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第1章
第13話 届かない言葉
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(エリアナ視点・野営地)
エリアナが目を覚ましたとき、テントの中は静かだった。侍女・ミレーヌが呼びかける声も、支度の気配もない。エリアナは、しばらくその静けさを受け止めてから、一人で身支度を整えた。
群衆のなかで気を張り続けていることに加えて、慣れない野営ということもあり、無意識のうちにエリアナには疲労が溜まっていた。
もしミレーヌがこの場にいたら、エリアナの目に、隈ができていることに気づいたかもしれない。
◇◇◇
夜明け前、野営は静かに動き出した。
誰かが合図を出したわけではない。起きる者がいて、火を落とす者がいて、荷をまとめる音が、あちこちで小さく重なる。
昨日より、少しだけ早い。
エリアナは外套を羽織り、野営地を見渡した。
薄い霧の向こう、人の数が増えている。
――昨日より、確実に。
ただ人数が多い、という感覚ではなかった。
昨日までは、顔を見ればどの町の者か、なんとなく分かった。作業を共にした記憶が、どこかでつながっていた。
今朝は違う。知らない顔が混じっている。
持ち物も、靴も、話し方も揃っていない。
それでも、人の向きは同じだった。
◇◇◇
ミレーヌはもう、ここにはいない。送り出したのはずっと前で、あれから日数は経っている。
それでも、王都からの言葉はない。
焦りはなかった。父は即断する人ではない。状況を見て、言葉を選ぶ。それが、父のやり方だ。
まだ書簡は来ていないが、時間がかかっているだけ。そう信じていた。
エリアナは、野営地の端に視線を向けた。
「……まだ、踏みとどまれる」
エリアナからこぼれた言葉は、そっと空気に溶けていった。
◇◇◇
出発の準備が進むにつれ、熱気は静かに膨れ上がった。
「道が開いた」
「王都へ行く」
「話が通る」
事実に混じって、誰が言い始めたかも分からない確信が、列の隅々まで行き渡っている。
群衆が大きくなり、もはや、エリアナが立ち位置をコントロールできるようなものではなかった。
それでもエリアナは、常に視線が最も集まる位置にいた。エリアナが足を止めれば、後ろの数千人がゆっくり止まる。彼女の些細な一挙手一投足が、あたかも軍令であるかのように解釈され、集団に波及していく。
◇◇◇
休憩に入ると、噂はさらに形を変えて広がっていった。
「エリアナ様が、私たちのために王都を糾弾してくださる」
「公爵令嬢が、今の政権に異を唱えている」
否定する機会すら与えられなかった。エリアナの沈黙すらも、「覚悟の表れ」として都合よく消費されていく。
◇◇◇
夜、焚き火のそばで、エリアナは立ち止まった。
ミレーヌは戻らない。だが、理由を確かめる術も、もう残っていなかった。
伝えるべきことは、すでに託してある。それでも、不安はぬぐえない。ここを離れて、自分で確かめに行きたくなる。
だが、今、離れれば、抑えは失われる。
それだけは、分かっていた。
◇◇◇
夜が更けるにつれ、見張りの火が増えていく。誰が決めたわけでもない。自然と交代が生まれ、不自然なほどに野営は整っていた。
エリアナは、自分に言い聞かせる。
――私は、行く先も、陣形も、
――誰をどう動かすかも、決めていない。
命令を出していない。率いるつもりもない。ただ、崩れないように、ここに立っているだけだ。
それでも、外から見れば、それは「中心」に見えるだろう。
◇◇◇
翌朝、列はさらに長くなった。止めようとしていたはずの「流れ」が、エリアナを飲み込み、加速していく。
彼女は、最後に歩き始めた。先頭には立たない。だが、列の外にもいない。誰もが見失わない、中心の位置。
父なら分かる。王都に着けば、言葉で止められる。
その希望だけを杖にして、エリアナは前を向いた。
王都は、まだ見えない。だが、この流れは王都まで止まらない。
そして自分という人間が、もう二度と「ただの令嬢」には戻れないことだけは、確かだった。
エリアナが目を覚ましたとき、テントの中は静かだった。侍女・ミレーヌが呼びかける声も、支度の気配もない。エリアナは、しばらくその静けさを受け止めてから、一人で身支度を整えた。
群衆のなかで気を張り続けていることに加えて、慣れない野営ということもあり、無意識のうちにエリアナには疲労が溜まっていた。
もしミレーヌがこの場にいたら、エリアナの目に、隈ができていることに気づいたかもしれない。
◇◇◇
夜明け前、野営は静かに動き出した。
誰かが合図を出したわけではない。起きる者がいて、火を落とす者がいて、荷をまとめる音が、あちこちで小さく重なる。
昨日より、少しだけ早い。
エリアナは外套を羽織り、野営地を見渡した。
薄い霧の向こう、人の数が増えている。
――昨日より、確実に。
ただ人数が多い、という感覚ではなかった。
昨日までは、顔を見ればどの町の者か、なんとなく分かった。作業を共にした記憶が、どこかでつながっていた。
今朝は違う。知らない顔が混じっている。
持ち物も、靴も、話し方も揃っていない。
それでも、人の向きは同じだった。
◇◇◇
ミレーヌはもう、ここにはいない。送り出したのはずっと前で、あれから日数は経っている。
それでも、王都からの言葉はない。
焦りはなかった。父は即断する人ではない。状況を見て、言葉を選ぶ。それが、父のやり方だ。
まだ書簡は来ていないが、時間がかかっているだけ。そう信じていた。
エリアナは、野営地の端に視線を向けた。
「……まだ、踏みとどまれる」
エリアナからこぼれた言葉は、そっと空気に溶けていった。
◇◇◇
出発の準備が進むにつれ、熱気は静かに膨れ上がった。
「道が開いた」
「王都へ行く」
「話が通る」
事実に混じって、誰が言い始めたかも分からない確信が、列の隅々まで行き渡っている。
群衆が大きくなり、もはや、エリアナが立ち位置をコントロールできるようなものではなかった。
それでもエリアナは、常に視線が最も集まる位置にいた。エリアナが足を止めれば、後ろの数千人がゆっくり止まる。彼女の些細な一挙手一投足が、あたかも軍令であるかのように解釈され、集団に波及していく。
◇◇◇
休憩に入ると、噂はさらに形を変えて広がっていった。
「エリアナ様が、私たちのために王都を糾弾してくださる」
「公爵令嬢が、今の政権に異を唱えている」
否定する機会すら与えられなかった。エリアナの沈黙すらも、「覚悟の表れ」として都合よく消費されていく。
◇◇◇
夜、焚き火のそばで、エリアナは立ち止まった。
ミレーヌは戻らない。だが、理由を確かめる術も、もう残っていなかった。
伝えるべきことは、すでに託してある。それでも、不安はぬぐえない。ここを離れて、自分で確かめに行きたくなる。
だが、今、離れれば、抑えは失われる。
それだけは、分かっていた。
◇◇◇
夜が更けるにつれ、見張りの火が増えていく。誰が決めたわけでもない。自然と交代が生まれ、不自然なほどに野営は整っていた。
エリアナは、自分に言い聞かせる。
――私は、行く先も、陣形も、
――誰をどう動かすかも、決めていない。
命令を出していない。率いるつもりもない。ただ、崩れないように、ここに立っているだけだ。
それでも、外から見れば、それは「中心」に見えるだろう。
◇◇◇
翌朝、列はさらに長くなった。止めようとしていたはずの「流れ」が、エリアナを飲み込み、加速していく。
彼女は、最後に歩き始めた。先頭には立たない。だが、列の外にもいない。誰もが見失わない、中心の位置。
父なら分かる。王都に着けば、言葉で止められる。
その希望だけを杖にして、エリアナは前を向いた。
王都は、まだ見えない。だが、この流れは王都まで止まらない。
そして自分という人間が、もう二度と「ただの令嬢」には戻れないことだけは、確かだった。
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