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魔王
衝突
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梢に月がかかっていた。雨の後の、澄み切った月。それに被さるようにして、獣となった俺は跳躍した。
木々の隙間を縫い、森を突っ切る。眠っていた動物らが起きだして俺を見る。崖。眼下に鬱蒼とした森が広がっている。躊躇なく飛び出した。
大小の枝が身体に突き刺さる。地面に足がつく。また駆け出した。
泥濘。沼地。川。また泥濘。
駆けに駆けて、駆け抜いた。木と木の隙間。針の穴を通すような隙間から、一人の男と、目が合った。
男が目を見開く。瞬間。男の目の前で、泥濘の地面が、爆散したように飛び散った。
唸り声を上げながら、野営していた敵を見据える。黒装束を纏った相手が十数人。パミュもいる。パミュは布で雁字搦めにされて転がされていた。布というより、呪で縛られているといった感じか……。
取り込んでいた魔力を、死界へと回帰させる。化物と化していた俺の身体が、元の人間のものに戻っていく。
四脚から二足に戻り、立ち上がった。
眼前の敵とパミュ。
改めて見据えた。
パミュまでの距離は約十二メートル。飛脚法を使えば二歩で詰められる。だがこいつら――
強いな。
戦歴八百年のこの俺が。
パミュを助けに来たはずのこの俺が。
思わず顔を俯けそうになる。
それほどまでの、手練れ揃い。
パチパチパチパチ……。
拍手。
先に俺と目が合った男だ。
恐らくこいつがリーダーだろう。
こいつが一番の手練れという感じはしない。
しかし、全員がこいつの背中を見ている。
そんな気がした。
「よくたどり着いたな。ここまで。たった一人で」
敵兵は全員、口元に布を巻いていた。この男も例に漏れない。だから発した言葉はくぐもっていた。
「まあ満身創痍のようだがな。どうしてここがわかった。馬車では通れない道を、あえて選んできたはずなんだけどな」
呼吸がままならなかった。
百キロ近く疾駆してここにいるんだから当然と言えば当然だが、それ以上に俺は、全盛期の頃から体力がなかった。
武闘派じゃねぇからな、俺は。今も昔も、体術だけなら四百人の素人を相手にしてもバテちまう。
「ふっ。いつまでも待っているのもバカらしい。殺しとくか?」
男が片手を上げる。
そんな宣告を受けても、俺の息切れは止まらなかった。
――別にそれでいいと思っていた。
俺は魔術師なのだから。
守りたいものは、自分含めて存在しなかった。
仲間はできても、そいつらは全員、守るまでもなく強かった。
しかし。
今この一時に限って言えば――
息切れしながら、正面を見る。
正面には囚われの身となったパミュと手勢。
俺の隣には――誰もいない。
俺は大きく息を吐いた。肺の中を空にする。肺の中を空にすると、口を開けただけで、肺に空気が入ってくる。
吸い込めるだけ吸い込んでから、俺は言葉を発した。
「どうしても何もない。エルメルリアの地理と南尾の事情考えたら明白だろ。南尾の虐殺、紅の三夜行は記憶に新しいからな。それを引き起こした魔王の娘を匿えるのは、北のソラリスか、戦場となったテンゼンぐらいしかない。つまり、エルメルリアの位置的に北上以外に道はないということだ。お前らの素性もな」
「方角は確かにそうだろうな。だが、位置はどうやってつかんだ?」
「悪意を読めばわかる」
「悪意は消していた」
「意外と盲点でな。悪意ってのは本来どこにでもあるものだから、悪意を遮断してしまうと、その場所にだけポッカリと穴ができる。生き物の巣窟である森の中なら尚更だ。俺が悪意を森一体に飛ばした時、この場所にいる獣だけ、何の反応も示さなかった。だからわか――」
パチン!
「竜門開門。蛇竜招来」
柏手を打ち、手を振り抜く。
手には大ぶりの剣。切り裂いたのは虚空。暗夜。だというのに、確かに何かを断ち割った感触が、掌から二の腕にまで響いた。
息を乱しながら、両脇を見た。胴体を失った死体が二つ。ゴトリと倒れた。先程までは確かにいなかった、否、見えなかった死体だった。
こいつら……っ。
「ほー。満身創痍と思いきや、やるじゃないか。だが――」
瞬間。
木々の上から、嘘のように兵隊が現れた。
「こうしたら、どうでるね」
息を切らしながら、俺は周囲に目を配る。
一、二、三、四、五、六、七、八、九――
これは――まずい!!
数もさることながら、その強さ!!
こいつら一人一人が、ピシャスと互角かそれ以上!!
止めれるか!!
今の、全盛期を過ぎた、今の俺で――!!
木々の隙間を縫い、森を突っ切る。眠っていた動物らが起きだして俺を見る。崖。眼下に鬱蒼とした森が広がっている。躊躇なく飛び出した。
大小の枝が身体に突き刺さる。地面に足がつく。また駆け出した。
泥濘。沼地。川。また泥濘。
駆けに駆けて、駆け抜いた。木と木の隙間。針の穴を通すような隙間から、一人の男と、目が合った。
男が目を見開く。瞬間。男の目の前で、泥濘の地面が、爆散したように飛び散った。
唸り声を上げながら、野営していた敵を見据える。黒装束を纏った相手が十数人。パミュもいる。パミュは布で雁字搦めにされて転がされていた。布というより、呪で縛られているといった感じか……。
取り込んでいた魔力を、死界へと回帰させる。化物と化していた俺の身体が、元の人間のものに戻っていく。
四脚から二足に戻り、立ち上がった。
眼前の敵とパミュ。
改めて見据えた。
パミュまでの距離は約十二メートル。飛脚法を使えば二歩で詰められる。だがこいつら――
強いな。
戦歴八百年のこの俺が。
パミュを助けに来たはずのこの俺が。
思わず顔を俯けそうになる。
それほどまでの、手練れ揃い。
パチパチパチパチ……。
拍手。
先に俺と目が合った男だ。
恐らくこいつがリーダーだろう。
こいつが一番の手練れという感じはしない。
しかし、全員がこいつの背中を見ている。
そんな気がした。
「よくたどり着いたな。ここまで。たった一人で」
敵兵は全員、口元に布を巻いていた。この男も例に漏れない。だから発した言葉はくぐもっていた。
「まあ満身創痍のようだがな。どうしてここがわかった。馬車では通れない道を、あえて選んできたはずなんだけどな」
呼吸がままならなかった。
百キロ近く疾駆してここにいるんだから当然と言えば当然だが、それ以上に俺は、全盛期の頃から体力がなかった。
武闘派じゃねぇからな、俺は。今も昔も、体術だけなら四百人の素人を相手にしてもバテちまう。
「ふっ。いつまでも待っているのもバカらしい。殺しとくか?」
男が片手を上げる。
そんな宣告を受けても、俺の息切れは止まらなかった。
――別にそれでいいと思っていた。
俺は魔術師なのだから。
守りたいものは、自分含めて存在しなかった。
仲間はできても、そいつらは全員、守るまでもなく強かった。
しかし。
今この一時に限って言えば――
息切れしながら、正面を見る。
正面には囚われの身となったパミュと手勢。
俺の隣には――誰もいない。
俺は大きく息を吐いた。肺の中を空にする。肺の中を空にすると、口を開けただけで、肺に空気が入ってくる。
吸い込めるだけ吸い込んでから、俺は言葉を発した。
「どうしても何もない。エルメルリアの地理と南尾の事情考えたら明白だろ。南尾の虐殺、紅の三夜行は記憶に新しいからな。それを引き起こした魔王の娘を匿えるのは、北のソラリスか、戦場となったテンゼンぐらいしかない。つまり、エルメルリアの位置的に北上以外に道はないということだ。お前らの素性もな」
「方角は確かにそうだろうな。だが、位置はどうやってつかんだ?」
「悪意を読めばわかる」
「悪意は消していた」
「意外と盲点でな。悪意ってのは本来どこにでもあるものだから、悪意を遮断してしまうと、その場所にだけポッカリと穴ができる。生き物の巣窟である森の中なら尚更だ。俺が悪意を森一体に飛ばした時、この場所にいる獣だけ、何の反応も示さなかった。だからわか――」
パチン!
「竜門開門。蛇竜招来」
柏手を打ち、手を振り抜く。
手には大ぶりの剣。切り裂いたのは虚空。暗夜。だというのに、確かに何かを断ち割った感触が、掌から二の腕にまで響いた。
息を乱しながら、両脇を見た。胴体を失った死体が二つ。ゴトリと倒れた。先程までは確かにいなかった、否、見えなかった死体だった。
こいつら……っ。
「ほー。満身創痍と思いきや、やるじゃないか。だが――」
瞬間。
木々の上から、嘘のように兵隊が現れた。
「こうしたら、どうでるね」
息を切らしながら、俺は周囲に目を配る。
一、二、三、四、五、六、七、八、九――
これは――まずい!!
数もさることながら、その強さ!!
こいつら一人一人が、ピシャスと互角かそれ以上!!
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今の、全盛期を過ぎた、今の俺で――!!
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