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第17話ー5
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2月半ば。
カプリコルノ国の宮廷オルキデーア城。
4階にある王侯貴族専用の食堂に、本日はサジッターリオ国女王シャルロッテ・アインホルンの姿があった。
先ほど王都オルキデーアでコラードとシャルロッテの成婚パレードが開催され、現在は祝宴中だった。
普段は宮廷にいない天使たちも揃い、レオーネ国王太子マサムネとその猫4匹も駆けつけた。
使用人たちと一緒に、ベルが腕によりをかけて作った料理をせっせと運んで来る。
その栗色の瞳は爛々と輝いていた。
頭に思い描くは、コラードが将来サジッターリオ国の『王配殿下』ではなく『国王陛下』となる姿。
「あら、美味しいわねー。ベル、あなたお料理も得意なのねぇ?」
「ありがとうございます、シャルロッテ陛下。どうぞたくさん召し上がりくださいませ」
「ええ、頂くわ。ところで、このオイル煮の食材は何かしら?」
フラヴィオが「あ」と口を挟んだ。
「そういえば、ベル。この辺だとうちの国だけだぞ、『タコ』を食べるのは」
シャルロッテが驚愕した様子で「きゃあ!」と皿から逃げるように仰け反った。
「タ、タコですって!? 嘘でしょう!? 気持ち悪い!」
シャルロッテの反応を見てベルが謝罪しようかとき、コラードが「えー」と言って正面の席のシャルロッテの顔を見た。
「美味いよ、タコ。オレ好きなんだ」
「そう……なの?」
「うん」
とコラードがタコを口に運んで「んまい」と笑うと、シャルロッテが自身の皿の上のタコに目を落とした。
恐る恐る口に入れて噛み、飲み込んで「ふふっ」と笑った。
「本当ね、コラード。美味しいわ。あなたの舌は天下一ね」
「さっすがオレの女神! 分かってるぅー」
そんな2人を見て何か言いたげなのは、シャルロッテの隣の席のフラヴィオ。
ナイフとフォークを動かす手も、ビーフステーキを咀嚼していた口も止めて、2人を交互に見る。
そして最後はシャルロッテに視点を置く。
「何かしら、お義父様?」
「だからそれ止めてくれ……」
「では、カプリコルノ陛下?」
「他人行儀だな……」
テーブルの下、フラヴィオの足を踏んづけたシャルロッテが小声になりながら訊く。
「なんだって、訊いてんのよ」
「さっきタコ気持ち悪いって言ったではないか」
「ええ、言ったわ」
「何で急に食べて美味いとか言ってるのだ」
「だってコラードが好きだって言うんだもの」
「何だ、それ……」
と口を尖らせたフラヴィオを見て、正面に座るヴィットーリアがやれやれと溜め息を吐いた。
次から次へと皿をターヴォラの上に並べ、忙しそうなベルを手招きする。
そして寄って来ると、フラヴィオを目で一瞥してからこう言った。
「ティーナがいる前で悪いが、膝の上に乗ってやっておくれ。不貞腐れておるわ」
「あれ? どうされたのですか、フラヴィオ様は?」
「大方、自分の女が他の男――コラードに取られたとか、そのあたりと似た感じの気分がしてるんじゃろうて」
そういうことかと、ベルは承知してフラヴィオの下に向かって行った。
その隣の席のシャルロッテに向かって「申し訳ございません」と頭を下げてから、フラヴィオの膝の上に座る。
ヴァレンティーナに「ベルったら」と笑われて赤面してしまったが、とりあえずフラヴィオの機嫌が直った。
「Oh……!」と碧眼を煌めかせ、ひしとベルを抱き締める。
「なんて可愛いのだ、7番目の天使は……!」
「7番目の天使『は』とか強調しないでくれる? 私が可愛くないみたいに聞こえるじゃない」
と小声で文句を言ったシャルロッテが、「そういえば」と続けた。
「あなたの『天使』の中には、弟や親友の妻もいるじゃない? 私もそうなるの?」
フラヴィオが「お?」と少し嬉しそうに笑んでシャルロッテを見た。
「なりたいのか? 『8番目の天使』に――」
「いいえ」
と言ったのはコラード。
口を尖らせているその顔は、フラヴィオそっくりだ。
「ロッテは、『父上の天使』じゃなくて、『オレの女神』です」
「ええ、そうねコラード。私はあなただけのものよ」
と「ふふっ」と嬉しそうに笑うシャルロッテの傍ら、フラヴィオの顔は再び不貞腐れている。
――と、思いきや。
「おまえに守れるのか」
力の王の顔になっていた。
「余の天使と、おまえの女神。より守ってやれるのはどっちか言ってみろ」
「それはっ……」
と口籠ってしまい、俯いたコラードを見て、シャルロッテが再びフラヴィオの靴を踏みつけた。
「止めてくれ、ロッテ。毎朝ベルがピカピカに磨いてくれているのだぞ」
「あら、ごめんなさいお義父様じゃなくてベル。あくまでもベル」
ベルが「お気になさらず」と返したのを、聞いているのか聞いていないのか。
2人が不機嫌そうにお互いの顔を見つめ合っている。
「私の可愛いコラードを苛めないでくれる?」
「苛めているのではない。コラードは王配や国王になるには少し早いと言っている。そなたと婚約はしたが、結婚はコラードが成人するまで待ってもらう。その間、コラードはこれまで通り余やフェーデ、ドルフの下で鍛えておく必要がある」
マサムネが「せやな」と口を挟んだ。
「今や人間だけでなく、モストロを相手にせなあかん時代に入っとるんや、女王陛下。分かったってや」
「何よ。今のコラードだってとても強いのに。すでにうちの兵士500人には匹敵するわよ」
「そうだろうな。コラードは余やフェーデの子供たちの中でも、最も武の才があるからな。だがそれでも余やフェーデ、ドルフに比べたら半人前だ。妻を持つだけでなく、いきなり2人の娘の父親になり、何より王配や国王となって国を担うことになるというのならば、尚のこと今のままやるわけには行かぬ」
シャルロッテが言い返そうとすると、コラードがフラヴィオに向かって「はい」と返事をした。
フラヴィオの他、フェデリコやアドルフォの顔も見る。
「これからも、ご指導お鞭撻のほどよろしくお願いします」
と頭を下げる。
その後、シャルロッテを見た。
「そういうことだからごめん、ロッテ。結婚はオレが成人するまで待ってくれる? その間、もちろんちゃんと会いに行くから。父上の言う通り、オレもっと強くならないと。ロッテのことも、子供たちのことも、サジッターリオ国も、ちゃんと守れるように」
「ああ……私のコラード、素敵だわ……」
と頬を染めるシャルロッテを見て、やっぱり再び不貞腐れたフラヴィオが「なんだ」と文句を言ってベルの頭に頬を摺り寄せる。
そのベルは、小声になってシャルロッテに問うた。
「あの……マヤ殿下は今後どうされるのですか?」
シャルロッテが苦笑した。
「あの子に散々バカバカ言われたわ、私。仕方ないけど。あの子は常日頃、貴族の息子たちにチヤホヤされてるけど、結婚はコラードが良かったみたいね。まぁ、なんていうか、コラードが好きっていうか……この人が好きなんだけど」
と、視線を向けられたフラヴィオが「おお」と碧眼を煌めかせる。
「可愛いな、マヤは」
「マヤ『は』とか強調しないでって言ってんのよ。ていうか、それなりの子をマヤにくれない? 大公のフェデリコの子でもいいから」
「余に似てるチビか? んじゃコラードの他となると……アレが良かろう。コラードとも仲良いしな」
と、フラヴィオが顔を向けたのは、フェデリコの長男リナルド(10歳)。
「えっ?」と、アリーチェ譲りの榛色の瞳が輝く。
シャルロッテが「良いかしら?」と問いかけると、元気良く「スィー!」と返事をした。
「よろこんで、女王陛下! 王太女と結婚、フォォォウ!」
今後、そういうことになった。
使用人が食後のドルチェを運んで来ると、シャルロッテが「あら?」と首を傾げた。
「カプリコルノって、こんなにうちの国の食べ物と違ってた? 何この、パンケーキに挟まってる茶色いような赤いようなやつ……?」
と、ドルチェ――マサムネたちが手土産に持って来た『ベル焼き』――のあんこを見つめる。
マサムネがシャルロッテに説明しているあいだ、店で『あんこパン』を売っている町天使セレーナが、ふと苦笑した。
「もう駄目だわ、あんこパーネ……ついに閉店までに売り切れなくなっちゃった」
「えー? 美味いのに、何でかなぁ」
と残念そうに言ったハナが、続け様に問う。
「その余ったあんこパーネは、コニッリョにあげたのか?」
セレーナが「ええ」と頷いたあとに、「あ」と何か思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、これは偶然かもしれないけど……」
と、一同の顔を見回して問う。
「もしかしてコニッリョは甘いものの中でも、あんこが好きなのですか? いつも食べ物を受け取ったあとは、とりあえずすぐ逃げていくのに……あんこパーネをあげたときは、その場で夢中になって頬張っていたのだけど」
一同が返したのは「え?」という言葉だった。
何故なら、答えを知らない。
ナナ・ネネが、こんなことを言う。
「ガット・ティグラートは、あんこ嫌い」
「ベル焼きはトルタ部分だけ食べる」
「トルタは卵いっぱい」
「牛乳いっぱい」
「バターいっぱい」
「だから美味い」
「でもあんこは『豆』だけ」
「美味いとこない」
と、ナナ・ネネがベル焼きのトルタ部分を剥がして頬張る。
それを眺めながら、言葉の意味を考えていた一同。
やがてタロウ・ハナが「あっ」と声を上げた。
「そうだよね。ナナ・ネネだけでなく、肉が主食のティグラートやメッゾサングエって、卵とか牛乳とかブッロが大好きだもんね」
「そうだ、ティグラートはあたいら魚が主食のネーロより、ずっと卵・牛乳・ブッロが大好きだ。ティグラートは、草食動物の食べる『豆』なんてまず好かないよな。――ってわけで、答えが出たぞセレーナさん」
と、ハナがセレーナを見たあと、一同の顔を見回した。
「草食かつ甘いもの好きなコニッリョの大好物って、何よりも『あんこ』じゃないか!」
――と、いうわけで。
急遽裏庭に出て釜戸を作り、大型の鍋で大量のあんこ作りが始まった。
まずベルと料理長フィコが小豆を茹でているときから、城壁の向こうに気配を感じ始め。
砂糖を混ぜると、わらわらとコニッリョが出現した。
城壁を次から次へと乗り越え、裏庭にある搦手門からは雪崩れ込んで来る。
あまりの事態に思わず動揺する一同の一方、遠巻きに集まっているコニッリョたちから大量の涎が流れ出す。
あんこが出来上がって火を消すと、コニッリョが最も恐れているであろう『人間界の王』――フラヴィオに、スプーンが渡された。
アツアツのあんこを一口すくい、一同と顔を見合わせ、うんと頷き合う。
そして、いざコニッリョたちに向かって差し出すと――
「――おおおっ、食べたぞ……!」
とフラヴィオも、一同も目を丸くする。
あの酷く臆病なはずのコニッリョが、誰よりも恐れる人間界の王の手から、逃げ腰になりながらもクッキアイオを咥えてあんこを食べた。
そしてその一匹が、やはり逃げ腰のままだが、フラヴィオを見て『あーん』と口を開ける。
それを見た他のコニッリョたちも、逃げ腰になりながら『あーん』と倣って行く。
仕舞いには、集まったコニッリョ皆が『逃げ腰あーん』した。
「おお、なんということだ! なんということだっ……!」
と、興奮するフラヴィオがクッキアイオであんこをすくい、コニッリョたちの口に入れていく。
「素晴らしゅうございます、素晴らしゅうございます! しかし、フラヴィオ様?」
「なんだ、ベル?」
「オスのコニッリョにもあげてください?」
フラヴィオが「うん?」と一同を見回した。
「手伝ってくれ」
そして、あっという間に売り切れになった。
あんこが無くなるなり、そそくさと逃げるように帰って行ってしまうコニッリョたち。
だがその背を見送っている一同は、感動に包まれていた。
「コラードの婚約もびびったけど、ワイは今、それ以上にびびっとる。これ、ほんま、度えらいことやで……!」
と、マサムネがその糸目を見開いている。
「今年、この国めっちゃ幸先ええな。まだまだええことあるんちゃう?」
そして翌月――3月末。
ヴァレンティーナの悲鳴が宮廷に響き渡った。
「ベル、どうしたの!? 死んじゃ嫌っ!」
カプリコルノ国の宮廷オルキデーア城。
4階にある王侯貴族専用の食堂に、本日はサジッターリオ国女王シャルロッテ・アインホルンの姿があった。
先ほど王都オルキデーアでコラードとシャルロッテの成婚パレードが開催され、現在は祝宴中だった。
普段は宮廷にいない天使たちも揃い、レオーネ国王太子マサムネとその猫4匹も駆けつけた。
使用人たちと一緒に、ベルが腕によりをかけて作った料理をせっせと運んで来る。
その栗色の瞳は爛々と輝いていた。
頭に思い描くは、コラードが将来サジッターリオ国の『王配殿下』ではなく『国王陛下』となる姿。
「あら、美味しいわねー。ベル、あなたお料理も得意なのねぇ?」
「ありがとうございます、シャルロッテ陛下。どうぞたくさん召し上がりくださいませ」
「ええ、頂くわ。ところで、このオイル煮の食材は何かしら?」
フラヴィオが「あ」と口を挟んだ。
「そういえば、ベル。この辺だとうちの国だけだぞ、『タコ』を食べるのは」
シャルロッテが驚愕した様子で「きゃあ!」と皿から逃げるように仰け反った。
「タ、タコですって!? 嘘でしょう!? 気持ち悪い!」
シャルロッテの反応を見てベルが謝罪しようかとき、コラードが「えー」と言って正面の席のシャルロッテの顔を見た。
「美味いよ、タコ。オレ好きなんだ」
「そう……なの?」
「うん」
とコラードがタコを口に運んで「んまい」と笑うと、シャルロッテが自身の皿の上のタコに目を落とした。
恐る恐る口に入れて噛み、飲み込んで「ふふっ」と笑った。
「本当ね、コラード。美味しいわ。あなたの舌は天下一ね」
「さっすがオレの女神! 分かってるぅー」
そんな2人を見て何か言いたげなのは、シャルロッテの隣の席のフラヴィオ。
ナイフとフォークを動かす手も、ビーフステーキを咀嚼していた口も止めて、2人を交互に見る。
そして最後はシャルロッテに視点を置く。
「何かしら、お義父様?」
「だからそれ止めてくれ……」
「では、カプリコルノ陛下?」
「他人行儀だな……」
テーブルの下、フラヴィオの足を踏んづけたシャルロッテが小声になりながら訊く。
「なんだって、訊いてんのよ」
「さっきタコ気持ち悪いって言ったではないか」
「ええ、言ったわ」
「何で急に食べて美味いとか言ってるのだ」
「だってコラードが好きだって言うんだもの」
「何だ、それ……」
と口を尖らせたフラヴィオを見て、正面に座るヴィットーリアがやれやれと溜め息を吐いた。
次から次へと皿をターヴォラの上に並べ、忙しそうなベルを手招きする。
そして寄って来ると、フラヴィオを目で一瞥してからこう言った。
「ティーナがいる前で悪いが、膝の上に乗ってやっておくれ。不貞腐れておるわ」
「あれ? どうされたのですか、フラヴィオ様は?」
「大方、自分の女が他の男――コラードに取られたとか、そのあたりと似た感じの気分がしてるんじゃろうて」
そういうことかと、ベルは承知してフラヴィオの下に向かって行った。
その隣の席のシャルロッテに向かって「申し訳ございません」と頭を下げてから、フラヴィオの膝の上に座る。
ヴァレンティーナに「ベルったら」と笑われて赤面してしまったが、とりあえずフラヴィオの機嫌が直った。
「Oh……!」と碧眼を煌めかせ、ひしとベルを抱き締める。
「なんて可愛いのだ、7番目の天使は……!」
「7番目の天使『は』とか強調しないでくれる? 私が可愛くないみたいに聞こえるじゃない」
と小声で文句を言ったシャルロッテが、「そういえば」と続けた。
「あなたの『天使』の中には、弟や親友の妻もいるじゃない? 私もそうなるの?」
フラヴィオが「お?」と少し嬉しそうに笑んでシャルロッテを見た。
「なりたいのか? 『8番目の天使』に――」
「いいえ」
と言ったのはコラード。
口を尖らせているその顔は、フラヴィオそっくりだ。
「ロッテは、『父上の天使』じゃなくて、『オレの女神』です」
「ええ、そうねコラード。私はあなただけのものよ」
と「ふふっ」と嬉しそうに笑うシャルロッテの傍ら、フラヴィオの顔は再び不貞腐れている。
――と、思いきや。
「おまえに守れるのか」
力の王の顔になっていた。
「余の天使と、おまえの女神。より守ってやれるのはどっちか言ってみろ」
「それはっ……」
と口籠ってしまい、俯いたコラードを見て、シャルロッテが再びフラヴィオの靴を踏みつけた。
「止めてくれ、ロッテ。毎朝ベルがピカピカに磨いてくれているのだぞ」
「あら、ごめんなさいお義父様じゃなくてベル。あくまでもベル」
ベルが「お気になさらず」と返したのを、聞いているのか聞いていないのか。
2人が不機嫌そうにお互いの顔を見つめ合っている。
「私の可愛いコラードを苛めないでくれる?」
「苛めているのではない。コラードは王配や国王になるには少し早いと言っている。そなたと婚約はしたが、結婚はコラードが成人するまで待ってもらう。その間、コラードはこれまで通り余やフェーデ、ドルフの下で鍛えておく必要がある」
マサムネが「せやな」と口を挟んだ。
「今や人間だけでなく、モストロを相手にせなあかん時代に入っとるんや、女王陛下。分かったってや」
「何よ。今のコラードだってとても強いのに。すでにうちの兵士500人には匹敵するわよ」
「そうだろうな。コラードは余やフェーデの子供たちの中でも、最も武の才があるからな。だがそれでも余やフェーデ、ドルフに比べたら半人前だ。妻を持つだけでなく、いきなり2人の娘の父親になり、何より王配や国王となって国を担うことになるというのならば、尚のこと今のままやるわけには行かぬ」
シャルロッテが言い返そうとすると、コラードがフラヴィオに向かって「はい」と返事をした。
フラヴィオの他、フェデリコやアドルフォの顔も見る。
「これからも、ご指導お鞭撻のほどよろしくお願いします」
と頭を下げる。
その後、シャルロッテを見た。
「そういうことだからごめん、ロッテ。結婚はオレが成人するまで待ってくれる? その間、もちろんちゃんと会いに行くから。父上の言う通り、オレもっと強くならないと。ロッテのことも、子供たちのことも、サジッターリオ国も、ちゃんと守れるように」
「ああ……私のコラード、素敵だわ……」
と頬を染めるシャルロッテを見て、やっぱり再び不貞腐れたフラヴィオが「なんだ」と文句を言ってベルの頭に頬を摺り寄せる。
そのベルは、小声になってシャルロッテに問うた。
「あの……マヤ殿下は今後どうされるのですか?」
シャルロッテが苦笑した。
「あの子に散々バカバカ言われたわ、私。仕方ないけど。あの子は常日頃、貴族の息子たちにチヤホヤされてるけど、結婚はコラードが良かったみたいね。まぁ、なんていうか、コラードが好きっていうか……この人が好きなんだけど」
と、視線を向けられたフラヴィオが「おお」と碧眼を煌めかせる。
「可愛いな、マヤは」
「マヤ『は』とか強調しないでって言ってんのよ。ていうか、それなりの子をマヤにくれない? 大公のフェデリコの子でもいいから」
「余に似てるチビか? んじゃコラードの他となると……アレが良かろう。コラードとも仲良いしな」
と、フラヴィオが顔を向けたのは、フェデリコの長男リナルド(10歳)。
「えっ?」と、アリーチェ譲りの榛色の瞳が輝く。
シャルロッテが「良いかしら?」と問いかけると、元気良く「スィー!」と返事をした。
「よろこんで、女王陛下! 王太女と結婚、フォォォウ!」
今後、そういうことになった。
使用人が食後のドルチェを運んで来ると、シャルロッテが「あら?」と首を傾げた。
「カプリコルノって、こんなにうちの国の食べ物と違ってた? 何この、パンケーキに挟まってる茶色いような赤いようなやつ……?」
と、ドルチェ――マサムネたちが手土産に持って来た『ベル焼き』――のあんこを見つめる。
マサムネがシャルロッテに説明しているあいだ、店で『あんこパン』を売っている町天使セレーナが、ふと苦笑した。
「もう駄目だわ、あんこパーネ……ついに閉店までに売り切れなくなっちゃった」
「えー? 美味いのに、何でかなぁ」
と残念そうに言ったハナが、続け様に問う。
「その余ったあんこパーネは、コニッリョにあげたのか?」
セレーナが「ええ」と頷いたあとに、「あ」と何か思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、これは偶然かもしれないけど……」
と、一同の顔を見回して問う。
「もしかしてコニッリョは甘いものの中でも、あんこが好きなのですか? いつも食べ物を受け取ったあとは、とりあえずすぐ逃げていくのに……あんこパーネをあげたときは、その場で夢中になって頬張っていたのだけど」
一同が返したのは「え?」という言葉だった。
何故なら、答えを知らない。
ナナ・ネネが、こんなことを言う。
「ガット・ティグラートは、あんこ嫌い」
「ベル焼きはトルタ部分だけ食べる」
「トルタは卵いっぱい」
「牛乳いっぱい」
「バターいっぱい」
「だから美味い」
「でもあんこは『豆』だけ」
「美味いとこない」
と、ナナ・ネネがベル焼きのトルタ部分を剥がして頬張る。
それを眺めながら、言葉の意味を考えていた一同。
やがてタロウ・ハナが「あっ」と声を上げた。
「そうだよね。ナナ・ネネだけでなく、肉が主食のティグラートやメッゾサングエって、卵とか牛乳とかブッロが大好きだもんね」
「そうだ、ティグラートはあたいら魚が主食のネーロより、ずっと卵・牛乳・ブッロが大好きだ。ティグラートは、草食動物の食べる『豆』なんてまず好かないよな。――ってわけで、答えが出たぞセレーナさん」
と、ハナがセレーナを見たあと、一同の顔を見回した。
「草食かつ甘いもの好きなコニッリョの大好物って、何よりも『あんこ』じゃないか!」
――と、いうわけで。
急遽裏庭に出て釜戸を作り、大型の鍋で大量のあんこ作りが始まった。
まずベルと料理長フィコが小豆を茹でているときから、城壁の向こうに気配を感じ始め。
砂糖を混ぜると、わらわらとコニッリョが出現した。
城壁を次から次へと乗り越え、裏庭にある搦手門からは雪崩れ込んで来る。
あまりの事態に思わず動揺する一同の一方、遠巻きに集まっているコニッリョたちから大量の涎が流れ出す。
あんこが出来上がって火を消すと、コニッリョが最も恐れているであろう『人間界の王』――フラヴィオに、スプーンが渡された。
アツアツのあんこを一口すくい、一同と顔を見合わせ、うんと頷き合う。
そして、いざコニッリョたちに向かって差し出すと――
「――おおおっ、食べたぞ……!」
とフラヴィオも、一同も目を丸くする。
あの酷く臆病なはずのコニッリョが、誰よりも恐れる人間界の王の手から、逃げ腰になりながらもクッキアイオを咥えてあんこを食べた。
そしてその一匹が、やはり逃げ腰のままだが、フラヴィオを見て『あーん』と口を開ける。
それを見た他のコニッリョたちも、逃げ腰になりながら『あーん』と倣って行く。
仕舞いには、集まったコニッリョ皆が『逃げ腰あーん』した。
「おお、なんということだ! なんということだっ……!」
と、興奮するフラヴィオがクッキアイオであんこをすくい、コニッリョたちの口に入れていく。
「素晴らしゅうございます、素晴らしゅうございます! しかし、フラヴィオ様?」
「なんだ、ベル?」
「オスのコニッリョにもあげてください?」
フラヴィオが「うん?」と一同を見回した。
「手伝ってくれ」
そして、あっという間に売り切れになった。
あんこが無くなるなり、そそくさと逃げるように帰って行ってしまうコニッリョたち。
だがその背を見送っている一同は、感動に包まれていた。
「コラードの婚約もびびったけど、ワイは今、それ以上にびびっとる。これ、ほんま、度えらいことやで……!」
と、マサムネがその糸目を見開いている。
「今年、この国めっちゃ幸先ええな。まだまだええことあるんちゃう?」
そして翌月――3月末。
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処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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