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最終章 誰よりも大きなおかえりなさいを貴女へ
斜に構えていないと生きられない
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「あー」
相談もせず余計なことしてくれちゃってと、言われる可能性が頭によぎった。実際その通りでもあった。ただ相談したら絶対こいつ断るからな。
しかしここまでやってしまった以上、黙っているという選択肢はない。嘘をついて誤魔化すという選択肢もまたない。
「いや、お前が風邪引いてる理由ぐらいは、ペレに伝えといてもらおうと思ってさ。……迷惑だったか?」
「……それは、別にいいけど、多分……」
十分ほどして、カーテンが開かれる。
出てきたペレが、意味深な笑みを俺たちに向けてくる。
その後に、パミュがカーテンから顔だけを出してきた。
申し訳なさそうに、マリオンを見下ろしている。
マリオンは、顔も向けなかった。
唇が震えている。
千切れそうになる堰を、必死に押さえている。
そんな感じだ。
言え。『大丈夫だった?』とか『無事でよかったね、心配してたんだよ?』の定型句の一言でも言って楽になれ。ここを逃したら、まーた面倒なことになるから。
俺は万感の想いを込めた肘を、マリオンの二の腕に打った。
そうしてから、パミュにも目を向ける。
お前もお前だ。そう思ったからだ。お前もマリオンに言いたいこと、言うべきことがあるはずだと。
そう目で訴えようと思ったのだが――
パミュが、寂しそうに、俺を、いや、俺とマリオンの間を見つめている。
何だこいつ……?
何を見ている……?
相手が相手なだけに、俺はパミュから注意を外さないようにしつつ、パミュの視線の先を目で追った。
やはり、何もない。
気のせいか……。
パミュに視線を戻す。
パミュは『あ』と開けた大口を、ピンクのマニキュア目立つ掌で隠していた。
そして。
「つ、次の方どうぞーっ!!」
公私混同はするまいとしているのか、目一杯の笑顔を、列の先頭に向ける。
釣られて、俺も列の先頭へと目を向けた。
そこにいたのは、ペレと同じサングラスをかけた、褐色の女。
「誰かと思ったらターニャじゃねぇか。お前いつの間に」
「さいっしょっからおったわ!! うちのスルースキルに感謝せぇよホンマ!!」
ターニャが吠え立てる。
パミュはカーテンの中へと消えていた。
考えてみれば、この観衆だ。お互い言いたいことが言えないのは道理でもあった。もっと早くに気づけよってな話でもあるが。
マリオンが気持ちを押さえるようにしていたのは、この場では、言いたくても、言えなかったから?
あるいは、恥ずかしかったから?
本当のところはわからないが、どっちにしても、当事者の気持ちを全く考えない行為であったのは、確かだろう。
「あー」
俺は言い訳の言葉を考えながら、マリオンに目を向ける。
マリオンは斜め下を向いていた。
マリオンの、艷やかな唇が動く。
「……動くのが遅いんだよ、クソバカ」
遅い?
順当に考えれば『今更謝っても遅い』ということだろう。
バカな。
そんなわけない。
そう言おうと思った。
そう言うべきでもあったと思う。
それでも言えなかった。
先にお節介をして失敗をしたばかりだからだ。
この問題は多分、俺みたいなデリカシーのない人間では手に負えないと思った。
もっと色々わかっている奴、例えば、そう。
現在外で遊んでる、黒髪ロングの、気障なあいつとか……。
「キャー」
「こっちこっち、次こっちにお願いします、ティアラナさん!!」
相当派手にやっているようで、歓声やら拍手やら、色々中にまで聞こえてくる。
何だったら、パミュの占いにまで影響出るんじゃねぇのってなレベルだ。
これじゃ本末転倒だろうによ。
「ケホケホ」
マリオンがまた咳をしている。
自分の無力さが、ただ悔しい。
だけどよ。
俺だけじゃない。
お前もお前なんだぜ?
ティアラナさんよ。
お前もペレと同じか?
見守るだけで終わるのか?
最初は何をやってるのかわからない。
しかし結末を見るといつもハッとする。
それがお前のやり方なんだろ?
だったら、今回も――
雲でも落ちてきたか? ってな勢いの水音が、光指す窓の奥から聞こえてきた。
惨事ではないことを教えるように、男女の軽やかな声音が後に続く。
対して、レジ付近の空気だけが、鈍色に染まって――
「ど、どうしたの、マリオンちゃん!! らしくないよ?」
「おいどけよ。マリオンちゃん。何を落ち込んでるのか知らないけど、悩みがあるんだったら、俺たちが力になるよ!!」
「おいおい列を乱すのはやめろよ二人共。え? マリオンちゃんが元気ないって? 俺に話してみなよ、マリオンちゃん。俺は君の倍は生きてるんだからさ。多分力になれ――うお!!」
三人目のヤバイ男を、クジャから渡された、剣の切っ先を向けて黙らせる。無論、鞘に入れたままの状態ではあるが。
「ほらほらほら。列乱すな、ちゃんと並べ。ほら」
俺は馬でも躾けるように、鞘でペチペチ打ちながら、男どもを一列に並ばせる。男はどこをガードしても叩かれるので『痛い痛い』言いながら、言うことに従った。
マリオンに目を向ける。
マリオンはまたコホコホと咳をしていた。
やれやれ。
――対して、レジ付近の空気だけが、鈍色に染まっていた。訂正する気なし。
相談もせず余計なことしてくれちゃってと、言われる可能性が頭によぎった。実際その通りでもあった。ただ相談したら絶対こいつ断るからな。
しかしここまでやってしまった以上、黙っているという選択肢はない。嘘をついて誤魔化すという選択肢もまたない。
「いや、お前が風邪引いてる理由ぐらいは、ペレに伝えといてもらおうと思ってさ。……迷惑だったか?」
「……それは、別にいいけど、多分……」
十分ほどして、カーテンが開かれる。
出てきたペレが、意味深な笑みを俺たちに向けてくる。
その後に、パミュがカーテンから顔だけを出してきた。
申し訳なさそうに、マリオンを見下ろしている。
マリオンは、顔も向けなかった。
唇が震えている。
千切れそうになる堰を、必死に押さえている。
そんな感じだ。
言え。『大丈夫だった?』とか『無事でよかったね、心配してたんだよ?』の定型句の一言でも言って楽になれ。ここを逃したら、まーた面倒なことになるから。
俺は万感の想いを込めた肘を、マリオンの二の腕に打った。
そうしてから、パミュにも目を向ける。
お前もお前だ。そう思ったからだ。お前もマリオンに言いたいこと、言うべきことがあるはずだと。
そう目で訴えようと思ったのだが――
パミュが、寂しそうに、俺を、いや、俺とマリオンの間を見つめている。
何だこいつ……?
何を見ている……?
相手が相手なだけに、俺はパミュから注意を外さないようにしつつ、パミュの視線の先を目で追った。
やはり、何もない。
気のせいか……。
パミュに視線を戻す。
パミュは『あ』と開けた大口を、ピンクのマニキュア目立つ掌で隠していた。
そして。
「つ、次の方どうぞーっ!!」
公私混同はするまいとしているのか、目一杯の笑顔を、列の先頭に向ける。
釣られて、俺も列の先頭へと目を向けた。
そこにいたのは、ペレと同じサングラスをかけた、褐色の女。
「誰かと思ったらターニャじゃねぇか。お前いつの間に」
「さいっしょっからおったわ!! うちのスルースキルに感謝せぇよホンマ!!」
ターニャが吠え立てる。
パミュはカーテンの中へと消えていた。
考えてみれば、この観衆だ。お互い言いたいことが言えないのは道理でもあった。もっと早くに気づけよってな話でもあるが。
マリオンが気持ちを押さえるようにしていたのは、この場では、言いたくても、言えなかったから?
あるいは、恥ずかしかったから?
本当のところはわからないが、どっちにしても、当事者の気持ちを全く考えない行為であったのは、確かだろう。
「あー」
俺は言い訳の言葉を考えながら、マリオンに目を向ける。
マリオンは斜め下を向いていた。
マリオンの、艷やかな唇が動く。
「……動くのが遅いんだよ、クソバカ」
遅い?
順当に考えれば『今更謝っても遅い』ということだろう。
バカな。
そんなわけない。
そう言おうと思った。
そう言うべきでもあったと思う。
それでも言えなかった。
先にお節介をして失敗をしたばかりだからだ。
この問題は多分、俺みたいなデリカシーのない人間では手に負えないと思った。
もっと色々わかっている奴、例えば、そう。
現在外で遊んでる、黒髪ロングの、気障なあいつとか……。
「キャー」
「こっちこっち、次こっちにお願いします、ティアラナさん!!」
相当派手にやっているようで、歓声やら拍手やら、色々中にまで聞こえてくる。
何だったら、パミュの占いにまで影響出るんじゃねぇのってなレベルだ。
これじゃ本末転倒だろうによ。
「ケホケホ」
マリオンがまた咳をしている。
自分の無力さが、ただ悔しい。
だけどよ。
俺だけじゃない。
お前もお前なんだぜ?
ティアラナさんよ。
お前もペレと同じか?
見守るだけで終わるのか?
最初は何をやってるのかわからない。
しかし結末を見るといつもハッとする。
それがお前のやり方なんだろ?
だったら、今回も――
雲でも落ちてきたか? ってな勢いの水音が、光指す窓の奥から聞こえてきた。
惨事ではないことを教えるように、男女の軽やかな声音が後に続く。
対して、レジ付近の空気だけが、鈍色に染まって――
「ど、どうしたの、マリオンちゃん!! らしくないよ?」
「おいどけよ。マリオンちゃん。何を落ち込んでるのか知らないけど、悩みがあるんだったら、俺たちが力になるよ!!」
「おいおい列を乱すのはやめろよ二人共。え? マリオンちゃんが元気ないって? 俺に話してみなよ、マリオンちゃん。俺は君の倍は生きてるんだからさ。多分力になれ――うお!!」
三人目のヤバイ男を、クジャから渡された、剣の切っ先を向けて黙らせる。無論、鞘に入れたままの状態ではあるが。
「ほらほらほら。列乱すな、ちゃんと並べ。ほら」
俺は馬でも躾けるように、鞘でペチペチ打ちながら、男どもを一列に並ばせる。男はどこをガードしても叩かれるので『痛い痛い』言いながら、言うことに従った。
マリオンに目を向ける。
マリオンはまたコホコホと咳をしていた。
やれやれ。
――対して、レジ付近の空気だけが、鈍色に染まっていた。訂正する気なし。
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