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111 低姿勢でご挨拶
しおりを挟むこの日、私は柄にもなく緊張していた。
ド、ド、ド、ド、と心臓はうるさいほどに脈打ち、喉も異常に乾く。
隣でニコニコしているアルノーの手をぎゅっと握りしめて目的の場所へ向かっているだけだというのに、どうも落ち着かない。
いやはや、落ち着けるはずがないのだ。
だって私は今からアルノーの友達に会うのだから!
「ダリウス!」
「よ! アルノー!」
家族以外の人間の名前をアルノーが呼び、それに答えるのは知らない男。
藍色の髪と緑の眼を持つ、私達より二歳ほど年上らしい十五歳のダリウス・ローガン少年。
背丈もアルノーより高く体格も良くて、私が隣に並んだらかなり小さく見えることだろう。
軽やかに挨拶を交わす二人の姿を見つめ、私は乾いた喉をゴクリと鳴らした。
「は、初めまして! リズエッタです! いつもアルノーが、弟がお世話になっております!」
腰を九十度に曲げ、礼儀正しくお辞儀をする。
なんてたって相手はアルノーのお友達だ。私がヘマをするわけにはいかないのだ!
私自身がヘマをして嫌われ疎まれるならば何とも思わないが、私のせいでアルノーが困る事があってはならぬ事。
ならばそうならぬよう、私は最善を尽くすだけ。
「え? ーーーーいやいやいや! こっちこそ何時もアルノーに世話になってます! そんで保存食分けてくれてありがとうございます! ほんっと助かってる!」
「いえいえとんでもない! 保存食で宜しければ送らせて頂きますので、何卒! 何卒弟を宜しくお願いしますっ!」
「いやいやこちらこそ!」
「いえいえこちらこそ!」
「ーーーーーー何してんの?」
私とダリウスのお辞儀合戦を止めたのはキョトンとしたアルノーで、興味深そうにこちらを見ていた。
そんなアルノーに初対面の印象が大事な事。お世話になっている人に姉として挨拶をする事は当然なのだと説いた。
「アルノーにとってはただの友達かもしれないけど、私からすれば唯一学院内でのアルノーを知ってる人なの! だからこそ低姿勢での挨拶は必要なんだよ!」
「そっかー?」
「そうなの! 大切なの!」
ニコニコと穏やかに笑うアルノーにつられて笑いながらももう一度ダリウスに頭を下げ今後も弟を宜しくと頼むと、彼は面白そうに声を上げて笑った。
その笑い声は豪快で、通行人が振り向くほど。
一体どうしたと首をかしげると、ダリウスは私を見つめて面白いと言い放ったのである。
「アルノーのネェちゃんっていうから、もっとこう年上で怖そうな人間かと思ってたらそうじゃねぇのな! むしろしっかりしてっけど不似合いっつーか、見た目によらないっつーか」
「ん? リズはしっかりしてるよ? 見た目とか関係なくない?」
「まぁ、そうなんだけど! なかなか想像と真逆で!」
こいつは意外と失礼な人間なのではないかと思うが、見た目からしたら今はアルノーの方が"兄"に見えるだろうし、前にあった門番の対応といい、私に関して間違った想像をしていたとしても頷ける。
未だヒィヒィと笑うダリウスに若干の不信感を抱きながらも、私は誰にも悟られぬようにっこりと笑うのである。
「えっと、それじゃあ何処行く? 多分私の方が街は詳しいと思いますけど?」
ようやく笑い終えたダリウスに声をかけ、行きたい場所はあるかと問う。
彼は少し悩むそぶりをした後、行きたい場所、というか探したい人がいるんだと苦笑いをした。
「兄貴達からの話でよくハウシュタットに来てるって噂は聞いてんだけどさ、その人にあってみたくてなぁ。まぁ、居るとも限んねぇんだけどーー」
「ほほぅ? ちなみにどんな人? ギルドに知り合いいるので普通に下がるより楽かと!」
「あー、その、商人の"スヴェン"って男! それしか情報ねぇんだけど、流石にそれだけじゃ無理だよなぁ」
深々とため息を吐くダリウスを前に私たちは顔を見合わせて瞬きをする。
今彼は"スヴェン"と言っただろうか?
それも商人の?
私たちの知るところスヴェンと名乗る商人はただ一人。
そうあのお酒大好きご飯大好きのスヴェン、ただ一人なのだけど。
云々と悩むダリウスの肩にアルノーは手を掛け、そしてそのスヴェンの特徴を聞き出すと、ダンジョンと領主にしか商品を卸さない変わり者の商人ときた。
これはもうあのスヴェンに間違えないだろう。
「ダリウスさんが会いたい人、会わせてあげる。ので商業ギルドで待ってて! すぐに連れてくる!」
「いってらっしゃーい!」
「え! 何? は?」
何が起こったかわかっていないダリウスと面白そうに笑うアルノーを残し、私は一旦家へと向かう。
そして当たり前のように朝から酒を飲んでいるスヴェンの手を引いて、商業ギルドへと急いだのである。
途中、スヴェンが何やら騒いでいたが気にしない。
重要なのはアルノーのお友達がスヴェンに会いたいと願っていたことだけ。
今後の円滑な関係のためそれを叶えてあげる
のも姉の仕事だといえよう。
「お待たせ! これがスヴェンですよっ!」
バンっと大きな音を立ててギルドの扉を開き、目の前にいるのであろう二人に声をかける。するとそこにいたのはアルノーでもダリウスでもなく、受付のウーゴのみ。
首を傾げてアルノーを視線で探していると、ウェダと話している二人を見つけた。
「アルノー! ダリウスさん! スヴェンを連れてきたよー!」
「えっ!? マジで!?」
ニコニコと笑いながらダリウスの前にスヴェンを連れ出し、軽い紹介をする。
スヴェンが私達の昔からの知り合いである事、今では兄貴分である事。そして重要なのがダリウスが探していたスヴェンが、このスヴェンで間違いないという事。
キラキラ目を輝かせたダリウスは私にした挨拶よりももっと礼儀正しい挨拶をスヴェンに行い、そしてしっかりと握手を交わした。
「俺、私はローガン商会のダリウスと申します! お会いできて光栄です!」
「はぁ? えっと商人のスヴェンです? はじめまして」
いきなり知らない少年に迫られて困惑しているスヴェンにアルノーの友達だと耳打ちし、そして相手をしてあげるように頼む。
スヴェンは少し嫌そうな顔をしたが足をグリグリと踵で踏み、もう一度アルノーの友達だとニッコリと笑ってやれば渋々と分かったと頷いた。
私だって知らない人間、それも商会相手に話をするのはご遠慮願いたいが、此処はアルノーのお友達という事で我慢してもらいたい。
ローガン商会とやらが何に流通しているか不明だが、まぁ話くらい聞いてやっても問題は起こらないだろう。
「アルノー! なんか飲む? 用意しようか?」
「んー、二人はほっといていいの? あ、飲み物は甘いもので!」
「了解! ダリウスさんはスヴェンに会いたかったんだし、任せとこ!」
私よりはるかに大きくなったアルノーの髪を撫で微笑んで、食堂から常備水となっているレモネードを取り出す。
これは私を含めた調理場スタッフへのご褒美の一つなのだが、アルノーは別。
とはいえ、キョトンとした顔をしているウェダの分も用意しておいた。
「はいどーぞ! んで、ウェダさん。こっちはアルノー、私の弟です! 可愛いでしょ!」
「ーーえ! 弟!? お兄さんじゃなくて?!」
「ええ! 弟です! 今はリッターオルデンに通ってるからなかなか会えないんですけどね!」
優秀なんですと胸を張って言い切るとウェダは驚いて、そしてアルノーをじぃっと見つめる。
惚れてもやらんとかばうように前に出ると、ウェダはクスっと笑った。
「なんか、いつものリズエッタちゃんじゃなく見えるわ! 何というか、年相応?」
「……それはいったいどういう意味で?」
これでも私は通常運転なのだが。
一体全体何がおかしいのだと首を傾げていると、ウェダはもう一度笑う。
「だってリズエッタちゃん、顔がデレデレよ! いつもそんな顔しないのに!」
「デレデレ? そりゃそうですよ! 可愛い弟がいるんですからデレるに決まってるじゃないですか! むしろ今デレるしかないでしょ! だってアルノーがいるんですよ!」
可愛い、いや、今はかっこよく変貌を遂げたアルノーに抱きつき目を細めてニマニマと笑ってそう返すと、ウェダはより一層笑みを深める。
どうやら、本当に私の行動がおかしく見えているみたいだ。
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