酒池肉林王と7番目の天使~番外編集~

日向かなた

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バケモノ 前編(本編49.5話ー1)

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 ――1494年4月25日。

 本日はレオナルド4歳の誕生日と、明日のジルベルト4歳の誕生日を祝福するため、カプリコルノ国に友好国の王族一同が集結する日。

 カプリコルノ国の北隣の島国サジッターリオの宮廷に、テレトラスポルト送迎係としてやって来たカーネ・ロッソのテンテン(16歳・オス)。

 サジッターリオ国王太女マヤ(20歳)の言葉を聞くなり、「えっ……?」と顔面蒼白していった。

 マヤが小首を傾げる。

「聞こえませんでしたの? カーネ・ロッソの犬耳って、意外と良くないのね」

「いや、聞こえてますマヤ殿下。ガットの猫耳には敵わないけど、犬耳だって人間よりもずっと優秀だし。だから、おれが言いたいのはそうじゃなくてっ……!」

「怖いんだってさ、テンテンは」

 とマヤの夫であり、カプリコルノ国の大公の長男リナルド(来月で16歳)が口を挟むと、テンテンが「そうだよ!」と声を上げた。

「当たり前じゃないか、ピピストレッロの山の近くに行くなんて! ピピストレッロってカーネ・ロッソを瞬殺するくらい強いんだ、マヤ殿下知らないの!?」

「そんな話も聞いたけれど……でも、バッリエーラという魔法の盾があるのでしょう?」

「あれは使い手の魔力の高さや技術によって防御力が変わるんだ! おれのバッリエーラなんて、ピピストレッロの前じゃほとんど無意味だよ!」

「でもピピストレッロて、こっちが手を出さなければ何もしないって、ハーゲンが力説していたわ」

「そうらしいけど、前にカーネ・ロッソが彼らを敵に回して大量に殺されてるんだ! 彼らがまだカーネに恨みを抱いてたら、おれどうなると思ってるの!? てか、そのハーゲンさんってヴァイオリニストヴィオリニスタなんでしょう? そんなのカプリコルノにだって一杯いるのに、何で連れて行く必要あるの?」

「レオナルドさんと仲良しなのよ。マヤもハーゲンの演奏聞きたいし」

 カプリコルノ国の第二王子であり、サジッターリオ国王であるコラード(今年で18歳)が、「あとさー」と苦笑して続いた。

「オレがカプリコルノに帰る度に、レオがうるさいんだよ。宮廷楽士を辞めさせられただけでなく、王都からも追放みたいなことにされたハーゲンが可哀想、可哀想って。だからハーゲンが元気にやってる姿を見せてやれば、少しは黙ってくれると思って」

「本当に可哀想ですわ、ハーゲンは」

 と、マヤが年下の継父の顔を見上げて頬を膨らませる。

「マヤのお気に入りでしたのに。あんなに素晴らしいヴィオリニスタ、どこを探したっていないのに。追放先も、よりによってピピストレッロの山から2km先にある山小屋って! マヤは信じられませんわ、コラード陛下!」

「いや、だから、それはハーゲン自身が望んだんだって。オレの命令でそんなところに住んでるんじゃないから。いい加減に機嫌を直してくれよ、マヤ……」

 マヤが「フン」と鼻を鳴らして、そっぽを向く。

 テンテンがコラードとマヤの顔を交互に見ながら、「仲悪いの?」と問うた。

 コラードの妻であるサジッターリオ国女王シャルロッテ(35歳)が、やれやれといった様子でテンテンに耳打ちする。

「昔、コラードはマヤと結婚する予定だったのよ。でもコラードが私を選んで結婚しちゃったから、マヤはそのことずーっと根に持ってて……」

「なるほどねー」

 とテンテンが呆れ顔で見上げたコラードが、溜め息を吐いた。

「頼むよテンテン、マヤの機嫌を直すためにも。ハーゲンのいる山小屋の近くまででいいからさ。先日ハーゲンが王都にある実家に帰省したときに今日のこと伝えてあるから、支度して待ってるだろうし。頼むよ……ここまで」

 とサジッターリオ国の地図を懐から取り出し、ハーゲンのいる山小屋を指差す。

 渋々「分かったよ」と承知したテンテン。

「でも何が起こるか分からないし、女の人たちはここに置いていくよ。コラード陛下とリナルド殿下、おれの3人で山小屋まで行ってくる。あっ、もちろんおれは隠れてるけど!」

 と自身とコラード、リナルドにバッリエーラを5枚掛けてから、ハーゲンのいる山小屋付近へとテレトラスポルトする。

 足を着いた場所は川岸で、周りを見回すと青々とした新緑の木々に囲まれていた。

 テンテンは川上の方を指差しながら「あっちね」と言うと、「またあとで」とすぐにその場からテレトラスポルトで消えていった。

「地図によると、ハーゲンの山小屋は川のすぐ傍だもんな。でも見えないな」

「2、3kmくらい離れたところにテレトラスポルトされたのかも。行きましょう、コラード陛下」

 2人が雑談をしながら川上へと向かって歩いて行く。

 やがて前方の空に一匹のメスの人型モストロ――ピピストレッロことピピストレッロ・デッレ・サングエが現れると、「あ」と声を揃えて立ち止まった。

 蝙蝠の翼で悠々と飛んで来たそれは、川岸に降り立って膝を突き、両手で川の水をすくって飲み始める。

 その姿を少し離れたところから見つめながら、コラードが「真っ白だな」と呟いた。

「ベルやティーナも肌が白いけど、例えるなら真珠の色だ。でも、ピピストレッロの肌は雪の色。レオやハーゲンが綺麗だっていうのも分かるけど、オレはあんまり好きじゃないな。あそこまで白いと、不健康に見えて」

「私は神秘的に見えますが……でも正直、私もどっちかと言ったら苦手かな。あの赤い瞳が。だけどメスの身体が……」

「罪作りだよなー。なんだって、揃いも揃ってあんなに完璧ペルフェットな身体をしてるんだよ。ハーゲン、ついムラッとしちゃうだろ」

「ははは、そのうちメッゾサングエが出来たりして」

「無い無い。奇跡中の奇跡だろソレ」

 ピピストレッロは川の水を飲み終わると、また悠々と空を飛んでいった。

 それを見送った後、2人が再び歩を進める。

 生息地の山が近いせいか、またすぐに次のピピストレッロが視界に入り、それはハーゲンの山小屋が近付くにつれて増えていく。

 だんだんと2人の会話が減っていき、代わりに緊張感が増していった。

「ちょっと待て……ハーゲン生きてるよな?」

「先日会ったばかりでしょう。でもまさか、こんなにピピストレッロに囲まれて暮らしてるとは……」

 ハーゲンの山小屋が見えて来ると、2人は「うわぁ」と言いながら再び足を止めた。

 遠目にも分かる、素人の手作り感溢れる山小屋。

 その周辺の至るところにピピストレッロが集まっている。

「待て待て、冗談抜きでハーゲン殺されてるんじゃないのか?」

 と焦ったコラードの傍ら、リナルドが「あれ」と言って山小屋の上の方を指差した。

「え?」とコラードがその顔を見ると、言葉を失った様子で唖然としている。

 続いてコラードもリナルドの指した先にあるものを見るなり、目を疑う。

「――なんだ、あれ」

 山小屋の真上の上空に、一匹のオスのピピストレッロが浮遊している。

 並外れて大きいと分かる背丈は3m近くありそうで、蝙蝠の翼は畳まれている状態ながら、その身体を優に上回る大きさがあった。

 そしてそのピピストレッロがふと翼を広げた刹那、リナルドが息を呑んで腰の剣に手を掛ける。

「止めろ、リナルド」

 とコラードが、咄嗟にリナルドの手を押さえた。

 小刻みに震えている。

「落ち着け。あのバケモノに気付かれる前に、剣から手を離せ」

 コラードの手も震える。

 山小屋の上を浮遊しているピピストレッロが翼を広げたのは数秒の時間だったが、2人の目にしかと焼き付いた。

 あの背丈が3mあるとしたら、広げた翼はその5倍以上もの長さがあり、山小屋とその周辺が一時のあいだ黒い影に包み込まれた。

 コラードの言葉通り、『人間卒業生』に勝るとも劣らないバケモノがそこに浮遊している。

「リナルド、あれは普通のピピストレッロじゃない。おまえも、オレも、敵わない。早く剣から手を離せ」

 リナルドが震え声で「スィー」と承知し、従う。

「山小屋に近寄らない方が良さそうだし、そうでなくとも近寄りたくないな。ここからハーゲンを呼ぼう。いや、死んでるか?」

 とコラードが声を大きくしてハーゲンの名を呼ぼうかとき、ふと山小屋の扉が開いたのが見えた。

 中から小綺麗な格好をしたハーゲン(21歳)が、ヴァイオリンヴィオリーノ片手に出て来て、急いで2人の下へ駆けて来る。

「無事に生きてましたね」

「そのようだな。ていうか……」

 と、コラードが少し眉を顰めた。

「まだ呼んでないのに、ハーゲンは何でオレたちいるのが分かったんだ? オレたちの声が聞こえたのか?」

「まさか、モストロじゃあるまいし。山小屋の隙間から見えたんでしょう」

「そういうことか。隙間風が凄そうだもんなー、あの山小屋」

 ハーゲンは「お待たせ致しました!」と2人の前にやって来ると、国王コラードの前だからとまず跪いた。

 コラードは「いい」と言ってハーゲンを立たせると、山小屋の真上にいるピピストレッロを指差した。

「ハーゲン、あのピピストレッロは――」

「ああ」とハーゲンが、少し声高になってコラードの言葉を遮った。

「大丈夫です、心配しないでください。ピピストレッロはこちらが何もしなければ危害を加えて来ませんから」

「それは知ってるけど、でもあれは……」

「彼は平均よりも体が大きく、ピピストレッロの中でも極めて魔力が高い、ただそれだけのことです。中身は他のピピストレッロと変わりません。ちなみに近くで見ると綺麗な顔をしています」

 とハーゲンが周りを見回す。

「テレトラスポルト送迎係の方はどちらですか? 本日はお誘い頂き、ありがとうございます。レオナルド様のお誕生日の祝福にヴィオリーノを弾かせて頂けるなんてとても光栄で、この日を心待ちにしていました」

 と上機嫌な様子で屈託のない笑顔を見せるハーゲンに、「そうか」と返したコラード。

 リナルドと顔を見合わせて、再び山小屋の方へと顔を向ける。

 先ほどのオスのピピストレッロの背が――生息地の山の方へと向かって飛んでいくのが見えた。

 巨大な黒の翼がだんだんと遠ざかっていき、小さく安堵の溜め息が漏れる。

「じゃ……テンテンやロッテたちと合流して、カプリコルノへ行くか――」


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