八百年生きた俺が十代の女に恋をするのはやはり罪ですか?

松岡夜空

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誰がための呪

プライド

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「ティ、ティアラナさん!! 大丈夫――」


 向かってくるパミュを、ティアラナと俺が片手で制した。顔は向けていなかった。向けられるわけがない。死聴を聞いてる時の顔は、大体人に見せられるものではない。女なら、尚更そうだろう。
 
 ポタポタと、ティアラナの足元に何かが落ちる。俺は見ないようにした。
 
 しばらくして、ゆっくりと、ティアラナが身を起こした。手は頭。顔は未だ俯けたままである。


 目を逸らすべきか、逸らさないべきなのか、迷った。今の顔を見られたくないと思っているのか、あるいは、そういうことを知られたと、思わさないように、自然体で振舞うべきなのか。
 
 一番の正解は、尋ねない、だった。死聴の時というのは、意外と放っておかれるぐらいが丁度いい。ちょっとしたことで、二次死聴が起きたりするからだ。あの時、タオやリズが、クジャに駈け寄らなかったのも、それが理由である。あれは忠誠心が高い故の傍観だった。
 
 それでも。


「あーっと大丈夫か? ティアラナ。なにか冷たい飲み物でも……」


 俺は声をかけてしまった。好きな女がこうなって、声をかけずに放っておけるはずがない。
 
 だから俺は、初め目を逸らして、最後には目を向けていた。
 単純に、心配だったから。
 
 ティアラナは、固く唇を結びながらも、それでも笑顔で、首を二回横に振る。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
 

 破顔してティアラナが言った。
 飛び切りの笑顔だと思う。
 初対面ならば、の話である。
 
 ティアラナが『んっ』と伸びをした。
 
 持ち上げた手を下ろして、太腿をパンと叩く。
 以前にも見た、ティアラナの癖。
 クルリと旋回した。
 
 そして、俺たちになにも言わず、スタスタと、どこぞへと、歩き始めた。


「あ、あの……ティアラナさん? ど、どこに行か、れる、んですか……?」
 

 パミュが尋ねた。


「んー? 服屋とか銀具店とか。他にも色々かな。せっかく夜の都にして才の都、グインシーに来たんだし、エルメルリアにないものとか、手に入れときたいからね」
「あ、服屋!! いいなー!! あたしも行きたい!! お供させてください!!」
 

 走ってくるパミュを、ティアラナが両手で受け止め、クルリと反転させた。
 パミュはコマのように回り、ティアラナの意に従う。
 パミュの耳元に、ティアラナが口を近づけた。


「パミュちゃんのお供はあっち。そうでしょ?」
「……」
「話さないといけないことだってあるでしょう? 親衛隊のことだってそうだし、ビュウ君の気持ちにどう応えるのかもそう。今日一日あたしは消えておいてあげるから、先にそっちの話をまとめちゃいなさい」
 

 ポンとパミュの肩を押す。ティアラナが背を向けた。だが。
 パミュが、ティアラナの服の裾をつかんで止める。

 ティアラナが振り返る。


「あたしは、ティアラナさんと一緒に行きたいです。ダメ……ですか?」
 

 しょぼくれた顔で、パミュがティアラナを見上げている。
 ティアラナが目を丸くして、ついで、俺に目を向けてきた。


「あーっと、俺も一緒に行きたいと思うぞ、うん」


 気持ちは同じだったが、うまい言葉が見つからず、茶を濁すようにして、俺はパミュに助勢した。
 ティアラナが顔を背ける。
 バサバサと頭をかいた。


「まあ、来たかったら来てもいいけどさ」
 

 外方を向き、唇を尖らせながらティアラナが言った。
 乱雑に頭をかいたせいで、セットしていた髪が、ひどいことになっている。
 
 それを手クシで静々と梳かす。その時。


「では、あたしも一緒に参らせていただきます」
「キャッ!!」
 

 らしいようで、らしくない、いかにも女な声を上げ、ティアラナが飛びのいた。皆の視線の先。両手で顔を隠しながら、しゃがみ込む女が一人。
 

 ばぁ。
 

 と、言わんばかりに、女が両手を広げた。
 
 
 セレンこと、セイレーン。
 

 セイレーンがゆっくりと立ち上がる。でかいが細い。しかし確実に強い。立ち姿だけで、武の達人だということがわかる。
 

 腰に片手を置いて、セイレーンが朗らかに笑った。


「あはは。ビックリしてしまいましたか? 白亜様。あたしです。セイレーンですよ」

「何だセレンかよ」

「セレンって呼ぶな! あんたにそんな呼び方される筋合いなんて、ないんだから!」 

「その方が呼びやすいんだからしゃあねぇだろ、うっせぇ奴だ。大体お前は、獄に入ってたんじゃなかったのか? 覗き見野郎」

「ざーんねーんでした。獄に入ったのは二人だけ。ハル……じゃなくて、パミュが外出するのに、親衛隊長のあたしがこんなところにいるわけにはいけないだろうって、リズ様がね。ま、あんたみたいな優男が、この子を護れるかどうか、怪しいもの――」

「コラ、セレン!!」

「え? なによ? ハル――じゃなくて、パミュ」

「あんまりビュウの悪口言わないで!!」
 

 プクーっと頬を膨らまして、パミュが言った。
 丁度いい加勢だった。
 俺はこいつらと行動する前に、話しておきたいことがあったのだ。


「はいはい。ったく。こんな男のどこがいいのか……」

「あーっもう!! セレンってば!!」

「だから何ってば?」

「そういうのも言っちゃダメなの!!」

「なーに乙女になっちゃってるのよ。別にいいじゃない。これぐらい」

「むーっ!! ダメったらダ――あ……」
 

 後ろで掛け合いが行われていた。
 俺は、ティアラナの隣へとつけていた。


「大丈夫か?」
 

 手で覆いを作って、小声で話す。


「何が?」
 

 ティアラナが、紫暗の瞳で見上げてくる。ティアラナは女にしては長身だが、それでも男の俺の方がやや高かった。


「いやーその……」
 

 魔力量の高い魔術師は、団体行動を苦手とする者が多い。
 騒音に精神をかき乱されて、軽いながら死聴を引き起こすからだ。
 ただこれは、地味に言いづらいことでもあった。
 こんなに大勢と一緒に行動して大丈夫か、なんて、 どっちにも、失礼な話だろう。 


「そうだね」
 

 地面を見つめたまま、ティアラナが指を一本立てる。


「例えばあたしが、このまま二人で逃げてくれって言ったら、ビュウくんはどう思う? どうするって言い換えてもいいけどね」
「そりゃお前……」
 

 我儘な奴だと思うだろう。
 失望もするだろう。
 昨日の今日で、セイレーン一人に護衛を任せるというのは――


「あ」
 

 ティアラナが顔を上げる。
 その顔は、笑っていたけれど、どこか哀愁を感じさせた。


「わかった?」
「あーその悪い。言い方が悪かった。辛いと思うんだけど、その……」
「しょーがないなー」
 

 ティアラナが踵を持ち上げ、足を回す。パミュの元へと。


「この借りは――」
 

 ティアラナが振り返った。
 満面の笑顔。
 だけどどこか……。


「仕事で、返してもらうから」
 

 気のせいか、今までのどの笑顔よりも、距離を感じさせた。

   
『言葉にしちゃうと、嫌なものがたくさん、見えちゃいそうだから』


 ったく……。


 言葉にしてくんなきゃさ……怒ってるって、わかんねぇじゃんよ……。


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