忘却都市 ~君との愛に溺れたい~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

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「分かっている。――分かっているんだ!」

 ダニエルは自分の目から無意識に漏れ出た涙を隠す様にして樹から顔を逸らし、下を向いてベッドに顔を伏せた。

「ごめん……。ダニー。」

「うん………。上官からの命令だものね。樹は悪くないよ。これは――この気持ちは、僕の我儘でしかないから、気にしないで。」

「―――。」

 それ以上は互いに何も言うことができないまま、暫しの沈黙が続いた。
 この沈黙は惹かれ合い、互いに愛し合ってはいても軍隊にいる限りはこれが拒絶できないものだと―――。
命令一つで他の男に抱かれなければならない状況はどう足掻いても避けることのできない現実だと―――それを理解しているということを指し示す為の、無言で表した返事でもあった。
 今は何を言っても薄っぺらいとしか感じない言葉なんかよりも、子供の頃からの信頼関係があるからこその互いに互いを想い合ってとったその沈黙が、樹にとってもダニエルにとっても相手からの愛を感じて心を落ち着かせるものとなった。
 樹は自分の膝の上でギュッと拳を握り、目を閉じて一呼吸おくと勢いよく座っていた自分の簡易ベッドから立ち上がり、ダニエルの耳元へと顔を寄せた。

「――俺は君だけを愛している。他の何をおいても君を、ダニーを守りたいんだ。この事を忘れないでくれ。」

 樹がそう囁くと、ダニエルは枕にしていた服に更に顔を埋め、耳まで真っ赤に染めていった。

「ダニー……。今は体に障るから抱くことはできないが―――。」

 樹はうつ伏せの姿勢のまま動かないダニエルを、背中の方から優しく寄り添うようにして抱き締めた。
 今日も冷えて寒いはずなのに、触れたダニエルの体はまるで風呂上りみたいに温かく熱を帯びていた。

「樹………。」

「なんだい?」

「キス……して。」

 ダニエルは恥ずかしそうにそう小さく呟くと、少し体を動かして樹の居る方へと顔を向けた。
 そして上目遣いで樹の目を数秒見つめてからそっと瞼を閉じる。
 キスを待つダニエルの顔の可愛らしさに樹は胸がキュッと苦しくなり、切なくなった。
 しかし自分の過去を誤魔化そうとしてのすれ違いから久しぶりに触れたダニエルの唇の柔らかさに、樹はたったそれだけの行為にも拘らず欲望が暴走しそうになった。
 大怪我を負っている大事なダニエルの体を気遣う自分がいる一方で、もっと滅茶苦茶にダニエルの体の全てを貪り食って繋がりたいと叫ぶ欲望のままの自分が―――。

「あぁ、愛しいダニー。こんな時にも拘らずもっと君が欲しと思ってしまうよ。」

「樹―――。僕もだよ。でも……。」

「そうだね………。帰ってから、その体が治ったら思う存分に愛し合おう!」

「うんっ!」

 少しはにかみながら嬉しそうな笑顔を見せるダニエルの姿に、樹はチクリと胸を刺された気がした。
 これは罪悪感とでも言うのだろうか……。
 今ダニエルの前で「愛している」と囁いている一方で、今夜アストリー少尉に抱かれることを心のどこかで楽しみにしている自分もいることに嫌悪した。
 自分よりも年下である守りたい対象であるダニエルと違って、樹にとって年上のアストリー少尉は兄の様でいて違う魅力を感じていたのだった。

 『初めてのひと』―――その特別な思いもあったのかもしれない。
 ダニエルとの初めての前に何十回と共にした閨で体に染みついた甘い快楽は無意識にそれを求めていたのだろう……。
 最初こそ少しばかりは優しかったアストリー少尉も、共にした閨の数も三回目ともなればそれまで持て余していた下半身にそびえ立つ欲望の化身を樹の体の中へと侵入させてきた。
 大きく立派なは何度も出たり入ったりを繰り返して樹の最も悦ぶ箇所を探り、最初こそ痛いと嫌がっていた樹も何度も何度も繰り返す内に慣れ、樹の体は何度目かの閨の時にはすっかりとその立派なに懐いてしまっていた。
 この国では珍しく日本人の血が混じる樹は肌がキレイで年齢よりも若く見え、新人の頃はアストリー少尉のみならず数人の上官のお気に入りとなっていた。
 今でもエイデン樹をと言って求めてくるのはアストリー少尉ぐらいなものだが……。
 『愛』でこそ通じてはいないものの、少しの好意と多大なる快楽による体の繋がりがアストリー少尉とエイデン樹の間には強固にあった。
 といっても、エイデン樹からの一方的な思いによるものだけとう歪な関係だ。
 アストリー少尉にとっては士官という自身の地位を使い、好みの男がいれば命令一つでいくらでもつまみ放題なのだし樹はただの一時の気まぐれでしかなかったのだ。
 この長く続く氷の時代を生きている人間にとって、明日生きていることも保障されず今日一日を無事終えるかすらも危ういのが当たり前だ。
 だからこそ選ばれし数少ない特級国民以外には娯楽も無い世界で、皆が皆享楽に準ずるが為に若い男の多くは犠牲になっているのだった。

「ねぇ、樹。今夜は――だし、今言うね。」

 長い長いキスの後、唇を離したダニエルは真剣な目をして樹の名前を呼んだ。

「ん? ……うん。」

「絶対! ――絶対に生きてね。」

「あぁ。勿論だとも。」

「それと――ごめん。何日も寝て少しは動ける様にはなったけど怖くて……どうしても応援には行けない。ごめん………。」

「そっか――。まぁ、仕方ないわな。そっか、そっか………。」

「ごめんね。」

 樹はダニエルの頭をポンポンとして撫でると今度は軽くキスを交わした。

「今日は夕飯まで時間があるから、横で一緒に寝ていていいか?」

「うん。」

 樹は自分の簡易ベッドをダニエルの横にくっ付けるようにして移動させ、顔を向かい合わせて共に眠りについた。

「おい! ダニエル。飯の時間だぞ。」

 同じ天幕で寝起きする仲間がダニエルを起こす声に釣られて樹も目を覚ました。

「んっ……ぅん。」

「エイデン伍長! 伍長もお目覚めでありますか。」

「あぁ、おはよう。俺もちょっと昼寝をしていてね。」

 樹は大きく欠伸をしながらムクりと簡易ベッドから起き上がる。

「エイデン伍長。明日の戦いに出る五人と士官、それと最後の片付けをする三十人程を残して今回の隊の半分以上は昼の内に既に撤収しました。なので今回の戦場での最後の食事をと、今夜は温かいスープが出されるようですよ。」

「そうか……。」

 仲間からそう言われ、話をしている間に目を覚ましたダニエルの顔を見てニッと笑った。

「良かったな。珍しく温かい飯が食べれるぞ。ダニエルの分も、俺が持ってきてやろうか?」

「えっ? 伍長がですか!?」

外の夕飯が用意されている場所へと行こうと天幕から出ようとしている仲間がこちらに振り返り、ダニエルと樹の話に割り込んできて吃驚していた。

「あぁ、まあな。」

「ですが……。」

「俺に任せてくれ!」

「……そう言われるのでしたら。」

 直接の部下というわけではないが、自分よりも階級が上の樹に傷病人の食事の世話をさせるのはと仲間が気遣っての事だったのだが、今はどうしてもダニエルと少しでも長く過ごしたい樹は勢いで押し切った。

「『伍長』なんてお前らと大して変わらんよ。そう気にするな。」

「はい……。じゃあ私は自分の夕飯を食べに行ってきます。」

「あぁ、ゆっくり行ってこい。」

 半ば追い出す様な形で天幕から仲間を送り出し、樹もダニエルに「待っていろよ。」と言ってスープを取りに向かった。
 先程仲間に言われた通り、外に出ると隊の人数も少なくなっており、列に並ぶとそう待たずして自分の番となって温かいスープを手にする事ができた。
 樹は冷めない様にと急いでダニエルの待つ天幕へと運び、一緒にスープを食べた。

「こう寒いと温かいってだけで嬉しいね。」

「そうだな。こんな贅沢は戦場でなかなか味わう事は出来ない。」

 フーフー言いながら食べるスープに頬も空気も緩み、噛みしめる贅沢にこの後の事を忘れて幸せを感じていた。
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