追憶の君

森本 奈々

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「ねっ! 全然違うでしょ?」 
 僕の心を見透かしたかのように彼女が言う。そんな彼女のことを注視すると、スケッチブックにペンを走らせていた。顔は真剣そのもので、貪るように月とその周辺の風景を描いている。
「何してんの?」
「どこからどう見ても絵を描いているでしょ? 目、付いてないの?」
 語気はやや強いが、怒っている様子はない。僕もまた、そんな彼女に対し嫌な感じはしない。恐らく、月の光に照らされた二人は心が浄化されて、怒りの感情が芽生えにくくなっているのだろう。
 きっと、数メートル空と近付いただけで、月の魔力は何倍にも膨れ上がったのだろう。先程までは文句を言うつもりだったが、そんな気も失せて、風景と彼女の絵を対比しながら彼女のことも眺めている。白く透き通った肌とスッと通った鼻筋と大きな瞳が、月の光に照らされて、より妖艶に強調される。
「何? 私に見惚れているの?」
「うん」
 死ぬつもりでここにやって来たのだ。恥も外聞もない。嘘をつく必要性が毛頭ないので、僕は素直に彼女の言葉を肯定した。
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