八百年生きた俺が十代の女に恋をするのはやはり罪ですか?

松岡夜空

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番外編1

カーヤエピソードゼロ ~憎悪と感謝をあなたに~ 前編

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 鏡を見て、あいつと違うところを探すことが、好きだった。
 物心ついたときから、あたしは、どこにもいなかったから。


「ほう。やはり成長とともにズレてくるか。どれ。修正してやろう」


 明かりを消した部屋。
 開かれる戸。


 何の躊躇もなく、歩み寄ってくる、黒い影。


 どんな抵抗も許されなかった。
 泣いても。喚いても。


 何故ならこの女には――


「愚かな。お前は醜女だったのだぞ? カーヤ。ズレていくということはつまり、醜女に近づいていっている、ということだ」


 人間の心がないからだ。


「いや……お願い、許して、もう許して、お願いします、お願いします、お願いします、お願いしま……」


 それでも、嘆願する。
 この頃のあたしは、これが意味のないものだとは思わなかった。


 いつか、いつかは、話が通じるはずだと、あたしは信じて疑わなかった。
 否。
 疑わずにはおれなかった。
 それは最後の希望だったから。


「やれやれ。知らぬというは幸せなことじゃのう、カーヤ。
 醜女の人生というのは大変じゃぞ?
 悪行をなしても善行をなしても煙たがられる。それが醜女だ。
 無論美玉はその真逆。悪行をなしても善行をなしても人が集まる。
 はっきり言って、お前の人生は醜女に産まれた時点で終わっている。
 人は言う。
 そんなことはない。
 どうにかなったはずだ。 
 努力が足りないだけなのだと。
 へつらった笑いを浮かべながらな。
 美玉と一緒に笑うのだ。
 悲しいかな、同性にも味方がおらぬ。
 それが醜女というものなのだ。
 だが心配するな、カーヤよ。
 お前に、天に唾吐くチャンスをくれてやる」


 いや……いや……。
 それでもいい……それでもいいから……。


 痛いのは嫌なの。
 苦しいのは嫌なの。
 辛いのは嫌なの。


 誰か……誰か……助けて。
 誰かあたしを、救いにきて……。


 場面が変わって、崖。
 この段階で、ここがどこなのか、あたしには察しがついていた。
 それでも、この世界は終わらない。


 正面から強い風。
 後ろには、クジャ=ロキフェラトゥ。


 見下ろした先は、先は、先は……。


「何をしている。行け」


 嫌だ……もう嫌……。


「聞こえぬか。早く飛び降りろと言ったのだ」


 できない……できるわけない。


 風は魔力に反発する。
 だから、風に魔力をぶつければ、宙に浮くことができる。

 
 そんなこと言われた――


 考える間もなく、また吹き飛ばされる。
 落下する。
 考える暇もなかった。
 全身の感覚がない。
 血溜まりが、広がっていく。


 終われる。
 それならいい。
 あたしは最初からどこにもいなかった。
 親には愛されていたけれど、悪い魔王に捕まってしまった。
 きっと、そういうことなんだ。
 だからこれは、仕方のないことなんだ。
 そう思い定めることができた。
 だけど……。


 目覚めた時、また崖にいた。
 

 傷は治っている。
 魔王が、白魔術で修繕したのだ。


「行け。飛び降りよ」


 また、吹き飛ばされる。
 全身を襲う衝撃。
 また血溜まりの中にいる。


 何回も何回もこれを繰り返された。


 もういや……。
 早く……誰か……助けに来て。
 いや。
 それができないならそれでもいい。
 それならいっそ……。


 いっそ早く、殺してよぉ……。


「行け。飛び降りよ」


 崖の上。
 あたしは目一杯、頭を振る。
 それが自分にできる、唯一の抵抗だった。


「抵抗か」

 
 あたしの動きを見て、言ったわけじゃない。
 あたしの心を見て、言ったのだ。


 こいつは、人の心の全てを見透かしながら、人の心を理解できない。
 それも無理からぬことだった。

 
 こいつは、この世の悪意の全てを凝縮したような、化物だから。


「わかっておらぬな、カーヤ。抵抗とは。気に入らない相手を黙らせる行為を言うのじゃ。それであたしが黙ると思うのか? そんなはずはあるまい。
 あたしを黙らせたければ、殺すか、見返すかだ」


 できない。


 殺してやりたい。

 
 できるわけがない。


 くそくそくそくそくそ。


「憎め、カーヤ。このあたしを、お前を捨てた親を、天を、全てを。永久にとは言わぬ。この一瞬でもいい。
 声も形も家族も家も。
 お前には何もない。
 誰かに踏み潰されるためだけの一生だ」


 助けて。黙れ。


「あたしは怨敵。家族はおらぬ。お前がすがれるのは天だけか?
 しかしなカーヤよ。
 痛いのは嫌だ。苦しむのは嫌だ。
 お前が常日頃助命を乞い嘆願し、泣いて喚いて祈り見上げている蒼空は。
 今まさに、お前の醜態を見て嗤っておるぞ」

「黙れええええええええええええええええええええええ!!」


 飛びかかった。
 瞬間、吹き飛ばされていた。


 目の前。
 クジャの狂った笑顔を最後に、あたしは落下した。
 

 わかっていた。
 お前には勝てないってこと。
 だから。


 身体を反転させた。
 手首をつかんで、念じた。


 殺してやる。
 嘘。


 絶対に殺してやる。
 助けてください。

 
 絶対に――何でもします。


 黙れ。
 お願いします。


 黙れ黙れ。
 もう痛いのは嫌なの。


 だから。
 うるさい。

 
 だから許してくださ――


「黙れつってんだろ、聞こえねぇんかこのドカスがあああああああああああ!!!」


 雷。手からほとばしっていた。
 空気との摩擦熱が産んだ、雷だった。


 くの字になった身体。
 鉤爪上に曲げた指先が、地面に向いている。


 指先が、ギリギリ当たろうかという、そんなところであたしは……


 宙に、浮いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が切れる。


 嘘?
 できた?


 できた。
 できた。
 やった。
 できた。
 できた。
 

 本当に……。


 夢じゃないよね?
 

 いいや。
 夢だよ。


 そう言ってやりたくなる衝動に、かられたけど、黙っておいた。
 初心だった頃のあたしのために。老婆心さながらの優しさで。


「やれやれ。やっとこなしたか。飛翔術など、あたしは言葉を覚える頃にはこなしていたぞ。才がない。俗物が」


 当たり前のように崖から降ってきたクジャが言う。
 余談だが、飛翔術は魔道士協会のランクで言えばS3になる。
 数多ある魔術の中で、二番目に難しい術なのだ。


 もう一つ余談になるが、クジャは、産まれたときから目が見え、耳が聞こえていたという。
 産まれてすぐ自発的に両親を殺し、人が駆けつけた時には、その国の言葉を理解していたとか。


 あくまで自称だが、多分本当だろう。


 若き時のクジャ。雇われとはいえ、サザーランド唯一の軍隊を率いていたクジャを知っている者は数多いる。
 幹部で言えば、近衛のリズであり、現在病気で療養中の灼龍将軍、シルバーがそうだ。
 しかし、幼年期、本来なら鞠で遊んでいそうなクジャを知っている者は、少ない。ほとんど死亡か退役しているからだ。
 それを強引に見つけ出して吐かせた言葉は『クジャは子供のときがもっとも恐ろしく、まさに滅ぼせし者だった。それがいつしか人の姿を形取るようになっていた。その変心が、ただただ恐ろしい』というものだった。


 つまりこいつは、デフレしてこれなのだ。
 そりゃ言葉ぐらい話せるだろう。
 

 何よりそうでなくては困ると、思っている自分がいた。


 こいつはさ。


 ぶっ飛んでいなくては困る。
 無敵でなくては困る。
 人の枠に、収まっていては困る。


 口に出しても出さなくても、絶対に言いたくはないが、断言できる。
 あたしの魔術の師にして、人生の師。
 それが、こいつだ。


 そして、非公式ではあるが、交鳥暦最強にして最高。魔王クジャ=ロキフェラトゥ唯一の弟子が、このあたしだった。


 顔も声も容姿も故郷も。
 何も持たないあたしだが、これらの事実は、あたしにとって、唯一の誇りだ。


 隠そうともせず喜ぶあたしの首根っこを、クジャがつかむ。


「よし。もう一度だ」
「え……?」
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