第3惑星レポート

野洲たか

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3、なんて素晴らしい世界、そう思いませんか?

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 *

 タクシーに乗ったのは、久しぶりだった。
 美音さんのペースで誘導され、あっという間に立派な庭園で有名な高級ホテルに到着していた。
 こんなところを週刊誌に撮られたら…それが気になって、真瑠斗くんは下をうつむいたままでロビーを駆け抜け、金ぴかのエレベータに突進して、何階だか分からないままに降りると、そそくさと美音さんの部屋へ入っていった。
 あとで聞いたら、最上階のスイートルーム。もう二年以上もこのフロアは美音さん専用になっており、彼女のマネージャーか従業員以外は上がってくることがないそうだった。
「手を洗ったら、そのままシャワーを浴びてください」
 天井の高さが三メートルはある豪華な部屋。
 だだっ広い、まっ白なリビングへと案内され、真っ白いソファーに座った途端に美音さんがそう言った。
「シャ、シャワー?もう浴びるんですか…」
 真瑠斗くんの顔は真っ赤になった。
「あっ、それって、すごく勘ちがいしている顔。そういう意味じゃありません。パジャマとか下着、バスタオルは置いておきます。Lサイズですよね」
「はっ、はい」
 そういう意味じゃありませんって。がっかりしたような、ほっとしたような。
 それにしても、どうして、こんなに用意周到なのか。ぼくがやってくることを予定していたような。それとも彼女は、こんなふうに見ず知らずの男性を部屋に招く習慣があるのか。まさかね、と真瑠斗くんは首をふる。
 わぉ~ん、そこで小型犬の鳴き声が聞こえた。
 奥の部屋からだった。
「あっ、アン王女が呼んでる。わたし、行きますね」
「アン王女?」
「さっき、お話ししたチワワの女の子。真っ白い毛のスムースで、三歳です。のちほど、きちんとご紹介します。今夜は同じ部屋で寝ていただきますので」
「チワワの女の子と寝るのですか」
「犬はお好きでしょう」
「はい、とても」
「襲わないでください」
「努力します」
 美音さんが笑い、真瑠斗くんの気分もあがった。

 *

 シャワーを終えると、冷たいミルクが用意されていた。
 ソファーでゆったりと飲みながら、美音さんが撮影中の恋愛映画の白黒ラッシュをブルーレイで観て、今度は彼女がシャワーを浴びるのを待った。
「お待たせしました」
 長い、豊かな黒髪が半分濡れている。美音さんは化粧を落とすと、中学生かと思うほどの幼い素顔だった。
「あの共演の男優さんと噂になってますよね」
 彼女の美貌に釘付けになって気まずくなり、真瑠斗くんは無理やりチマタで旬な話題をふってみた。
「彼も仲間なのです」
「仲間?」
「そう、仲間」
 並んで腰かけて、美音さんも冷たいミルクを飲んだ。
 すこしの沈黙。
「そろそろ、説明してもらえませんか。どうやって、ぼくのことを調べたのですか?」
「ふふっ。これをご覧ください」
 美音さんがブルーレイのリモコンにふれた。
 すると二分ほど、テレビモニターに別の映像が再生された。
 今度は鮮やかなフルカラー。
 BGMは、ルイ・アームストロングの唄う『この素晴らしき世界』。
 外側から捉えた太陽系。
 そして、地球、青空、海、山脈。
 ジャングルに生息するライオンやゾウ、バッファローやキリン、ゴリラやフラミンゴ、カエルやヘビ、蝶やアリ。
 南極のペンギンや北極シロクマ、北太平洋のザトウクジラ、インド洋のマグロの群れ、等々。
 大自然、生態系のドキュメンタリーだった。
「なんて素晴らしい世界、そう思いませんか?わたしたちは、この惑星を守りたい。きみにも協力してもらいたいのです」
 美音さんがまじめな顔で言った。
「自然保護団体?」
「ある意味、そうですね」
「協力って、なにを?」
「『第3惑星レポート』を書きあげてほしいの。自由なスタイルでかまわないから」
「えっ?」
「テーマは、人類が必要な存在なのかどうか」
「ぼっ、ぼくは素人ですよ!」
「すべて承知しています」
 たしかに、人間こそが地球を駄目にしていると思うことはある。
 だけど、この展開はなんなのだ?
「地球の外からやってきました」
 美音さんが、さりげなく凄いことを言った。
「へっ?」
 真瑠斗くんは半笑いになる。
 ミルクで、こんなぶっとんだ会話ができるなんて……さすが女優さんだ。
「アン王女から、きみへのメッセージも預かっています」
「アン王女って?チワワの?」
 美音さんはうなずき、便箋にサインペンで書かれた文章を真瑠斗くんに披露した。

 真瑠斗どの、そなたを歓迎するぞ。この惑星もひとつの生命なのじゃ。そして昨今、がん細胞によってひどく蝕まれておる。もちろん、がん細胞とはおぬしら…人類のことじゃ。そのことを、しっかりと書いておくれ。それが、わらわの願いである。お先に、おやすみなさい。アン王女

 かわいい、丸みをおびた文字だった。
「ほぉ、責任重大だな」
 なんだか、真瑠斗くんはこの会話が楽しくなってきた。
「アン王女は強い不信感を人間に抱いているのです。身勝手な飼い主に捨てられて、わたしたちが保護施設から引きとりました」
「そして、美音さんはワンちゃんとお話しができるわけですね」
「はい、犬語はとても流暢に。おおいぬ座シリウスα星からきましたから。わたしたちの本来の姿をご覧になられたいですか?」
「もちろんですよ!犬種がなんなのか、すごく気になります。フレンチ・ブルドック?ダルメシアン、やっぱり、トイ・プードルかな?」
 このテンションなら、シラフじゃないほうがいい。ビールかハイボールが飲みたい、と真瑠斗くんは思った。
「じゃあ、写真は撮らないで」
 美音さんが背中に細い手を伸ばしたかと思ったら、ジッパーをじっ~とおろすような音がした。
 どさっ!
 パジャマと共にゴム製の皮のようなもの(!)がカーペットに落ちた。
 そして、そこに堂々と立っていたのは美しい一匹の白い犬。
 バランスの良いからだつき、なめらかな毛皮。
 オオカミを連想させる、荒々しく鋭い顔のシベリアン・ハスキーだった。
 そいつが、わぉ~んと吠えて、真瑠斗くんは気を失った。



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