八百年生きた俺が十代の女に恋をするのはやはり罪ですか?

松岡夜空

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ティアラナさんの唇を奪え

貴方の本音は

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 俺は扉の前で立ち止まっていた。そりゃ開けたくねえってなもんでよ。まず荷物見てみろよ。この山盛りのビール。そして中にはあいつ『ら』だ。これから何をさせられるか、おおよそ見当がつくってなもんでよ。


 ハァ。


 なーんて溜息ついても、幸せが逃げていくだけ。


 カランコロン。


 扉を開くと、鈴の音が鳴る。


 奥の、足の高いテーブルが置いてある場所に、ティアラナ。窓を通して差し込む陽光を明かりに、本をパラパラとめくっている。どうやら語学書を読んでいるらしい。唇の動きから、それがわかった。


 そして、横手の階段で見づらいが、その奥に、もう一人いることを、俺は知っている。


『靴は脱ぐように!!』と書かれたト書きに従い、俺は靴を脱いで、そこまで足を運んだ。床に敷かれた、柔らかな絨毯の感触が心地よい。


 俺が初めてここに来た時、ティアラナと向かい合って話した客間は、階段の真下にあった。今回そこのソファー腰掛けているのは――いや、正確には、テーブルの上で、グッタリとノビている、秋のように真っ赤な髪をした女は――一応、初登場ではなかったかな。


「おーい。大丈夫か、ペレ。生きてるかー?」
「ダメにゃー。死んじゃいそうにゃー。もう限界だにゃー」
 

 髪と同色の尻尾をフッサフサと揺らしながらペレが言った。
 俺はそんなペレの頭に、買ってきたビールの袋を置いた。


「お酒ー。どこー。どこー。お酒どこー」
 

 落とした眼鏡でも探すように、テーブルの上で手を動かすペレ。俺は嘆息して、そんなペレの手に、ビールが入った小ダルを手渡してやった。すると。


「ふみゃー!! ビール、ビール、ビール!!」
 

 ペレはいきなり生命力に満ち溢れ、グビグビとビールを喉に通した。


「ぷはー。生き返ったー。……あれ? ビュウくんじゃない。何でこんなとこにいんの?」
「お前が俺に酒を買いにいかしたんだろうが!! 返せそれ!!」
「ふみゃー!! 返して返して!! それ返して!! ふぇーんえんえんえんえん。ふぇーんえんえんえん」
 

 笑い上戸でしかも泣き上戸かよ。もう始末に終えんぞ。


「ちょっとビュウくーん」
 

 来客用じゃない、脚の高いテーブルの方から、ティアラナの声が飛んでくる。向けられるティアラナの瞳は、すこぶる鬱陶しそうだ。痛そうにコメカミを押さえてもいる。


「いい加減静かにさせてもらえないかなー? すっごい耳障りなんだけどー?」
 

 初めて会った時に比べると、対応はかなり雑になっている。化けの皮が剥がれたから、でも、こいつの素、でもない。まあ後者は間違いではないかも。
 

 死聴という、魔力量が九位以上の魔術師に起きる現象で、端的に言うと、騒音が頭をかち割るほどの頭痛に変わるというものだ。こんな人里離れた地にティアラナが居を構えているのも、それが原因に違いない。
 

 俺は魔術のプロだ。だから、ティアラナのこの変わりようを見て、特別どうこう思うことはない。
 

 だが今日のランディの話を踏まえてこの態度を見ると、話が大きく違ってくる。
 いたいけな童貞心を弄びやがって、この野郎……っ。


「あのな。この際だから俺も言わせてもらうけどよ」
「なに?」
 

 読んでいた語学書を閉じて、ティアラナが身体ごと俺に向いてきた。足を組む。ミニスカはいていることを忘れてるんじゃないかってぐらい乱雑な動きだが、中は見えない。ミニスカ好きのこいつは、この辺の対策は完璧である。あの時見えたのは、ほぼほぼ奇跡だ。


 俺が中々言葉を発しないからであろう、ティアラナが小首を傾げる。紫暗の瞳に深みが増した。見鬼による変色反応だ。しかし動揺していたところで、この俺が魔装を乱れさせるはずもない。だがティアラナは、まるで全てを見透かしているかのように笑うのだった。


「おほん!!」
 

 ティアラナのクスクス笑いをかき消すように、俺は咳払い一つ。


「ここは魔術師ギルドだよな?」
「そうだけど?」
 

 半笑いでティアラナが答える。
 俺はもう一度、聞こえるように咳払い。


「どうして魔術師ギルドに雇われている俺が、こんな酒飲みの相手をせにゃいかんのだ。どう考えてもおかしいだろ?」
「あーなるほど。確かに。一理ある」
 

 えっ……。
 意外なほどあっさり認められ、俺は一瞬息が詰まった。


「そ、そうだろ!? だから俺は――」
「まあまあ。こういう時は、ちょっと考え方を変えてみる」
「……」
「確かに、魔術師ギルドの仕事としては間違えているかもしれない。けれど、仕事としてはいいじゃん。ビュウくんは、ちゃんと誰かの役に立ってるよ?」
「いや、そういう問題じゃなくてだなー、契約のー」
「さっすが、ラーナ!! いいこと言うーっ!! こうなったらみんなで飲も飲もーっ。ニャハハー」
 

 ペレが一人で盛り上がっている。
 
 ティアラナがクスクスと笑っていた。
 
 俺は何だか釈然としないまま、ペレの隣に座った。ガラス瓶の蓋を開けて、グビグビと中身を喉に通す。
 

 そんな時。
 

 ダンダンダンダン。
 

 力強く階段を駆け上る音が、扉の向こうから聞こえてくる。
 ガタンと、ペレが酒ダルを倒す。中身があまりなかったので、零れはしなかったが、転がり落ちそうだったので、俺は咄嗟に手で受け止めた。
 ペレを見上げる。ペレは顔面蒼白になって、扉の外を見つめていた。
 理由を聞こうと、ティアラナに目をやった。


 だが――


「ちょちょちょ、ナギさん、まずいですって!! そんなことをしたって、誰も喜びはしませんよ! ナギさんの立場が悪くなるだけじゃないですか!!」
「えぇい黙れコルピン!! 男が男に気持ちをぶつけるだけだ!! それが悪であるはずがない!!」
「いやもう意味がわかりませんから!! ボクがわからないのに、他の人がわかるわけありませんー!!」
 

 扉の外から、ナギと、コルピンの声が響いてきたので、それが、大したことのない、日常の延長であることがわかった。
 

 バン!!
 

 扉が開かれた。
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