婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。

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Ep.12 密約の書簡

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冬の終わり。
王都の空は曇り、雪が溶けかけた道が鈍い光を返していた。

クラリッサは久しぶりに王城の執務棟を訪れていた。

形式上は「宰相府への礼訪問」。
だが、その実、彼女の目当ては一人の青年だった。

――宰相の息子、セドリック・ハーランド。
彼は若くして文官補佐の地位にあり、父の補佐として王国の政務を支えている。

噂では、頭脳明晰で物腰は柔らかいが、内には芯がある男。
そして何より、冷静に人間を見抜く目を持っていた。

「エインズワース嬢をお通しして」

控えの声のあと、扉が静かに開く。
執務机の向こうにいた青年は立ち上がり、軽く一礼した。

「お久しぶりです、クラリッサ嬢」
「お久しぶりです、セドリック様。急な訪問をお許しください」
「いえ。お父上の件では、こちらこそ感謝を。
 宰相も“見事な手際だった”と申しておりました」

クラリッサはわずかに微笑み、
「手際だけは、幼い頃から仕込まれましたので」と答えた。

セドリックはその一言に小さく笑みを返した。
「まるで、冷たい雪の中に火を隠しているようだ」

「……火などありません。ただの灰です」
「灰は、風が吹けば再び燃え上がるものですよ」

短い沈黙。
その沈黙を破ったのは、セドリックのほうだった。

「実は、ひとつ気になることがあります」
「気になること?」
「ロシュフォール家の執務官の手を通じて、
 “軍部再編”に関する密書が動いています。
 表向きは王国防衛の文書ですが、
 内容には“国境警備隊の再配置”が含まれていました」

クラリッサは息をのんだ。
「再配置……ですか?」

「ええ。正規の布告ではありません。
 そして、その文書の署名欄には――
 王太子殿下の印影がありました」

クラリッサは静かに目を閉じた。
「偽造、もしくは利用……」

「いずれにせよ確認が必要です。ですが、宰相府の調査には限界があります」
「わたしに、というわけですね」
「あなたの立場は今でも“王家の友”。内々に届く情報があるはずです」

机上の封筒に黒い封蝋。見覚えのある紋章――ロシュフォール家。
クラリッサは息を整える。

「……わかりました。国を守るために、できることを」
「あなたは危険を恐れない」
「恐れています。ただ、それより“黙っていること”のほうが怖い」
「……それは、立派な勇気です」


◇◇◇


夜、エインズワース邸。
クラリッサは書斎で書簡を開いていた。

蝋を割る音が、やけに大きく響く。
封を解くと、そこには短い文面が記されていた。

『新体制における軍の再編に関し、王太子殿下の承認を得たり。
 年内に北境へ第一師団を移動させ、隣国との共同演習を開始すること。』

署名はロシュフォール卿。
だが、印影は確かに王太子のものだった。

クラリッサは手を止めた。
「……殿下……どうして」

リアが息を殺して見守る。
「お嬢さま、それは……」

「偽物とは言い切れません。殿下の筆跡も本物に見えます」
「では……」
「証拠になるかもしれません」

クラリッサは机の引き出しから薄い手帳を取り出し、
慎重に書簡を挟み込んだ。

「この件、宰相府のセドリック様と協力して調べます」

リアがためらいがちに問う。
「……危険ではありませんか?」

「危険を選ばなければ、正しさは手に入りません」
「でも、殿下が……」
「殿下が本当に関わっていないのか、それはまだわかりませんが、
 それを明らかにすることも、わたしたちの務めです」


◇◇◇


翌日。
セドリックからの密使が邸に訪れた。
封筒の中には一文だけ。

『明夜、王立書庫にて。第三閲覧室。月が頂に上る刻。』

クラリッサは息を整えた。

「リア。夜の支度を。軽装でいいわ」
「はい、お嬢さま」

窓の外では、冬の風が音を立てていた。
それはもう、静かな季節の風ではなかった。
何かが、確かに動き始めていた。
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