恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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本編

第三十三話 友情は美しい?

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「おらああああああああああああああああ!」

 ブラッドの強烈な一撃が、クリフの巨体に突き刺さる。

「ほげええええええええええええええええ!」

 苦悶の声を上げたのは、狂戦士と化したクリフだ。クリフの体は巨大化しているので、二人の体格は大人と子供ほどに違う。なのに、手玉に取っているのはブラッドだ。一見華奢にも見える細い体で、巨人の体を転がしているのだから凄い。まるで曲芸を見ているようで、周囲は感心しきりだ。見ろ、ああ凄い、などという声がそこここから漏れる。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「あだだだだだだだだだだだだだだだだだ!」

 レイチェルははらはらし通しだ。限りなく不死に近いというわりには、ブラッドの猛攻がかなり応えているように見える。クリフの巨体がふらふらだ。あれで、本当に死なない?

「あの……かなり応えていませんか?」
「ええ、そのようねぇ?」

 カサンドラが不思議そうに首を捻る。

「ちょっとおかしいわね。んー……バーサーク状態だから、体の痛覚は麻痺しているはずなのに痛いって……もしかして、彼、幽体を直接攻撃できるのかしらぁ?」
「幽体を直接攻撃?」
「そそ、幽霊を素手でぶん殴れるなら、クリフ君に取り憑いている悪鬼も直接殴れるだろうし、ああなるかもしれないわねぇ?」

 幽霊を殴る……そこでレイチェルははたと思い出す。ブラッドは、グールに取り憑いた悪鬼に直接攻撃を加えていたことを。

「ブラッドさんは、はい、グールに取り憑いた悪鬼を直接ぶん殴って追い払っていました」

 カサンドラは目を丸くし、次いで楽しそうにケラケラ笑った。

「ええっ? ちょ、それ、本当? 冗談だったんだけど。彼、そんな真似ができちゃうんだ? 戦士系僧侶が確か、そんな真似出来たって話を聞いたことあるけれど、あらぁ、これはあの悪鬼も誤算だったかしら? 直接殴られちゃうんじゃあ、そりゃあ痛いわよねぇ? いえ、戦いたいって言っているんだから、これでいいんじゃないかしら?」

 そう言ってウィンクだ。本当に楽しそう。
 そこへぐぐっと割り込んだのが、王太子ジュリアンだ。

「な、なんという友情か! 悪鬼に取り憑かれた友の目を覚まさせるために、あえて攻撃をしておるのだな! 殴る己の手が痛いだろうに!」

 感激したように、ぶわあっと王太子ジュリアンが涙を流すが、聖女カサンドラが冷静につっこんだ。目が半眼である。

「いえ、王太子殿下には申し訳ないけれど、あれはどう見ても、憎しみがいっぱいこもった攻撃よね? 良心が痛んでいるようにはぜんっぜん見えないわ? むしろ楽しんでる?」
「え、あの、はい、そうです、ね……」

 レイチェルにもそう見えるが、どうしたらいいのか分からない。

「ブラッド殿! 私も助太刀しますぞぅ!」

 ジュリアンがそう叫び、レイチェルは目を丸くする。
 え? 助太刀?
 ずいっと進み出たジュリアンが、狂戦士となっているクリフに拳を振るった。

「成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏ぅ!」

 涙をだくだく流しつつ、これまた凄まじい猛攻だ。繰り出されるジュリアンの拳の連打で、クリフの巨体が宙に浮いたまま落ちてこない。
 カサンドラがふと気が付いたように言う。

「あら? そう言えば……ジュリアン王太子殿下は勇者なのよね? ということは、彼の場合、拳に神気を纏っているはず……彼も直接幽体を攻撃できるんじゃないかしら?」
「王太子様も?」
「そそ、ブラッドと同じように悪鬼を直接殴れちゃう。あはは、これはいい助太刀が現れたわね」
「いえ、でも! ブラッドさん一人で十分では?」

 そういう間にも、ブラッドとジュリアンの息の合ったファインプレーが続く。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!」
「成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏成仏ぅ!」

 ごっついジュリアンの拳と、鋭いブラッドの攻撃の両方が同時に突き刺さり、宙に浮いたクリフの巨体が地面に落ちてこない。完全空中に浮いている。それほどの猛攻だ。

「あのあのあのあのあのあのあのあのあのあの!」
「ああ、大丈夫よ、バーサーク状態だから死なないわ」

 カサンドラはけろりとしたものだ。慌てるレイチェルを、冷静なカサンドラが止める。

「とにかく、腕輪の主が満足して離れるまではこんな感じで……」
『ああ、もう、満足ぅ!』
「はやっ!」

 白旗を揚げた悪鬼の声に、カサンドラが速効突っ込んだ。
 前の持ち主は死ぬまで戦っても満足しなかったというのに、目の前の二人の猛攻はどれだけ凄まじかったというのか……。カサンドラは、ちらりと勇者ジュリアンとブラッドの両名に目を向ける。まぁ、あの巨体がボール扱いなのだから、推して知るべしなのかも知れないが……
 戦いに満足したらしい悪鬼が、ふわぁとクリフの体から抜けかかるも、その幽体をぐわしと掴んで、クリフの体に押し戻したのがブラッドだ。

「逃げるんじゃねぇええええええええええええ!」

 赤い目が殺気立っている。

『ひぃいいいいいいいいい、何故ぇえええええ!』

 ブラッドの脅しに、クリフに取り憑いた悪鬼は涙目だ。ブラッドの赤い瞳が爛々と輝き、ひっそり告げる。
 俺は、まだ、殴り足りねぇ! 根性でクリフの体に居座れ! いいな?
 ブラッドが放つ赤い瞳の思念派だ。クリフに取り憑いた悪鬼にだけ聞こえる声である。

『そ、そんな殺生なぁ! せ、拙者はもう十分……』

 悪鬼が許しを請うも、ブラッドは容赦ない。にたぁと意地悪く笑う。
 ひ、ひひ……もしここで戦闘離脱なんかしてみろ。地獄門の向こう側に、お前をフルスイングでぶっ飛ばしてやるからな! その後は冥王にきっちり働きかけて、地獄の接待ってのを存分に味わわせてやるぅ。

『ええええええぇええええええええええええ! ちょっと待って待って待って! そんな真似出来るわけ……』

 ブラッドがにたぁと笑った。
 出来るんだなぁ、俺、魔王の息子なんでよろしくぅ!

『え』

 冥王とは顔なじみだ! 地獄門もさくっと開けられるぜ?

『いいいいいやあああああああああああああ! うそうそうそ!』

 ほ、ん、と。
 ブラッドがにたぁと笑い、バサァとその背に蝙蝠のような翼が現れる。角と翼と魔文様を出現させると、流石にブラッドがデビルだと丸わかりだ。悪鬼が目を剥くも、夜会参加者達もまた大騒ぎだ。蝙蝠の翼を広げたブラッドを指差し、参加者が叫ぶ。

「お、おい、あれ、見ろ!」
「デビル? ええええぇええ? 彼はヴァンパイアじゃあ?」

 アウグストがにっこり笑う。

「ああ、彼、ヴァンパイア・デビルだよ。魔界でもかなり地位が高いみたいだから、下手な真似はしない方が良いよ? 今は僕達の味方についてくれているけど、ちゃんと敬意を払ってね? じゃないと今度魔王が復活したとき、そっぽを向かれるかもしれないよ?」

 そう言ってきっちり釘を刺した。レイチェルとの結婚に反対しちゃ駄目だよと、暗にそう言っているわけだ。最初っからそう言えよと言いたいが、こういう奴である。悪鬼を相手取っているブラッドが囁いた。
 分かったか? 分かったな? 地獄送りが嫌なら根性でクリフの体に居座れ!
 ブラッドが拳を振り上げる。

「さあ、歯を食いしばれ! いっくぞおおおおおお!」
『待ってぇええええええええええええええええええ!』

 ブラッドの拳が突き刺さり、天高くクリフの巨体が跳ね上がる。クリフの巨体が消えた上空を見上げ、ジュリアンがぽつりと言った。

「……今一瞬、悪鬼が体から離れかけたような?」
「気のせい」

 ブラッドがそう言い切る。落ちてくるたんびに殴られ、クリフの巨体が天高く昇る。それの繰り返し。ブラッドの口角が上がった。
 か、い、か、ん……
 ブラッドが口の動きだけでそう告げる。

「ひ、ひひひ……クリフを殴る場合は、そうっとそうっと殴らなくちゃならなくて、ほんっと逆にストレス溜まりまくりだったが……これはいい。気兼ねなく殴れる」
「気兼ねなく殴れる?」

 ジュリアンの突っ込みを、ブラッドがさらっと受け流した。

「いやぁ、友を殴るのは心が痛むなぁ。ああ、辛い……」

 ブラッドが白々しくそう言えば、ジュリアンがぶわっと涙を流す。

「そうであろうな! 友よ! では、私がおぬしに代わって殴って進ぜよう!」

 ジュリアンが拳を振るえば、やっぱりクリフの巨体が天高く昇る。これの繰り返し……完全に生きたボールと化していた。クリフ、生きてるか? どれほど時が経ったか、散々に殴られたクリフは、もはやピクリとも動かない。

「さぁ、レイチェル、封印だ!」

 大地にごろりと転がったクリフの巨体を指差し、ブラッドが高らかに叫ぶも、レイチェルが反対した。

「悪鬼が取り憑いたままです! これだとクリフの魂ごと封印しちゃいますよぅ!」
「大丈夫、尊い犠牲だ! さぁ!」

 ブラッドの白い歯がキラリと輝く。いや、牙かな? レイチェルが目を剥いた。

「爽やか笑顔で言わないでくださぁい! 駄目ですってばああああああ!」
「えー……とりあえず、クリフ君はぴくりとも動かないので、悪鬼と分離させようか?」

 大魔法士のアウグストがのんびり言う。ははは、相変わらず面白いね、君、と言いたげだ。ちっというブラッドの舌打ちを、アウグストは聞かなかったことにする。
 アウグストが腕輪に触れ、呪を唱えれば、呪いの力が緩んだのだろう、黒い腕輪がコロンと外れた。同時にクリフの体から黒い靄のようなものが立ち上る。

「さ、大聖女様、悪鬼を封印しちゃってください」
「は、はい!」

 レイチェルが大きく頷き、神官から借りた杖で、神聖魔法陣を展開する。ふわあと白金の髪が持ち上がった。なんとも神秘的な光景である。

「浄、浄、浄! 縛、縛、縛!」

 レイチェルが手にした杖で、黄金色に輝く魔法陣を叩くたびにその輝きが増し、黒いもやが光の鎖に拘束されていく。二重、三重にと。

「封印!」

 高らかに響いたレイチェルの声で、黒いもやが腕輪の中へと押し込められる。後には、骨折と打撲で医療院に運び込まれる予定のクリフだけが残った。顔などパンパンに腫れ上がって見る影もない。バーサーク状態で肉体強化されてはいたものの、やはり無傷とはいかなかったようである。

 ちなみに尻丸出しセイラは、男爵家の従者に連れられ、とっくのとうに泣きながら会場から立ち去っていた。今後、彼女の父親から、慰謝料を請求されるだろうと言うことは想像に難くない。治療費と慰謝料……莫大な金額になるだろう。

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