12 / 51
魔女ツッパ(本編35.5話・前編)
しおりを挟む
――1491年6月のカプリコルノ国。
頭に、王女ヴァレンティーナ13歳の誕生日パレード。
中旬に、舞踏会。
後半に、プリームラ軍元帥・クエルチア侯アドルフォ・ガリバルディ34歳の誕生日パラータ。
さらに、去年開催することが出来なかった王太子オルランドの成人(15歳)パラータ。
そして末日には、4番目の天使パオラ19歳の誕生日パーティー及び結婚式を予定している。
そんな大切な日まで、あと3日の本日。
時刻は、中庭で軍事訓練に励んでいる国王フラヴィオたちや将兵が昼休みに入った、午前11時――
「ななな、何をしているのだっ……ててて、天使たちは何をしているのだっ……?」
宮廷の一階の廊下から裏庭を覗き込む国王フラヴィオが、昼餉のパン片手に震え上がっていた。
そこに見えるのは、天使番号2番アリーチェを除く15歳以上の成人天使たちと家政婦長ピエトラ。
檻に入れられた30羽はいようか家畜の鶏と、大きな木の台、湯気の立った3つの大きな鍋。
天使たちもピエトラも足首まである真っ黒なコートを纏い、手袋を装着。
天使軍元帥こと天使番号7番ベルとピエトラは、包丁を持っているのが見えた。
(ぶ…不気味なのだ……)
ごくり、とフラヴィオの喉が鳴る。
一体これから何が行われるのか。
何となく分かるのは、虫一匹殺せないほど心優しいアリーチェや、未成年天使たちには見せられない光景が繰り広げられるということだ。
天使軍元帥が口を開く。
「では、始めます」
揃った「はい」の返事。
天使番号8番アヤメが檻を少し開け、家畜の鶏を一匹ずつ捕まえて1番ベラドンナに手渡していく。
常日頃から狩りをしているベラドンナに、慣れ切った手付きで首を折られて絞められていく鶏。
次から次へと息の根を止められていくそれらは、3番セレーナによって首を切られ血抜きされた後、木の台の上に置かれていく。
今度はそれらに4番パオラが鍋から熱湯をすくって掛けていき、羽を毟り取り始めた。
「楽しみね」
「そうだべね」
と、クスクスと笑う天使たちの声。
骨の折れる音。
流れる鮮血。
風に煽られ、宙に舞う大量の羽。
鶏が丸裸になると、ピエトラがその腹を手早く裂き、内臓を取り出していく。
「――…っ……!」
フラヴィオの顎の先から、冷や汗が滴り落ちていった。
常日頃の屠殺現場といったらそうだ。食卓に鶏が上がる日は毎度のことだ。
しかし屠殺の担当ではない天使たちがやっている時点で奇異であり、また何故かきゃっきゃとしている天使たちも奇妙に映った。
ピエトラが「ほらよ」の言葉と共に、内臓を取り出した鶏を7番ベルの前方に投げる。
「フィコ師匠直伝『六連輪切り円舞』……!」
と高速で六回転して包丁を振るったベル。
その名の通り輪切りにされた鶏の体内に残っていた血が飛び散り、その白の肌を赤に染めていく。
「アモモモモモモ……!」
戦慄するフラヴィオの一方、「すごーい!」と聞こえてくる天使たちの絶賛と拍手。
あとピエトラの突っ込み。
「いや、普通に切った方が早いだろう」
「申し訳ございません。たまには肉を相手に練習しないと腕が鈍るもので」
「で、鶏のどの部分を使うって? 本当に普段使わない部分でいいのかい?」
「スィー。必要なのは、普段捨てているガラとトサカ、足です。他の部位は食卓に出せますので、フィコ師匠に本日の夕餉に使って頂きましょう」
ピエトラが「はいよ」と承知して、ベルが鶏から切り落としたガラとトサカ、足を煮え滾る鍋の中に放り込んでいく。
さらに野菜やハーブなどを投入し、木べらでぐるぐると掻き回していく――
(――ま…待て待て待て。何だコレ……)
フラヴィオを錯乱が襲う。
最近料理が出来る男を豪語しているのだが、急激に自信が喪失した。
ガラ?
トサカ?
あの前に3本、後ろに1本の4本指の足?
(な、何故だ……)
そういえばガラはスープに使うとか何とか聞いたことがあるような無いような気がするが、とりあえずそんなものらが食卓に上がったことはない。
まるで意味が分からなく、そもそも人間の食べ物としての認識も無い。
そんなものを使って、天使たちは一体何を作っているというのだろう。
出来上がったら一緒に食べるつもりなのか、よく見たらパーネも準備してある。
まさか――
(――魔女ツッパ……!)
フラヴィオに衝撃が走った。
(いやいや待て待て、落ち着けっ……!)
慌てて頭を横に振り、脳裏に浮かんだ想像を振り払う。
何も天使たちがアレを食べると決まったわけじゃない。
(きっと犬耳モストロのテンテンのおやつを作っているのだっ……!)
そう、きっとそうだ。
天使たちがあんな魔女の食べていそうなゲテモノを食すわけがない。
(特に4本指の足なんて気色悪いものを、余の美しい天使たちが食べるわけが――)
フラヴィオの心の声を遮るように、ベルが「ふふふ」と笑った。
その手には箸が持たれていて、煮え滾る鍋の中から4本指の足を摘まんで取り出した。
(――アモーレ……?)
動揺する碧眼に、恍惚とした小さな顔が映る。
「いつもいつも捨ててしまっていたことをお許しください、鶏さん。これからはあなた方のお命、細部まで残さずありがたくいただきます」
と、その栗色の瞳が愛おしそうに見つめるは、4本指の足。
(いや、嘘だろうアモーレ……?)
フラヴィオが嫌な動悸に襲われる一方、再び「ふふふ」と笑ったベル。
「どうぞ楽しみにお待ちくださいませ、フラヴィオ様」
と桜の花びらのような唇で、4本指の足をフーフーと冷ましていく。
(待て待て待て、アモーレ……!)
「フラヴィオ様を誰よりも何よりも愛する天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタ」
(冗談は止めてくれ、アモーレ……!)
「すべてはフラヴィオ様にお喜び頂くため」
(いや喜んでないから、アモーレ……!)
「いざ勇敢に」
(や、やめっ……!)
「いただくのですー」
(アモモモモモモ――)
ベルの小さな口に、4本指の足がパクッと咥えられていった。
その刹那、フラヴィオが言葉になっていない絶叫を上げる。
「ん?」
と天使たちが絶叫の聞こえた方――宮廷の廊下と繋がっている戸口へと顔を向けると、そこにその姿はもう無い。
扉が10cmばかり空いているのを見て、セレーナが「大変!」と言いながら駆けて行った。
「扉を閉め忘れたのは誰? こんなところをマストランジェロ一族の男性に見せては駄目よ」
と、慌てて扉を絞める。
パオラが「そうだべか?」と言うと、セレーナが「そうよ」と返した。
「屠殺してるし、血だらけだし。ヴェスティートを汚さないように黒いカッポット着てるから、血が付いても目立たないでしょうけど」
「そうですね。処刑執行人の私が言うのも何ですが、マストランジェロ一族の男性は天使が血で手を汚すことを望みませんから」
とベルが「それに」と続ける。
「どうも、お若ければお若いほど夢を見ていらっしゃると申しますか……天使の食事は、花の蜜や林檎だと思われているように存じませんか?」
ベラドンナが哄笑した。
「それは言い過ぎでしょ、ベル。だって普段ワタシたちと一緒に食事してるんだし、その辺は現実的よ」
ピエトラが腕組みしながら「どうだろうねぇ」と難しい顔になる。
「天使が昼下がりに飲んでる『いつもの茶』があるだろう? それについて、王子殿下たちが語っていたのを聞いたことあるんだ。何て話していたと思う? 「あれは天使しか飲むことが許されない神秘の茶」だの「天上界にしか咲いていない花で淹れている」だの「きっとハチミツのように優しくて甘い味がする」だの、そんなことばかりさ」
「罰則かって突っ込みたくなるような惨い味やっちゅーねん……」
とアヤメが苦笑した。
ベルに続いて、鍋の中から箸で4本指の足を取り出して続ける。
「こんなゲテモノ食べてるとこ、ほんまに見せられへんな。ウチ、来月の新婚旅行不安になってきたわ。どうすればええの? 今日からこのツッパを一日一杯食べるのは天使の義務なんやろ、元帥閣下?」
「スィー、アヤメ殿下。肌は女の命でございます。普段捨てていたトサカや足、ガラにプルプル成分が大量に含まれていることに気付きましたので、草食のアリー様を除く成人天使の義務と致します。名付けるならば、『天使ツッパ』でございます。新婚旅行中は、ハナたちに協力して頂いてレオーネ国の宮廷までお届け致しますので」
「わ、分かった。プルプル肌になるためにどうにかして頑張って食べるわ、この魔女ツッパ――いやいや、天使ツッパ。ウチは来月、パオラちゃんは3日後に結婚式やし、今が人生で一番綺麗にならなあかんときやし。な、パオラちゃん?」
「そうだべね。農民は日頃からトサカや足を捨てないで食べてるからおらは特に抵抗ないし、こんなのお安い御用だべ」
とパオラが、アヤメから4本指の足を受け取り、平気な顔をして口の中に放り込む。
「おらの結婚式は3日後だけんども、それまでに肌プルプルになるだか、ベルちゃん?」
「スィー。明日にはもうプルプルの予定でございます」
「ほんとだか! 凄いだね! おら頑張って食べるだよ! フラヴィオ様はもちろん、ファビオ兄も喜んでくれると嬉しいだなぁ」
と無垢な笑顔を咲かせるパオラを見つめながら、ベルが微笑した。
主フラヴィオの大切な天使たちは、ベルにとっても大切なものだった。
その幸せを、本人に負けず劣らず幸せに思う。
「改めてご結婚おめでとうございます、パオラさん。並びに、アヤメ殿下。フラヴィオ様のためにも、末永くお幸せでありますようお祈り申し上げます」
――翌朝の宮廷。
「フーラーヴィーオーさーまー」
と、7番目の天使の甘えた声に呼ばれ、夢から覚醒した国王フラヴィオ――
「――Ohhhhhhhh!」
絶叫を響かせた。
昨日も絶叫しているが、それとは反対の意味だ。
身体の上に裸で跨っているそれは、色素の薄い碧眼にはあまりにも眩しく、溜まらず瞼を閉じる。
「なっ…なんということだっ……! なんということだ!」
「ふふふ」
と7番目の天使の満足気な含み笑いを聞きながら、瞼を少しずつ開けていく。
窓辺から差し込む朝日に照らされた、元々とても美しい白の肌。
それが尚のことツヤツヤになり、光り輝いていた。
「ああ、許してくれ…許してくれ、アモーレっ…! 余は現実ではなく、白昼夢を見ていたのだっ……!」
フラヴィオの脳裏に焼き付いて離れなかった悍ましい光景が、たちまち変化していく。
骨の折れる音は、花を摘む音に。
流れ出ていた真っ赤な血は、甘い甘いワインに。
大量に舞っていた鶏の羽は、純白の天使の羽に。
トサカは薔薇の花弁に、ガラはシナモンに。
7番目の天使が鍋から取り出して食べた4本指の足は、林檎のコンポートに。
そして『魔女ツッパ』は、『天使ツッパ』に。
「なんだコレ……!」
小さな顔を両手で包み込むと、赤ん坊まで遡ったかのごとくプルプルでもちもちする。
細い腕も、ぷくぷくしてきた乳房も、小振りな尻も、華奢な脚も、すべてだ。
「こんなに美しいものが魔女であるわけがないだろう、愚か者めがっ……!」
と、脳が断固とした結論を出す。
「魔女?」
「いやいや、何でもないぞアモーレ。そなたは天使だ、最上級天使だ」
とフラヴィオは誤魔化すと、ぐるんと回ってベルを下にした。
「こんな罪作りなことして、何のつもりだアモーレ? そんなに余に愛でられたいのか?」
「スィー」
「まったくもうっ……」
キスから始まって、身体のあちこちを夢中で愛撫されていくベルの顔が幸せに染まる。
フラヴィオに喜んでもらうことは当然、こうして愛される度に生んでくれた母に感謝したくなる。
「これならパオラさん、大丈夫そうですね」
「うん?」
「パオラさんは2日後に、人生で1番綺麗にならなければならない日をお迎えになりますから」
一呼吸置いた後、フラヴィオが突如「パオラっ……!」と瞼を押さえた。
「どうされたのです、フラヴィオ様? 今さらパオラさんをお嫁にやりたくないなんて申されてはなりませんよ?」
「言わぬ、言わぬが……」
と、ぐすっと鼻を啜る。
「パオラは生まれた頃から可愛がってきた天使なのに、一っっっっっっ度も、余の嫁になりたいと言ってくれなかった……!」
「左様でございましたか。しかし大丈夫です、フラヴィオ様。パオラさんは身分差からそのようなことは口に出来なかっただけのこと。天使は貴族と並ぶかそれ以上と申しましても、私がそうであるように、パオラさんも農民の生まれだという自覚がございますから。でも、2日後の結婚式には心に秘めて来たフラヴィオ様への想いを打ち明けてくれることでしょう」
「本当か?」
ベルが「スィー」と微笑して、幼子を慈しむようにフラヴィオの首を抱き締めた。
「天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタにお任せください――」
頭に、王女ヴァレンティーナ13歳の誕生日パレード。
中旬に、舞踏会。
後半に、プリームラ軍元帥・クエルチア侯アドルフォ・ガリバルディ34歳の誕生日パラータ。
さらに、去年開催することが出来なかった王太子オルランドの成人(15歳)パラータ。
そして末日には、4番目の天使パオラ19歳の誕生日パーティー及び結婚式を予定している。
そんな大切な日まで、あと3日の本日。
時刻は、中庭で軍事訓練に励んでいる国王フラヴィオたちや将兵が昼休みに入った、午前11時――
「ななな、何をしているのだっ……ててて、天使たちは何をしているのだっ……?」
宮廷の一階の廊下から裏庭を覗き込む国王フラヴィオが、昼餉のパン片手に震え上がっていた。
そこに見えるのは、天使番号2番アリーチェを除く15歳以上の成人天使たちと家政婦長ピエトラ。
檻に入れられた30羽はいようか家畜の鶏と、大きな木の台、湯気の立った3つの大きな鍋。
天使たちもピエトラも足首まである真っ黒なコートを纏い、手袋を装着。
天使軍元帥こと天使番号7番ベルとピエトラは、包丁を持っているのが見えた。
(ぶ…不気味なのだ……)
ごくり、とフラヴィオの喉が鳴る。
一体これから何が行われるのか。
何となく分かるのは、虫一匹殺せないほど心優しいアリーチェや、未成年天使たちには見せられない光景が繰り広げられるということだ。
天使軍元帥が口を開く。
「では、始めます」
揃った「はい」の返事。
天使番号8番アヤメが檻を少し開け、家畜の鶏を一匹ずつ捕まえて1番ベラドンナに手渡していく。
常日頃から狩りをしているベラドンナに、慣れ切った手付きで首を折られて絞められていく鶏。
次から次へと息の根を止められていくそれらは、3番セレーナによって首を切られ血抜きされた後、木の台の上に置かれていく。
今度はそれらに4番パオラが鍋から熱湯をすくって掛けていき、羽を毟り取り始めた。
「楽しみね」
「そうだべね」
と、クスクスと笑う天使たちの声。
骨の折れる音。
流れる鮮血。
風に煽られ、宙に舞う大量の羽。
鶏が丸裸になると、ピエトラがその腹を手早く裂き、内臓を取り出していく。
「――…っ……!」
フラヴィオの顎の先から、冷や汗が滴り落ちていった。
常日頃の屠殺現場といったらそうだ。食卓に鶏が上がる日は毎度のことだ。
しかし屠殺の担当ではない天使たちがやっている時点で奇異であり、また何故かきゃっきゃとしている天使たちも奇妙に映った。
ピエトラが「ほらよ」の言葉と共に、内臓を取り出した鶏を7番ベルの前方に投げる。
「フィコ師匠直伝『六連輪切り円舞』……!」
と高速で六回転して包丁を振るったベル。
その名の通り輪切りにされた鶏の体内に残っていた血が飛び散り、その白の肌を赤に染めていく。
「アモモモモモモ……!」
戦慄するフラヴィオの一方、「すごーい!」と聞こえてくる天使たちの絶賛と拍手。
あとピエトラの突っ込み。
「いや、普通に切った方が早いだろう」
「申し訳ございません。たまには肉を相手に練習しないと腕が鈍るもので」
「で、鶏のどの部分を使うって? 本当に普段使わない部分でいいのかい?」
「スィー。必要なのは、普段捨てているガラとトサカ、足です。他の部位は食卓に出せますので、フィコ師匠に本日の夕餉に使って頂きましょう」
ピエトラが「はいよ」と承知して、ベルが鶏から切り落としたガラとトサカ、足を煮え滾る鍋の中に放り込んでいく。
さらに野菜やハーブなどを投入し、木べらでぐるぐると掻き回していく――
(――ま…待て待て待て。何だコレ……)
フラヴィオを錯乱が襲う。
最近料理が出来る男を豪語しているのだが、急激に自信が喪失した。
ガラ?
トサカ?
あの前に3本、後ろに1本の4本指の足?
(な、何故だ……)
そういえばガラはスープに使うとか何とか聞いたことがあるような無いような気がするが、とりあえずそんなものらが食卓に上がったことはない。
まるで意味が分からなく、そもそも人間の食べ物としての認識も無い。
そんなものを使って、天使たちは一体何を作っているというのだろう。
出来上がったら一緒に食べるつもりなのか、よく見たらパーネも準備してある。
まさか――
(――魔女ツッパ……!)
フラヴィオに衝撃が走った。
(いやいや待て待て、落ち着けっ……!)
慌てて頭を横に振り、脳裏に浮かんだ想像を振り払う。
何も天使たちがアレを食べると決まったわけじゃない。
(きっと犬耳モストロのテンテンのおやつを作っているのだっ……!)
そう、きっとそうだ。
天使たちがあんな魔女の食べていそうなゲテモノを食すわけがない。
(特に4本指の足なんて気色悪いものを、余の美しい天使たちが食べるわけが――)
フラヴィオの心の声を遮るように、ベルが「ふふふ」と笑った。
その手には箸が持たれていて、煮え滾る鍋の中から4本指の足を摘まんで取り出した。
(――アモーレ……?)
動揺する碧眼に、恍惚とした小さな顔が映る。
「いつもいつも捨ててしまっていたことをお許しください、鶏さん。これからはあなた方のお命、細部まで残さずありがたくいただきます」
と、その栗色の瞳が愛おしそうに見つめるは、4本指の足。
(いや、嘘だろうアモーレ……?)
フラヴィオが嫌な動悸に襲われる一方、再び「ふふふ」と笑ったベル。
「どうぞ楽しみにお待ちくださいませ、フラヴィオ様」
と桜の花びらのような唇で、4本指の足をフーフーと冷ましていく。
(待て待て待て、アモーレ……!)
「フラヴィオ様を誰よりも何よりも愛する天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタ」
(冗談は止めてくれ、アモーレ……!)
「すべてはフラヴィオ様にお喜び頂くため」
(いや喜んでないから、アモーレ……!)
「いざ勇敢に」
(や、やめっ……!)
「いただくのですー」
(アモモモモモモ――)
ベルの小さな口に、4本指の足がパクッと咥えられていった。
その刹那、フラヴィオが言葉になっていない絶叫を上げる。
「ん?」
と天使たちが絶叫の聞こえた方――宮廷の廊下と繋がっている戸口へと顔を向けると、そこにその姿はもう無い。
扉が10cmばかり空いているのを見て、セレーナが「大変!」と言いながら駆けて行った。
「扉を閉め忘れたのは誰? こんなところをマストランジェロ一族の男性に見せては駄目よ」
と、慌てて扉を絞める。
パオラが「そうだべか?」と言うと、セレーナが「そうよ」と返した。
「屠殺してるし、血だらけだし。ヴェスティートを汚さないように黒いカッポット着てるから、血が付いても目立たないでしょうけど」
「そうですね。処刑執行人の私が言うのも何ですが、マストランジェロ一族の男性は天使が血で手を汚すことを望みませんから」
とベルが「それに」と続ける。
「どうも、お若ければお若いほど夢を見ていらっしゃると申しますか……天使の食事は、花の蜜や林檎だと思われているように存じませんか?」
ベラドンナが哄笑した。
「それは言い過ぎでしょ、ベル。だって普段ワタシたちと一緒に食事してるんだし、その辺は現実的よ」
ピエトラが腕組みしながら「どうだろうねぇ」と難しい顔になる。
「天使が昼下がりに飲んでる『いつもの茶』があるだろう? それについて、王子殿下たちが語っていたのを聞いたことあるんだ。何て話していたと思う? 「あれは天使しか飲むことが許されない神秘の茶」だの「天上界にしか咲いていない花で淹れている」だの「きっとハチミツのように優しくて甘い味がする」だの、そんなことばかりさ」
「罰則かって突っ込みたくなるような惨い味やっちゅーねん……」
とアヤメが苦笑した。
ベルに続いて、鍋の中から箸で4本指の足を取り出して続ける。
「こんなゲテモノ食べてるとこ、ほんまに見せられへんな。ウチ、来月の新婚旅行不安になってきたわ。どうすればええの? 今日からこのツッパを一日一杯食べるのは天使の義務なんやろ、元帥閣下?」
「スィー、アヤメ殿下。肌は女の命でございます。普段捨てていたトサカや足、ガラにプルプル成分が大量に含まれていることに気付きましたので、草食のアリー様を除く成人天使の義務と致します。名付けるならば、『天使ツッパ』でございます。新婚旅行中は、ハナたちに協力して頂いてレオーネ国の宮廷までお届け致しますので」
「わ、分かった。プルプル肌になるためにどうにかして頑張って食べるわ、この魔女ツッパ――いやいや、天使ツッパ。ウチは来月、パオラちゃんは3日後に結婚式やし、今が人生で一番綺麗にならなあかんときやし。な、パオラちゃん?」
「そうだべね。農民は日頃からトサカや足を捨てないで食べてるからおらは特に抵抗ないし、こんなのお安い御用だべ」
とパオラが、アヤメから4本指の足を受け取り、平気な顔をして口の中に放り込む。
「おらの結婚式は3日後だけんども、それまでに肌プルプルになるだか、ベルちゃん?」
「スィー。明日にはもうプルプルの予定でございます」
「ほんとだか! 凄いだね! おら頑張って食べるだよ! フラヴィオ様はもちろん、ファビオ兄も喜んでくれると嬉しいだなぁ」
と無垢な笑顔を咲かせるパオラを見つめながら、ベルが微笑した。
主フラヴィオの大切な天使たちは、ベルにとっても大切なものだった。
その幸せを、本人に負けず劣らず幸せに思う。
「改めてご結婚おめでとうございます、パオラさん。並びに、アヤメ殿下。フラヴィオ様のためにも、末永くお幸せでありますようお祈り申し上げます」
――翌朝の宮廷。
「フーラーヴィーオーさーまー」
と、7番目の天使の甘えた声に呼ばれ、夢から覚醒した国王フラヴィオ――
「――Ohhhhhhhh!」
絶叫を響かせた。
昨日も絶叫しているが、それとは反対の意味だ。
身体の上に裸で跨っているそれは、色素の薄い碧眼にはあまりにも眩しく、溜まらず瞼を閉じる。
「なっ…なんということだっ……! なんということだ!」
「ふふふ」
と7番目の天使の満足気な含み笑いを聞きながら、瞼を少しずつ開けていく。
窓辺から差し込む朝日に照らされた、元々とても美しい白の肌。
それが尚のことツヤツヤになり、光り輝いていた。
「ああ、許してくれ…許してくれ、アモーレっ…! 余は現実ではなく、白昼夢を見ていたのだっ……!」
フラヴィオの脳裏に焼き付いて離れなかった悍ましい光景が、たちまち変化していく。
骨の折れる音は、花を摘む音に。
流れ出ていた真っ赤な血は、甘い甘いワインに。
大量に舞っていた鶏の羽は、純白の天使の羽に。
トサカは薔薇の花弁に、ガラはシナモンに。
7番目の天使が鍋から取り出して食べた4本指の足は、林檎のコンポートに。
そして『魔女ツッパ』は、『天使ツッパ』に。
「なんだコレ……!」
小さな顔を両手で包み込むと、赤ん坊まで遡ったかのごとくプルプルでもちもちする。
細い腕も、ぷくぷくしてきた乳房も、小振りな尻も、華奢な脚も、すべてだ。
「こんなに美しいものが魔女であるわけがないだろう、愚か者めがっ……!」
と、脳が断固とした結論を出す。
「魔女?」
「いやいや、何でもないぞアモーレ。そなたは天使だ、最上級天使だ」
とフラヴィオは誤魔化すと、ぐるんと回ってベルを下にした。
「こんな罪作りなことして、何のつもりだアモーレ? そんなに余に愛でられたいのか?」
「スィー」
「まったくもうっ……」
キスから始まって、身体のあちこちを夢中で愛撫されていくベルの顔が幸せに染まる。
フラヴィオに喜んでもらうことは当然、こうして愛される度に生んでくれた母に感謝したくなる。
「これならパオラさん、大丈夫そうですね」
「うん?」
「パオラさんは2日後に、人生で1番綺麗にならなければならない日をお迎えになりますから」
一呼吸置いた後、フラヴィオが突如「パオラっ……!」と瞼を押さえた。
「どうされたのです、フラヴィオ様? 今さらパオラさんをお嫁にやりたくないなんて申されてはなりませんよ?」
「言わぬ、言わぬが……」
と、ぐすっと鼻を啜る。
「パオラは生まれた頃から可愛がってきた天使なのに、一っっっっっっ度も、余の嫁になりたいと言ってくれなかった……!」
「左様でございましたか。しかし大丈夫です、フラヴィオ様。パオラさんは身分差からそのようなことは口に出来なかっただけのこと。天使は貴族と並ぶかそれ以上と申しましても、私がそうであるように、パオラさんも農民の生まれだという自覚がございますから。でも、2日後の結婚式には心に秘めて来たフラヴィオ様への想いを打ち明けてくれることでしょう」
「本当か?」
ベルが「スィー」と微笑して、幼子を慈しむようにフラヴィオの首を抱き締めた。
「天使軍元帥こと、この7番目の天使ベルナデッタにお任せください――」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる