星降る真夏の夜に、妖精の森で迷子になる。

折原ノエル

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皆既月食の途中だった。

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 俺たちの国では月の神は男だった。
 そう言えば、かぐや姫は月へ帰って行ったのだ。物語りでは。

 グエンよりは背は低く、キールよりは高い。長く黒い髪は身の丈ほどで、日本の着物着てる。俺たちの国民性に合わせてというか理解し易い格好。そして、息を呑むほど美しい男の人に、俺はふらふらと近寄ってふんわり抱きついた。

 まだ向こうに居た頃。
 ここに来る少し前、ヒヨリへした事への罪悪感で不必要に彼を避けてた頃、やる事がなくて、身体を動かすのが苦でもなかったのでよく走ってた。

 元々ヒヨリ以上に仲の好い友達も居なかったし作る気も無く、一人で何もする事がないし。一人で居るのを可哀想に思われるのも嫌だったから、夜に、妖精の森ーー元いた世界の小さな、森というより雑木林に毛の生えた程度の、小さな森を走りながら、月を眺めてたんだ。その時こっちに来てしまったのだけど。

 月を意識して見た事はない。

 走るのは大体晴れた日の夜だったから、曇ってなかったら月は出ていて。特に願い事をしてた訳でも、月を擬人化して喋りかけてた訳でもない。
 ただ、月をたまに見上げながら森を走った後は、その前より幾分心が落ち着いて穏やかになってた。走ったからスッキリしたんだろうと思ってた。でも昼間に走る気は起こらなかった。人目が気になるせいでもなかったのかな。

 お月様だけが、なんて視点を変えれば可哀想な話なんだけど。
「ずっと見ててくれたの」
「君が見るから」
「願い事も叶えてくれた」
 声に出して願ったのじゃない。そんな願い事した覚えもない。でもずっとこうなる事を願ってた。叶ってから、こんな願い事してたなと思い出した。
 言いながら俺はポロポロと涙を溢してた。
「この頃よく泣くんだ」
「良いんじゃないか。以前は泣いた事なんてなかっただろう?」
 そんな事を言うから余計にひどく涙が溢れ出す。ヒヨリに酷いことしてから心が凍りついてしまった様に何も感じなくなってしまって。辛い時には泣けなくて、幸せな時に涙は出るんだな。
「人は考え過ぎる。君は特にその傾向が強い様だ。君の彼ほどではないけどね」
 月の神さまが言い終わらない内に俺はリロイに肩を掴まれ引き剥がされた。神さまにまで嫉妬しなくても。笑ってらっしゃるよ?
「その上嫉妬深いんだ。妬かなくて良いとこまで妬く」
 軽くリロイを睨みながら言うと、
「みゃおん」
 忘れないでと言う様に足元で猫が鳴く。屈み込んで、消えない確かな存在を抱き上げる。
「もう直ぐ重なる。また離れるんだけれど」
 地球を見ながら神さまが言うと、リロイが俺を殊更強く抱き締めた。
「君たちの事じゃないよ」
「月まで来てイチャイチャイチャイチャ」
 言うグエンの反対側でキールも憮然とした顔してる。それが何だか凄く嬉しくて俺は体の力が抜けてリロイに抱きとめられ余計にイチャイチャになってしまった。グエンとキールが更に機嫌悪くなる。

 俺たちはそのまま花畑に座り込み、俺はずっとしたくても出来なかった事ーー猫を思う存分撫で撫でする事を堪能していた。
「福猫かな?」
「福猫?」
 ヒヨリの言葉にライトが問い返す。
「あんこ猫。毛に混じり気がなくて肉球まで真っ黒なの」
「皆んなで月が綺麗だなってね」
「今眺めてるのは地球だけどね」
 うふふと俺たちは笑う。
 俺とヒヨリの話にライトも異世界の人もキョトンとしてる。キールはより以前の生まれなのかな。かの大文豪の話だけどね。

 二つの地球はよく見ると違う。一つは大陸に緑が少なく、もう一つは大気汚染の広がる前のキラキラの宝石の様な地球。
「願いは叶うよ。人を傷つける様な事でなければ。ただ受け取れば良い」
 月は一つだったけど、地球はふたつあつた。
 地球も夢を見てるのかも知れない。
 青く美しい地球。
 美しい、呼吸が楽に出来る夢。

 何かの悪戯で離れ離れになっちゃったから、一つに戻んないといけないんだ。

 何だか、俺には今とてもそれはよく分かる。

 二つの地球はクルクル回り始め、それはどんどん速度を増して形を無くしただの輪郭だけになっていく。

 クルクルしてマーブル模様になってまだ混じり合っていく二つの地球を見ながら、リロイの願い事はなんだったんだろう? と考える。
 叶ったのかな?

 ゆっくりと確実に二つの地球は重なって。

 とうとう一つになった。


 
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