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第二章 私の騎士様
第一話 ひとりぼっち(シーラ編)
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わたしは一人、森の中をとぼとぼと歩いていた。
お腹がくぅと鳴る。朝食を食べたきりで、後は何も口にしていない。
「パパ、ママ……」
心細くてそう呟けば、逆に自分の身に起きた事を思いだし、不安に押しつぶされそうになる。馬車がぐるんと転がって、気がついたらたくさんの男の人達に囲まれてたのだ。見たこともない人達で、にやにや笑う顔がとても怖かった。
パパがわたしとママを逃がしてくれて、ママはわたしを抱き上げたまま走って走って……でも追いつかれて、わたし一人川に落ちた。
耳にしたのはママの悲鳴……。
全身ずぶ濡れで、気がつけば川辺にいた。
目の前にはうっそうとした森が広がっている。
歩き出せば木の根に躓いて、ごろごろ転がった。泣いても誰もきてくれない。ごしごし顔を擦れば泥だらけになる。足が痛くて、お腹がすいて……
蹲って泣いた。泣いて、泣いて、泣いて……どれほどそうしていたかわからない。
ある時、何かが体に触れた。とんとんと叩かれるような感じである。不思議に思って顔を上げ、見たものに驚いて喉が詰まった。
大きな男の人がそこにいたのだ。
まるで熊のよう。
こんなに大きな人は見たことがない。
力自慢の使用人でも、彼には到底かなわないだろう。黒い髪はぼさぼさで、無精ひげを生やし、よれた黒いロングコートを身につけている。ぱっと見、怖そうに見えるが、自分を見下ろす目だけは不思議と温かい。
誰? そんな気持ちでじっと見ていたら、ぷんっと甘い香りが鼻をくすぐった。見れば目の前の男の人がチョコレートを差し出している。再びお腹がくうっと鳴った。食べていいのかな? おずおずと手を伸ばし、ぱくりとかじれば甘くて美味しい。
夢中で食べた。全然足りなくて、上目遣いに男の人を見上げてしまう。もうないの? ついそう口にすると、男の人は困ったように眉根を寄せた。大きな手が服のあちこちをまさぐり、やがてため息をつく。
「俺の家に来るか?」
こくりと頷いた。悪い人じゃない、そう思ったのだ。
立ち上がり、歩き出した男の人はずんずん向こうに行ってしまう。一生懸命走っても、足が速くてとても追いつけない。思わずべそをかきそうになる。
と、ふわりと浮遊感があり、気がつけば男の人の肩の上に乗っていた。
高い高いをしてもらったような感覚で、景色が飛ぶように流れた。まるで飛んでいるかのようである。うわあ! 早い早い! 気がつけば、お腹がすいていた事も怖くて寂しくて泣いていた事も全部忘れてはしゃいでいた。
「お兄さん、凄い!」
手を叩いて褒めまくる。
やがて目にしたのは、丸太を組んで造った家だった。
部屋の真ん中には大きくて頑丈そうなテーブルと椅子がある。椅子の上にちょこんとおかれるも、テーブルが高い。部屋の中を見回し、次いで暖炉で目にしたものに驚いた。男の人が薪に触ったと思った途端、火が付いたのである。
どうやったんだろう? まるで魔法みたいだ。
わくわくした気持ちで、魔法使いなの? と聞くも、男の人は眉間に皺を寄せ、ただ一言「違う」と答えた。なんだろう? 急に不機嫌になっちゃった。さっきまであんなにご機嫌だったのに……。わくわくで一杯になった心が一気にしぼんでしまう。
「もしかして怒ってる?」
そう問うと、
「いや、気にしなくていい。さ、食べてくれ」
見上げた黒い瞳が優しく笑み、大きな手が頭を撫でてくれた。
本当、かな? 怒ってないの? 恐る恐るスープを口にし、美味しいと思った途端、止まらなくなった。夢中で食べ、やがてお腹いっぱいになると、何やら今度は眠くなる。
「名前は?」
「シーラ」
船をこぎつつそう答えると、男の人はちょっと意外そうな顔をした。
次いで、どうしてこんなところにいるのかと聞かれ、見たことを話した。
パパとママと一緒に別荘に向かっていた途中で、乗っていた馬車が転がって、知らない男の人達に取り囲まれて、川に落ちてここへ来たことを……。パパとママはどうしたのかと聞かれて、涙ぐむ。真っ赤な血と二人の悲鳴を思い出したのだ。
男の人はそれ以上何も聞かなかった。
しばらく外へ出て帰ってくると、またもや軽々持ち上げられる。外には石で囲まれたお風呂があって、お湯が張ってあった。くるくるっと服を脱がされて、ぼちゃんと熱い湯に放り込まれる。あったかぁい……気持ちよくて顔がほころんだ。
その夜は大きなベッドで熊みたいに大きな男の人にだっこされて眠った。知らない人なのに何故か安心できた。自分を見下ろす黒い瞳がとても優しかったからかも知れない。
翌日、たくさんの人に取り囲まれてびっくりした。
思わず例の男の人……名前はケインって言った人の後ろに隠れる。そうっと顔を出せば、つやつやとしたほっぺの、人の良さそうな女の人と目が合った。
「まぁ、まぁ、何て可愛らしい……」
女の人がため息交じりにそう口にした。
褒めてくれたのかな? 恥ずかしくてまた隠れてしまう。そうこうしている内に、つやつやほっぺの女の人に連れて行かれそうになり、慌ててケインのコートを掴んだ。行かないで、そう言おうとしたけど、ケインが笑って言った。
「ソフィがお前の面倒を見てくれる。俺のとこよりずっといい」
わがまま言っちゃいけないんだ……とっさにそう感じて、彼のコートを放した。泣き顔を見られまいとして、ソフィの服にしがみつく。
彼女の家は暖かで居心地が良く、口にした料理はとても美味しかったけど、わたしはあのキノコのスープが食べたかった。美味しいって言って、笑うケインの顔が見たかった。
どうしてわたしはあそこにいちゃいけないんだろう?
お腹がくぅと鳴る。朝食を食べたきりで、後は何も口にしていない。
「パパ、ママ……」
心細くてそう呟けば、逆に自分の身に起きた事を思いだし、不安に押しつぶされそうになる。馬車がぐるんと転がって、気がついたらたくさんの男の人達に囲まれてたのだ。見たこともない人達で、にやにや笑う顔がとても怖かった。
パパがわたしとママを逃がしてくれて、ママはわたしを抱き上げたまま走って走って……でも追いつかれて、わたし一人川に落ちた。
耳にしたのはママの悲鳴……。
全身ずぶ濡れで、気がつけば川辺にいた。
目の前にはうっそうとした森が広がっている。
歩き出せば木の根に躓いて、ごろごろ転がった。泣いても誰もきてくれない。ごしごし顔を擦れば泥だらけになる。足が痛くて、お腹がすいて……
蹲って泣いた。泣いて、泣いて、泣いて……どれほどそうしていたかわからない。
ある時、何かが体に触れた。とんとんと叩かれるような感じである。不思議に思って顔を上げ、見たものに驚いて喉が詰まった。
大きな男の人がそこにいたのだ。
まるで熊のよう。
こんなに大きな人は見たことがない。
力自慢の使用人でも、彼には到底かなわないだろう。黒い髪はぼさぼさで、無精ひげを生やし、よれた黒いロングコートを身につけている。ぱっと見、怖そうに見えるが、自分を見下ろす目だけは不思議と温かい。
誰? そんな気持ちでじっと見ていたら、ぷんっと甘い香りが鼻をくすぐった。見れば目の前の男の人がチョコレートを差し出している。再びお腹がくうっと鳴った。食べていいのかな? おずおずと手を伸ばし、ぱくりとかじれば甘くて美味しい。
夢中で食べた。全然足りなくて、上目遣いに男の人を見上げてしまう。もうないの? ついそう口にすると、男の人は困ったように眉根を寄せた。大きな手が服のあちこちをまさぐり、やがてため息をつく。
「俺の家に来るか?」
こくりと頷いた。悪い人じゃない、そう思ったのだ。
立ち上がり、歩き出した男の人はずんずん向こうに行ってしまう。一生懸命走っても、足が速くてとても追いつけない。思わずべそをかきそうになる。
と、ふわりと浮遊感があり、気がつけば男の人の肩の上に乗っていた。
高い高いをしてもらったような感覚で、景色が飛ぶように流れた。まるで飛んでいるかのようである。うわあ! 早い早い! 気がつけば、お腹がすいていた事も怖くて寂しくて泣いていた事も全部忘れてはしゃいでいた。
「お兄さん、凄い!」
手を叩いて褒めまくる。
やがて目にしたのは、丸太を組んで造った家だった。
部屋の真ん中には大きくて頑丈そうなテーブルと椅子がある。椅子の上にちょこんとおかれるも、テーブルが高い。部屋の中を見回し、次いで暖炉で目にしたものに驚いた。男の人が薪に触ったと思った途端、火が付いたのである。
どうやったんだろう? まるで魔法みたいだ。
わくわくした気持ちで、魔法使いなの? と聞くも、男の人は眉間に皺を寄せ、ただ一言「違う」と答えた。なんだろう? 急に不機嫌になっちゃった。さっきまであんなにご機嫌だったのに……。わくわくで一杯になった心が一気にしぼんでしまう。
「もしかして怒ってる?」
そう問うと、
「いや、気にしなくていい。さ、食べてくれ」
見上げた黒い瞳が優しく笑み、大きな手が頭を撫でてくれた。
本当、かな? 怒ってないの? 恐る恐るスープを口にし、美味しいと思った途端、止まらなくなった。夢中で食べ、やがてお腹いっぱいになると、何やら今度は眠くなる。
「名前は?」
「シーラ」
船をこぎつつそう答えると、男の人はちょっと意外そうな顔をした。
次いで、どうしてこんなところにいるのかと聞かれ、見たことを話した。
パパとママと一緒に別荘に向かっていた途中で、乗っていた馬車が転がって、知らない男の人達に取り囲まれて、川に落ちてここへ来たことを……。パパとママはどうしたのかと聞かれて、涙ぐむ。真っ赤な血と二人の悲鳴を思い出したのだ。
男の人はそれ以上何も聞かなかった。
しばらく外へ出て帰ってくると、またもや軽々持ち上げられる。外には石で囲まれたお風呂があって、お湯が張ってあった。くるくるっと服を脱がされて、ぼちゃんと熱い湯に放り込まれる。あったかぁい……気持ちよくて顔がほころんだ。
その夜は大きなベッドで熊みたいに大きな男の人にだっこされて眠った。知らない人なのに何故か安心できた。自分を見下ろす黒い瞳がとても優しかったからかも知れない。
翌日、たくさんの人に取り囲まれてびっくりした。
思わず例の男の人……名前はケインって言った人の後ろに隠れる。そうっと顔を出せば、つやつやとしたほっぺの、人の良さそうな女の人と目が合った。
「まぁ、まぁ、何て可愛らしい……」
女の人がため息交じりにそう口にした。
褒めてくれたのかな? 恥ずかしくてまた隠れてしまう。そうこうしている内に、つやつやほっぺの女の人に連れて行かれそうになり、慌ててケインのコートを掴んだ。行かないで、そう言おうとしたけど、ケインが笑って言った。
「ソフィがお前の面倒を見てくれる。俺のとこよりずっといい」
わがまま言っちゃいけないんだ……とっさにそう感じて、彼のコートを放した。泣き顔を見られまいとして、ソフィの服にしがみつく。
彼女の家は暖かで居心地が良く、口にした料理はとても美味しかったけど、わたしはあのキノコのスープが食べたかった。美味しいって言って、笑うケインの顔が見たかった。
どうしてわたしはあそこにいちゃいけないんだろう?
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