酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第23話ー5

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 フラヴィオの膝の上。

 両手で必死に口を塞いでいたベルが、目前にあるフラヴィオの顔を見つめて小首を傾げた。

 フラヴィオの碧眼が、ベルの斜め後方にある扉を見ている。

「フラヴィオ様……?」

 とベルが口から手を離して問うと、フラヴィオが目を戻して「うん?」と返した。

「あ、あの……廊下に誰かいらっしゃるのですか?」

「いや、誰の気配もしないぞ」

 と嘘を吐いて、笑顔を作った。

 バレたら怒られる。

 だからと言って止める気もない。

 扉の穴から覗き見している、墨で囲ったような目をしている奴に分からせる。

 7番目の天使に愛されているのは、このフラヴィオであることを。

「今は廊下を気にしちゃいけない。愛撫に集中するのだ」

 と、その華奢な脚のあいだから体内に入れている右手の中指と薬指、とても敏感な小さな突起に触れている親指で刺激する。

 ベルがまた慌てて「あっ」と口を塞いだ。

 いつもならこれで良い。フラヴィオも、隣の部屋のルフィーナには気を遣うから。

 でも今夜は、そんな気分ではない。

「えっ、あ、あのっ……!」

 と、ベルが狼狽してフラヴィオの顔を見た。

 それまで肩を抱いてくれていた左手に、両手首をまとめて掴まれたからだ。

 これでは口が塞げない。

「良いか、ベル。余は女の恥じらう姿は愛らしくて好きだが、素直におねだりされるのはもっと好きだ。レットの中では特にな。おっと、ここはソファだなんて揚げ足取りはいらない」

 そう言い聞かせられているあいだにも指で刺激されているベルが、必死な様子で口を結んでいる。

「なんて、わざわざ言う必要もなかったな。そなたはいつも、愛らしくおねだりしてくれる」

 と、フラヴィオが「ふふふ」と笑うと、ベルが羞恥に赤面したのが分かった。

 実際のところ、フラヴィオの腕の中にいると愛しさで一杯になり、口に出しておねだりしてしまっているからだ。

「さぁ、今日も早くおねだりしてくれアモーレ」

 と、扉の穴の視線を感じながら、ほくそ笑みそうになったフラヴィオの目前、素直な反応が見えた。

「フラヴィオ様……」

 ベルはきっと、さっきのことがよほど悲しかったのだろうと思う。

 その声に涙が滲んでいた。

「もっとバーチョしてください……!」

「ああ。可哀想にな」

 涙の零れ落ちそうな瞼にもバーチョして、ベルのおねだりに応える。

 さっきもしたが、改めてまた消毒してやる。

 しかし、ベルが声が漏れそうになる度に、口を固く結ぶ。

 これでは面白くない。

「駄目だ、ベル。今日はそなたの愛らしい声が聞きたい」

 聞かせてやりたい。

 もうすでに嫉妬に燃えているだろう、扉の向こうの奴に。

「で、でも――」

「駄目だ」

 とフラヴィオはその言葉を遮ると、小さな唇を舌で割って、もう閉じられなくさせる。

 フラヴィオの舌に捕らえられると間もなく溶けるようになっているベルが、おとなしくなって、されるがままになる。

 甘い声が漏れ出し、フラヴィオの指が濡れた音を大きく響かせる。

 羞恥心に煽られるように、ベルの身体がほとんど感覚を置かずに痙攣を起こしていく。

 フラヴィオの中指と薬指をきつく締め付け、ベルの喉の奥から津波のように押し寄せて来る声が溢れて止まない。

 フラヴィオが「ふふふ」と笑った。

「愛らしくて溜まらないな、アモーレ」

 すっかり火照ったベルに負けず劣らず、フラヴィオの吐息も熱い。

 真っ赤な耳にバーチョしただけで、またベルに痙攣が起きる。

 言葉通り、溜まらない。

 他の男が同じことをしたとしても、ベルはまずこうはならない。

 この世で唯一、フラヴィオだけが出来るのだ。

(ちゃんと見ているか? 聞いているか?)

 扉の穴を一瞥して、背筋がゾクゾクしてしまう。

 あまりの優越感に、どうにもこうにも、ほくそ笑まずにはいられない。

「フラヴィオ様……」

「ふふふ、おねだりか?」

「あの……何故、ほくそ笑まれて――」

「え? もう我慢できないから早く入れて?」

 言ってない。

 それは分かってるが、否定が出来ないことも分かっている。

 小さな「スィー」の返事が聞こえた。

 しかしここで、扉の穴の墨で囲ったような目が嫉妬に歪んだのが分かった。

 そしたら歓喜に震えてしまい、意地悪したくなった。

「聞こえないぞ?」

 ベルが小さな唇を少し尖らせて、恥ずかしそうに栗色の瞳を逸らす。

「……が…我慢で…できません……」

「で?」

「……い…入れてくださ…い……」

「何を?」

 ベルの頬が膨れ上がった。

 羞恥に涙目になりながら、小さな手でフラヴィオの肩を叩き出す。

 フラヴィオは「すまんすまん」と白い歯を見せて笑うと、その頬にバーチョして宥めた。

 いやまったく、申し訳ない。

 そんな卑猥なことを言わせてはいけない。

 男が思っている以上に、女はドン引きして萎え、下手したら100年の恋も凍り付く。

 破廉恥大好き酒池肉林王、思わず調子こいた。

 あまりにも愉快になってしまって。

(まだ逃げるなよ、アラブ)

 7番目の天使が誰を求めているか。

 誰に愛をねだるか。

 しかとその耳目に焼き付けるが良い、

(この馬鹿が)

 天使の尊い唇を穢しやがって、

(このクソが)

 ていうか、天使の中でも7番目って……

(国王の彼女オンナだろうが!)

 身の程知らずめ。

 思い知れ。

「さて」

 と、ベルの脇の下に手を入れ、マストランジェロ一族の男には子猫ほどの重さにしか感じない小さな身体を持ち上げる。

 まだ体重と筋力が戻りきっていないフラヴィオには、生後半年くらいの猫だろうか。

 そのままどの向きにしようか、しばしのあいだ迷った。

「こうが良いな?」

 と、フラヴィオと向き合う形で一旦膝の上に跨がせると、ベルが小さく「スィー」と答えた。

 過去も原因のひとつになっているのか、ベルはフラヴィオの顔が見えないと不安になるのはもう知っている。

「よしよし、おいで」

「スィー」

 甘えた目があった。

 フラヴィオの肩に掴まって、腰を浮かせてずらし、自らフラヴィオの体温を感じにいく。

 露出した脚は、フラヴィオがスカートゴンナを引っ張ってしっかりと隠しておく。

 扉の向こうの奴に、こうしてこのフラヴィオの愛されぶりを見せつけてやっていても、尊い肌を拝ませてやるわけには行かない。

 毎度のことだが、ベルはフラヴィオの体温を身中に感じるや否やに痙攣を起こす。

 そしてそのとき、フラヴィオを愛しく思う気持ちが溢れ返るようだった。

 長身のフラヴィオと小柄なベルの身長差は約30cmあって、こうしてベルが上に乗っていても目線はまだ少しフラヴィオの方が高い。

 でもほぼ目前にフラヴィオの顔が来たことで、ベルの栗色の瞳が恋する乙女のように潤み、揺れ動いていった。

「フラヴィオ様っ……!」

 フラヴィオの首にしがみ付いて、いつものおねだり通り、「ぎゅってして」もらうと、身体が密着した。

 それはベルを安心させると同時に、大きな幸福で包み込む。

「よしよし」と、可愛い可愛いベルを抱き締めて、頭を撫でながら、扉の穴に碧眼を向けたフラヴィオ。

(おい、見てるかアラブ?)

 やっぱりどうしても、ほくそ笑む。

 ソファの背もたれに寄りかかって、ふんぞり返ってしまう。

「……フラヴィオ様?」

「ふふふ、好きなだけ好きに動いて良いぞアモーレ」

「あの……何故、大変ほくそ笑まれて――」

「ほら」

 と、ベルの腰を持ち上げて動かし、催促する。

 小さな小さな「スィー」の返事が聞こえたと、ベルが従った。

 そしてやっぱり、今日のベルはバーチョを求めて止まない。

 おねだりに応えて、露出している首から上の肌を唇で愛でていく。

 そして後にも先にも、このフラヴィオしか拝めることの出来ない、最高に愛らしい表情を何度も目前で眺める。

 絶景に胸がときめいてしまう。

 激しい優越感に、肌が粟立ちそうだ。

(おい見ろ、アラブ)

 7番目の天使が、誰を求めているか。

(ほら聞け、アラブ)

 7番目の天使が、誰に愛をねだっているか。

(言ってみろ、アラブ)

 ついにフラヴィオの口の端が上がったまま下がらなくなってしまって、白い歯が見えたままになってしまう。

 それを見て止まったベルの眉間に、シワが寄っていった。

「……フラヴィオ様?」

「ふふふ、もう満足したのかアモーレ?」

「あの……先ほどから何故そんなにほくそ笑まれて――」

「よしよし、交代だな。もう我慢できん」

 次の刹那、ベルが「あれっ?」と目を疑ったのが分かった。

 フラヴィオの顔の背景に天井が見えるからだろう。

 フラヴィオが一瞬で、ソファに押し倒した。

「大丈夫だ、アモーレ。こっちの方なら見えないからな」

 とフラヴィオは、扉から見て遠い方へとベルの身体をずらす。

 これで確実にベルの下半身は見えない。

 扉の穴の墨で囲ったような目が、見よう見ようとしているのが分かる。

 そしてベルが、ついに今の状況を察したのも分かった。

 その顔が引き攣っていく。

「あ、あのっ……あの、フラヴィオ様? さ、先ほどから扉の方を気にされているようですが、もしかしてさっき空けた穴から――」

「いやいや、誰もいない。覗いてなどいない。廊下に人の気配はないが、念のために見えないようにしているだけだ」

 と誤魔化したところで、ベルはさぞ疑っているだろう。

 何故ならその栗色の瞳に映っているフラヴィオが、異常なほど歓喜に興奮しているからだ。

 ベルが扉を見ようと、頭を後ろに反らそうとしたので唇で制止する。

「よそ見しちゃいけない。余の顔を見ているのだ」

 ベルは「スィー」と返事をしたものの、戸惑っていた。

 扉の方を気にしているのが分かる。

 でも大丈夫。

 すぐにそれどころでは無くさせる。

 ベルが愛しく可愛いあまりに、フラヴィオがオスの本能剥き出しになってしまうのは毎度のことだが、そのことにベルが女の幸せを感じていることを知っている。

 それがフラヴィオにとっての都合の良い解釈だとしても、ただの自惚れだったとしても、正直止まらない。

 さっきも言った通り、愛しいアモーレと大好き破廉恥に優越感が相まって、酒池肉林王はもう我慢出来ない。

(最後まで見てろよ、アラブ)

 いつもは「ふふふ」と笑うフラヴィオから、「くくく」と何とも悪い笑声が聞こえた瞬間、ベルに衝撃が走る。

(これはっ……やはり!)

 瞬時に扉を見ようとしたが、フラヴィオに突き上げられて「あっ!」と止まる。

「駄目だろう、アモーレ? ちゃんと、そなたの愛しい男の顔を見ていなければ」

 なんという悪魔の笑みだ。

 これはきっとアレだ。

 国庫金を他人から奪取した、もしくはする時の自分だ。

「良いか?」

 フラヴィオの指がベルの唇をなぞる。

「お口は閉じちゃいけない。声を堪えちゃいけない。おねだりも忘れちゃいけない。でも、止めて欲しいときは必ず言うのだぞ?」

「では止めてくだ――」

「え? 焦らさないで早くしてよバカバカ?」

 言ってない。

「分かった分かった、余の愛しい愛しいアモーレ。くくく」

 ――やばい。

 ベルが反射的に手で口を塞いだのと、フラヴィオがオスの本能のままに動き出したのは、ほぼ同時のことだった。

 一度目の「こら」で口から手を離し、二度目の「こら」から声を漏らすことになった。

 それでもこっそり声を喉の奥で堪えているつもりだが、ベルが自分で動くのと、フラヴィオが本能のままに動くのでは訳が違う。

 無論、本能のままと言っても、ベルが壊れないよう加減してくれているのは分かるが、それでも刺激の強さに雲泥の差がある。

 とてもではないが、漏れる声を防ぐことは出来ない。

 しかも今日は、フラヴィオが一段と激しい。

 愛しさがそれに伴ってしまうから困る。

 結局しがみ付いて、「ぎゅってして」もらう。

 幸福の中で、爪先が反り返りっぱなしになる。

(誰がいるの)

 扉の穴には、誰の目があるのか。

 穴が空いていたら誰でも覗きたくなるかもしれないが、ぱっと思い浮かぶのは部屋の主だ。

 今さらだが、それが誰なのか栗色の瞳を動かして探る。

 そしてソファの隣にある背の低いテーブルターヴォラの上に、ヴィルジネ語の本があるのを見つけたときに、脳裏に墨で囲ったような目が浮かんだ。

(――アラブさん……!?)

 誰に見られていても恥ずかしいが、想像したら尚のこと羞恥心が込み上げて来た。

「あっ…あのあのあの、フラヴィオ様っ……!」

「くくく。なんだって、アモーレ? もっとして?」

「スィー」

 違う。

 フラヴィオの肩を叩いた。

「いっ、嫌です、止めてくださいっ……!」

「分かった」

 とフラヴィオがぴたりと止まる。

 フラヴィオの首に抱き付いた。

「やっ…止めないでくださいっ……!」

 違う違う違う違う――

 フラヴィオの天を衝くような高笑いが鳴り渡った。

 もはや獣と化し、バーチョの嵐が降り注ぐ。

 意識が飛んでしまいそうだ。

 もうフラヴィオの言葉を信じ、誰にも覗かれていないことを願うしかなかった。

 ――が、これは確実に誰かいる。

 身中のフラヴィオが硬さを増したと分かったとき、フラヴィオが一瞬止まって扉を見た。

 それはもう、頗る上機嫌でほくそ笑んでいた。

「そういえば、余はベルの口から聞きたいことがあった」

 なんだろう?

「ベルは誰の妻になりたいのだ? ん?」

 楽しそうで何より。

 でも、愛しくて狂いそうになっている今、訊かないでほしかった。

 嘘を吐くことも、黙っていることも、出来ない――

「――…フラヴィオ様です。私は、妻になることは出来ませんが……」

 せめて、以前よりも上手になった笑顔を作った。

 フラヴィオが罪の意識に苛まれてしまわないように。

 でも、涙も出て来てしまって、何の意味も無かった。

「――」

 ベルに負けず劣らず、フラヴィオの胸が強く痛んだと分かった刹那、フラヴィオがターヴォラの上の本を掴んだ。

 それを扉に向かって投げつける。

「すっ、すみません!」

 やはりアラブの声と、廊下を大慌てで駆けていく足音が聞こえた。

 フラヴィオにきつく抱き締められて、唇が重なって来る。

 さっきまでの狂喜していたとも言えるフラヴィオは、ベルが殴り飛ばしてしまったらしい。

 この瞬間にされるバーチョはとても幸せで、甘いものなのに、今日は苦しくて、痛いものだった。

 お腹に熱いものを感じた後、いつもフラヴィオはベルが落ち着くまで抱き締めてくれている。

 もちろん、この日もそうだ。

 でも、終わったあとに見せるフラヴィオの笑顔は無かった。

「愛している、ベル」

 知っている。

「嘘じゃない。愛している」

 分かっている。

 その愛をちゃんと感じている。

 今フラヴィオに、女としてもっとも愛されているのは己である自信がある。

 扉の外、ルフィーナの仰天した声が聞こえてきた。

「何この血だらけの扉! ていうか、何この穴? ちょっと、お兄ちゃん?」

 と扉の開く音が聞こえた。

 フラヴィオがギクッとして扉を見るとほぼ同時に、ルフィーナの悲鳴が聞こえ、扉を叩き付けるように閉められた音がした。

「陛下のケダモノォォォォッ!」

「ちょ……」

 と、少し焦ったらしいフラヴィオが、待ってくれと言わんばかりに扉に向かって手を伸ばす。

 さっきフラヴィオが、ルフィーナと何かしらの進展があったのは分かった。

 そのときベルは平気な振りをしたけれど、本当は少し胸が痛んだ。

 また、痛い。

(フラヴィオ様……私は、いつまで恋人でいられますか――)


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