第3惑星レポート

野洲たか

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2、きみには、その才能があるから。

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 *

 その人気女優の芸名は、円塔美音といった。
 本名を教えてもらわなかったので、そう呼ぶしかなかった。あとで考えたら、彼女に本名があったのかどうかあやしいものだった。
 その衝撃的な出逢いは、はじめての恋人にふられた夏の夜のこと。裏切り者のルームメイトのいるアパートには帰りたくなかったから、誰もいない公園で仕方なく缶ビールを飲み、真瑠斗くんは映画館へふらっと入った。
 上映されていたのは、たいして興味のない日本のファンタジー映画。難病で死んだOLが幽霊になって、いつまでも悲しんでいる婚約者に新しい相手を見つけてあげるという物語。
 シラフで鑑賞していたら耐えられただろうけど、結構酔っぱらっていた。うつらうつら、どうでもよい気分だった。
 そして、いつのまにかエンドクレジットが流れ、真瑠斗くんは、白いTシャツ、デニムの美しい女性が隣の席に座っていることに気付いた。
 デジャヴというやつだろうか。
 どこかで会ったことがある。
 しかも、その記憶はとても新しい。
 誰だっけ?
 こんなにキレイな人が知り合いなら忘れるはずがない。
 まるで女優さんみたいだ。女優さん?
 まっ、まさかね…
 そんなことを思いつつ、その女性の横顔を眺めて、
「えっ、えっ、あっ、あ~っ!」
 真瑠斗くんは声をあげてしまった。
 女性が振りかえって、しっ~と小指を口元で立てた。
 当然だ。観客が少ないとはいえ、ここは映画館なのだ。
 やっぱりそうだ!円塔美音さん!
 たった今、上映が終了した映画の主演女優だった。
「よろしければ、一緒に外に出ませんか?灯りが点いたら、騒ぎになってしまうから」
 女優がささやいた。映画と同じ声だった。
「あっ、はい!」
 真瑠斗くんは、酔いと眠けから一気に醒めた。


 *


「おいしいです」
「気に入ってもらえて、うれしい。時々、これを晩ごはんにするくらい好きなのですよ」
 信じられないことだが、十分後、真瑠斗くんはその女性と劇場のすぐ裏手にある古風な喫茶店のボックス席で、冷たいミルクと黒胡椒の効いたベイクドチーズケーキを堪能していた。
「秋田真瑠斗といいます」
「ま、る、と、くん?可愛らしいお名前ですね」
「円塔美音さんですよね?」
 はい、と女優がうなずく。
 真っ黒な艶やかな長い髪。まっ白な肌。日本人形みたいだった。おそらく同い年くらいだろう。ずいぶん落ちついた、大人っぽい喋りかたをする。
「驚きました。女優さんが隣の席にいたなんて」
 真瑠斗くんの緊張は続いた。
「時折、リサーチに出かけるのです。どんなふうに自分の作品が観られているのかって」
 美音さんが答えた。
 黒胡椒が一粒、下唇の上についている。とてもキュートだ。
「ぼく、寝てたでしょう。酔っぱらってたから」
「はい、気付いてました。わたし、お酒のにおいに敏感なのです。イビキも聞こえてきましたよ」
「ご、ごめんなさい」
 真瑠斗くんは頭をかき、美音さんがほほ笑んだ。
「ところで、これってナンパですよね?」
 おどけて、真瑠斗くんは言った。
「ナンパ?」
 美音さんが瞳を大きくする。ふしぎな琥珀みたいな色。
「だって、見ず知らずのぼくを喫茶店に誘ったわけだから」
「そう思われても仕方ないですね」
「しかも、あなたは有名人。こんなことをして、平気なんですか?」
「みんな、どうせ忘れるから」
「忘れる?」
「写真さえ撮られなければ」
「あっ、週刊誌とか?」
「そう、事務所からも注意されています」
 真瑠斗くんが腕を組む。
 う~む。
「映画館、結構空いてたじゃないですか。なんで、わざわざ、ぼくの隣に?」
「それ、聞きたいですか?」
「すごく」
「きみを見込んで、協力してもらいたいことがあるのです。こういう話をするのも変だと分かっているのですが、わたしたちには時間が残されていないものですから」
 美音さんも腕を組んだ。
「わたしたち?これって、なにかの勧誘とか?」
 ちょっと眉をひそめる真瑠斗くん。
「勧誘?」
 真似をして、美音さんも眉をひそめる。
「宗教とか?政治活動とか?」
「そういうの、真瑠斗くんは苦手でしょう?」
 手のひらをふって、なだめるように美音さんが答えた。
「ぼくを見込んでとか、ぼくが苦手とか、さっき会ったばかりじゃないですか」
「実は…本当のことを言うとですね…わたしたち、大抵のことは把握しているのです。だからこそ、きみを選びました。その才能があることが分かっているから」
「才能がある?」
「そう、才能です」
「なんの?」
「なにが、きみは得意ですか?」
「得意って…特には」
「自分の才能を信じてないのですか?」
「才能なんてありませんよ」
「『第3惑星レポート』を書こうとしていますよね?」
 美音さんが言った。たしかに、そう言った。
 それは、次に書こうと考えていた小説のタイトルだった。
 これは夢だ。夢でなければ、小説の中だ。
 真瑠斗くんは、使い古されたセリフで尋ねた。
「どうして、そのことを?」
 背筋がぞくっとして、この先へ進むのが怖くなった。
 手足が冷たくなる。顔から血の気がひく。
 魔女の耽美な絵画のように、美音さんがニヤッとした。
「今夜、わたしの部屋に泊まりませんか?あのアパートには戻りたくないでしょう」
 彼女は知っている。ぼくのことを把握している。
 ありえないことだ、と真瑠斗くんの髪の毛は逆だった。受け入れるか、拒絶するかは自分次第であった。
「あなたの部屋に泊まるって…そんなの、ありなんですか?」
 ふるえる声でそう質問すると、
「きみにはチワワと寝てもらいます。犬は好きですよね?」
 美音さんが言った。
「大好きです」
「ほらね。わたしたちは把握しています」
 三分の一ほど、まだベイクドチーズケーキが残っていた。
 冷たいミルクも半分くらい。
 フィニッシュしたら、彼女の部屋へおじゃまするのだ。
 真瑠斗くんは、唾をのむ。
 すっかり、街子さんやシゲキことを忘れていた。




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