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本編
第十四話 もう一度逢いたくて
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ブラッドは腕に抱いているレイチェルを眺め、口元をほころばせた。彼女の柔らかな白金の髪を、なんとも幸せな気持ちでそっとすく。
こうして彼女が自分の傍にいることが嬉しくて仕方がない。眠っている彼女の額にそっと口づけた。少しばかり欲張った気もするが、これくらいは許して欲しいと思う。彼女を追いかけて追いかけて今ようやく、ここまで来たのだから。
自動車に飛行機にコンピューター……ほんっと、レイチェルのいた世界は面白かったな。魔法じゃなくて科学が発達した世界、か。
ブラッドはうっすらと笑った。
そう、レイチェルと出会ったのはこの世界ではない。地球という惑星に存在する日本という国だ。星々の運行も、存在する国も文化も何もかもが違う世界である。
もう一回行ってみようか……
そんな風に思ったこともあったが、あっちの世界の召喚術はしょぼすぎて、どうしても二の足を踏む。なにせ、きつい。通り抜けるのが至難の業だ。あの時だって、母親から「日本」って国の話を聞いていなければ、恐らく無視しただろう。それくらいお粗末な召喚術だったが、垣間見た景色が話に聞いていたそれで、つい興味を引かれちまった。
ま、遊んでやるか。そんな軽い気持ちで応じたはいいが、召喚した奴に力がなさ過ぎて、想像以上にきつかった。召喚術がショボい分、こちらがそれをフォローせざるを得ないという状況だ。なんだよこれは! ムリクリ通路を広げて何とか通り抜けたけど、ほんっと体がちぎれるかと思った。
なんで俺がこんな苦労をしなくちゃなんねーんだ、ざっけんな!
異界に辿り付いた当初、召喚者に怒りをぶつけたかったが、とにかく疲れすぎてて怒鳴る気力もない。そんな俺に向かって、レイチェルは手を差し出した。
――あ、お、お友達になって下さい!
レイチェルの第一声がこれ……
ほんっと面食らった。しばらくは二の句が継げなかったほど。
え? 友達って……それが望み? 不老不死になりたいとか、恨みを晴らしたいとかじゃねーの? 望みには対価をとられるって知ってるか?
今一度レイチェルを見れば、顔が真っ赤だ。必死さがもの凄く伝わってくる。お願い、手を取って、そんな叫びが聞こえてきそうなほど……
そんなに俺と友達になりてーの?
こっちは困惑しきりである。
そろりと差し出されたちっさい手を握り返せば、破顔された。
本当に嬉しいみたい、だな? 泣いてら……嬉し泣き?
いや、なんだこれ……
単に危機感がないだけ? 自分がどれだけ危ない事してるって気が付いてない? けれど……レイチェルの目は、俺の目を真っ直ぐに見ている。魔眼を直視すりゃ、どんなに鈍い奴でも、身の危険を感じるはず。だから、分からないはずはない。はずはないんだけれど……
なのに、俺が目にしたのは自分を真っ直ぐに見る眼差しだ。
結局、契約なんてせず、そのまんまお友達になっちまったな。
――私の名前は狭間結衣です! あなたのお名前は?
――ブラッド。
フォークスは母親の姓だから、この時は名乗らなかった。魔族に姓なんかない。
――わぁ! なんか言ってることが頭の中で響きます!
レイチェルがそう言ってはしゃいだ。そりゃ、まだこの世界の言語を習得していないから念話だよ、そう思ったが面倒臭かったので説明ははしょった。ここが魔法の代わりに科学が発達した世界だと気が付くのは、もうしばらく経ってからだ。
――私、心臓に疾患があって、先長くないんだ……
さらに思い出すのはレイチェルが死んだときの光景だ。
そう、彼女はそう言っていたんだ。なのに俺は本気にしなかった。心のどこかで死ぬはずがないとそう思っていた。そもそも自分は頑丈だしな。
魔王の血を引いたヴァンパイア・デビルだから、心臓を聖剣で一突きされても傷は再生する。聖水、十字架なんてもちろん効かない。周りにいる奴等も似たり寄ったりだから、死の概念そのものが希薄で……そうだよ、人間なんてあっけなく死ぬんだって、あの時まで忘れていたんだ。
いつも通り病院に見舞いに行くと、家族が泣いていて……
何で起きてこないんだなんて、間抜けもいいところだ。もっと真面目に彼女の話を聞いてりゃよかったなんて後悔しても遅くて、彼女は起きてこなかった。笑ってくれなかった。花を持っていってももちろん喜んでもくれない。ただ眠ったように息をしていなくて……
嘘だろ? 何度そう思っただろう。
喪失感が半端ない。この時になって初めて、俺は彼女が特別な存在だったことに気が付き、途方に暮れた。どうしたら良いのか分からない。生きている内なら、彼女をヴァンパイアにすることも出来たけれど、既に手遅れだ。肉体から魂が離れちまってる。
それでも諦められず、運命の女神モイラのところへ行って、もう一度彼女に会えないかどうかダメもとで打診してみた。俺はがっつり神々の敵だもんな。一蹴されたところで文句は言えない。けれど、話は聞いてくれた。流石神……
――もう一度出会えるよう、運命の糸を結びつけて欲しいのかい? まぁ、やってやらないこともないけど……
かたことと運命の糸を折りながら女神モイラが言う。老婆の姿だったり美女の姿だったりする。気分で姿を変えるらしい。本当に気分屋だ。
――対価は?
ブラッドが問う。
デビルは願いを叶える際、必ず対価を要求するから、当然のようにそう聞いたのだけれど……。女神モイラはうっすらと笑った。困った坊やだねとでも言うように。
――そうさねぇ……普通は願いが叶うまで、自分の好きなものを絶つもんだけど……
――自分の好きなもの?
――ほら、コーヒーが好きだとか、煙草が好きだとか? それを願いが叶うまで口にしない。これをしませんって誓って祈願するんだね。
それを聞いたブラッドは、ため息をついた。
――あのなぁ。俺、ヴァンパイアだっつーの。好きな食いもんつったら血しかねーだろーがよ。
――じゃ、それだ。好いた子に会うまで血を絶つと……
にんまりと運命の女神が笑い、ブラッドは目を剥いた。
――はぁ? 俺に死ねと? あ、いや、半デビルだから血を絶っても死なないが、飢えるって! 空腹と喉の渇きで七転八倒する!
――ははは、血を口にすると結びつけた運命の糸が切れるよ。せいぜいがんばんな。
そう言って運命の女神に、神界を追い出された。
ちょ、待て! 入り口閉じやがった! この野郎!
その後はいくら暴れても、扉は開きゃしない。彼女に会いたきゃ血を飲むなって事かよ! それっていつまでだ? 数日なわきゃねーよな?
そう、数日なわけがない。そもそも運命の女神ってのは、人の運命を弄んで楽しむ癖があるしな。俺が血を我慢してぷるぷるするのを高みの見物している可能性もある。うがぁ!
数日もすると、空腹でイライラし始めた。禁煙した人間みてーだよ。血血血って……そんなことばっかり考えているから、トマトジュースを見ても血に見える。どうしろと?
――ブラッド様、我慢は体に毒ですよ? はい、血液サンプル。
――てぇい!
血液の瓶を手にしたふわふわ毛玉のレムを、すかさず窓から外に放り投げる。目一杯放ったので、山向こうに消えていった。
あ、危ない。うっかりそのまま飲んでしまいそうに……
ブラッドは頭を抱えた。
これでどうやって会うまで我慢できんだよ! 禁煙者だって我慢するためのアイテムがあるっつーのに、俺には何にもない! 虐めだ虐め! いっそ棺桶に入って眠る……駄目だ、どうやってそれで結衣に会えるんだよ。彼女が生まれ変わっても気が付かずにぐーすか寝そうだ。
――ほほほ、お困りのようねぇ。
そんな時に女神エイルは現れた。どこからどう聞きつけたのか、ヴァンパイアが血を絶っていると知ってやってきたらしい。見た目は半透明の精霊のような姿だ。本体は神界にいるから、まぁ、こうなるわな。神々はほいほい地上に降りてこられない。
――協力して上げてもいいわよ?
にっこり笑うが、その笑みは胡散臭い。
――何が望みだ?
ブラッドが警戒心いっぱいにそう尋ねると、女神エイルが満面の笑みを浮かべた。
――いやあねぇ、神は基本、対価なんか要求しないわよ。神様は無償って聞いた事ないの?
――神様とは縁遠くてな。
つか、犬猿の仲だろ。
――ほほほ、デビルじゃそうよねぇ。でも、あなたが可愛くてつい来ちゃった。好きな女の子に会いたくって、血を絶つって凄いわぁ。そこまで思われた相手も本望よねぇ。
――無駄話なら……
――無駄じゃないわよぅ。血を我慢できるようにして上げようって言ってるの。
――どうやって?
――女神の祝福をあげるわ。大聖女ドリアーヌに会いに行きなさいな。わたくしの可愛い可愛い使徒よ。わたくしの力を使えるから、彼女を通して奇跡を起こして上げる。
奇跡……
ブラッドはその言葉に縋った。それくらい必死だった。大聖女ドリアーヌが差し出したのは、女神の力を練り込んだ飴である。ブラッドは自らそれを口にし、望み通り血が飲めなくなったわけだが、流石にそれが二百年も続くとは思ってもみなかった。
こうして彼女が自分の傍にいることが嬉しくて仕方がない。眠っている彼女の額にそっと口づけた。少しばかり欲張った気もするが、これくらいは許して欲しいと思う。彼女を追いかけて追いかけて今ようやく、ここまで来たのだから。
自動車に飛行機にコンピューター……ほんっと、レイチェルのいた世界は面白かったな。魔法じゃなくて科学が発達した世界、か。
ブラッドはうっすらと笑った。
そう、レイチェルと出会ったのはこの世界ではない。地球という惑星に存在する日本という国だ。星々の運行も、存在する国も文化も何もかもが違う世界である。
もう一回行ってみようか……
そんな風に思ったこともあったが、あっちの世界の召喚術はしょぼすぎて、どうしても二の足を踏む。なにせ、きつい。通り抜けるのが至難の業だ。あの時だって、母親から「日本」って国の話を聞いていなければ、恐らく無視しただろう。それくらいお粗末な召喚術だったが、垣間見た景色が話に聞いていたそれで、つい興味を引かれちまった。
ま、遊んでやるか。そんな軽い気持ちで応じたはいいが、召喚した奴に力がなさ過ぎて、想像以上にきつかった。召喚術がショボい分、こちらがそれをフォローせざるを得ないという状況だ。なんだよこれは! ムリクリ通路を広げて何とか通り抜けたけど、ほんっと体がちぎれるかと思った。
なんで俺がこんな苦労をしなくちゃなんねーんだ、ざっけんな!
異界に辿り付いた当初、召喚者に怒りをぶつけたかったが、とにかく疲れすぎてて怒鳴る気力もない。そんな俺に向かって、レイチェルは手を差し出した。
――あ、お、お友達になって下さい!
レイチェルの第一声がこれ……
ほんっと面食らった。しばらくは二の句が継げなかったほど。
え? 友達って……それが望み? 不老不死になりたいとか、恨みを晴らしたいとかじゃねーの? 望みには対価をとられるって知ってるか?
今一度レイチェルを見れば、顔が真っ赤だ。必死さがもの凄く伝わってくる。お願い、手を取って、そんな叫びが聞こえてきそうなほど……
そんなに俺と友達になりてーの?
こっちは困惑しきりである。
そろりと差し出されたちっさい手を握り返せば、破顔された。
本当に嬉しいみたい、だな? 泣いてら……嬉し泣き?
いや、なんだこれ……
単に危機感がないだけ? 自分がどれだけ危ない事してるって気が付いてない? けれど……レイチェルの目は、俺の目を真っ直ぐに見ている。魔眼を直視すりゃ、どんなに鈍い奴でも、身の危険を感じるはず。だから、分からないはずはない。はずはないんだけれど……
なのに、俺が目にしたのは自分を真っ直ぐに見る眼差しだ。
結局、契約なんてせず、そのまんまお友達になっちまったな。
――私の名前は狭間結衣です! あなたのお名前は?
――ブラッド。
フォークスは母親の姓だから、この時は名乗らなかった。魔族に姓なんかない。
――わぁ! なんか言ってることが頭の中で響きます!
レイチェルがそう言ってはしゃいだ。そりゃ、まだこの世界の言語を習得していないから念話だよ、そう思ったが面倒臭かったので説明ははしょった。ここが魔法の代わりに科学が発達した世界だと気が付くのは、もうしばらく経ってからだ。
――私、心臓に疾患があって、先長くないんだ……
さらに思い出すのはレイチェルが死んだときの光景だ。
そう、彼女はそう言っていたんだ。なのに俺は本気にしなかった。心のどこかで死ぬはずがないとそう思っていた。そもそも自分は頑丈だしな。
魔王の血を引いたヴァンパイア・デビルだから、心臓を聖剣で一突きされても傷は再生する。聖水、十字架なんてもちろん効かない。周りにいる奴等も似たり寄ったりだから、死の概念そのものが希薄で……そうだよ、人間なんてあっけなく死ぬんだって、あの時まで忘れていたんだ。
いつも通り病院に見舞いに行くと、家族が泣いていて……
何で起きてこないんだなんて、間抜けもいいところだ。もっと真面目に彼女の話を聞いてりゃよかったなんて後悔しても遅くて、彼女は起きてこなかった。笑ってくれなかった。花を持っていってももちろん喜んでもくれない。ただ眠ったように息をしていなくて……
嘘だろ? 何度そう思っただろう。
喪失感が半端ない。この時になって初めて、俺は彼女が特別な存在だったことに気が付き、途方に暮れた。どうしたら良いのか分からない。生きている内なら、彼女をヴァンパイアにすることも出来たけれど、既に手遅れだ。肉体から魂が離れちまってる。
それでも諦められず、運命の女神モイラのところへ行って、もう一度彼女に会えないかどうかダメもとで打診してみた。俺はがっつり神々の敵だもんな。一蹴されたところで文句は言えない。けれど、話は聞いてくれた。流石神……
――もう一度出会えるよう、運命の糸を結びつけて欲しいのかい? まぁ、やってやらないこともないけど……
かたことと運命の糸を折りながら女神モイラが言う。老婆の姿だったり美女の姿だったりする。気分で姿を変えるらしい。本当に気分屋だ。
――対価は?
ブラッドが問う。
デビルは願いを叶える際、必ず対価を要求するから、当然のようにそう聞いたのだけれど……。女神モイラはうっすらと笑った。困った坊やだねとでも言うように。
――そうさねぇ……普通は願いが叶うまで、自分の好きなものを絶つもんだけど……
――自分の好きなもの?
――ほら、コーヒーが好きだとか、煙草が好きだとか? それを願いが叶うまで口にしない。これをしませんって誓って祈願するんだね。
それを聞いたブラッドは、ため息をついた。
――あのなぁ。俺、ヴァンパイアだっつーの。好きな食いもんつったら血しかねーだろーがよ。
――じゃ、それだ。好いた子に会うまで血を絶つと……
にんまりと運命の女神が笑い、ブラッドは目を剥いた。
――はぁ? 俺に死ねと? あ、いや、半デビルだから血を絶っても死なないが、飢えるって! 空腹と喉の渇きで七転八倒する!
――ははは、血を口にすると結びつけた運命の糸が切れるよ。せいぜいがんばんな。
そう言って運命の女神に、神界を追い出された。
ちょ、待て! 入り口閉じやがった! この野郎!
その後はいくら暴れても、扉は開きゃしない。彼女に会いたきゃ血を飲むなって事かよ! それっていつまでだ? 数日なわきゃねーよな?
そう、数日なわけがない。そもそも運命の女神ってのは、人の運命を弄んで楽しむ癖があるしな。俺が血を我慢してぷるぷるするのを高みの見物している可能性もある。うがぁ!
数日もすると、空腹でイライラし始めた。禁煙した人間みてーだよ。血血血って……そんなことばっかり考えているから、トマトジュースを見ても血に見える。どうしろと?
――ブラッド様、我慢は体に毒ですよ? はい、血液サンプル。
――てぇい!
血液の瓶を手にしたふわふわ毛玉のレムを、すかさず窓から外に放り投げる。目一杯放ったので、山向こうに消えていった。
あ、危ない。うっかりそのまま飲んでしまいそうに……
ブラッドは頭を抱えた。
これでどうやって会うまで我慢できんだよ! 禁煙者だって我慢するためのアイテムがあるっつーのに、俺には何にもない! 虐めだ虐め! いっそ棺桶に入って眠る……駄目だ、どうやってそれで結衣に会えるんだよ。彼女が生まれ変わっても気が付かずにぐーすか寝そうだ。
――ほほほ、お困りのようねぇ。
そんな時に女神エイルは現れた。どこからどう聞きつけたのか、ヴァンパイアが血を絶っていると知ってやってきたらしい。見た目は半透明の精霊のような姿だ。本体は神界にいるから、まぁ、こうなるわな。神々はほいほい地上に降りてこられない。
――協力して上げてもいいわよ?
にっこり笑うが、その笑みは胡散臭い。
――何が望みだ?
ブラッドが警戒心いっぱいにそう尋ねると、女神エイルが満面の笑みを浮かべた。
――いやあねぇ、神は基本、対価なんか要求しないわよ。神様は無償って聞いた事ないの?
――神様とは縁遠くてな。
つか、犬猿の仲だろ。
――ほほほ、デビルじゃそうよねぇ。でも、あなたが可愛くてつい来ちゃった。好きな女の子に会いたくって、血を絶つって凄いわぁ。そこまで思われた相手も本望よねぇ。
――無駄話なら……
――無駄じゃないわよぅ。血を我慢できるようにして上げようって言ってるの。
――どうやって?
――女神の祝福をあげるわ。大聖女ドリアーヌに会いに行きなさいな。わたくしの可愛い可愛い使徒よ。わたくしの力を使えるから、彼女を通して奇跡を起こして上げる。
奇跡……
ブラッドはその言葉に縋った。それくらい必死だった。大聖女ドリアーヌが差し出したのは、女神の力を練り込んだ飴である。ブラッドは自らそれを口にし、望み通り血が飲めなくなったわけだが、流石にそれが二百年も続くとは思ってもみなかった。
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