警察さえ退ける、黒ずくめの女が始めたカフェに、超能力者とヤクザと十歳の魔女、そしてその中に何故俺が

松岡夜空

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 東京都葛飾区文京堂四―八。そこは、住宅街でも、大通りでもない、住宅街と大通りの継ぎ目の奥の奥のような場所にあった。
 
 周りにあるのは、神社、公園、自営業の小物店、コンビニ、病院(小さい)後は家、家、家である。少し先に行くと、工場、市役所、大学などもあるのだが、残念、そこはもう大通りと眼と鼻の先なので、大手ファミレス、ラーメン屋などの飲食店がズラリと顔を並べている。更に大学の前には例の月雲通りと呼ばれる商店街がある。まずここからの集客は望めまい。
 
 しかしまぁ、よくぞこんな辺鄙な場所にカフェなんて作ったものだと、神山は呆れた。正気を疑う。地域密着型と言えなくもないが、飲食店をやる場所とすれば三当地もいいところだろう。飲食店は味が良くても存在がわからなければ売れたりしない。まぁカフェだからある程度落ち着ければいいような気もするし、奥様ジジババ連中の茶する場としてはありなのかもしれない。実際そういった手法で食うに困らない程度の収益を上げている店もあるだろう。しかし今一度一考してほしい。経営者はあの女だということを。
 
 三当地で物を売るということは、立地ではなく商品と人間関係で勝負するということだ。あの女にまともな人間関係を構築できるとは思えない。落ち着いた場所を演出できるとはもっと思えない。何せ返事が遅れただけで、マンションの壁を叩き壊すような女なのだ。しかも素手。ちなみに調べてみたがホームページさえなかった。集客する意思をまず感じない。嫌々やらされている文化祭準備時の学生を思い出す。
 
 しかし待ってほしい。考えてみれば、あの女が、一杯五十円程度の利益しか出ないコーヒーを、チマチマと売ったりするだろうか。人が少ない場所を選んだのは、違法なことをするためとも考えられる。あの女なら、粉は粉でも白い粉を売っていたとしても、全く驚かない。警察さえ従えている節が見え隠れしているし、そっちの可能性の方が濃厚か。
 
 溜息が出る。それは白い溜息になって寒空の下に溶けこんだ。今は冬だ。
 
 信号待ち。車も通っていなかったが、一応待つ。優等生だからではない。その信号を越えた先に、件の店があったからだ。ちょっとでもたどり着く時間を遅らせたかったのだ。
 
 外観は思っていたより普通の店だ。黒を基調にしたガラス張りの店。カーテンで仕切られた怪しさ満載のカフェを想定していたので、これにはちょっと面食らった。看板に描かれた店名は例によってダサいが、それに関しては今更である。これで味さえ良ければ、多少の集客は見込めるかもしれないと、素人ながら思えた。
 
 しかし、問題なのは、人である。物がよく立地がよくても、客が財布を緩めなければ意味がない。継続して来てもらえなければ、利潤は得られない。
 
 黒ずくめの女なんてのは、問題の筆頭のような存在だ。しかしそれはまだいい。どうせあの女は矢面には立たない。使う側の人間だ。
 
 問題なのは、自分以外の従業員、矢面に立つ従業員までが、イカれているのか、いないのか。
 店の前で腰を落ち着けている人間を見るに――どうやら前者のようだ。
 異常。十人中十人が、この男を見ればそう形容することだろう。正確には、男か女かすらわからない。
 
 矛盾しているようだが、店の前で腰を落ち着けている男の外見は、至って普通。中肉中背であり、黒髪であり、特に髪を立てたりもしておらず、アクセサリーの類も一切つけていない。問題なのは彼がかけているその眼鏡。
 
 グルグル眼鏡だった。漫画とかでよく見るアレを、リアルでつけているのだ。
 異常だ。異常すぎる。つい固唾を飲み込んだ。
 
 全力でスルーしたい。しかしそういうわけにもいくまい。信号の待ち時間の間、ケータイの画面を何度も確認したが、やはりここで間違いない。というか、看板に書かれている店名がまさにその通りなので、疑いようもない。
 
 信号が青に変わる。神山は重い足取りで、その男が居座る店へと向かった。

「こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
「僕は吉野って言うんだ。君は神山俊介くん……だよね?」
「あ、はい。今日からここでバイトすることになっている、神山俊介と申します。よろしくお願いします」
「僕は吉野。よろしくね、神山くん。自転車はそこに止めておいてくれるかな? 従業員口はこっちだから。案内するよ」
「あ、ありがとうございます」
 
 神山はいそいそと、言われた通りに行動した。自転車を止めて、吉野の後に着いて行く。

「でもよく来たね。正着だったよ」
「正着?」
「正しかったってこと。だったら正しいって最初から言えよって話だね。アッハッハ」
「あーハハハ……」
 
 いや意味を聞いたわけではないのだが……。

「手向かう者に対して容赦しない。あの人がそう言ったんでしょ?」
「あ、はい」
「口で言うほど悪い人じゃないんだけどねー。ただほら、プライド高いから、あの人。言ってしまった以上、必ず実行していただろうね。口だけの人間とかマスターが一番嫌うタイプの人間だから。アッハッハ」
「あーハハハ」
「まぁ勘弁してやってよ。根は悪い人じゃないんだよ、ホント」
 
 いやいや笑える冗談である。ま、失笑だが。

「あー笑っちゃうかー。だよねー」
「え?」
 
 振り返る。しかし、神山の視線に対する男の返答は、クイとメガネを押し上げる行為だけであった。
 顔を上げて、男が言った。

「さぁここが、従業員口だよ。入って入って」
 
 扉を開けて、吉野がスタスタと先に行く。神山はその後についていった。奥はスイングドアになっていた。小窓がついていて、中の様子が伺える。どうやら中はキッチンらしい。『どうぞ』と促されるので、神山はゆっくりとその扉を開いた。
 
 ブワッと鼻孔を突くコーヒーの香り。そして突き刺さる、四つの視線。男女比率は男一、女三だった。
 一人は身長百八十はありそうな巨体の男。髪は銀髪で素行がいいようには決して見えず、実際口には煙草をくわえていた。ネームプレートには、綾瀬川とある。
 
 一人は逆に身長百五十もない小柄の少女。顔もかなりの童顔で、その大人びた物腰がなければ、小学生にしか見えなかった。ネームプレートには、結城とある。
 
 一人はファッション雑誌の表紙を飾れそうなほど綺麗な金髪の女性。背は女にしてはやや高く、可愛いというより綺麗といった言葉が似合う。ネームプレートには鬼瓦とある。
 
 そして最後の一人。従業員口から見て左端、隅の角に置いたミニロッカーへと腰掛けて、巨体の男と同じく煙草をふかしている女。
 
 あの、黒ずくめの女だった。格好も黒ずくめのままである。つまり、働く気はないということだろう。ネームプレートもこの女だけつけていない。再三になるが、働く気がないからだろう。
 
 それぞれ対照的な特徴を持った四人が、ノックもせず扉を開けた神山を見つめていた。

「フム。来たようだな」
 
 紫煙を吐いて、黒ずくめの女が言った。灰皿で煙草の端を叩くが、灰は落ちない。よく見るとそれは電子タバコだった。灰皿を叩いたのは、本物を吸っていた時の癖が抜けていないからだろう。

「では早速だが、お前に仕事を頼みたい。そもそもお前を雇ったのは――っておい!!」
 
 目蓋をおろし、用件を話そうとしていた黒ずくめの女が、途端声を荒げる。小柄な女、結城と、巨体の男、綾瀬川が神山の前に群がってきていたからだ。

「へーこれが噂の」
「県をまたいで増えていく犠牲者を見ていると、何だか感慨深いものがありますよねー」
 
 思い思いの感想を吐露する二人。
 金髪の女性、鬼瓦が、黒ずくめの女の横でボキボキと指を鳴らした。

「黙らせましょうか?」
「構わぬ」
 
 一服ついて黒ずくめの女が言った。やれやれ。態度がそう語っていた。
 綾瀬川と結城が『勝った』とばかりに拳を握る。
 そして。
 スッと、ごつい手が、神山の前に差し出された。
 綾瀬川というネームプレートをつけた、巨体の男の手であった。

「はじめましてだな、新入り。あたしはキッチンのチーフの綾瀬川だ」
 
 あたし……?
 ああこの人こう見えて、女なのか。
 胸もないし巨体で短髪だから予想だにしなかった。
 なんて失礼極まりない考えはおくびにも出さず、神山は笑って手を握り返そうとした。
 その時、いきなり腕を首に引っ掛けられて、引き寄せられた。
 混乱しているところに、耳打ちされる。

「なぁ、お前もやっぱり、あれか? あいつに弱みを握られて入ってきた系の人間か?」
「え?」
「あぁそいつは違うんだよ、アヤ。見せる前に色々あってな。使う必要がなくなった。一応確保はしてあるんだがね。酷いのが」
「お前……一体何したんだよ」
「いや僕に言われても」 
 
 神山は肩をすくめた。本当に何の心当たりもない。痴漢も盗撮も当然したことないし、その辺の人をエアガンで打ったような経験もない。何かしたかな……。
 
 しかし今の話を聞くに、やはりここに真っ当な経緯で勤めることになった人間はほぼいないらしい。
 自分は若干のイレギュラー的な形で入ったが、境遇はほぼ同じだ。どうにかして結託することはできないものだろうか……。

「でもずっるいよなー。あたしも奈々も弱み握られてよー、前まで勤めてた奴らも全員弱み握られて入ってきたのに、何でこいつだけ」
「だから弱みは握っていると言ったろ。しつこいぞアヤ」
「直に見せられていないのが差別だって言ってんだよ。心にかかる重石みたいなものがないだろー」
「そんなことを言ったらお前らは時給九百七円だろうが。昔の給料に戻してやろうか?」
 
 二人がどうでもいい話題をグチグチと言い合っている。この話から察するに、恐らく結託は不可能だろうというのがわかる。情でもわいたか、地味に懐柔されているようだ。しかし問題は、そこじゃない。
 
 前まで勤めていた? お前らは時給九百七円。
 
 おかしい。というか、不可解だ。いや、普通なのか? ヤクザのようにアコギなマネをしておいて、事情ができたら退社。技術を得たら時給が平常に戻るなんてありえるのだろうか? 細かすぎ? いやこれは重要な情報なのだ。この店を退社する、あるいは人並みの給料を貰おうと思ったら、この情報を核にして動かねばならない。
 
 まぁなんて小難しく考えてはみたものの、多分結局情の一言で片付く事案なのだろうが。
 ハァと神山が溜息をつく。
 ――と、なると、とりあえずはこの女に取り入ることが急務か。人間らしいバイト生活を営むためには……。

「二号店だからですよ、神山くん」
「え?」
 
 いきなり話しかけられ、振り返った。そこにいたのは奈々と呼ばれていた小柄な女性。彼女は破顔しながら続けた。

「今、考えてましたよね。弱みを握られている人間がどうして退社しているのか。どうして時給が上がっているのか。それはここが二号店だからなんですよ。昔は神奈川でやっていて、最近ここに移転してきたんです。で、その移転に際し、勤めていたほとんどの人が満了という形で辞められた。あたし達の給料が正規の最低賃金を保っているのは、あたし達がその条件で、神奈川から東京にまでついてきたから。以上。他に何か聞きたいことでもあるのなら、あたしの知ってる範囲でお答えしますけど」
 
 唇に手を当て、目を丸々と見開いた。考えを口に出す間抜けをした覚えはない。しかし心を読みきられている。何故か? まさかエスパーだなんてオチはあるまい。間違いなく種がある。思案して、思い至った。
 
 そうか。綾瀬川か。
 
 神山は物を考える時、唇に手を当てるといういかにもな癖がある。綾瀬川の言葉で考える素振りを見せたなら、綾瀬川の言葉から逆算すれば、神山の思考には行き当たる。
 
 小賢しい。思いながらも、神山は頭に手を置いて笑った。

「え!? どうして僕が考えていることがわかったんですか!? 僕、考えていたことを口に出していましたっけ。やだなー」
「彼女はね、十歳なんだよ、神山くん」
「え?」
 
 振り返った先にいたのは、吉野だった。口元は笑っているが、グルグル眼鏡によって目元が隠れているため、いまいち表情が判別できない。

「桜ヶ丘の特進生徒。すごいよねー。僕みたいにエスパーじゃないのに、人の心をあんなにもスラスラと読んで」
「え? エス、桜、え?」
「吉野さん、いっぺんに色々な情報を盛り込みすぎですよ。もー」
「いやーちょっと切り出すタイミングが難しくって。アハハ」
「いやーちょっと待って下さい。え? どこまでがホントで、どこまでが嘘なんですか?」
「全部本当ですよ。とりあえず、あたしは桜ヶ丘の人間です。一応現在の学歴は大学二年ということになっています」
 
 手を出される。小さな手。確かに、どう見ても子供の手だった。顔もそう。子供特有の幼さがある。そして今の読み。間違いなく、桜ヶ丘の特進生徒。
 神山は頭を下げながら、その手を握った。桜ヶ丘というのはザックリ言えば、日本で飛び級を許された二大学のうちの一つ。単純な学力だけならあの東鳳すら超えていると言われている。
 そんな人間に、不敬は抱けない。自然と腰が低くなる。

「いやーこんなところで千秋の生徒会長さんに会えるとは思いませんでしたよー。聞きましたよ? 一年でクリスタルランドの爆弾事件を解決して、生徒会長になったんですよね。二年で生徒会長になった人は創立以来だそうで、火目さんが驚いてました」
「あーハハハ」
 
 火目というのは、桜ヶ丘の現生徒会長の名前である。
 うちの副会長の妹でもあって、確か今十四歳とか言っていたような。

「そっちの自己紹介は大体終わったな」
 
 黒ずくめの女が行った。

「いや自称(強調)エスパーである、吉野さんの話を詳しく聞きたいんですけど」
「で、あたしの横にいるこいつがホールのチーフの鬼瓦。テル。何か言いたいことはあるか?」
「いえ、特に」
「だ、そうだ」
「は、はぁ」
「そして、あたしがこの店のマスターの夜野だ。何か質問は?」
「あの吉野さんについてなんですが……」
「と思ったがもう時間がないな。早速だが、お前に仕事を頼みたい」
「……」
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