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第23話ー4
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――4階にある王侯貴族専用の浴室。
脱衣所でフラヴィオの衣類を脱がせながら、ピエトラが溜め息交じりにこう言った。
「陛下。あまりベルをお咎めになりませんよう」
「そうです、陛下…! わたし、本当にいりませんから……!」
と、続いたルフィーナ。
さっきの国庫金の一件のあと、フラヴィオの入浴を手伝ってくれとピエトラに言われて付いて来た。
「本当か?」
とフラヴィオがルフィーナの本心を見抜くように、若草色の瞳を見つめる。
「さっき、ベルに金を取られて泣いていたではないか」
「そ、そうですけど。ベルさんは、ご自分が贅沢するためとかではなく、国のためのお金にしたんです。それでベルさんを咎めるのはおかしいですし、わたしもそういうためのお金になってくれたなら嬉しいですから――って……」
ルフィーナが「きゃっ」と声を上げてフラヴィオに背を向けた。
ピエトラがフラヴィオの上衣を脱がせたところだった。
顔が真っ赤になってしまう。何せ、異性の裸は、兄のものですらほとんど見たことがなかった。
ピエトラが「こら」と叱る。
「何してんだい、ルフィーナさん。今はまだ、あんたは使用人なんだ。ちゃんと働きなさい」
「す、すみませんっ……!」
と振り返ったルフィーナだったが、フラヴィオが全裸になったところで「きゃあ!」と叫んで、また背を向けた。
ピエトラにまた「こら」と叱られたが、振り返れそうにない。
「か、か、か、隠してくださいぃぃっ!」
「分かった分かった。ほら」
と、ピエトラがフラヴィオの腰にタオルを巻く。
ルフィーナが恐る恐る振り返ると、フラヴィオの口が尖っていた。
「嫌がられたのは初めてなのだ。女は皆見たがるのに」
「ど、どうなってるんですか、こっちの女性はっ……!」
「レオーネ国の女だって変わらぬ。キャーキャー言いながら手で顔を塞ぎつつ、指のあいだからしっかり見てるのがレオーネ国の女だ」
「わ、わたしはそんなことしませんからね!」
ピエトラが「はいはい」と口を挟んだ。
浴室の扉を開けて、「どうぞ」とフラヴィオを中に入れる。
ルフィーナはフラヴィオが浴槽に入ってから、中に入って来た。
ルフィーナはピエトラから「ほら」とアッシュガマーノを渡されると、急いで袖をまくった。
こわごわとしてしまいながら、フラヴィオの身体を擦っていく。
女のものとは違う筋っぽい腕や、大きな肩にどきどきとしてしまって、頬が染まる。
「まったく……」
とフラヴィオの呟きが聞こえて、ルフィーナは慌てて「すみません!」と言った。
「いや、そなたのことではない。ベルのことだ」
と、フラヴィオが溜め息を吐く。
「余はヴィットーリアとはあまり喧嘩しなかったが、ベルとは多くてな。ベルはどうも悪いところがある……」
「陛下を想うがあまりにですよ」
と、ピエトラ。
「それは分かっている。だから可愛い、愛しい、愛している。しかし、やり過ぎなんだ」
ルフィーナが苦笑した。
「なんだかベルさん、わたしの兄を思わせますね……」
フラヴィオがルフィーナの顔を見た。
「ベルは、余に怒られるといった理由で口には出さないが、とある野望を抱いている。何か分かるか?」
「や、野望?」
「余が世界征服することだ」
ルフィーナが「は?」と間の抜けた声を出したあと、尚のこと苦笑していく。
「ほんとにわたしの兄ですか、ベルさんは。わたしの兄の人生最終目標は、この世のすべてをわたしのものにすることです」
「あいつもか、オイ。見てるとそんな感じはしていたが」
「しかも本気です」
「ああ、ベルも本気だ」
見つめ合った互いの口から、長嘆息が漏れた。
ピエトラがおかしそうに笑う。
「私も嬉しいですけどね、陛下が世界の王になるのは。実際、陛下のお力なら叶わぬ夢だとも思いませんし」
その言葉を聞くなり、ルフィーナの手が止まった。
少し嫌な動悸がする。
「あ…あの、陛下……後に、レオーネ国・ヴィルジネ国と共闘してカンクロ国に侵攻するようですが」
フラヴィオが「ああ」と答えると、ルフィーナの若草色の瞳が揺れ動いた。
「わたしはテレトラスポルト旅商人ですから、色々な国を知っています。戦をしている国も見て来ました。戦が生むのは、悲しみだけです。わたしは、戦が嫌いです」
フラヴィオがまた「ああ」と頷いた。
「余も嫌いだ。カンクロ国との戦は止むを得ずだ。あの大国が欲しくて奪うのではない。この国を守るためだ。それにこの国がカンクロに奪われたら、隣のアクアーリオ国も、サジッターリオ国も奪われる。だから戦う。今までもそうだ」
ルフィーナが「え?」と、意外そうな顔をした。
「陛下って、今まで一度も他国を攻めたことなかったりするんですか?」
「プリームラ国民を救うためならあったが」
「その後のことです。無いんですか?」
「あると思っていたのか?」
ルフィーナが「ええ?」と少し驚く。
「なんと言いますか……『力の王』と称されるくらいですから、過去に少しはあるのだと思っていました」
フラヴィオがきっぱりと「無い」と答えた。
「余は、奪うために武を振るうのではない。守るために振るうのだ」
その言葉に、真っ直ぐな碧眼に、ルフィーナがどきっとして顔を逸らした。
ピエトラから「こら」と怒られ、止まっていた手をまた動かす。
フラヴィオが「なんだ?」とルフィーナの顔を覗き込むと、嬉しそうな微笑があった。
「陛下」
「うん?」
「尊敬します」
フラヴィオが嬉しそうに「そうか」と笑った。
「陛下」
「うん?」
「先日も申し上げた通り、わたしのこと忘れないでくださいね。わたしは、陛下を男性として愛することが出来そうです」
今度は、フラヴィオがどきっとする番だった。
思わず言葉が出て来なくなってしまうと、ピエトラが咳払いをした。
「今後、どういたしましょうか陛下? とりあえず、昨日あたりからベルがまた『安全日』に入ったので良いとして」
フラヴィオの顔に喜色が浮かぶ。
「そうなんだ。約2週間のおあずけは本当に長かった。いやまぁ、処理してもらってたが」
「おや、そうですか。まぁ、ベルの過去を考えれば、実はそのへん玄人なんじゃないかとは思ってましたけどね」
「ああ。一から教えようと思ってたのに、すでに地獄からエステ・スキーパを連れ戻して、もう一回処刑しようかと思ったレベルだった」
「あららら、凄いねあの子ったら。しかし都合の良いことに、ベルが『安全日』のときにルフィーナさんは『危険日』で、ベルが『危険日』のときにルフィーナさんが『安全日』ですが?」
フラヴィオの声が「へっ?」と裏返った傍ら、会話の意味が分からず小首を傾げていたルフィーナが問うた。
「安全日とか危険日って……なんですか?」
「おや、レオーネ国の一般民衆にはまだ広まっていなかったのかい。マサムネ殿下たちはすっかり知ってるんだけどね。いいかい、ルフィーナさん。女なら覚えておきな。まず危険日っていうのは――」
「待て待て待て!」
とフラヴィオが狼狽しながらピエトラの言葉を遮った。
「い、言わなくて良い、言わなくて! 知らないのなら、知らないままで良い! さっきも言ったが、玄人なベルに処理してもらうから言わないでく――」
「フラヴィオ様!」
と突如割り込んで来たベルの声に、フラヴィオが絶叫した。
湯から跳び上がり、腰からアッシュガマーノが落ちて今度はルフィーナが悲鳴を上げる。
「すまん!」と言いつつもそれどころではなく、ベルが入って来られぬよう脱衣所と浴室を遮る扉にへばり付く。
どういうわけか、これから隠れて浮気をしようっていうときに妻が帰宅した男の心境だった。
「フラヴィオ様っ……!」
と扉を開けようとするベルに対し、フラヴィオが決してしていないはずなのにした気分の浮気を否定する。
「ご、誤解だ、ベル! 余はしてないぞ!」
「え?」
「余は、ルフィーナと浮気なんてしてないぞ!」
ベルの言葉が返って来ない。
少しして扉の開閉音が聞こえると、フラヴィオの顔が真っ青になっていった。
「アモーレ!」と飛び出して行き、階段へと向かって廊下を歩いていたベルの手を引っ掴む。
振り返った小さな顔は、涙で濡れていた。
「ち、違うのだ、ベル! 余は神に誓って浮気していないのだっ……!」
「お構いなく……どうぞルフィーナさんと愛を育まれて下さい」
「そんなこと言わないでくれ! 浮気がバレて妻に愛想を尽かされた男みたいな心境になる! 余は違うと言っているではないか!」
追って来たピエトラが、「まったくもう」と言いながらフラヴィオの身体をアッシュガマーノで拭き、それを腰に巻き付ける。
「廊下を裸でうろつくのは止めてください、陛下」
と怒られたので、とりあえずすぐ脇にあった部屋にベルを引きずり込んだ。
近くにあった3人掛けソファに座らせ、その前に跪く。
顔を覗き込むと、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
「本当に違うのだ、ベル…! 余が今愛しているのはそなただけだ……!」
「こ…これは、違うのです……」
と、ベルが小さな拳で涙を拭う。
「こ、これは自業自得なので、お気になさらず……」
「え……?」
と、フラヴィオの碧眼が揺れ動く。
浮気してないのにした気分になる事件の前に、ベルに何かあったのだと気付く。
その声も、小さな手も小刻みに震えていた。
「待て、何があった」
「わ、私は、お金に目が眩みました」
いつものことだ。
「そ、その結果がこれなのです……浮気したのは、私の方です」
「――何?」
耳を疑ったフラヴィオの手前、ベルが尚も涙を零しながら続ける。
「ご、ごめんなさい。お、お断りしたのですが……む、無理があったようです」
「アラブだな?」
とフラヴィオの声が冷然とすると、ベルがはっとして声を上げた。
「ち、違います……! アラブさんではありませ――」
「殺してくれる!」
と『力の王』の怒号が轟くと、ベルが肩を震わせた。
戸口へと向かって行くフラヴィオの背に、必死にしがみ付く。
「違います! アラブさんではありません!」
これは墓まで持っていくべき秘密だったと、ベルは後悔する。
頭の中に浮かぶのは、原形のとどめていない血まみれのアラブだった。
「それに『大逆罪』には当て嵌まりません! キスだけです! フラヴィオ様! 悪いのはお金に目が眩んだ私です!」
止まらないフラヴィオに、ベルの声が悲鳴に近くなる。
「フラヴィオ様! アラブさんは、ルフィーナさんのお兄さんです!」
「――」
扉に手を掛けようか直前、フラヴィオの足が止まった。
「ほ、本当にアラブさんではありませんし、本当にバーチョだけです……ごめんなさいっ……!」
フラヴィオが拳を作ると、怒りで震えた。
それを発散させるように扉に叩き付けると、穴が空いた。
背中にしがみ付いているベルが、恐怖で震えているのが分かる。
「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」
これではいけない。
ベルは、宰相という立場のお陰ですぐ金に目が眩む。
それで危ない目に遭ったとなれば、厳しく叱らなければならないところだが、それは後回しだ。
叱るよりも先に、してやらなければならないことがある。
深呼吸して怒りを鎮め、ベルを抱き上げてさっきの3人掛けソファの真ん中に座る。
消毒の意味を込めて唇を重ねると、ベルがすぐに首にしがみ付いて来た。
(以前は、モストロと結婚して子を産むつもりでいたほどなのにな)
それが今、このフラヴィオ以外の男にバーチョされたくらいで泣いている。
(それで良い)
いっそのこと、他の男に指一本触れられることすら嫌になれば良い。
自分勝手な話だが、この先、永遠にそうなれば良いと思う。
そうやって、ただひたすらに可愛いだけの女に成り下がってもらっても、何ら構わない。
「あまり上手くならないな、ベル」
とフラヴィオがしたり顔で言うと、ベルが恥ずかしそうに小さな唇を尖らせた。
バーチョの話だ。
フラヴィオが舌を使ってしまうと、ベルはすぐに溶けてしまって、ほとんど何も出来なくなる。
栗色の瞳が潤み、頬が染まり、吐息が熱くなって、顔が女になる。
お陰で、この後どうして欲しいのか容易に分かる。
(――って、待て)
ベルの黒のドレスを脱がそうとして、フラヴィオの手が止まる。
(誰の部屋だ、ここ)
さっき階段方向へと向かってベルを追い駆けたのは覚えているが、誰の部屋に入ったのかは分かっていなかった。
ルフィーナの部屋だったら、色んな意味で大変なことになりそうだ。
ちょっと焦ってしまいながら辺りを見ると、目前の背の低いテーブルが目に入った。
その上に、何冊かヴィルジネ語の本が置かれている。
(アラブの部屋か)
と気付いたフラヴィオが思わず苛立ったとき、扉の向こうから気配を感じた。
さっき空けてしまった穴から、一瞬浅黒い肌と墨で囲ったような目が見えた。
アラブだ。
あの穴の位置からだと、フラヴィオとベルの姿は見えるか見えないかといったところだ。
しかし、アラブもルフィーナ同様、普通の人間よりも耳が利く。
扉に穴が空いているとなれば、中で誰と誰が何をしているかくらい分かるだろう。
ベルがいつものごとく、隣の部屋のルフィーナの耳に届かぬよう、必死に声を押し殺したとしても。
(良かろう)
フラヴィオが腰に巻いていたアッシュガマーノを、膝の上に横向きで抱っこしているベルの脚に掛けて隠した。
扉の穴の位置からはまったく見えないだろうが、念のため。
ベルのヴェスティートを脱がすことはせず、アッシュガマーノの下のスカートの中に手を入れていく。
「あ、あの、フラヴィオ様っ……!」
と、他人の部屋だと分かっているだろうベルが、小さな足をじたばたとさせて焦る。
「大丈夫だ、誰も入って来ない。入って来られぬ」
ベルの下着を脱がして床に落とす。
すべすべとした内太腿をなぞりながら戻ると、指先が濡れた。
ベルが「あっ」と両手で口を塞ぐ。
何の抵抗もなく、中指と薬指がベルの体内に滑り込む。
親指が小さな突起を見つけて探ったら、ベルが瞬く間に痙攣を起こした。
扉の穴から、食い入るような視線を感じる。
(見たければ見ろ。聞きたければ聞け)
そして、思い知れば良い。
扉の向こうの奴は、7番目の天使の尊い唇を奪って、さぞ有頂天になっているのだろうが。
7番目の天使を金で釣って、近付けたと勘違いしているのだろうが。
将来、7番目の天使を自分のものにするのだと、夢を見ていそうだが。
(馬鹿か)
7番目の天使に求められている男は、おまえじゃない。
7番目の天使が愛をねだる男は、おまえじゃない。
7番目の天使が将来結婚を望む男も、当然おまえじゃない。
(この、フラヴィオ・マストランジェロだ――)
脱衣所でフラヴィオの衣類を脱がせながら、ピエトラが溜め息交じりにこう言った。
「陛下。あまりベルをお咎めになりませんよう」
「そうです、陛下…! わたし、本当にいりませんから……!」
と、続いたルフィーナ。
さっきの国庫金の一件のあと、フラヴィオの入浴を手伝ってくれとピエトラに言われて付いて来た。
「本当か?」
とフラヴィオがルフィーナの本心を見抜くように、若草色の瞳を見つめる。
「さっき、ベルに金を取られて泣いていたではないか」
「そ、そうですけど。ベルさんは、ご自分が贅沢するためとかではなく、国のためのお金にしたんです。それでベルさんを咎めるのはおかしいですし、わたしもそういうためのお金になってくれたなら嬉しいですから――って……」
ルフィーナが「きゃっ」と声を上げてフラヴィオに背を向けた。
ピエトラがフラヴィオの上衣を脱がせたところだった。
顔が真っ赤になってしまう。何せ、異性の裸は、兄のものですらほとんど見たことがなかった。
ピエトラが「こら」と叱る。
「何してんだい、ルフィーナさん。今はまだ、あんたは使用人なんだ。ちゃんと働きなさい」
「す、すみませんっ……!」
と振り返ったルフィーナだったが、フラヴィオが全裸になったところで「きゃあ!」と叫んで、また背を向けた。
ピエトラにまた「こら」と叱られたが、振り返れそうにない。
「か、か、か、隠してくださいぃぃっ!」
「分かった分かった。ほら」
と、ピエトラがフラヴィオの腰にタオルを巻く。
ルフィーナが恐る恐る振り返ると、フラヴィオの口が尖っていた。
「嫌がられたのは初めてなのだ。女は皆見たがるのに」
「ど、どうなってるんですか、こっちの女性はっ……!」
「レオーネ国の女だって変わらぬ。キャーキャー言いながら手で顔を塞ぎつつ、指のあいだからしっかり見てるのがレオーネ国の女だ」
「わ、わたしはそんなことしませんからね!」
ピエトラが「はいはい」と口を挟んだ。
浴室の扉を開けて、「どうぞ」とフラヴィオを中に入れる。
ルフィーナはフラヴィオが浴槽に入ってから、中に入って来た。
ルフィーナはピエトラから「ほら」とアッシュガマーノを渡されると、急いで袖をまくった。
こわごわとしてしまいながら、フラヴィオの身体を擦っていく。
女のものとは違う筋っぽい腕や、大きな肩にどきどきとしてしまって、頬が染まる。
「まったく……」
とフラヴィオの呟きが聞こえて、ルフィーナは慌てて「すみません!」と言った。
「いや、そなたのことではない。ベルのことだ」
と、フラヴィオが溜め息を吐く。
「余はヴィットーリアとはあまり喧嘩しなかったが、ベルとは多くてな。ベルはどうも悪いところがある……」
「陛下を想うがあまりにですよ」
と、ピエトラ。
「それは分かっている。だから可愛い、愛しい、愛している。しかし、やり過ぎなんだ」
ルフィーナが苦笑した。
「なんだかベルさん、わたしの兄を思わせますね……」
フラヴィオがルフィーナの顔を見た。
「ベルは、余に怒られるといった理由で口には出さないが、とある野望を抱いている。何か分かるか?」
「や、野望?」
「余が世界征服することだ」
ルフィーナが「は?」と間の抜けた声を出したあと、尚のこと苦笑していく。
「ほんとにわたしの兄ですか、ベルさんは。わたしの兄の人生最終目標は、この世のすべてをわたしのものにすることです」
「あいつもか、オイ。見てるとそんな感じはしていたが」
「しかも本気です」
「ああ、ベルも本気だ」
見つめ合った互いの口から、長嘆息が漏れた。
ピエトラがおかしそうに笑う。
「私も嬉しいですけどね、陛下が世界の王になるのは。実際、陛下のお力なら叶わぬ夢だとも思いませんし」
その言葉を聞くなり、ルフィーナの手が止まった。
少し嫌な動悸がする。
「あ…あの、陛下……後に、レオーネ国・ヴィルジネ国と共闘してカンクロ国に侵攻するようですが」
フラヴィオが「ああ」と答えると、ルフィーナの若草色の瞳が揺れ動いた。
「わたしはテレトラスポルト旅商人ですから、色々な国を知っています。戦をしている国も見て来ました。戦が生むのは、悲しみだけです。わたしは、戦が嫌いです」
フラヴィオがまた「ああ」と頷いた。
「余も嫌いだ。カンクロ国との戦は止むを得ずだ。あの大国が欲しくて奪うのではない。この国を守るためだ。それにこの国がカンクロに奪われたら、隣のアクアーリオ国も、サジッターリオ国も奪われる。だから戦う。今までもそうだ」
ルフィーナが「え?」と、意外そうな顔をした。
「陛下って、今まで一度も他国を攻めたことなかったりするんですか?」
「プリームラ国民を救うためならあったが」
「その後のことです。無いんですか?」
「あると思っていたのか?」
ルフィーナが「ええ?」と少し驚く。
「なんと言いますか……『力の王』と称されるくらいですから、過去に少しはあるのだと思っていました」
フラヴィオがきっぱりと「無い」と答えた。
「余は、奪うために武を振るうのではない。守るために振るうのだ」
その言葉に、真っ直ぐな碧眼に、ルフィーナがどきっとして顔を逸らした。
ピエトラから「こら」と怒られ、止まっていた手をまた動かす。
フラヴィオが「なんだ?」とルフィーナの顔を覗き込むと、嬉しそうな微笑があった。
「陛下」
「うん?」
「尊敬します」
フラヴィオが嬉しそうに「そうか」と笑った。
「陛下」
「うん?」
「先日も申し上げた通り、わたしのこと忘れないでくださいね。わたしは、陛下を男性として愛することが出来そうです」
今度は、フラヴィオがどきっとする番だった。
思わず言葉が出て来なくなってしまうと、ピエトラが咳払いをした。
「今後、どういたしましょうか陛下? とりあえず、昨日あたりからベルがまた『安全日』に入ったので良いとして」
フラヴィオの顔に喜色が浮かぶ。
「そうなんだ。約2週間のおあずけは本当に長かった。いやまぁ、処理してもらってたが」
「おや、そうですか。まぁ、ベルの過去を考えれば、実はそのへん玄人なんじゃないかとは思ってましたけどね」
「ああ。一から教えようと思ってたのに、すでに地獄からエステ・スキーパを連れ戻して、もう一回処刑しようかと思ったレベルだった」
「あららら、凄いねあの子ったら。しかし都合の良いことに、ベルが『安全日』のときにルフィーナさんは『危険日』で、ベルが『危険日』のときにルフィーナさんが『安全日』ですが?」
フラヴィオの声が「へっ?」と裏返った傍ら、会話の意味が分からず小首を傾げていたルフィーナが問うた。
「安全日とか危険日って……なんですか?」
「おや、レオーネ国の一般民衆にはまだ広まっていなかったのかい。マサムネ殿下たちはすっかり知ってるんだけどね。いいかい、ルフィーナさん。女なら覚えておきな。まず危険日っていうのは――」
「待て待て待て!」
とフラヴィオが狼狽しながらピエトラの言葉を遮った。
「い、言わなくて良い、言わなくて! 知らないのなら、知らないままで良い! さっきも言ったが、玄人なベルに処理してもらうから言わないでく――」
「フラヴィオ様!」
と突如割り込んで来たベルの声に、フラヴィオが絶叫した。
湯から跳び上がり、腰からアッシュガマーノが落ちて今度はルフィーナが悲鳴を上げる。
「すまん!」と言いつつもそれどころではなく、ベルが入って来られぬよう脱衣所と浴室を遮る扉にへばり付く。
どういうわけか、これから隠れて浮気をしようっていうときに妻が帰宅した男の心境だった。
「フラヴィオ様っ……!」
と扉を開けようとするベルに対し、フラヴィオが決してしていないはずなのにした気分の浮気を否定する。
「ご、誤解だ、ベル! 余はしてないぞ!」
「え?」
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ベルの言葉が返って来ない。
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振り返った小さな顔は、涙で濡れていた。
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「お構いなく……どうぞルフィーナさんと愛を育まれて下さい」
「そんなこと言わないでくれ! 浮気がバレて妻に愛想を尽かされた男みたいな心境になる! 余は違うと言っているではないか!」
追って来たピエトラが、「まったくもう」と言いながらフラヴィオの身体をアッシュガマーノで拭き、それを腰に巻き付ける。
「廊下を裸でうろつくのは止めてください、陛下」
と怒られたので、とりあえずすぐ脇にあった部屋にベルを引きずり込んだ。
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顔を覗き込むと、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
「本当に違うのだ、ベル…! 余が今愛しているのはそなただけだ……!」
「こ…これは、違うのです……」
と、ベルが小さな拳で涙を拭う。
「こ、これは自業自得なので、お気になさらず……」
「え……?」
と、フラヴィオの碧眼が揺れ動く。
浮気してないのにした気分になる事件の前に、ベルに何かあったのだと気付く。
その声も、小さな手も小刻みに震えていた。
「待て、何があった」
「わ、私は、お金に目が眩みました」
いつものことだ。
「そ、その結果がこれなのです……浮気したのは、私の方です」
「――何?」
耳を疑ったフラヴィオの手前、ベルが尚も涙を零しながら続ける。
「ご、ごめんなさい。お、お断りしたのですが……む、無理があったようです」
「アラブだな?」
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「殺してくれる!」
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「違います! アラブさんではありません!」
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「――」
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「ほ、本当にアラブさんではありませんし、本当にバーチョだけです……ごめんなさいっ……!」
フラヴィオが拳を作ると、怒りで震えた。
それを発散させるように扉に叩き付けると、穴が空いた。
背中にしがみ付いているベルが、恐怖で震えているのが分かる。
「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」
これではいけない。
ベルは、宰相という立場のお陰ですぐ金に目が眩む。
それで危ない目に遭ったとなれば、厳しく叱らなければならないところだが、それは後回しだ。
叱るよりも先に、してやらなければならないことがある。
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消毒の意味を込めて唇を重ねると、ベルがすぐに首にしがみ付いて来た。
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それが今、このフラヴィオ以外の男にバーチョされたくらいで泣いている。
(それで良い)
いっそのこと、他の男に指一本触れられることすら嫌になれば良い。
自分勝手な話だが、この先、永遠にそうなれば良いと思う。
そうやって、ただひたすらに可愛いだけの女に成り下がってもらっても、何ら構わない。
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バーチョの話だ。
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栗色の瞳が潤み、頬が染まり、吐息が熱くなって、顔が女になる。
お陰で、この後どうして欲しいのか容易に分かる。
(――って、待て)
ベルの黒のドレスを脱がそうとして、フラヴィオの手が止まる。
(誰の部屋だ、ここ)
さっき階段方向へと向かってベルを追い駆けたのは覚えているが、誰の部屋に入ったのかは分かっていなかった。
ルフィーナの部屋だったら、色んな意味で大変なことになりそうだ。
ちょっと焦ってしまいながら辺りを見ると、目前の背の低いテーブルが目に入った。
その上に、何冊かヴィルジネ語の本が置かれている。
(アラブの部屋か)
と気付いたフラヴィオが思わず苛立ったとき、扉の向こうから気配を感じた。
さっき空けてしまった穴から、一瞬浅黒い肌と墨で囲ったような目が見えた。
アラブだ。
あの穴の位置からだと、フラヴィオとベルの姿は見えるか見えないかといったところだ。
しかし、アラブもルフィーナ同様、普通の人間よりも耳が利く。
扉に穴が空いているとなれば、中で誰と誰が何をしているかくらい分かるだろう。
ベルがいつものごとく、隣の部屋のルフィーナの耳に届かぬよう、必死に声を押し殺したとしても。
(良かろう)
フラヴィオが腰に巻いていたアッシュガマーノを、膝の上に横向きで抱っこしているベルの脚に掛けて隠した。
扉の穴の位置からはまったく見えないだろうが、念のため。
ベルのヴェスティートを脱がすことはせず、アッシュガマーノの下のスカートの中に手を入れていく。
「あ、あの、フラヴィオ様っ……!」
と、他人の部屋だと分かっているだろうベルが、小さな足をじたばたとさせて焦る。
「大丈夫だ、誰も入って来ない。入って来られぬ」
ベルの下着を脱がして床に落とす。
すべすべとした内太腿をなぞりながら戻ると、指先が濡れた。
ベルが「あっ」と両手で口を塞ぐ。
何の抵抗もなく、中指と薬指がベルの体内に滑り込む。
親指が小さな突起を見つけて探ったら、ベルが瞬く間に痙攣を起こした。
扉の穴から、食い入るような視線を感じる。
(見たければ見ろ。聞きたければ聞け)
そして、思い知れば良い。
扉の向こうの奴は、7番目の天使の尊い唇を奪って、さぞ有頂天になっているのだろうが。
7番目の天使を金で釣って、近付けたと勘違いしているのだろうが。
将来、7番目の天使を自分のものにするのだと、夢を見ていそうだが。
(馬鹿か)
7番目の天使に求められている男は、おまえじゃない。
7番目の天使が愛をねだる男は、おまえじゃない。
7番目の天使が将来結婚を望む男も、当然おまえじゃない。
(この、フラヴィオ・マストランジェロだ――)
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