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112-1 瞬殺とお菓子
しおりを挟むばったり出会した三人は不気味なものを見るように和やかに笑う私を見つめ、それと同時に隣にいるアルノーを睨みつける。
私の可愛い弟にガンつけてんじゃねぇよと憤りたくなるも、ここはアルノーの手前、そんな細やかな事で声を荒げる姉はよろしくないと必死に言葉を飲み込んだ。
「ーーそいつ誰?」
最初に口を開いたのはリーダー格のセシルだ。
アルノーより若干低い目線で必死に睨みつけながら背後の二人を庇うような行動もみせる。どうやら彼はアルノーを危険人物だと認識しているようだ。
まぁ、私が知らない人間を引き連れてれば若干不信感を抱くのは致し方ない事だろう。
セシルにとって私は仕事をくれる人物だが、何を考えてるかわからない輩なのだから。
「この子はアルノー。私の弟だよ? はっきり言って君達より強いし、かっこいいし、良く出来た人間。そんじょそこらの冒険者だろうが何だろうが、アルノーには敵わないよ! って訳で君らに何かすることは無いから安心しな! んじゃね!」
ばったりとあった訳で三人に用があった訳でもない。
アルノーの手を握りまた街中へ向かって歩みだそうとすると、今度は少し焦った顔のウィルとデリアに前方を塞がれた。
一体なんのようだと首を傾げてみれば私の言った言葉が気にくわなかったらしく、アルノーに向かって勝負しろ!と甲高い声で叫んだのである。
「俺たちだって強くなってんだよ! お前の弟だかなんだが知らねぇけど、そう簡単に負ける訳ねぇだろうが! 馬鹿にすんな!」
「そうそう! 私だってもう一人前に戦えるしアイアンランクにまで上がったの! 私の方が強いってリズエッタさんに証明してあげる!」
鼻息荒く声を荒げる二人の横でセシルは誇らしそうに笑い、そして俺も勝負がしてみたいとアルノーに向き合った。
アルノーは三人の行動にキョトンとしていたが、いつも私に見せるような穏やかな笑顔をすぐに見せて頷いた。そしてここでは邪魔になるからと、一度私の家の庭へと向かったのである。
家の庭に着くと面白そうに笑うスヴェンとダリウス、そして何故かウェダがそこにいた。
多分ダリウスがスヴェンと商業について語り、そこにウェダが混ざったような形なのだろう。
この前からダリウスはうざいくらいにスヴェンに纏わり付いているし、ウェダは何故か私の行動が面白いとお菓子持参で会いに来ていたほどだ。三人が揃っていてもなんらおかしくはない。
「それじゃあ、アルノー対三人でいいよね? 一人ずつやる意味ないし、その方が手っ取り早い。不満があったとしても私はアルノーの方が強いって知ってるし、君らごときにアルノーが劣ってるなんて思っちゃいない。私の考えを覆したいなら三人で突っ込んで、一人でもアルノーに触ってみなよ? んで、アルノーは瞬殺してくれていいからねっ!」
私の一言に一気に不満を漏らす三人と、少し心配そうにこちらを見るウェダ。
ウェダからすればアルノーの実力を知らない訳だし、少し過信しすぎだと考えているのかもしれない。
しかしながらスヴェンとダリウスに至ってはニヤニヤと笑うだけで、私の言葉の意味を理解しているのだろう。
三人とアルノーが向かい合い、開始の合図を待つ事数十秒。
私は四人をぐるりと見回し、そして大声ではじめと叫んだ。
瞬間、地面に横たわったのは何が起こったのか理解できず苦しむ三人だった。
「ーーごめん、アルノー。何したのか見えなかった!」
「ん? 殴って蹴って、チョップしただけだよ?」
あまりの速さで私の目では追えず、アルノー自身に何をしたのかと問うても間接的な返答しか返ってこない。それもさも当たり前のようににこーっと笑いながらだ。
私としてはアルノーの強さを目に焼き付けるつもりだったのだが、それすら今の私には無理なようだ。
「……スヴェーン! スヴェンは見えた?」
「んあ? 見えたに決まってんだろうがっ! まずセシルの鳩尾を殴って次にウィルの脇腹に横から蹴りを入れた。そんでデリアには控えめに脳天チョップだったな。まぁ何というか、アレだ。アルノーにはそんじょそこらの人間はもう勝てねぇよ! むしろ勝てる奴が知りたいわっ!」
「ハハッ! アルノーはすでに学院でも敵う奴いないっすよ! かかってくる貴族はいつも笑顔でちぎっては投げちぎって投げで、ある意味恐怖の対象になりつつありますからね!」
誇らしそうににやけるスヴェンと、当たり前のように言い切るダリウス。
唖然とその様子を見ていたウェダは言葉を発することはなく、私もただ頷いただけ。
当たり前といえば当たり前なのだ。
幼い頃から私のご飯を食べて祖父に鍛えられてきたアルノーと、最近になって生きる為の戦い方を学んだただの孤児。
同じ土俵にすら立っていなかったのだから。
ゲホゲホと苦しそうに咳き込むウィルはもう一度と声を上げて、そしてアルノーへと向かっていく。が、あっけなく避けられ後ろからの脳天チョップでまたしても地面へダイブ。
それでも起き上がりアルノーに向かって行く様は素晴らしいが、実力に違いがある事を学ぶべきでもあろう。
「アルノー! 面倒だったら気絶させてもいいよー!」
「んー、大丈夫! リズの知り合いだし、向かってくるうちは相手してるよー! だからおやつの用意があると嬉しいな!」
「そっか! じゃあおやつの準備だけしておくね!」
爽やかに笑うアルノーと、必死に飛びかかり攻撃を当てようとする三人を横目に私はおやつの準備に取り掛かる。
とはいっても作り置きのバターケーキと水を注ぐだけの蜂蜜レモネードだから特に時間がかかることはない。
スヴェンとダリウスの手を借り庭にテーブルと椅子を用意し、そこでのんびりと様子を窺いながらお茶にする。
しっとりとしたケーキをさっぱりしたレモネードで食すのは最高の組み合わせで、ウェダもいつも以上に頬を緩め、ダリウスに至っては何故か半泣きになっていた。
どうもアルノーに送ったヌガー等を気に入っていた為、このバターケーキが食べられる事自体に歓喜あふれているようである。チビチビと大切に食べるダリウスにまだいっぱいあるからと他の作り置きケーキもテーブルに並べてやるとキラキラとした瞳で私を見つめ、そして嬉しそうに大きな口でケーキを頬張った。
「うめぇ! もう普通の菓子はくえねぇ!」
「そこまで言ってもらえると嬉しいですね! でもアルノーの分は残してくださいね?」
このままじゃ全て食べられてしまいそうなのである程度の量を確保しておくと、それ以外は食い盛りのダリウスと甘いもの好きなスヴェンの腹へと次々と収まっていく。ウェダには特別に蜂蜜漬けのフルーツを提供し、私たちは静かな時間を過ごした。
それから一時間ほど経ったのちに三人は地面に倒れたまま動かなくなり、汗一つかくことのなかったアルノーは悠々とおやつを頬張り始めた。
三人のそばにはお情けでレモン水を置いといてあげたので感謝してもらいたい。アルノーより強いと言い張った自分達が悪いのだ、少しはそこで反省するがいい。
未だ起き上がるそぶりを見せない三人をよそに、アルノーは残しておいたおやつをパクパクと食べていく。しかしその量が少し足りなかったようで、不満げに眉を細めた。
「リズエッタのお菓子は美味しいけど、ダリウスとスヴェンは食べ過ぎじゃない? 怒っていい?」
「ーーははっ。 ほんとごめんなさい」
「またリズに作って貰えばいいだろ? そんな真顔になるんじゃねぇよ!」
いつも和やかなアルノーは静かに二人をにらみ、その二人はそっと目を逸らした。そして何故がウェダまでもが視線を逸らし、私はニンマリと笑顔を作る。
私はそんな食い意地のはったアルノーが可愛くて仕方なく、思わず頭をグリグリと撫でてしまっていた。
「アルノー、お菓子は食べたいもの作ってあげるよ! 何てったって私はお姉ちゃんだからね! アルノーは食べたいものなんでも言っていいんだよ!」
「うん! 俺、お腹いっぱいにリズのご飯が食べたい!」
「了解した! 今日もパーティーメニューにしよう!」
好きなものを作るといえばアルノーはまた幸せそうに笑い、私もそれを見て頬が緩む。
やっぱり家族に求められて作る料理が、私にとって一番の幸福なのである。
この幸せがずっと続いてくれば、私は死ぬその時まで神に感謝を捧ぐだろう。
それくらい、私にとって弟は、家族は大切な存在なのだ。
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