恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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本編

第三十二話 変態戦士参上!

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 腕輪の力を解放し、狂戦士となったクリフは高揚感でいっぱいだった。体が大きく膨れ上がり、会場中が見渡せる。集まった人々を全員見下ろせる位置にクリフはいた。

『ははは、これは凄い!』

 発した声が二重音でなんだか不快だったが、それくらい構わない。戦え! 頭の中でそう声がする。この場にいる全員をぶちのめせ、と。
 そうだ、俺にはそれだけの力があるとクリフは歓喜した。自分の中にいる奴は戦いたくてしょうがないみたいだけれど、クリフ自身はそういった思いよりも、自分の中に鬱屈している感情に目が向いた。その標的になったのが、つい先程まで自分の婚約者だったセイラである。

 自分を好きだと言ったくせに……
 運命の相手だと散々のろけたくせに……
 あっさりと手のひらを返しやがった。
 許せない、そんな気持ちである。

 ズシンズシンと歩みを進めれば、人々が避けるように道を開けた。それにもクリフは気を良くした。自分は何でも出来る、そんな気になった。驚きに目を見開いたセイラを捕まえれば、なお気分が良い。彼女が金切り声を上げた。

「なんなの、なんなのよ! ちょっと、やめてよ!」
『随分とつれないんだな? 俺は運命の相手だろう?』

 狂戦士となったクリフがにぃっと笑えば、セイラは顔を引きつらせる。

「ち、違うわ! やめてやめて! あなたみたいな化け物なんかごめんよ!」
『そうか? 朝まで睦み合った仲じゃないか』

 セイラの顔が真っ赤になる。

「な、なにを言い出すのよ!」

 周囲がざわりと揺れた。ひそひそ囁く声には非難の色が混じっている。もちろんセイラの奔放さを責める視線だ。セイラが顔を真っ赤にしたまま怒鳴った。

「嘘よ、嘘よ、デタラメ言わないで!」
『お前は尻のところにほくろがあるよな? ははは、見せてやろうか?』
「ちょ、なにするのぉ!」

 肩に担ぎ上げたセイラのドレスの裾を、勢いよくまくり上げたかと思うと、べろんと尻を丸出しだ。セイラは金切り声を上げた。屈辱以外のなにものでもない。

『ほおら! ここのところにほくろが!』

 夜会参加者のほとんどが眉をひそめたが、こう言った状況を喜ぶものもいる。

「おお、本当だ!」
「あるある!」

 セイラのストリップに、涎をたらさんばかりにしてかぶりついた男達は、ほぼクリフの騎士仲間達だ。類は友を呼ぶ、なのかもしれないが、騎士道精神どこ行ったと言いたい。

「いやあああああああああ!」

 セイラが泣き叫び、ストリップショーと勘違いしている男達は、拍手喝采だ。いいぞ、もっとやれ状態である。が、王太子も参加している夜会の参加者達が、そんなものに同調するわけもない。汚物を見るような目つきだ。

「クリフ……」
「あいつ、変態だったにゃ? もう友達やめるにゃ?」

 冷たい視線を向けたのは、豪腕のジョージアナと疾風のニーナである。有名な冒険者二名は、事ここに至って、ぎりぎり友人枠内にいれていたクリフと縁を切った。たとえどこかで会ったとしても、どちらさまでしょう? とやられること請け合いである。

「おい、お前!」
「なにをやっている!」

 夜会会場を守護している衛兵がセイラを庇い、彼女を放すようクリフに要求するも、ここでわぁっと庭に出ていた参加者達が湧いた。霧に変化していたブラッドが、再び姿を現したからだ。それを目にしたクリフは、不快感を煽られる。

 ブラッドの圧倒的な力を目にして、夜会の参加者達が彼を褒め称えていて、これまた面白くない。普通であればブラッドの存在に畏怖を煽られそうだが、それを緩和したのが、ブラッドが四大英雄の一人という事実と、雷神剣を手にした勇者ジュリアンの存在だろう。
 勇者と認定されたジュリアンは、元々多くの人々の尊敬を集めている。その彼が真っ先に手を叩き、ブラッドを褒め称えたのだ。さすが我が同胞と。拍手が鳴り止まない。

 そして、クリフは目撃した。ブラッドが身をかがめ、レイチェルに口づけるのを。かぁっと頭に血が上る。
 やめろ! 俺の女に手を出すな!

『レイチェルから離れろ! この化け物!』

 セイラを放り出し、気が付けばクリフはそう叫んでいた。
 そうだ、レイチェルは俺の女だ!
 自分の叫びにクリフはそう確信する。彼女は自分のものだと。


◇◇◇


 レイチェルはびっくりした。自分の幼なじみの体が、倍以上に膨れ上がり、まさに巨人というような様相を呈していたからだ。

『レイチェルは俺のもんだぁああああああ!』

 クリフとおぼしき巨体が、そう叫ぶ。ぶんっと風を切る音と共に、狂戦士と化したクリフの拳が繰り出されたが、ブラッドがすかさずカウンターを放つ。
 三メートルは超える巨体が、ぶっ飛ぶ様は迫力がある。
 周囲から「おぉっ!」という歓声が上がり、ざっけんな、そう呟いたブラッドの声はかき消された。ギッタギッタにしてやるという言葉も……

「ブ、ブラッドさん? あ、あの、こ、これは?」

 レイチェルが慌てれば、ゆらりとブラッドが進み出る。

「ああ、大丈夫だ、レイチェル。こいつは地獄の果てまでぶっとばしてやる」

 誰が俺のレイチェルだ、寝言は寝て言えという台詞が、既に殺気立っている。レイチェルが慌てて止めに入った。

「待って、待って、あの巨人はクリフみたいです! 何かに取り憑かれていますぅ!」

 そこに、のんびりとした声が割って入った。

「あらぁ? もしかしてあれ、狂戦士の腕輪じゃない?」

 巨大化したクリフの黒い腕輪に目をとめたのは、聖女カサンドラだ。赤毛の妖艶な美女である。レイチェルがそれに反応した。

「知っているんですか?」
「ええ、そりゃあ、もう。あれは神殿の最奥、危険物保管庫にあったはずだけど、どうしてあれがここにあるのかしら? 変ねぇ……」
「どうすればいいんですか? あれ!」

 巨大化したクリフを指差すと、カサンドラがのんびりという。

「うーん、彼、狂戦士の腕輪と契約しちゃったっぽいわね? 契約前なら、神聖魔法でクリフ君に取り憑いた悪鬼を腕輪に再封印すれば良いだけ、だったんだけど……」
「神聖魔法で取り憑いた悪鬼を腕輪に再封印ですね? 分かりましたあ!」

 レイチェルは傍にいた神官から杖を借り、とにかくクリフがブラッドにボコられる前にと、急ぎ神聖魔法を展開する。穏便に穏便にと、今の彼女の頭にあるのはそれだけだ。

「え? あの、ちょっと……」
「大丈夫です! 悪霊払いは慣れてますからぁ! きっちり再封印させていただきます!」

 そう、村に派遣された聖神官に連れられて、何度も悪霊払いをした事がある。大丈夫だという自信があった。カサンドラが慌てて待ったをかける。

「いえ、だから、それをやると!」
「さあ! クリフから離れてくださぁい!」

 レイチェルが杖を使ってえいっと術を発動させ、狂戦士となったクリフの真下に輝く魔法陣を展開すると、巨大化したクリフが、ぐぐぐと苦しみ始めた。ぶわぁと黒い靄のようなものがクリフの体から離れかけるも、カサンドラが待ったをかけた。

「ちょ、ちょっと待って! それをやると、クリフ君の魂も一緒に封印されちゃうわよ? 悪鬼とクリフ君の魂が契約でぴったりくっついているからぁ!」
「え」

 見ると黒い靄と一緒に、何か別のものがクリフの体から離れようとしているのが見える。何となく、クリフの幽体のような気が……魂がぬけかけて、る? 驚いたレイチェルが術を途中で止めると、その肩をブラッドがぽんっと叩く。

「よし、やれ、レイチェル。一緒に封印だ!」

 もの凄く嬉しそうである。レイチェルが慌てたことは言うまでもない。

「いえ、あの、待って待って待って! どどどどどどどうすれば!」

 悪鬼と一緒にクリフの魂が封印されるということは、抜け殻となったクリフの体は昏睡状態となってしまう。死ぬまでそのままだ。流石にそんな真似は出来ない。
 カサンドラがコホンと咳払いをする。

「あー、えーっと、この場合は、ね……。狂戦士の腕輪を満足させてあげれば、クリフ君から悪鬼を引っぺがせるわ」
「狂戦士の腕輪を満足?」

 レイチェルがカサンドラの言葉を繰り返す。

「狂戦士の腕輪の望みはね、とにかく強い誰かと戦うことなのよ。満足するまで戦ってあげればいいわけ。ただし、殺さないように注意しないと駄目ね」

 そこへ言葉を差し挟んだのが聖騎士のギーである。

「いえ、あの、でも、カサンドラ様? お言葉ですが、狂戦士の相手をずっとし続けるのはしんどいですよ? バーサーク状態の彼は限りなく不死に近いですし、体力も底なしです。なのに殺さないように手加減しつつ、狂戦士が満足するまで戦えって、こっちの体力が持ちませんよ……」

 つまり、さくっと殺してしまう方が楽と言っているわけだ。
 ぐおおおおおおおっ! とクリフが吠え、襲いかかってくる。

『レイチェルを渡せぇええええええええ!』

 その要求に、ぴくぅとブラッドが反応し、ざっけんなぁ! とまたもやカウンターで拳が入り、クリフの巨体が天高く吹っ飛んだ。それこそ夜空の星になる勢いで。目を剥いたのがレイチェルだ。

「ちょ、あのう! ブラッドさん、待ってぇ! 手加減してくださぁい!」
「ああ、大丈夫よ、あれくらい」

 慌てるレイチェルの肩を掴み、カサンドラが宥めた。

「だ、大丈夫って……でも、ほら! まだ落ちてきませんよ?」

 ブラッドの強烈な一撃をくらったクリフは、天空高く吹っ飛ばされ、まだ落ちてこない。本当に強烈な一撃だった。カサンドラが余裕で笑う。

「ギーが言ったでしょう? バーサーク状態のあいつは、限りなく不死に近いって。大丈夫、クリフ君の命を削り終えるまでは、ほぼ不死身だから」
「命を削り終えるまでは不死身……」
「そそ、二日くらいはもつかしらぁ?」
「助ける方法は……」
「だから今言ったように、狂戦士の腕輪を満足させれば、取り憑いた悪鬼を引っぺがせるわ。でも、あれの持ち主だった奴は、悪鬼を満足させることが出来ず、戦い続けて死んでいるのよねぇ。まさか、あんなものを使う奴がいるとは思わなかったわ。超人的な力を手に入れても、使用すれば二日で死ぬ魔道具なんて、普通、使いたがらないと思うけれど。自殺願望のある馬鹿くらい?」

 レイチェルの顔からすうっと血の気が引く。

「そ、そんな……」
「だから、ここは一つ、あの素敵なヴァンパイアに任せればいいんじゃない? 殺さないように戦い続けるなんて、普通の人間にはしんどくても、きっと彼なら出来るわよ。ほんっと彼って素敵よね。ドラゴンを瞬殺って痺れちゃう。ま、クリフ君の魂を一緒に封印していいのなら、私がやって上げるわよ?」

 うふふとカサンドラが笑う。

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