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112-2 姉想いな弟
しおりを挟む蜂蜜色の髪と瞳。
穏やかに笑う表情に、ウェダはある少女を思い浮かべた。
少女の名前はリズエッタ。
この街、ハウシュタットでは知らぬ者がいないであろう女の子の名前だ。
彼女自身は名が通るほど有名になってしまっている事に気付いていないのだろうが、その風貌と少女らしからぬ行動で多くの者の記憶に深く根付いてしまっている。
冒険者ギルドに喧嘩を売ったことも、薬師に纏わりつかれた事も、孤児を利用し商売を始めた事も、商業ギルドで飯屋を営んでいる事も、その全てが一年足らずで行われていた事も誰もが周知の事実。
多くの者が彼女との縁を結びたがってる中、運良く縁を手に入れたウェダは幸運だといえた。
そしてそんな彼女の色とそっくりな色を持つ一人の少年に多くの者が知らずに目を奪われ、ウェダもそんな大衆の一人であった。
そういえば弟がいるとか。
なんて彼女の言っていた言葉が脳裏に浮かぶも、その少年のほうが年上に見える故に弟だという確信はない。
淡い期待を胸に蜂蜜色の髪の少年に話しかけてみると、にっこりと笑って受け答えするその姿に彼女の面影をみた気もする。
でもまだ、確信には至ることはない。
さてどうするべきかと頭を悩ませていると悩みの種である少女はいつも以上の華やかな笑みで少年の名前を呼び、ウェダの目の前に現れたのである。
キラキラと輝かせた瞳は何時も他人に見せているものよりもはるかに輝かしく、美しい。
頬の赤みも普段に増して愛らしく、年相応の少女の姿がそこにはあった。
嗚呼、彼女はそんな顔が出来たのか。
そう感じ取るとともに、ピリリと一瞬だけ空気が変わるのを肌に感じた。
彼女、リズエッタと同じように満面の笑みを見せる少年の瞳の奥に、ウェダはほんの少しの警戒心が現れたのを見過ごさない。
それはウェダやその場にいるものに向けられた敵意ともいえる、そんなもの。
アルノーと呼ばれた少年が無意識に出したであろう、姉を守る為の行動ともみてとれた。
リズエッタが誰も知らない笑顔を振りまく中、ウェダはその姿にほんのわずかに胸を締め付けられた。
仲良くなれたとは思っていた。
けれど家族には敵わない。
彼女の信頼は未だ得られていない。
そう感じずにはいられなかったのである。
当たり前と言っては当たり前だが、年相応に笑う彼女の笑顔がとても愛らしく思えてしまった。
アルノーと言う弟の存在をその時知ったのは勿論ウェダだけではない。
スヴェンを除き他人を寄せ付けないリズエッタがこれでもかと花を撒き散らすように笑顔を振りまいて街を歩けば、いやでも噂はすぐに流れ始める。
あれは一体誰なのか。何者なのか。
恋人か友人か。
人々はそう囁き、そしてようやく行き着いたのは"弟"という存在。
その存在を目の前にいち早く動き始めたのはリズエッタに嫌われているバルトロであった。
彼女の弟がどんな人間であれギルド側に引き込めればまたリズエッタと縁が結ばれる、そう考えて数人の冒険者を監視へつけてみたものの、彼らは青い顔をしてすぐ様ギルドに駆け込んだ。
あれはヤバイ。目が笑ってない。手出しできない。
それが皆が口を揃えて言った言葉だった。
その言葉の意味を知らないバルトロは自ら赴き接点を作ろうと試みたが、遠巻きで見ているだけだというのに冷ややかな視線と何度も混じりあう。
顔は笑っているのに、目も笑っているのに、その視線の奥底でこちら側が監視されているような警戒しているような、嫌なものが纏わりつく。
視線を逸らせばアルノーも同じく視線をずらし、また戻せばカチリとその恐ろしい視線と絡み合い、嫌な汗が背中を伝う。
あれはヤバイ。
バルトロは長年の勘から咄嗟に身を引いた。
ただの子供だからと侮っていたが、どんな場所からでもアルノーは確かにバルトロだけに視線を向けて威嚇をする。
そこにいるのは分かっていると、いつでも手を出せると見せつけるかのように、誰も巻き込まずたった一人だけを威嚇する。
そんなことが常識外れた行動が出来る子供がいるなんて誰が思おうか。
「ーー化け物かよっ」
バルトロの言葉は人ごみに消えアルノーへと届く事はなかったが、その例えはあながち間違ってはいないのだろう。
リズエッタが弟であるアルノーを大切に扱うように、アルノーも姉であるリズエッタを無意識に守る。
幼い頃から守り育ててくれた姉に害意を向ける者は許さない、傷付けることは許さないと既に魂に刻み込まれている強い思い。
リズエッタがブラコンならば、アルノーは重度のシスコン。
既に後戻り出来ないとこまで来ていたのである。
そしてバルトロと同じようにアルノーのシスコンの毒牙にかかったのはセシル、ウィル、デリアの三人である。
最初こそリズエッタにやけに馴れ馴れしいアルノーの存在にヤキモチをやき、己から突っかかっていたった三人だがその行動はのちに後悔しか生まなかった。
強さを試したいと三対一で挑むも笑って躱され殴り蹴られ、まともに攻撃を受けてもらえない。否、遊ばれているだけで闘いにもなっていなかったのだ。
何度も倒され地面にめり込み、それでも必死に食らいつこうと重くなっていく手足を動かす。けれども実力の差は歴然で、こちらからは指がかすることすらない。
あゝ無情。こんなにも叩きのめしてくれなくても。
そう嘆いても既に遅い。
「俺はね、リズエッタが大切なんだ。一番守ってあげなきゃならない存在で、その為なら非情にだってなれる。ーー君達はリズに必要な存在なのかな?」
アルノーは天使のようににっこりと笑って、悪魔のような言葉を吐く。
彼曰く、弱いだけの存在で、リズエッタに利益をもたらすわけではない三人は必要なのかと。
「リズはね、狩りができないし、戦うこともできない。逃げる事は出来るけど、誰かを守る事はしないと思うんだよね? だからね、君達がリズを頼るだけじゃ"そこにいる"必要はないと思うんだ。ーー君たちはリズの何?」
「俺達は、アイツのーー」
言われてみればいつだって与えられてばかりだった。
生き方を教えてくれたのも、仕事を与えてくれたのも、"家族"を助けてくれたのも全てリズエッタで、俺達はまだ何も返しちゃいない。
それが当たり前になっていた。
そんな簡単な事実に、漸く三人は気がついた。
「リズの側にいるなら、それなりに強くなって守ってあげてよ! 俺がいない間は特に!」
地面に伏せる三人にアルノーはにこやかに笑いかけ、そしてとどめを刺すように手を振り下ろす。
アルノーにいわせてみれば姉と対等のように並ぶ三人が気に食わなかったし、自分の居場所がとられたみたいで嫌だった。
要は子供の八つ当たりだったのだが、三人には良い経験になっただろう。
アルノーからしてみれば自分が学院に行ってる間に三人は大好きな姉の側にいて、それなのに役にすら立ってない。むしろそれが当たり前だというようにそこにただいるだけ。
それが非常に気に食わなかった、ただそれだけだった。
故にこの一方的な暴力で姉から離れていくならそこまでの人間だったと遠ざければいいし、もし姉のために行動を起こす人間ならばもう少し強くなってもらわなきゃ困ると考えた結果だ。
姉は、リズエッタはいつでも強かだが、物理的な攻撃にはめっぽう弱い。誰かが盾になってあげなくては案外あっさりと死んでしまう程度の人間なのだから。
「学院は楽しいけど、なんか街の人はリズに対して好戦的な人が多いし心配だなぁ。いざとなったら逃げてってリズに言っとかなきゃ!」
それは過去に喧嘩を売ったギルド長であったり他孤児院の子供であったり、仕事を奪われた冒険者であったり、未だに薬草を狙う薬師であったりと様々だが、アルノーの持つ蜂蜜色の目にはしっかりとその姿が捉えられていたのである。
姉が弟を愛し育てるように、弟は無条件に姉を守り盾になる。
そうなるべくしてなってしまった双子の姉弟愛は、他者の知らぬところで加速する。
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