わった。

 俺たちの前に現れた異世界人。
 彼女の名前が出たところで俺たちに変化があったのを彼女たちは見逃さなかった。ヒヨリは兎も角俺は顔に出る方だ。ライトは俺以上に出てたらしい。後でお給仕してたクライヴさんに聞いた。彼は通常の業務に戻っている。彼が居ないとこの屋敷は回らないらしく、別邸に居た間にかなり仕事が滞っていたので、こちらの人たちは御令息たちじゃなく、クライヴさんの帰りを心待ちにしていたらしい。屋敷の者の俺たちに対する態度もかなり好意的になって来ていて、それはクライヴさんのお陰というのも大きい。

「確かに美しくて優秀でも」
 マーカス公爵夫人が口火を切った。口元を扇子で隠しているがへの字に曲げているのが分かる。
「甥が騙されましたの。良いお家の令嬢との婚約を破棄して、かなりの財産を注ぎ込みましてね。返されなかったのに何のお咎めもなかったんですのよ」
「ああいうのは本人が訴えないと取り上げられませんからね」
 黒いヴェールの未亡人はその様相に反して陰鬱ではなく陽気な印象でころころとよく笑う。
「功績も大きいものでしたし」
「にしましても、騙されて財産を注ぎ込んだ者は甥だけではありませんでしたのよ」
 それに続く話を俺たちは興味深く聞いた。天才と言っても、元の世界であった物を再現しただけの功績なんだろうし。まぁ、俺はそれが出来るとは思えないけど。そういうの全部覚えているから天才というのだろうか?

 彼女の綺麗な顔を思い出す。
 でも引っ掛かる人はまだいる?
「あの外見でそのまま中身を図る人もいますから」
「悪い噂を聞いても本人に会ったら良い印象に変わるってよくありますもんね。美人だと特に」
 黒い陽気な未亡人にライトと俺が答える。
「俺は悪い印象しか持てなかったぞ」
 それどころかそれで俺たちの評判底辺から出発したのかと思うと怒りしか湧いて来ない。

 他人の悪口で意気投合するなんて褒められた事じゃないが、お互いの情報を交換する事により信用を深めたと理解していただきたい。

「是非いらしてね。お約束しましたわよ。楽しみにしておりますわ!」
 彼女らが帰る頃には、俺たちは彼女たちが主催する茶会やパーティーやらに出席する事になっていた。
 他の方々は無かったがマーカス公爵夫人は別れの挨拶に握手どころかハグまでしてくれた。ハグも小さい子供か犬猫にする様なものでいやらしいカンジは全くなかったし初見と違って大分好意を持てる様になってたといえど、俺、どんどん女の人がダメになってる気がする。かなり気に入られた様で、このお茶会が思った以上に成果があったのは良いんだが。
 良い評判を上げるのは良いにしても。てか俺貴族じゃないし。なし崩しに世話になってるだけで。お世話になってて文句言うのもどうかと思うけど。若干一名を除いて初見より印象は良くなったが、だからと言って仲良くすんのもなぁ。若干一名はマーカス公爵夫人ではないぞ、念の為。貴族社会でやってく自信が。社交で夜会やお茶会?
 冗談だよね。手に職付けて市井に下りたい。真剣に考えよう。
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