恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

文字の大きさ
31 / 43
本編

第三十話 狂戦士覚醒

しおりを挟む
 クリフは目を見張った。城の庭に現れたのドラゴンの中でも最強と言われている黄金竜だ。たとえ疑似生命体といっても、その強さは容易に想像出来る。

 キュオオオオオオオーンッ!

 黄金竜の雄叫びが空気をビリビリと震わせる。
 一体だけでも倒すのは至難の業だ。なのに、黄金竜の数はどんどん増えていく。アウグストが虚空に生み出した巨大な魔法陣が輝くたびにドラゴンが飛び出し、翼を広げたそれらが城の庭を埋め尽くしていくのだ。
 それは目を見張る光景だった。大魔法士……その名にふさわしい離れ業である。

「すげぇ……」
「流石大魔法士様だ」

 騎士仲間達の呟きは、まさにクリフの心中そのままだ。
 黄金竜が口を開き、その中に炎が踊る。炎をまき散らされれば大惨事だ。夜会に参加していた神聖魔法の使い手である聖女と聖神官達が、すかさず防御結界を展開する。その中には聖女カサンドラの姿もあった。ブラッドに好意を示した例の赤毛の美女である。
 アウグストが笑った。

「大丈夫だって! ほーら!」

 虚空に赤い煌めきが走り、黄金竜の首が綺麗に切り落とされる。残った体が断末魔の叫びを上げるように暴れるも、その体を赤い煌めきがさらに細切れにした。手、足、翼等々、見えない刃に切り刻まれ、細分化していくのだ。誰もがその光景に見入ってしまう。
 攻撃者の姿が見えない。
 見えるのは僅かな赤い煌めきのみである。

 噴き出す血も叫びも本物と寸分違わす、地上最強生物であるドラゴンが細切れにされていく姿は、やはり恐ろしい。生み出された十体のドラゴンが全て細分化され、魔法光で照らされた庭園に再び静寂が訪れると、ふっとその積み上がった肉片の上にブラッドが姿を現す。

 彼の両の拳から突き出すのは、血色のブラッディ・クローだ。禍々しく輝くその刃は、ドラゴンの装甲でさえ切り裂く。風にそよぐのは闇色の髪。白く浮かび上がる顔は鋭利で美しい。血色の瞳は今や爛々と輝き、魔性の気配が濃厚である。

 それはぞくりと怖気を誘う光景だった。
 なのに……目が離せない。虚空に充満している血臭に酩酊しているようなブラッドの表情が、なんとも蠱惑的で惹きつけられる。血のように赤い唇が、にぃっと笑みの形につり上がった。

「ひ、ひひ……ははは! アウグスト、もっとだ! もっとよこせ!」

 歓喜してる。垣間見たブラッドの表情がそれを雄弁に物語っていた。再戦を望むブラッドの声に、嬉々としてアウグストが応える。

「あはは! そうこなくっちゃ!」

 待ってましたとばかりにアウグストがブラッドの要求に応え、虚空に浮かぶ魔法陣の数が一気に増え、それらが同時に黄金竜を生み出した。それが瞬時に細分化されていく。赤い刃を閃かせるブラッドの手によって。

 クリフはこくりと喉を鳴らした。
 目の前の光景から目が離せない。
 嘘、だろ……なんだよ、これ……フォークスはこんなに、強かった、のか?
 圧倒的な力を目にして、クリフは愕然となった。

 自分はずっとずっとフォークスを馬鹿にしていた。村を徘徊するだけの無害なヴァンパイアだって……。村を守ってやるなんて、ご大層なこと言って居座ったけど、ただそこにいるだけだって思ってた。仲間からつまはじきにされて、人間の村にやってきただけだろうって……

 ――今まで村が平和だったのも、ブラッドさんが村を巡回してくれていたからです! 魔物の群れが村を襲う前に、追い払ってくれていたからです!

 レイチェルのこの言葉だって、まともに聞いちゃいなかった。都合のいいように解釈していた。

 ――フォークスがこの村にやって来た時の魔獣襲撃事件忘れたの? あれだってフォークスがいなかったら、村が全滅してたっておかしくない事件だったじゃない。

 勝ち気な幼なじみエイミーの台詞に、自嘲の笑みが浮かぶ。
 ああ、そうだよ。けど、そんなことつい最近までケロッと忘れてた。指摘されるまで、思い出しもしなかったんだ。あいつは自分の力を誇示なんて、したことがなかったから……

 そうだよ、なんであいつはああなんだ?
 俺だったら、俺だったら! 絶対自分の力を見せびらかしている。だから、大人しいあいつの行動なんて全く理解出来なくて……。弱いから大人しい、そんな風に思って見下していた、魔物のくせにって、ずっとずっと……
 クリフは自分の前提が覆され、言葉も出ない。地上最強の筈のドラゴンが細分化されていく様子を見上げ、ただただ突っ立った。

 これがブラッドの実力……
 これなら……これだったらあいつは、俺達の村どころか、国の守護者にだってなれたじゃないか。なのに、なんだってあいつは……。あいつはあんなところで、くすぶっていたんだ? 分からない、分からない、なんでだよ、なんで……

 クリフはふっと、レイチェルに目を向けた。
 白金の髪に金色の瞳。虚空を見上げる横顔はふわりと柔らかい。
 可愛くて優しくて自慢の幼なじみだった筈なのに……
 金糸で装飾された白い豪奢なドレス姿の彼女は、祈るように両手を組み合わせている。身に纏う宝石は血の色で、あいつの色だ。その視線の先にあるのはやはり、ブラッドなのだろう。

 嫌だ……
 どうしてもそんな感情が沸き起こる。クリフは己の唇を噛んだ。血が滲むほど。
 レイチェルは俺のものだった。俺のものだった筈なんだ!
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ取られたくない! 俺のものだ、俺の……

 ――強くなりたいと願うんだ、強くなりたいと、いいね? でないと腕輪の力は解放されない。

 そんな第二王子の台詞がクリフの耳に蘇る。
 強くなりたいと願う……そうだよ、強くなりたい! そうすりゃ、レイチェルだって、もう一度俺を見るかも……あいつより強くなれるなら、なんでもする!
 その思いに応えるように、黒い腕輪がぶんっと熱を持つ。

『なんでもか?』

 ふっと地の底から響くような声が、クリフの耳に届いた。その声を訝ることなくクリフは受け入れる。まるで待っていたかのように……
 ああ、なんでもだ。そんなクリフの心の声に、かの声は応えた。

『なら、力を与えよう。我を受け入れろ……我が器となれ』

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

処理中です...