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第29話ー3
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カンクロ国軍相手の防衛戦で大勝利した祝福及び、新たな3000人の仲間を歓迎しての大宴会で、浮かれていたカプリコルノ国が一転。
宮廷の中庭や裏庭に作られた宴会会場も、派手に飾り付けられた王都も、阿鼻叫喚になっていた。
それは酔っ払いだらけになっているせいも多少あるが、何よりも去年王妃ヴィットーリアが亡くなっていることが大きな原因だった。
「大変だ、宰相天使様が高熱で寝込んでしまわれた! 誰か特効薬を持って来い!」
「そんなのない! どれもこれも気休め程度の薬だ! ヴィットーリア王妃陛下のときのように、オレたちは何も出来ないんだ!」
「待て、落ち着け! 今は魔法があるじゃないか! 風邪なんか、治癒魔法とかいうので治せるんじゃないのかっ?」
「それが効かないらしいのよ! ああ、なんてこと! ヴィットーリア王妃陛下に続いて、宰相天使様まで亡くなってしまったら、今度こそ陛下は……!」
「あたし、陛下が亡くなったら後を追うからよろしくね」
そして宮廷内はさらに酷い状況だった。
4階の階段脇の角部屋――ベルの自室からは、狂ったように泣き叫ぶ国王や猫たち、メッゾサングエの声が鳴り響いている。
(なんということ……)
高熱で朦朧とする意識の中、自身の寝ているベッド脇に突っ伏しているそれらを眺めながら、ベルは衝撃を受けていた。
(私はもう、死んでいる……)
冗談じゃない。
(私の最大の仕事は『生きること』)
意地でもフラヴィオより先に死ぬわけには行かなかった。
ヴィットーリアに託された通り、フラヴィオを支え、フラヴィオの最期を膝枕で看取らねばならなかった。
それに100歳越えの熟女になる約束だってしたし、自身の野望だって叶えていない。
(こんな、志半ばで息絶えるなど……)
冗談じゃない。
地獄から迎えに来ているのは死神だか、閻魔大王だか、エステ・スキーパだか何だか知らないが、策に嵌めて滅してくれる。
(そして私よ、蘇れ……!)
と、ベルが腹筋に力を入れて「ほっ」と起き上がろうすると、「こら!」の斉唱が鳴り響いた。
肩を掴まれて押され、「ああー」と再び枕に頭を付ける。
視界に眉を吊り上げたフェデリコとアドルフォ、家政婦長ピエトラが入った。
「何をしているんだ、君は!」
「こんなときまで仕事する気か?」
「まったくもう、あんたには呆れるよ! 治るまでおとなしく寝てるんだ! いいね?」
ベルは「あれ?」と自身の両手を見る。足も動かせる。どうやら生きていたらしい。
苦笑した。
「大袈裟でございます……」
何がって、レット脇に突っ伏して泣き叫んでいるフラヴィオたちの反応がだ。
お陰で、自身は死んだのだと確信してしまった。
「大袈裟なもんか!」
と、ハナが即刻突っ込んで来た。
「病気はグワリーレで治せないんだ! あたいらモストロやメッゾサングエは病気になったことないから、分からないんだ! 分からないから、怖いんだ! 風邪って苦しいのか? 死んじゃうのか? 分かんないよ、怖いよ! ベル死んじゃ嫌だあぁぁぁ!」
猫たちやメッゾサングエが大袈裟に泣いている原因が分かった気がした。駆け付けたらしいルフィーナもいて、兄アラブと並んで泣いている。
そしてやはりというか、一番只事ではない泣き声を上げているのがフラヴィオだ。本当にもう、臨終を迎えた気分になる。
「死なないでくれ、余を置いて行かないでくれ! 珠の湯でもう冬はもちろん、春と秋もしないと誓う! これからは夏だけのお楽しみにするのだあぁぁぁあ!」
「何の話だ?」
とハナが問うた傍ら、察したらしいフェデリコとアドルフォが衝撃を受けた様子でフラヴィオを見た。
喧嘩が始まる。
「ベルが風邪を引いたのは兄上のせいですか! なんて可哀想なことを!」
「ああ、余が悪かったのだ!」
「真冬の夜空の下で何をしているんです、陛下! 破廉恥とベル、どっちが大切なんですか!」
「違うのだ、大好きな破廉恥に愛しのベルが加わったら至極当然、相乗効果が生まれてしまうものであり――」
「言い訳をしないでください! ベルは兄上のアモーレかもしれませんが、私の大切な生徒でもあるのに!」
「そうです、陛下! ベルは陛下のものみたいになってますが、俺だって可愛がってるのに!」
「だから余が悪かったと言っているではないか! 大体、おまえらだって、夫婦水入らずで貸し切り温泉に行ったら余と同じこと――」
「しません!?」
「嘘をつけ! 夫婦水入らずで貸し切り温泉に行って他に何をする!」
「入浴です!」
溜め息を吐いたピエトラが、「お静かに」と声高に言うと3人がはっとして口を閉ざした。
立腹している2人に睨まれるフラヴィオの口が尖る。
「ハナにはベルの傍に居てもらうが、他の皆は宴に戻ってくれ。レオーネ・ヴィルジネ国王夫妻だって招いているし、皆がここに集まっていたら国民が尚のこと心配してしまう」
その言葉でベルは気付く。この部屋に居ない皆は、廊下にいるようだった。
天使たちやシャルロッテのベルを心配する声や、王子たちやマサムネの狼狽している声が聞こえて来る。他の皆にうつさないようするための配慮だと分かる。
特にヴァレンティーナは身体が弱く、ベルが侍女となってからは行き届いた管理で体調を崩してはいないものの、うつしてしまったら大変だった。
「ベルは、責任持って余が看病する」
とフラヴィオが言うと、2人が刺々しい口調で返して来た。
「兄上に何が出来るんです?」
「着替えの際に服を一瞬で脱がすこと以外に、陛下に何が?」
フラヴィオの頬が膨れ上がった。
「アモーレの危機を目前に、余に出来ぬことなど無い! 必ず明日までに、アモーレを治してみせる!」
酒池肉林王の1日看病奮闘記が始まった。
宮廷の中庭や裏庭に作られた宴会会場も、派手に飾り付けられた王都も、阿鼻叫喚になっていた。
それは酔っ払いだらけになっているせいも多少あるが、何よりも去年王妃ヴィットーリアが亡くなっていることが大きな原因だった。
「大変だ、宰相天使様が高熱で寝込んでしまわれた! 誰か特効薬を持って来い!」
「そんなのない! どれもこれも気休め程度の薬だ! ヴィットーリア王妃陛下のときのように、オレたちは何も出来ないんだ!」
「待て、落ち着け! 今は魔法があるじゃないか! 風邪なんか、治癒魔法とかいうので治せるんじゃないのかっ?」
「それが効かないらしいのよ! ああ、なんてこと! ヴィットーリア王妃陛下に続いて、宰相天使様まで亡くなってしまったら、今度こそ陛下は……!」
「あたし、陛下が亡くなったら後を追うからよろしくね」
そして宮廷内はさらに酷い状況だった。
4階の階段脇の角部屋――ベルの自室からは、狂ったように泣き叫ぶ国王や猫たち、メッゾサングエの声が鳴り響いている。
(なんということ……)
高熱で朦朧とする意識の中、自身の寝ているベッド脇に突っ伏しているそれらを眺めながら、ベルは衝撃を受けていた。
(私はもう、死んでいる……)
冗談じゃない。
(私の最大の仕事は『生きること』)
意地でもフラヴィオより先に死ぬわけには行かなかった。
ヴィットーリアに託された通り、フラヴィオを支え、フラヴィオの最期を膝枕で看取らねばならなかった。
それに100歳越えの熟女になる約束だってしたし、自身の野望だって叶えていない。
(こんな、志半ばで息絶えるなど……)
冗談じゃない。
地獄から迎えに来ているのは死神だか、閻魔大王だか、エステ・スキーパだか何だか知らないが、策に嵌めて滅してくれる。
(そして私よ、蘇れ……!)
と、ベルが腹筋に力を入れて「ほっ」と起き上がろうすると、「こら!」の斉唱が鳴り響いた。
肩を掴まれて押され、「ああー」と再び枕に頭を付ける。
視界に眉を吊り上げたフェデリコとアドルフォ、家政婦長ピエトラが入った。
「何をしているんだ、君は!」
「こんなときまで仕事する気か?」
「まったくもう、あんたには呆れるよ! 治るまでおとなしく寝てるんだ! いいね?」
ベルは「あれ?」と自身の両手を見る。足も動かせる。どうやら生きていたらしい。
苦笑した。
「大袈裟でございます……」
何がって、レット脇に突っ伏して泣き叫んでいるフラヴィオたちの反応がだ。
お陰で、自身は死んだのだと確信してしまった。
「大袈裟なもんか!」
と、ハナが即刻突っ込んで来た。
「病気はグワリーレで治せないんだ! あたいらモストロやメッゾサングエは病気になったことないから、分からないんだ! 分からないから、怖いんだ! 風邪って苦しいのか? 死んじゃうのか? 分かんないよ、怖いよ! ベル死んじゃ嫌だあぁぁぁ!」
猫たちやメッゾサングエが大袈裟に泣いている原因が分かった気がした。駆け付けたらしいルフィーナもいて、兄アラブと並んで泣いている。
そしてやはりというか、一番只事ではない泣き声を上げているのがフラヴィオだ。本当にもう、臨終を迎えた気分になる。
「死なないでくれ、余を置いて行かないでくれ! 珠の湯でもう冬はもちろん、春と秋もしないと誓う! これからは夏だけのお楽しみにするのだあぁぁぁあ!」
「何の話だ?」
とハナが問うた傍ら、察したらしいフェデリコとアドルフォが衝撃を受けた様子でフラヴィオを見た。
喧嘩が始まる。
「ベルが風邪を引いたのは兄上のせいですか! なんて可哀想なことを!」
「ああ、余が悪かったのだ!」
「真冬の夜空の下で何をしているんです、陛下! 破廉恥とベル、どっちが大切なんですか!」
「違うのだ、大好きな破廉恥に愛しのベルが加わったら至極当然、相乗効果が生まれてしまうものであり――」
「言い訳をしないでください! ベルは兄上のアモーレかもしれませんが、私の大切な生徒でもあるのに!」
「そうです、陛下! ベルは陛下のものみたいになってますが、俺だって可愛がってるのに!」
「だから余が悪かったと言っているではないか! 大体、おまえらだって、夫婦水入らずで貸し切り温泉に行ったら余と同じこと――」
「しません!?」
「嘘をつけ! 夫婦水入らずで貸し切り温泉に行って他に何をする!」
「入浴です!」
溜め息を吐いたピエトラが、「お静かに」と声高に言うと3人がはっとして口を閉ざした。
立腹している2人に睨まれるフラヴィオの口が尖る。
「ハナにはベルの傍に居てもらうが、他の皆は宴に戻ってくれ。レオーネ・ヴィルジネ国王夫妻だって招いているし、皆がここに集まっていたら国民が尚のこと心配してしまう」
その言葉でベルは気付く。この部屋に居ない皆は、廊下にいるようだった。
天使たちやシャルロッテのベルを心配する声や、王子たちやマサムネの狼狽している声が聞こえて来る。他の皆にうつさないようするための配慮だと分かる。
特にヴァレンティーナは身体が弱く、ベルが侍女となってからは行き届いた管理で体調を崩してはいないものの、うつしてしまったら大変だった。
「ベルは、責任持って余が看病する」
とフラヴィオが言うと、2人が刺々しい口調で返して来た。
「兄上に何が出来るんです?」
「着替えの際に服を一瞬で脱がすこと以外に、陛下に何が?」
フラヴィオの頬が膨れ上がった。
「アモーレの危機を目前に、余に出来ぬことなど無い! 必ず明日までに、アモーレを治してみせる!」
酒池肉林王の1日看病奮闘記が始まった。
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