酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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魔女ツッパ(本編35.5話・前編)

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 ――1491年6月のカプリコルノ国。

 頭に、王女ヴァレンティーナ13歳の誕生日パレードパラータ

 中旬に、舞踏会。

 後半に、プリームラ軍元帥・クエルチア侯アドルフォ・ガリバルディ34歳の誕生日パラータ。

 さらに、去年開催することが出来なかった王太子オルランドの成人(15歳)パラータ。

 そして末日には、4番目の天使パオラ19歳の誕生日パーティーフェスタ及び結婚式を予定している。

 そんな大切な日まで、あと3日の本日。

 時刻は、中庭で軍事訓練に励んでいる国王フラヴィオたちや将兵が昼休みに入った、午前11時――

「ななな、何をしているのだっ……ててて、天使たちは何をしているのだっ……?」

 宮廷の一階の廊下から裏庭を覗き込む国王フラヴィオが、昼餉のパンパーネ片手に震え上がっていた。

 そこに見えるのは、天使番号2番アリーチェを除く15歳以上の成人天使たちと家政婦長ピエトラ。

 檻に入れられた30羽はいようか家畜の鶏と、大きな木の台、湯気の立った3つの大きな鍋。

 天使たちもピエトラも足首まである真っ黒なコートカッポットを纏い、手袋を装着。

 天使軍元帥こと天使番号7番ベルとピエトラは、包丁を持っているのが見えた。

(ぶ…不気味なのだ……)

 ごくり、とフラヴィオの喉が鳴る。

 一体これから何が行われるのか。

 何となく分かるのは、虫一匹殺せないほど心優しいアリーチェや、未成年天使たちには見せられない光景が繰り広げられるということだ。

 天使軍元帥が口を開く。

「では、始めます」

 揃った「はいスィー」の返事。

 天使番号8番アヤメが檻を少し開け、家畜の鶏を一匹ずつ捕まえて1番ベラドンナに手渡していく。

 常日頃から狩りをしているベラドンナに、慣れ切った手付きで首を折られて絞められていく鶏。

 次から次へと息の根を止められていくそれらは、3番セレーナによって首を切られ血抜きされた後、木の台の上に置かれていく。

 今度はそれらに4番パオラが鍋から熱湯をすくって掛けていき、羽を毟り取り始めた。

「楽しみね」

「そうだべね」

 と、クスクスと笑う天使たちの声。

 骨の折れる音。

 流れる鮮血。

 風に煽られ、宙に舞う大量の羽。

 鶏が丸裸になると、ピエトラがその腹を手早く裂き、内臓を取り出していく。

「――…っ……!」

 フラヴィオの顎の先から、冷や汗が滴り落ちていった。

 常日頃の屠殺現場といったらそうだ。食卓に鶏が上がる日は毎度のことだ。

 しかし屠殺の担当ではない天使たちがやっている時点で奇異であり、また何故かきゃっきゃとしている天使たちも奇妙に映った。

 ピエトラが「ほらよ」の言葉と共に、内臓を取り出した鶏を7番ベルの前方に投げる。

「フィコ師匠直伝『六連輪切り円舞』……!」

 と高速で六回転して包丁を振るったベル。

 その名の通り輪切りにされた鶏の体内に残っていた血が飛び散り、その白の肌を赤に染めていく。

「アモモモモモモ……!」

 戦慄するフラヴィオの一方、「すごーい!」と聞こえてくる天使たちの絶賛と拍手。

 あとピエトラの突っ込み。

「いや、普通に切った方が早いだろう」

「申し訳ございません。たまには肉を相手に練習しないと腕が鈍るもので」

「で、鶏のどの部分を使うって? 本当に普段使わない部分でいいのかい?」

「スィー。必要なのは、普段捨てているガラとトサカ、足です。他の部位は食卓に出せますので、フィコ師匠に本日の夕餉に使って頂きましょう」

 ピエトラが「はいよ」と承知して、ベルが鶏から切り落としたガラとトサカ、足を煮え滾る鍋の中に放り込んでいく。

 さらに野菜やハーブエルベなどを投入し、木べらでぐるぐると掻き回していく――

(――ま…待て待て待て。何だコレ……)

 フラヴィオを錯乱が襲う。

 最近料理が出来る男を豪語しているのだが、急激に自信が喪失した。

 ガラ?

 トサカ?

 あの前に3本、後ろに1本の4本指の足?

(な、何故だ……)

 そういえばガラはスープツッパに使うとか何とか聞いたことがあるような無いような気がするが、とりあえずそんなものらが食卓に上がったことはない。

 まるで意味が分からなく、そもそも人間の食べ物としての認識も無い。

 そんなものを使って、天使たちは一体何を作っているというのだろう。

 出来上がったら一緒に食べるつもりなのか、よく見たらパーネも準備してある。

 まさか――

(――魔女ツッパ……!)

 フラヴィオに衝撃が走った。

(いやいや待て待て、落ち着けっ……!)

 慌てて頭を横に振り、脳裏に浮かんだ想像を振り払う。

 何も天使たちがアレを食べると決まったわけじゃない。

(きっと犬耳モストロのテンテンのおやつを作っているのだっ……!)

 そう、きっとそうだ。

 天使たちがあんな魔女の食べていそうなゲテモノを食すわけがない。

(特に4本指の足なんて気色悪いものを、余の美しい天使たちが食べるわけが――)

 フラヴィオの心の声を遮るように、ベルが「ふふふ」と笑った。

 その手には箸が持たれていて、煮え滾る鍋の中から4本指の足を摘まんで取り出した。

(――アモーレ……?)

 動揺する碧眼に、恍惚とした小さな顔が映る。

「いつもいつも捨ててしまっていたことをお許しください、鶏さん。これからはあなた方のお命、細部まで残さずありがたくいただきます」

 と、その栗色の瞳が愛おしそうに見つめるは、4本指の足。

(いや、嘘だろうアモーレ……?)

 フラヴィオが嫌な動悸に襲われる一方、再び「ふふふ」と笑ったベル。

「どうぞ楽しみにお待ちくださいませ、フラヴィオ様」

 と桜の花びらのような唇で、4本指の足をフーフーと冷ましていく。

(待て待て待て、アモーレ……!)

「フラヴィオ様を誰よりも何よりも愛する天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタ」

(冗談は止めてくれ、アモーレ……!)

「すべてはフラヴィオ様にお喜び頂くため」

(いや喜んでないから、アモーレ……!)

「いざ勇敢に」

(や、やめっ……!)

「いただくのですー」

(アモモモモモモ――)

 ベルの小さな口に、4本指の足がパクッと咥えられていった。

 その刹那、フラヴィオが言葉になっていない絶叫を上げる。

「ん?」

 と天使たちが絶叫の聞こえた方――宮廷の廊下と繋がっている戸口へと顔を向けると、そこにその姿はもう無い。

 扉が10cmばかり空いているのを見て、セレーナが「大変!」と言いながら駆けて行った。

「扉を閉め忘れたのは誰? こんなところをマストランジェロ一族の男性に見せては駄目よ」

 と、慌てて扉を絞める。

 パオラが「そうだべか?」と言うと、セレーナが「そうよ」と返した。

「屠殺してるし、血だらけだし。ヴェスティートを汚さないように黒いカッポット着てるから、血が付いても目立たないでしょうけど」

「そうですね。処刑執行人の私が言うのも何ですが、マストランジェロ一族の男性は天使が血で手を汚すことを望みませんから」

 とベルが「それに」と続ける。

「どうも、お若ければお若いほど夢を見ていらっしゃると申しますか……天使の食事は、花の蜜や林檎だと思われているように存じませんか?」

 ベラドンナが哄笑した。

「それは言い過ぎでしょ、ベル。だって普段ワタシたちと一緒に食事してるんだし、その辺は現実的よ」

 ピエトラが腕組みしながら「どうだろうねぇ」と難しい顔になる。

「天使が昼下がりに飲んでる『いつもの茶』があるだろう? それについて、王子殿下たちが語っていたのを聞いたことあるんだ。何て話していたと思う? 「あれは天使しか飲むことが許されない神秘の茶」だの「天上界にしか咲いていない花で淹れている」だの「きっとハチミツのように優しくて甘い味がする」だの、そんなことばかりさ」

「罰則かって突っ込みたくなるような惨い味やっちゅーねん……」

 とアヤメが苦笑した。

 ベルに続いて、鍋の中から箸で4本指の足を取り出して続ける。

「こんなゲテモノ食べてるとこ、ほんまに見せられへんな。ウチ、来月の新婚旅行不安になってきたわ。どうすればええの? 今日からこのツッパを一日一杯食べるのは天使の義務なんやろ、元帥閣下?」

「スィー、アヤメ殿下。肌は女の命でございます。普段捨てていたトサカや足、ガラにプルプル成分が大量に含まれていることに気付きましたので、草食のアリー様を除く成人天使の義務と致します。名付けるならば、『天使ツッパ』でございます。新婚旅行中は、ハナたちに協力して頂いてレオーネ国の宮廷までお届け致しますので」

「わ、分かった。プルプル肌になるためにどうにかして頑張って食べるわ、この魔女ツッパ――いやいや、天使ツッパ。ウチは来月、パオラちゃんは3日後に結婚式やし、今が人生で一番綺麗にならなあかんときやし。な、パオラちゃん?」

「そうだべね。農民は日頃からトサカや足を捨てないで食べてるからおらは特に抵抗ないし、こんなのお安い御用だべ」

 とパオラが、アヤメから4本指の足を受け取り、平気な顔をして口の中に放り込む。

「おらの結婚式は3日後だけんども、それまでに肌プルプルになるだか、ベルちゃん?」

「スィー。明日にはもうプルプルの予定でございます」

「ほんとだか! 凄いだね! おら頑張って食べるだよ! フラヴィオ様はもちろん、ファビオ兄も喜んでくれると嬉しいだなぁ」

 と無垢な笑顔を咲かせるパオラを見つめながら、ベルが微笑した。

 主フラヴィオの大切な天使たちは、ベルにとっても大切なものだった。

 その幸せを、本人に負けず劣らず幸せに思う。

「改めてご結婚おめでとうございます、パオラさん。並びに、アヤメ殿下。フラヴィオ様のためにも、末永くお幸せでありますようお祈り申し上げます」







 ――翌朝の宮廷。

「フーラーヴィーオーさーまー」

 と、7番目の天使の甘えた声に呼ばれ、夢から覚醒した国王フラヴィオ――

「――Ohhhhhhhh!」

 絶叫を響かせた。

 昨日も絶叫しているが、それとは反対の意味だ。

 身体の上に裸で跨っているそれは、色素の薄い碧眼にはあまりにも眩しく、溜まらず瞼を閉じる。

「なっ…なんということだっ……! なんということだ!」

「ふふふ」

 と7番目の天使の満足気な含み笑いを聞きながら、瞼を少しずつ開けていく。

 窓辺から差し込む朝日に照らされた、元々とても美しい白の肌。

 それが尚のことツヤツヤになり、光り輝いていた。

「ああ、許してくれ…許してくれ、アモーレっ…! 余は現実ではなく、白昼夢を見ていたのだっ……!」

 フラヴィオの脳裏に焼き付いて離れなかった悍ましい光景が、たちまち変化していく。

 骨の折れる音は、花を摘む音に。

 流れ出ていた真っ赤な血は、甘い甘いワインヴィーノに。

 大量に舞っていた鶏の羽は、純白の天使の羽に。

 トサカは薔薇の花弁に、ガラはシナモンカンネッラに。

 7番目の天使が鍋から取り出して食べた4本指の足は、林檎のコンポートコンポスタに。

 そして『魔女ツッパ』は、『天使ツッパ』に。

「なんだコレ……!」

 小さな顔を両手で包み込むと、赤ん坊まで遡ったかのごとくプルプルでもちもちする。

 細い腕も、ぷくぷくしてきた乳房も、小振りな尻も、華奢な脚も、すべてだ。

「こんなに美しいものが魔女であるわけがないだろう、愚か者めがっ……!」

 と、脳が断固とした結論を出す。

「魔女?」

「いやいや、何でもないぞアモーレ。そなたは天使だ、最上級天使だ」

 とフラヴィオは誤魔化すと、ぐるんと回ってベルを下にした。

「こんな罪作りなことして、何のつもりだアモーレ? そんなに余に愛でられたいのか?」

「スィー」

「まったくもうっ……」

 キスバーチョから始まって、身体のあちこちを夢中で愛撫されていくベルの顔が幸せに染まる。

 フラヴィオに喜んでもらうことは当然、こうして愛される度に生んでくれた母に感謝したくなる。

「これならパオラさん、大丈夫そうですね」

「うん?」

「パオラさんは2日後に、人生で1番綺麗にならなければならない日をお迎えになりますから」

 一呼吸置いた後、フラヴィオが突如「パオラっ……!」と瞼を押さえた。

「どうされたのです、フラヴィオ様? 今さらパオラさんをお嫁にやりたくないなんて申されてはなりませんよ?」

「言わぬ、言わぬが……」

 と、ぐすっと鼻を啜る。

「パオラは生まれた頃から可愛がってきた天使なのに、一っっっっっっ度も、余の嫁になりたいと言ってくれなかった……!」

「左様でございましたか。しかし大丈夫です、フラヴィオ様。パオラさんは身分差からそのようなことは口に出来なかっただけのこと。天使は貴族と並ぶかそれ以上と申しましても、私がそうであるように、パオラさんも農民の生まれだという自覚がございますから。でも、2日後の結婚式には心に秘めて来たフラヴィオ様への想いを打ち明けてくれることでしょう」

「本当か?」

 ベルが「スィー」と微笑して、幼子を慈しむようにフラヴィオの首を抱き締めた。

「天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタにお任せください――」


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