恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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番外編

結衣の過去編 えにしは巡る

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「帰りにアイスクリーム屋に行こうよ」
「あ、いいね、寄ろうか」

 そんな会話を狭間結衣が聞いたのは、公立中学校の教室内でだ。いつものように教科書を鞄に詰めて帰り支度をしつつ、羨望の眼差しを向けた。
 いいな……
 学校帰りに友達と遊ぶ。誰もが気軽に出来る事が、結衣には無理だった。自分が発作を起こせば、楽しい時間をあっという間に台無しにしてしまう。

 ――結衣と一緒にいるとつまんなーい。
 ――そうそう、やりたいことが出来ないんだもん。

 小学生時代のクラスメイトの言葉だ。
 その日、結衣はいつものように図書室に寄ってみた。空想の世界は結衣にとって最大の楽しみだ。気兼ねなくどんな場所へも遊びに行ける。架空小説を二冊借り、帰途へ着いた。

「ねーちゃん、お帰り」

 家に帰ると、弟の祐介が満面の笑顔だ。元気いっぱいの弟は日に焼けている。

「ほら、アイスがあるんだ。一緒に食べようぜ?」

 コンビニの袋を掲げ、祐介がそう口にした。あんまりにもタイミングが良いので、結衣は笑ってしまった。クラス内での出来事を見ていたのでないかと思ったほど。もちろんそんなはずがないのだけれど……

「最近は妙な夢は見ないの?」

 バニラアイスを口にしつつ、祐介が言う。

「ええ、フェリシアさんが幸せになったからかもしれないわ?」

 結衣が頷く。彼女が口にしているのはチョコチップアイスである。
 小学生の頃、ほんの三ヶ月ほど、年上の女の人が頻繁に夢に出てくることがあった。何故か理由は分からないのだけれど。彼女が言うには、きっと自分と波長あったのだろうと嬉しそうに語っていた。

 実は結衣も嬉しかった。
 小学校にもろくすっぽ通えず、友達らしい友達がいなかったから。心臓に疾患のある自分が一緒だと思うように遊べない、そんな理由でどうしても仲間はずれにされてしまう。結衣には皆の気持ちも分かるので、我を通すことはなく、家でも学校でも、そして入院先でも一人で大人しく本を読む、それが当たり前の日常となっていた。

 年上の女の人はフェリシア・フォークス公爵令嬢と名乗った。出会った当初、自分の年は十二歳で彼女の年は十六歳だった。
 美しい銀髪に紫水晶のような瞳で、顔立ちは人形のように整っている。有名なモデルさんよりもずっとずっと綺麗だと結衣は思った。コロコロと笑う顔に見惚れることもしばしばだ。そして不思議な事に、フェリシアは日本のことをよく知っていた。話す言葉も当然日本語で、結衣は首を捻ってしまう。夢の中だから、これで良いのだろうけれど……
 そう、夢の中だから都合のいいように出来ているのだろう、結衣はそのくらいの認識だった。

 ――うどんが食べたーい!

 ある時、貴族令嬢のフェリシアがそんなことを口にした。
 食べたら良いのに、そう結衣が言うと、自分の国にはうどんがないんだとか。作れば良いと提案すると、作り方が分からないという。

 ――だってだってだって、普通はほら、出来ている麺をスーパーで買ってくればいいだけじゃない? 作り方なんか知らないわよ。

 どう見ても日本人じゃない彼女が言う。
 結衣は笑ってしまった。本当になんて都合のいい夢だろう。フェリシアの身に着けているドレスはどうみても中世ヨーロッパ風だ。品があって所作も美しい。なのに、スーパーやうどんという言葉を普通に口にする。せっかくの古風な雰囲気がぶち壊しである。

 ――フェリシアさんはまるで日本人みたいね。

 結衣が思わずそう言えば、フェリシアがあっけらかんと言った。

 ――わたくし? あら、元は日本人だったわよ?
 ――えぇ?
 ――ふふっ、だから日本語を話せるんじゃない。わたくしが日常で使う言葉はウルクリア語よ。

 自慢げにフェリシアがそう口にする。フォークス公爵家に生まれる前は、日本人だったらしい。びっくりである。どうりで日本食を好むわけだと思った。その後、うどんの作り方を調べて夢の中のフェリシアに教えれば、もの凄く喜ばれた。

 ――わぁ! ありがとう! 結衣、大好きよ!

 そう言ってぎゅっと抱きしめてくれた。
 大好き……ちょっと照れる。そんなに大したことをしたわけでもないのに。

 ――ううん、日本人の友達が出来ただけでも奇跡よ! もう見ることも触れることも出来ない世界だと思っていたもの!

 日本人だった彼女は死んだ後、今いる世界の公爵令嬢として生まれ変わったらしい。ただし、彼女が日本で生きた時代は、自分とは少しずれているようだった。
 世代間ギャップとでも言えばいいのだろうか、フェリシアはスマホを知らず、結衣はフェリシアが口にしたポケベルというものを知らなかった。ネットで調べてみて、三十年以上もまえに流行ったものだと知って驚いた。もしフェリシアがそのまま生きていたとしたら、お母さん、そう言っても差し支えのない年齢だったかもしれない。
 明るいフェリシアの表情が陰ったのは、いつのころからだったろうか。

 ――テディの様子がおかしいの……

 そんな言葉から始まった。フェリシアには素敵な婚約者がいた。幼い頃からの婚約者で、仲がよかったはずなのに、他の女性に心を移してしまったんだとか。まだ十二歳の子供だった結衣には、どんなアドバイスをすれば良いのか分からない。
 フェリシアを必死で慰めたけれど、彼女はどんどん追い詰められていくようだった。

 ――ここってゲームの世界なのかしら?

 そんなことを口にするようになって、結衣は眉をひそめざるを得ない。フェリシアのほうがずっと年上なのに、らしくない、そう思ったのだ。

 ――ゲームは人が作った世界よ? そんなところに入り込むなんてあり得ないわ?

 でもと、フェリシアが自信なさげに言う。周囲にいる人達は、昔自分がプレイしたことのある乙女ゲームの登場人物に酷似していると。

 ――……逆なんじゃないかしら?

 それは結衣がふっと思いついた言葉だ。自分が感じた違和感を口にしただけ。何故そんな違和感を覚えたのか、分からないまま結衣はその考えを口にしていた。

 ――逆?
 ――そうよ、逆よ!

 自分の言葉に、結衣は勢いづいた。何故か真実だと確信したのだ。

 ――フェリシアさんのいる世界を真似たゲームが、こちらにあるのでは? こちらのゲームが虚像で、きっとフェリシアさんがいる世界が実像よ。
 ――ゲームは虚像……
 ――そうよ、ゲームは所詮、人が作ったものだもの。どうしたって現実の世界には遠く及ばないわ。人が作った架空の世界と現実世界はまったくの別物だって、証明しましょう! だから、負けないで? フェリシアさんなら出来るわ! 未来を変えるのよ!

 そうやって彼女を励まし続けた。
 時にはゲームの知識を使って。
 実を言うと、フェリシアがやったというゲームが気になって、結衣はネットで探してみたのだ。そうしたら、彼女の言うゲームが確かに実在していた。ただし、復刻版だったけれど……。そう、フェリシアが生きた時代は、今よりずっと前だ。

 復刻版のゲームを手にした結衣は興奮した。夢の中のお友達だったはずが、このゲームはフェリシアが日本で生きていたという確かな証拠である。
 これはゲーム風に言えば予言の書よ。だったらうんと活用した方がいい。未来を変えるために! 神様からの贈り物だわ!

 ――未来は絶対に変えられるわ! がんばりましょう! フェリシアさんを不幸になんか絶対にさせないから!

 大好きなお姉さんだもの!
 そう言いそうになって、結衣はぴたっと口を閉じた。恥ずかしかったから。
 がんばった甲斐あって、彼女は断罪を回避し、というか、彼女を無実の罪で貶めようとしていた人達を逆に断罪し、他の素敵な人と結婚出来た。金髪金目の貫禄ある美丈夫と。綺麗なフェリシアさんと横に並ぶと、ため息が漏れそうな程、それはそれは美しい光景で、嬉しかった。

 そして、幸せそうなフェリシアさんのウェディングドレス姿を最後に、夢はふっつり見なくなった。何日待っても彼女が夢に現れないことに驚き、寂しくて泣いたけれど、魔法使いでもない自分にはどうしようもない。こうして唐突に始まった縁は、唐突に終わってしまったけれど、彼女が大事な存在であることは、今でも変わらなかった。

 大事な大事な夢の中のお姉さん……どうか、幸せでいてね。
 結衣はそう祈るばかりである。

「で、ねーちゃん、これ、何?」
「ああ、フェリシアさんが描いた召喚魔法陣よ」

 ぴらりとポスターにして貼ってある紙を、弟の祐介が指差した。フェリシアの婚約者を奪った女性に対する対抗手段の一つで、フェリシアの未来を決定づけた最後の一打だ。

「……こんなん夢の中だろ? よく覚えてられたなー……」
「そうね、私もそう思ったわ。けど、それだけは脳に焼き付けたみたいに覚えていたの。で、あんまりにも鮮明だったから、そうやって描いてみたのよ」

 ポスターに描かれた複雑な文様を見上げ、結衣は我ながら良く描いたなとそう思う。もう一度描けと言われても無理かもしれない。

「ふうん? 呪文はあるの?」
「あるわよ、確か……叶えたまえ、叶えたまえ、から始まる文言だったかしら」

 日本語に訳すとそんな感じだと、フェリシアが教えてくれた。
 叶えたまえ、か……これを唱えると、フェリシアさんがやってくるとか? もう一度会えたらいいのに、結衣はそんな風に思う。
 フェリシアさんは今、どうしているんだろう? 思い出せば涙が出そうになる。
 結衣が再び発作を起こして病院に搬送されたのは、それからまもなくのこと……
 高校入学を控えた中学三年の時だった。

 苦しくて苦しくて……もうこのまま死んでしまうのではと、そう思った。なんとか一命を取り留めたけれど、思った通り危なかったらしい。医師の説明でそれが分かった。心臓に欠陥がある以上、死の危険はいつだって隣り合わせだ。こればかりはどうしようもない。やりたいことを何でもやりなさい、父親はそう言ってくれたけれど……
 やりたいことか……
 友達、欲しかったな……
 じわりと涙が浮かぶ。

 優しい家族に恵まれて、十分幸せだったとは思うけれど。
 フェリシアさんなら、もう一度私と友達になってくれるかしら?
 そんなことをふっと考えた。
 あれから三年……彼女はどんな素敵な女性になったのだろう? そんな想像をしてしまうと、ますます会いたくなってしまう。病院に見舞いに来てくれた弟の祐介に、部屋にある魔法陣のポスターを病院まで持ってきて欲しいと頼んだ。

 叶えたまえ……
 最期に一目、フェリシアさんに……

『叶えたまえ、叶えたまえ、魔界におわす偉大なる金色の魔王……』

 フェリシアが口にした言葉を丸暗記したウルクリアの言葉だ。文言の意味すら分からず、結衣は自分の想いに集中した。
 お願い、神様、叶えて……死ぬ前に一目だけでも……
 本当に会えると、会わせてくれると信じていたわけではない。ただ、何かに縋らなくてはいられなくて……。気休めだったように思う。

 自分の運命が悲しくて、悔しくて……
 もっと生きたかったよ、もっと……

 床に貼った魔法陣が眩く輝いて、結衣は度肝を抜かれた。自分でやっておいてなんだが、効果があるとは露ほどにも考えていなかった。
 なのにこれは……

 先程まで自分が思い描いていた光景が現実味を帯び、どっと汗を掻く。
 どどどどうしよう、本当にフェリシアさんが来ちゃったりしたら……彼女結婚しているのにぃ! お料理していたり、子育てしていたり最中の召喚だったら最悪よ! あああ、絶対迷惑だわ、これ! 大好きな結衣から、大っ嫌いな結衣になっちゃうぅ!
 出て来たら謝ろう、ひたすら謝ろう! ごめんなさぁいって!

 人影が現れて、目にしたのは綺麗な男の人だった。
 結衣はぽかんとなった。
 本当に綺麗……でも、フェリシアさん、じゃない?
 けれど、どことなく面影があって、じっと見入ってしまった。目元がよく似ている。

 深いルビーのような目だわ……ううん、血の色かしら?
 そんな風に思ったのもつかの間、はたと気が付けば、相手はまるで登山でもしてきたかのように汗だくだ。疲れ切って、る? はたと我に返って、結衣は血の気が引いた。

 なななななんでこうなっているの? フェリシアさんじゃないし、誰、この人? いや、違う違う違う、自分で呼び出しちゃったんだから、あなた誰は失礼よ。どどどどどどうすれば!
 結衣、あなたは結局、何がしたかったの?
 えええええっとお友達が欲しかっただけぇ!
 一人ぼけ一人突っ込みである。
 なので、赤い瞳がこちらをぎっと睨んだ瞬間、結衣は叫んでいた。

 ――あ、お、お友達になって下さい!

 これしか思い浮かばなかった。
 しんっと室内が静まりかえり、自分の阿呆っぷりに泣きたくなったけれど。

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