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第43話ー4
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――『力の王軍』に戦を仕掛けてから、20分。
カンクロ国王太后が愕然とする。
「バケモノだわ……」
仲間のカーネ・ロッソたちの遺灰で、視界が真っ白に染まっていた。
夫のカーネ・ロッソが妻と血の繋がらない息子――ワン・ジンを抱き締めて、「逃げろ」と言った。
その子供4匹――ワン・ジンの異父兄弟も、「逃げろ」と言った。
そして5匹で真っ白な灰の中に特攻し、消えていった。
「ご主人様、王太后陛下っ……!」
2人に寄り添っているリエンが、狼狽した。
逃げろと言われたのに、2人はその場から動こうとはしなかった。
「リエン、皆にバッリエーラ掛けちゃったかラ、もうちょっとしか魔法が使えないヨ! 危ないヨ!」
「気にするな、リエン。奴らの中に、きっとエミがいる」
絶対の死が迫っているこの状況になっても、リエンの主は殺気立っていた。
「あいつらバケモノに敵わないのは最初から分かってる。だが俺は、刺し違えてでもエミを殺す!」
と小さめの牙は歯ぎしりを立て、剣を握り締めている手はわなわなと震えていた。
「母上は逃げてください。正直、あの反乱軍は俺よりも母上の命が狙いです」
「でしょうね、私は散々人間を殺してきたから。大分前からこうなることは分かってたわ。でも、あの程度の数なら皆殺しに出来たのに……」
『力の王』の力を完全に見誤っていた。
戦の開始前に息子からバケモノ軍だと聞いていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
奴らの手前に辿り着く前に灰にされ、魔法を唱えたところで鎮められ、手も足も出ないまま、あっという間に死が目前まで迫ってきた。
あんな奴らから逃げ切れる気もしなく、もう殺される覚悟が決まった。
「協力するわ、ジンジン。あの女を生かしたままなんて、死んでも死にきれないもの」
「分かりました、母上。ありがとうございます。それから、色々と申し訳ありませんでした」
王太后が息子を見て「良いのよ」と微笑した。
「ごめんね、ジンジン。来世ではあなたを醜い人間の世界で産んだりしないわ。私と、カーネ・ロッソの父親と兄弟姉妹、それからリエンで幸せになりましょう」
「はい」
と涙を呑んで頷いた息子を抱き締めた後、王太后は息子とリエンの手を取った。
「奴らの臭いが近付いて来たわ。あの女を殺す前に殺されたら意味がないから、テレトラスポルト2、3回分を残してバッリエーラを掛けるわよ」
ワン・ジンが承知してリエンのもう片方の手を握ると、リエンが「え?」と当惑顔になった。
「リエンはバッリエーラいらないヨ。リエンの分もご主人様と王太后陛下が掛けテ?」
「いや、おまえもだリエン。おまえはずっとエミの世話をしてきたことだし、俺と母上が死んでもおまえは殺されずに済むかもしれない。そしたら生きろ」
「ご主人様のいない世界デ? そういうノ、カーネ・ロッソにとったら拷問っていうんだヨ」
「ああ、そうか悪い。でも、なるべく生きろ。俺はおまえに死んで欲しくはない」
とワン・ジンがリエンを見つめて「悪かったな」と、言葉通りの微笑を見せた。
「俺がおとなしくおまえを王妃に選んでおけば、こんなことにはならなかったのにな。おまえが王妃だったら、俺は今頃さぞ幸せだったんだろうな」
「ご主人様、それは――」
きっと違う。
そう言おうとしたリエンの言葉を、王太后の「バッリエーラ!」が遮った。
リエンの鼻にも分かる。
すぐそこまでフラヴィオたちが来ている。
ワン・ジンも続いてバッリエーラを唱えると、3人に50枚ずつ掛かった。
王太后とリエンが素手を構え、ワン・ジンが腰から剣を抜く。
視界を遮っている真っ白な遺灰を吹き飛ばすように、中級トルナードが突進して来て3人にぶつかった。
バッリエーラが5枚ずつ割れると、リエンが咄嗟に主と王太后を背に庇った。
開けた視界に、それら4人と4匹が数十cmずつ間隔を置いて横一列に並んで立っていた。
全員灰塗れになってむせ返り、涙目だった。
「げほげほげほっ! おいアラブ、もっとだ。もっと灰を払ってくれ」
「もうあちきらのトルナードで払うぞ、フラビー」
「駄目だナナ・ネネのトルナードでは規模も威力もでかすぎて、仲間の方に被害が出る!」
「くぅっ、目が痒い……!」
「にゃあぁぁぁん、猫耳の中があぁぁぁっ!」
「おい、アラブ早くしろ!」
「ぎょ……げふげふげふっ! ぎょ、御意!」
と濃いメッゾサングエの風魔法で辺りの灰を吹き飛ばし、さらに目や耳に入ったらしい灰を水魔法で洗い流すと、それらは何事も無かったかのようにキリッと表情を引き締めた。
「カンクロ国王ワン・ジン並びに王太后、ここまでだ。言い残すことはあるか」
ワン・ジンが「フン」と鼻を鳴らした。
「地獄に堕ちろ、フラヴィオ・マストランジェロ」
「ああ、地獄でまた会おう」
王太后も「フン」と鼻を鳴らした。
「私たちを悪者扱いしないでほしいわね。元はと言えば人間が悪い癖に。あなたたち人間が私たちをこっちの世界に引き摺り込んでおきながら、あなたたち人間の方が私たちを受け入れなかったんじゃない!」
「ああ、そなたら親子には同情する。さぞ人間の世界で生きるのは辛かったであろう。しかし、そなたらはやり過ぎてしまった。もう死をもってしか罪を償えない。生きて償いたいか? 言っておくが、それは死ぬより辛いことが待っている」
そんな会話のやり取りをしながら、3人はバレない程度に瞳を動かしてベルの姿を探す。
近くにはおらず、遠くにいる反乱軍の方を見るが、その手前にはまだ灰が舞っていてまるで見えなかった。
(どこにいる、エミ。早く出てこい)
剣を握るワン・ジンの手に、力が入る。
漲る殺気を押し殺すのが大変だった。
「そうだ、あったわ言いたいこと」
と、母が時間稼ぎをしているのが分かる。
「お願いなんだけど。このリエンは、ずっとずっと王妃の女官として頑張って来たの。王妃が快適に過ごせるよう世話をして、話相手にもなって。だからこのリエンだけは殺さずに野生に返してくれない?」
「ふむ……そうか」
とフラヴィオたちが顔を見合わせて、目と目で相談を始める。
そのとき、3人の視線が同時に一点を捕えた。
(――来た)
反乱軍よりも手前の、戦場のちょうど真ん中あたりのところ。
ベルと、赤い髪のメッゾサングエ――カプリコルノ王妃がテレトラスポルトで現れた。
リエンの背後、王太后がフラヴィオたちと会話を続けながら、ワン・ジンの身体を肘でつつく。
それはこうしてフラヴィオたちの注意を引いているあいだに、ベルを『殺して来なさい』の合図だった。
(分かりました、母上)
そしてテレトラスポルトで飛ぼうか寸前、ふと遠くのベルと目が合う。
どきっとした。
追い詰められ、処刑台の上にいるのと変わらない状況にあるこのワン・ジンを見て、ベルはどんな顔をするだろう。
(さぞ気味が良いと、ざまぁみろと、ほくそ笑むんだろうな)
そう思ったのだが、そんな顔は見られなかった。
まだ着ていたカンクロ王妃の裙の裾を持ち上げ、急いでこちらへ駆けて来ようとする。
すぐにカプリコルノ王妃が危険だからと引き戻したようだったが、ベルが必死になってワン・ジンの下へ来ようとしているのは見て取れた。
(――エミ……?)
殺意が揺らいでいく。
(どうした、エミ…? 俺に何か話があるのか…? 俺の傍に居たいのか……? 馬鹿、こっちは魔法があるんだ。来たら危ないぞ)
テレトラスポルトするのも忘れて、完全に身体が固まる。
それ故に、だった。
見兼ねた王太后が、突如「もういいわ!」と声を上げた。
驚いたフラヴィオたちの目前、王太后がテレトラスポルトでふっと姿を消す。
「あっ、逃げたぞ! どこへ行った!」
と付近を見回すフラヴィオたちよりも先に、ワン・ジンが反射的にその下へテレトラスポルトする。
リエンも同時に飛んでいた。
ベル向けて襲い掛かった王太后の手を、当たる寸前のところでワン・ジンの剣が弾き返す。
互いのバッリエーラが、数枚ずつ割れた。
「――ジンジン……!?」
母も驚いたが、ワン・ジン自身はそれ以上だった。
(――何してるんだ、俺)
ベルにはバッリエーラが掛かっているが、さっきの母の一撃が当たっていれば破砕でき、自身やリエンの二撃目、三撃目で、ベルを殺せていたかもしれないのに。
それが自身の望みだったはずなのに。
あろうことに、自らその機会を台無しにしてしまった。
さらにリエンが、「駄目ネ!」と叫んで王太后に拳を放つ。
そのバッリエーラが、さらに5枚割れた。
「エミじゃないト、ご主人様は幸せになれないヨ! エミを殺しちゃ駄目ネ!」
ワン・ジンとリエンの背後で、「テレトラスポルト!」と声が聞こえた。
カプリコルノ王妃がベルを連れて、どこかへ逃げたのだと分かる。
一方で、呆然とする王太后の後方には、万物の生物が氷りつくような殺気を放つ『力の王』が現れていた。
その姿は王太后には見えていなかったが、目線の先の息子の顔が絶望に染まったことですべてを察した。
「――ジンジン」
――母上。
互いに向かって、手を伸ばした。
でもリエンが、「ご主人様!」と咄嗟にワン・ジンにしがみ付いて庇ったことで、指先すら触れることなく離れていく。
怒り狂う獅子の如し剣の一振りは、王太后のバッリエーラをすべて破砕し、呆気なく首を跳ね飛ばした。
それだけでは止まらず、王太后のすぐ前方にいた2人のバッリエーラをも破砕し、母に向かって伸ばしていたワン・ジンの左腕が肩から吹き飛ばされていく。
さらに胸元近くまで傷付けて、リエンの背を深く切り裂いた。
宙を舞った血飛沫や母の遺灰を眺めながら、ワン・ジンは最期の時を覚悟した。
(――終わりか)
剣を捨て、右手でリエンの背に治癒魔法を掛けていく。
魔力が低くて完全には治せないが、止血することくらいなら出来た。
その後、「どけ」とリエンを脇へと強引に避ける。
それを見たフラヴィオが「分かった」と言った。
「彼女は殺さないと約束する。少しのあいだだけ動かずに立っていろ。今、楽にしてやる」
フラヴィオが再び剣を構える。
その首に狙いを定めて剣をもう一振りしようかとき、リエンの「止めテ!」の絶叫が鳴り渡った。
そしてそれには、もうひとつの声が重なっていた。
「お待ちください!」
ベルだった。
フラヴィオに駆け寄り、剣を構えている右手を両手で掴む。
「後はもう、このままでも……!」
その隙に、リエンがワン・ジンに飛びついてテレトラスポルトを唱えた。
2人が消えた直後、フラヴィオの怒声がベルに降って来る。
「危ないだろう! カプリコルノへ帰したのに、何故ここにいる!」
ベルは「申し訳ございません」」と返した後、周りに集まっている一同を見回した。
ワン・ジンを庇い、逃がしたことに対して物言いたげな様子があった。
「ごめんなさい。でも、私には仕事があるのです。心配しなくとも、あの人の居場所は分かっています。あの人の最期の時を、どうか私にお任せください――」
カンクロ国王太后が愕然とする。
「バケモノだわ……」
仲間のカーネ・ロッソたちの遺灰で、視界が真っ白に染まっていた。
夫のカーネ・ロッソが妻と血の繋がらない息子――ワン・ジンを抱き締めて、「逃げろ」と言った。
その子供4匹――ワン・ジンの異父兄弟も、「逃げろ」と言った。
そして5匹で真っ白な灰の中に特攻し、消えていった。
「ご主人様、王太后陛下っ……!」
2人に寄り添っているリエンが、狼狽した。
逃げろと言われたのに、2人はその場から動こうとはしなかった。
「リエン、皆にバッリエーラ掛けちゃったかラ、もうちょっとしか魔法が使えないヨ! 危ないヨ!」
「気にするな、リエン。奴らの中に、きっとエミがいる」
絶対の死が迫っているこの状況になっても、リエンの主は殺気立っていた。
「あいつらバケモノに敵わないのは最初から分かってる。だが俺は、刺し違えてでもエミを殺す!」
と小さめの牙は歯ぎしりを立て、剣を握り締めている手はわなわなと震えていた。
「母上は逃げてください。正直、あの反乱軍は俺よりも母上の命が狙いです」
「でしょうね、私は散々人間を殺してきたから。大分前からこうなることは分かってたわ。でも、あの程度の数なら皆殺しに出来たのに……」
『力の王』の力を完全に見誤っていた。
戦の開始前に息子からバケモノ軍だと聞いていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
奴らの手前に辿り着く前に灰にされ、魔法を唱えたところで鎮められ、手も足も出ないまま、あっという間に死が目前まで迫ってきた。
あんな奴らから逃げ切れる気もしなく、もう殺される覚悟が決まった。
「協力するわ、ジンジン。あの女を生かしたままなんて、死んでも死にきれないもの」
「分かりました、母上。ありがとうございます。それから、色々と申し訳ありませんでした」
王太后が息子を見て「良いのよ」と微笑した。
「ごめんね、ジンジン。来世ではあなたを醜い人間の世界で産んだりしないわ。私と、カーネ・ロッソの父親と兄弟姉妹、それからリエンで幸せになりましょう」
「はい」
と涙を呑んで頷いた息子を抱き締めた後、王太后は息子とリエンの手を取った。
「奴らの臭いが近付いて来たわ。あの女を殺す前に殺されたら意味がないから、テレトラスポルト2、3回分を残してバッリエーラを掛けるわよ」
ワン・ジンが承知してリエンのもう片方の手を握ると、リエンが「え?」と当惑顔になった。
「リエンはバッリエーラいらないヨ。リエンの分もご主人様と王太后陛下が掛けテ?」
「いや、おまえもだリエン。おまえはずっとエミの世話をしてきたことだし、俺と母上が死んでもおまえは殺されずに済むかもしれない。そしたら生きろ」
「ご主人様のいない世界デ? そういうノ、カーネ・ロッソにとったら拷問っていうんだヨ」
「ああ、そうか悪い。でも、なるべく生きろ。俺はおまえに死んで欲しくはない」
とワン・ジンがリエンを見つめて「悪かったな」と、言葉通りの微笑を見せた。
「俺がおとなしくおまえを王妃に選んでおけば、こんなことにはならなかったのにな。おまえが王妃だったら、俺は今頃さぞ幸せだったんだろうな」
「ご主人様、それは――」
きっと違う。
そう言おうとしたリエンの言葉を、王太后の「バッリエーラ!」が遮った。
リエンの鼻にも分かる。
すぐそこまでフラヴィオたちが来ている。
ワン・ジンも続いてバッリエーラを唱えると、3人に50枚ずつ掛かった。
王太后とリエンが素手を構え、ワン・ジンが腰から剣を抜く。
視界を遮っている真っ白な遺灰を吹き飛ばすように、中級トルナードが突進して来て3人にぶつかった。
バッリエーラが5枚ずつ割れると、リエンが咄嗟に主と王太后を背に庇った。
開けた視界に、それら4人と4匹が数十cmずつ間隔を置いて横一列に並んで立っていた。
全員灰塗れになってむせ返り、涙目だった。
「げほげほげほっ! おいアラブ、もっとだ。もっと灰を払ってくれ」
「もうあちきらのトルナードで払うぞ、フラビー」
「駄目だナナ・ネネのトルナードでは規模も威力もでかすぎて、仲間の方に被害が出る!」
「くぅっ、目が痒い……!」
「にゃあぁぁぁん、猫耳の中があぁぁぁっ!」
「おい、アラブ早くしろ!」
「ぎょ……げふげふげふっ! ぎょ、御意!」
と濃いメッゾサングエの風魔法で辺りの灰を吹き飛ばし、さらに目や耳に入ったらしい灰を水魔法で洗い流すと、それらは何事も無かったかのようにキリッと表情を引き締めた。
「カンクロ国王ワン・ジン並びに王太后、ここまでだ。言い残すことはあるか」
ワン・ジンが「フン」と鼻を鳴らした。
「地獄に堕ちろ、フラヴィオ・マストランジェロ」
「ああ、地獄でまた会おう」
王太后も「フン」と鼻を鳴らした。
「私たちを悪者扱いしないでほしいわね。元はと言えば人間が悪い癖に。あなたたち人間が私たちをこっちの世界に引き摺り込んでおきながら、あなたたち人間の方が私たちを受け入れなかったんじゃない!」
「ああ、そなたら親子には同情する。さぞ人間の世界で生きるのは辛かったであろう。しかし、そなたらはやり過ぎてしまった。もう死をもってしか罪を償えない。生きて償いたいか? 言っておくが、それは死ぬより辛いことが待っている」
そんな会話のやり取りをしながら、3人はバレない程度に瞳を動かしてベルの姿を探す。
近くにはおらず、遠くにいる反乱軍の方を見るが、その手前にはまだ灰が舞っていてまるで見えなかった。
(どこにいる、エミ。早く出てこい)
剣を握るワン・ジンの手に、力が入る。
漲る殺気を押し殺すのが大変だった。
「そうだ、あったわ言いたいこと」
と、母が時間稼ぎをしているのが分かる。
「お願いなんだけど。このリエンは、ずっとずっと王妃の女官として頑張って来たの。王妃が快適に過ごせるよう世話をして、話相手にもなって。だからこのリエンだけは殺さずに野生に返してくれない?」
「ふむ……そうか」
とフラヴィオたちが顔を見合わせて、目と目で相談を始める。
そのとき、3人の視線が同時に一点を捕えた。
(――来た)
反乱軍よりも手前の、戦場のちょうど真ん中あたりのところ。
ベルと、赤い髪のメッゾサングエ――カプリコルノ王妃がテレトラスポルトで現れた。
リエンの背後、王太后がフラヴィオたちと会話を続けながら、ワン・ジンの身体を肘でつつく。
それはこうしてフラヴィオたちの注意を引いているあいだに、ベルを『殺して来なさい』の合図だった。
(分かりました、母上)
そしてテレトラスポルトで飛ぼうか寸前、ふと遠くのベルと目が合う。
どきっとした。
追い詰められ、処刑台の上にいるのと変わらない状況にあるこのワン・ジンを見て、ベルはどんな顔をするだろう。
(さぞ気味が良いと、ざまぁみろと、ほくそ笑むんだろうな)
そう思ったのだが、そんな顔は見られなかった。
まだ着ていたカンクロ王妃の裙の裾を持ち上げ、急いでこちらへ駆けて来ようとする。
すぐにカプリコルノ王妃が危険だからと引き戻したようだったが、ベルが必死になってワン・ジンの下へ来ようとしているのは見て取れた。
(――エミ……?)
殺意が揺らいでいく。
(どうした、エミ…? 俺に何か話があるのか…? 俺の傍に居たいのか……? 馬鹿、こっちは魔法があるんだ。来たら危ないぞ)
テレトラスポルトするのも忘れて、完全に身体が固まる。
それ故に、だった。
見兼ねた王太后が、突如「もういいわ!」と声を上げた。
驚いたフラヴィオたちの目前、王太后がテレトラスポルトでふっと姿を消す。
「あっ、逃げたぞ! どこへ行った!」
と付近を見回すフラヴィオたちよりも先に、ワン・ジンが反射的にその下へテレトラスポルトする。
リエンも同時に飛んでいた。
ベル向けて襲い掛かった王太后の手を、当たる寸前のところでワン・ジンの剣が弾き返す。
互いのバッリエーラが、数枚ずつ割れた。
「――ジンジン……!?」
母も驚いたが、ワン・ジン自身はそれ以上だった。
(――何してるんだ、俺)
ベルにはバッリエーラが掛かっているが、さっきの母の一撃が当たっていれば破砕でき、自身やリエンの二撃目、三撃目で、ベルを殺せていたかもしれないのに。
それが自身の望みだったはずなのに。
あろうことに、自らその機会を台無しにしてしまった。
さらにリエンが、「駄目ネ!」と叫んで王太后に拳を放つ。
そのバッリエーラが、さらに5枚割れた。
「エミじゃないト、ご主人様は幸せになれないヨ! エミを殺しちゃ駄目ネ!」
ワン・ジンとリエンの背後で、「テレトラスポルト!」と声が聞こえた。
カプリコルノ王妃がベルを連れて、どこかへ逃げたのだと分かる。
一方で、呆然とする王太后の後方には、万物の生物が氷りつくような殺気を放つ『力の王』が現れていた。
その姿は王太后には見えていなかったが、目線の先の息子の顔が絶望に染まったことですべてを察した。
「――ジンジン」
――母上。
互いに向かって、手を伸ばした。
でもリエンが、「ご主人様!」と咄嗟にワン・ジンにしがみ付いて庇ったことで、指先すら触れることなく離れていく。
怒り狂う獅子の如し剣の一振りは、王太后のバッリエーラをすべて破砕し、呆気なく首を跳ね飛ばした。
それだけでは止まらず、王太后のすぐ前方にいた2人のバッリエーラをも破砕し、母に向かって伸ばしていたワン・ジンの左腕が肩から吹き飛ばされていく。
さらに胸元近くまで傷付けて、リエンの背を深く切り裂いた。
宙を舞った血飛沫や母の遺灰を眺めながら、ワン・ジンは最期の時を覚悟した。
(――終わりか)
剣を捨て、右手でリエンの背に治癒魔法を掛けていく。
魔力が低くて完全には治せないが、止血することくらいなら出来た。
その後、「どけ」とリエンを脇へと強引に避ける。
それを見たフラヴィオが「分かった」と言った。
「彼女は殺さないと約束する。少しのあいだだけ動かずに立っていろ。今、楽にしてやる」
フラヴィオが再び剣を構える。
その首に狙いを定めて剣をもう一振りしようかとき、リエンの「止めテ!」の絶叫が鳴り渡った。
そしてそれには、もうひとつの声が重なっていた。
「お待ちください!」
ベルだった。
フラヴィオに駆け寄り、剣を構えている右手を両手で掴む。
「後はもう、このままでも……!」
その隙に、リエンがワン・ジンに飛びついてテレトラスポルトを唱えた。
2人が消えた直後、フラヴィオの怒声がベルに降って来る。
「危ないだろう! カプリコルノへ帰したのに、何故ここにいる!」
ベルは「申し訳ございません」」と返した後、周りに集まっている一同を見回した。
ワン・ジンを庇い、逃がしたことに対して物言いたげな様子があった。
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