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1巻
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しおりを挟むプロローグ
ここは、シュテンメル王国のどこかに位置する、小さな田舎町。
「ミラ、これを五番テーブルに頼む。そのあと、休憩していいぞ」
私にそう声をかけてきたのは、この町唯一の宿屋――『星屑亭』の主人である、お父さんだ。
街道沿いにぽつりとあるこの宿は、旅人たちの休憩ポイントとして位置づけられているらしく、ありがたいことにそれなりにお客さんはいる。
「うん、わかった」
私はお父さんからうどんを受け取ると、こぼさないように注意しながら、テーブルで食事を待つ宿泊客に運んだ。
私は、この小さな町で生まれた。両親は食堂が併設されたこの小さな宿屋を切り盛りしていて、私もふたりを手伝いながら成長した。
八歳になり、ようやく食事の配膳もできるようになったので、これからもっともっと両親の役に立ちたいと思っている。
(いつかは私も、お父さんみたいに料理を作れるようになりたいなあ。お母さんみたいにお菓子も作ってみたい)
休憩のために部屋に戻った私は、お母さんが持たせてくれたサンドイッチを食べながら、そんなことを考える。
野菜の皮剥きは上手になったと、お母さんから太鼓判を押されている。
火の扱いは危ないからと、たまにお父さんに見守られながら、目玉焼きを作る練習を始めたところだ。
いっぱい練習して、私もこの宿屋でお客さんに料理を振る舞いたい。
(きっと私は大きくなっても、この町から出ないだろうなあ)
この前、仲の良い友人は、いずれこの町を出るつもりだと言っていた。
その言葉を聞いて、それはそうだと納得する自分がいた。
確かに彼女は、こんな田舎町にはもったいないくらいの子だ。お姫様のような容姿をしていて、頭もよく、性格もはっきりしている。
(でも、私はあの子とは違って平凡だし……)
この町で育ち、ここで誰かと結婚して――宿屋の跡を継いで、このままずっとのんびりと暮らしていくのだろう。
そのときの私は、子供心に漠然とそう考えていた。
一 友人は乙女ゲームのヒロインらしい
ある日の夜。私はお泊まりに来た友人のスピカと、宿屋兼自宅の屋根裏にある小さな部屋で、おしゃべりをしていた。
宿屋の一階は食堂と厨房、夫婦の部屋があり、二階には客室が十二室ほどある。
屋根裏の空間は私のものだ。一番空に近いこの部屋には、大きな窓もついている。窓の外には満天の星。
ふたりで夜空を眺めていると、なんの前置きもなく、スピカは突然宣った。
「ねえ、ミラ、聞いてよ。実はわたし、この乙女ゲームの世界のヒロインなの! 十歳になったら血が繋がっている伯爵家の人が迎えに来るイベントがあって、王子様とかイケメンたちに見初められて、いずれ王妃になるんだから! すごいでしょう! だからこの前、いつかこの町を出ていくって言ったのよ」
その発言に、私は目を瞬かせる。そんな物語は、年頃の女の子だったら誰でも願うものだろう。初めてのお泊まりで、彼女は少し興奮しているのかもしれない。
驚きで声が出ない私の傍らで、スピカは簡素なワンピースの寝間着の上に布団を巻きつけ、くるくると回っている。
ただ布団をドレスに見立てて舞う友人を、見守っていたつもりだった。
(……いや、そういうヒロインって、小説だと逆に『ざまあ』されるじゃん)
だけど私の脳裏には、そんな考えが過る。
『ざまあ』という言葉を、この八年間で誰かが使っているのを聞いたことはない。町の人は勿論、旅人たちも使ってはいなかった。私は当然ながら、町から一歩も外に出たことはない。
それなのに、その言葉の意味も、使い方も、私の中にすとんと落ちた。
それと同時に、さっきスピカが言った言葉たちも、するりと吸収されていく。
乙女ゲームの世界。
ヒロイン。
イベント。
どれも聞いたことがないはずなのに、何故か馴染み深く感じる。
(乙女ゲーム……そういうものを舞台にした小説が好きで、何度も読んだから、私も知ってる)
――これは、誰の記憶だろう。
今の私はロマンス小説のひとつも読んだことはない。せいぜい子供向けの絵本くらい。それも、教会にある本をみんなで読んだだけだ。当然、乙女ゲームなんてやったことがあるはずもない。
「ふふふっ、楽しみだなあ。早く十歳にならないかな」
ひとり戸惑う私を置いて、スピカは浮かれきっている。
(十歳になったら、何があるのだろう……ああ、例の伯爵が迎えに来るっていうイベントかあ)
相変わらず言葉にはならないが、私は頭の中では、スピカの発言をすっかり理解しているようだった。
「悪役令嬢に負けないようにしないとね。ねえ、ミラ。仲良しのあなたは特別に、わたしのメイドとして、こんな田舎町から連れ出してあげてもいいわよ」
腰に手を当て、ふふん、と得意げに言う友人を呆然と見つめる。
悪役令嬢。
それも馴染みがある単語だ。情報を整理しながら、私は頭をフル回転させる。
スピカはこの平凡な田舎町には珍しく、くるりとカールしていてキラキラと輝く、ブロンドの髪の持ち主だ。桃色の目はぱっちりと大きく、髪と同じ色の睫毛に縁取られている。
茶髪に青い瞳という、平民にありがちな組み合わせの凡庸な私と比べたら、まるでお姫様のよう。
実際、町の子供たちの中で、スピカの存在はとても目立っている。黙っていたら、人形のように可愛らしいからだ。
――そう、黙っていたら。そこで黙っていないのが、このスピカという少女なのだ。
どこか周囲を見下したような態度の彼女は、はっきりとした物言いをすることも相まって、村の女の子たちから敬遠されている。男の子たちは、スピカを可愛い可愛いと褒めそやすグループと、遠巻きにするグループに二分化していた。
彼女に両親はなく、町にある教会の孤児院で暮らしている。
私のお父さんとお母さんはよくその孤児院に炊き出しに行っていて、私は小さい頃からそれについていっている。そのうちに、私はそこで同い年のスピカと仲良くなって、今に至るわけだけど……
「……ねえ、スピカ」
「なに? ミラはやっぱりどう考えてもモブだけど、わたしと来れば絶対にイケメンと結婚できるわよ!」
得意げに話すスピカの様子に、私は目を閉じて、眉間に寄った皺を揉む。
スピカはこんなに会話ができない子だっただろうか。
何も知らない私に対して、モブとかイケメンとか、そういう単語を使うのは、どうなのだろう。
(これじゃまるで、小説に出てくるダメなヒロインみたい――)
考えているうちに、私の頭の中にはたくさんの情報が流れ込んできた。
そのまま私は、思考の渦に呑み込まれてしまう。
黒い髪の人々、雑踏、車のクラクション。眩い看板に、多種多様な音楽。
この世界では、見たことも聞いたこともない。でも確かに、私はそれらを知っている。
「ミラ、どうかした……? 大丈夫?」
急に俯いて話さなくなった私に、スピカは心配そうに声をかけてきた。
私には考え込んだのが一瞬だったのか数分だったのか見当もつかないが、スピカを不安にさせるには十分な時間だったようだ。
そうだ、スピカはなんだかんだで優しいところがある。ただ少し人の心の機微に疎く、自信に満ちた態度が反感を買うだけ。
けれど私は、自分の思ったことをはっきりと言える、強く逞しく可愛いスピカに憧れていて、彼女が好きだから一緒にいるのだ。
もし彼女が辛い目に遭うときは、守ってあげなければと思う。
「スピカ、よく聞いて」
ひと呼吸置いた私は、できるだけ落ち着いた口調で彼女の名を呼んだ。
急に態度が変わった私に、スピカはまん丸な目をさらに丸くする。
こてりと首を傾げる姿は、どこからどう見ても庇護欲をそそるヒロイン様だ。
なるほど、この可憐さをもって、乙女ゲームのヒロインたちはある程度貴族社会で台頭するのか、なんてことも頭の片隅で考える。そして、私は意を決してスピカに告げた。
「乙女ゲームものの小説だと、前世の記憶を持って好き勝手するヒロインは、逆に『ざまあ』されて、大体は平民落ちするか国外追放になるよ。悪役令嬢のほうが、ハッピーエンドを迎えるパターンが多いと思う」
「……ふえっ⁉」
「王子様に不用意に近づいたら、本来は不敬罪で捕まって、ひどいときには即処刑なんじゃないかな」
「ええ⁉ 『ざまあ』とかフケイザイって何⁉ 怖いんだけど! しかも、なんでミラも乙女ゲームを知ってるの⁉」
眼前の美少女は、呆気にとられたような表情をしたあと、驚愕に満ちた眼差しで私を見た。
こんな風にすらすらと言葉が出てきて、私自身も驚いている。
だけど私が言ったことが、小説世界のセオリーであり、現実世界の常識なのだ。
(私も……スピカと同じで、前世の記憶というものがあるみたい)
まだ目眩がするけれど、大体のことは察した。
あまり鮮明に覚えてはいないが、前世の私は、異世界ものの小説、特に乙女ゲーム転生ものが大好きで、読み漁っていたアラサーだったと思う。
乙女ゲーム自体はやったことがないからよくわからないけど、おそらくスピカは何かしらのゲームのヒロインで、さらに前世の記憶持ち……いわゆる転生ヒロインのようだ。
伯爵様が迎えに来るということは、彼女は貴族の落とし胤なのだろう。
時が来たら、その人たちに引き取られて貴族令嬢の一員となり、貴族社会でのめくるめくあれやこれやに巻き込まれながらも、攻略対象者との仲を深めていく――というストーリーのゲームだということが、容易に想像できる。
攻略対象者に王子もいるらしいから、王妃エンドもありの乙女ゲームらしい。
もしかしたら、逆ハーエンドもあるかもしれない。
そのあたりは、驚いて固まっているスピカに尋問……ゆっくりと話を聞くことで解き明かしたい。
「ねえ、スピカ。乙女ゲームの展開に執着して、イベントを無理やり起こす話の通じないヒロインは、電波ヒロインとか、お花畑ヒロインっていうのよ。私がよく読んでた異世界ものの小説ではね」
急に淡々と語り出した私の言葉を聞いて、スピカがごくりと唾を呑んだのがよくわかった。
それから、スピカはしどろもどろになりながら、この世界の基となるらしい乙女ゲームの話をしてくれた。
そのゲームのストーリーは、やはりスピカはとある伯爵の落とし胤で、彼女の存在を知った伯爵が迎えに来ることから始まる。
なんでも、スピカの母と伯爵は若い頃に恋人だったらしい。けれどスピカを身籠ったことに気付いた母は、彼と婚約が整っていた貴族令嬢――のちの伯爵夫人から逃れるようにこの町に来て、そのまま病で儚くなってしまったという。
晴れて伯爵令嬢となり王都での生活を始めたスピカは、たくさんの人々が集まる学園に入学し、伯爵家の養子であり義兄となる伯爵令息、王子や騎士、商人の息子や教師など、多種多様な攻略対象者たちと恋愛するのだ。
その中で、攻略対象者のひとりである王子の婚約者が、悪役令嬢としてスピカを陰でいじめ、暗躍するのだとか。スピカに陰湿な嫌がらせをした悪役令嬢は、学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を言い渡され、断罪され、国外追放される……というのが一連の流れ。
そうしてスピカは、攻略対象者と幸せに暮らしましたとさ、パチパチパチ……でエンドロールだ。
勿論私はモブ中のモブで、その乙女ゲームの学園生活に出てくるクラスメイトですらない。
ヒロインのスピカの友人で、彼女の故郷にある宿屋の娘。メインのシナリオには関わらず、過去の回想シーンでちょこっとだけ登場する存在らしい。しかも、背景にぼんやりと映し出される程度で、スピカも「多分あの茶髪のボブっぽい子がミラ……だと思う」と曖昧だ。
その乙女ゲームは『星の指輪 ~煌めきウェディング2~』という、いかにもな名前で、何かの続編らしい。
(聞いたことあるような気がするのは、どうしてだろう……? ゲームはやったことないはずなのに)
それを思い出そうとすると、急に靄がかかったように記憶が曖昧になる。
もう少しで思い出せそうな気がするのに、やっぱりわからなかった。
「……という、ゲームなんだけど」
全てを話し終えたらしいスピカは、私の反応を気にするようにちらちらとこちらを見ている。
それもそうだ。彼女が知らないだろう小説に登場する言葉で、すっかり脅してしまった自覚はある。
「スピカ。あなたの前世は日本人で、その記憶があるってことでいい? ちなみに何歳くらいだったかわかる?」
「うっ、うん。乙女ゲームが好きで、よくやってて……大学一年生になったばかりで、多分事故で……」
私の問いに、スピカはびくびくと答えた。私はそれを聞いて、一度頷く。
「そう。私も前世は日本人で、記憶が曖昧なんだけど、唯一はっきりしてるのはアラサーあたり。そのときには、乙女ゲーム系の異世界ものの小説を読み漁ってた」
「じゃあ、ミラのが年上なんだ。ミラさん……?」
「そうみたいだね。まあ今は同い年だから、今までどおりでいいよ。私が前世のことを思い出したのって、ついさっきのことだし」
だが、不思議なことに、私にはスピカのように事故に遭ったり病気になったりした記憶はない。
もしかしたら、アラサー以降も普通に暮らしていたのかもしれない。
「えっと……ミラは、乙女ゲームはやってなかったの?」
先ほどまでのどこか高慢な態度は影を潜め、スピカはすっかり神妙になっている。
小説では最終的に不幸になる電波系のヒロインたちも、途中で止めてくれる人がいたら、結果は違ったのではないだろうか。そんなことを思いながら、私は頷く。
「うん、実際にやったことはないんだよね。だけど、小説を読んだから、大体どういうものかはわかってるつもり。ところでスピカ、このゲームに逆ハーエンドはある?」
逆ハーレムエンド。ヒロインが全ての攻略対象者と恋仲になるという、現実ではありえない設定だ。だからこそゲームには登場する設定でもある。
そして、乙女ゲームものの小説では、逆ハーを狙う転生ヒロインたちはことごとく失敗して、手痛いしっぺ返しを受けていたように思う。
スピカが気まずそうに「狙ってた」と、正直に告げたのと同時に……
くぅ、と可愛らしいお腹の音が聞こえた。
私ではないということは、スピカのお腹だろう。案の定、お腹を押さえた彼女は、ほんのりと頬を赤らめている。
お互いにここまで夢中になって話していたが、もう深夜だ。夕食からはかなり時間が経っていて、私もお腹が空いた。このままだと眠れる気がしない。
こういうときは……やはりアレ、だろう。
「スピカ……うどんは好き?」
「う、うん、勿論!」
私の言葉に、スピカは瞳をキラキラと輝かせる。
前世の記憶を取り戻した今となっては違和感しかないけど、この国では、何故かうどんが国民食となっている。ここは中世ヨーロッパ風の世界なのに、だ。
この国でうどんが考案されたのは、わずか二十年ほど前らしい。
『神童って噂があったこの国の当時の第二王子が、子供の頃に考案したんだと。小麦と水を使っているのに、パスタとはまた違う、つるつるっとした喉越しがいいよなぁ~!』
と、私が運んだうどんを見ながら、宿屋の客だったおじさんが教えてくれたのだ。
……世界観にそぐわない食べものが存在するのは、日本製の乙女ゲームだからなのだろうか。
そういえば、緑茶もあった気がする。なんでもありなのかな。
だけど、ありがたい。醤油や味噌のような調味料も、厨房を覗いたときに見かけた。
それもきっと、同じ頃に考案されたのだろう。
そうとなれば早速と、私はスピカに声をかける。
「ちょっと厨房に行こう。私が作るから」
「え、ミラ……できるの?」
「私、前世では料理人として働いてたみたい。まあ専門はお菓子だけど、自炊もしてたし、ご飯もそれなりに作れると思う。今も宿のお手伝いしてるしね」
「へえ……!」
前世の記憶を取り戻して、思い出したことがもうひとつあった。それが私の職業だ。
スピカには料理人と説明したが、頭に浮かんだ光景からすると、多分パティシエだったのだろう。
そうだ、特に焼き菓子が好きで、休日はよく友人に作ってあげて――
そこまで考えると、頭がずきりと痛む。思い出せそうだった記憶は、すぐにぼんやりとして、わからなくなってしまった。
私には、何か思い出したくないことがあるのだろうか。
とりあえず気を紛らわせながら、私はスピカと共に厨房へと向かった。
屋根裏部屋から一階の厨房に下りると、既に火は落ちていた。
私は火をおこしたあと、食品保存用の箱の中からお父さん特製のうどん麺を一玉取り出す。
毎日作って寝かせてあるから、これは昨日作った分で、今日のお昼に提供するものなのだろう。だけど、一玉失敬したところで、足りなくなることはないはずだ。
小ぶりな鍋を二つ用意して一方では湯を沸かし、もう一方にはこれまた作り置きの牛骨でとった出汁を入れる。煮干しを使う文化はないようで、スープといったらお肉や野菜がベースだ。
(今度、煮干しや干しきのこでもスープを作ろうかな。あ、そうだ、あれも作ろう)
スープの味を見ながら、小さなフライパンを用意する。油を入れて温度が上がったら、小麦粉と酢と水を合わせて混ぜたものを、高い位置からスプーンでぽたりぽたりと落とす。
すると、小さな丸い玉がからりと揚がった。天かすだ。
それから麺を茹で、スープに醤油を入れて味を調える。
ネギのような味がする香草を細かく切り、深い丼に麺とスープを注ぎ入れた。
最後に天かすと香草を添える。
(肉うどん風……材料的にはフォーみたいだけど、美味しそう)
小腹が空いた私の鼻腔をくすぐる、温かく美味しいにおい。
やっぱり料理は楽しい。そう思いながら、食堂スペースで待つスピカに急いで完成したうどんを持っていく。
待ち構えていた彼女は、元気に「いただきまーす」と手を合わせたあと、麺をちゅるちゅるとすすった。
「~~~っ、美味しい!」
目の前のスピカは、うどんを頬張りながら満面の笑みを見せる。
満足そうな彼女の様子に、見ている私も嬉しくなる。ミラとしてもそうだけど、前世の私も、自分が作ったものを美味しいと食べてもらうのが好きだった。
「そっか、よかった」
「今まで食べたうどんと、なんか違う! わかんないけど、美味しい~~。この上にのってるサクサクのやつって、天かすだよね。すっごい懐かしい!」
目を輝かせるスピカの言うことを聞いて、私も口を開く。
「うどん屋さんに行ったら、天かすとネギってセルフだったよね」
「あー! うちの大学の学食も、うどんあったなぁ。わたしはいつもかけうどんに天かす二杯入れて、具なしを誤魔化してた」
「ふふ、ありがたいシステムだよね」
私とスピカだけが知っている、前世の話。
お互いに深夜だということも忘れて、ひたすら麺をすすり、あっという間に食べ終えてしまった。
屋根裏部屋に戻ると、スピカは一目散にベッドにダイブする。
「はあ~。お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃった~」
そう言って微睡む姿は年相応に無邪気に思えて、可愛らしい。
(『乙女ゲームのヒロイン』じゃなくても、今のままでスピカは素敵なんだけどなあ……)
彼女の姿を眺めていると、そんな考えが頭を過った。
小説に出てくる電波系のヒロインたちも、みんなそうだ。それぞれ魅力があり、悪役令嬢を震撼させるほどの存在感があるというのに……やりすぎて自滅の道を歩んでしまう。
こんなに幸せそうなスピカが、そんな結末を迎えてしまうことは避けたい。
もしかしたらこの世界では乙女ゲームの強制力が働いて、スピカは幸せになれるかもしれないけど……小説ではそううまくいかないし、取り返しがつかなくなってからでは遅いのだ。
――友人を救いたい。
もしかして、私はそのために前世の記憶を取り戻したのではないだろうか。
彼女がこの町を出るまでの間に、モブキャラな私にもできることがあるかもしれない。
もう少し詳しい話を聞いて、どう対処すべきか考えないと。
「スピカ。また今度、この世界の基となったゲームの内容について、教えてくれる?」
既に夢の世界に旅立ちそうなスピカに話しかけると、彼女は目を擦りながらも、うん、と返事をしてくれた。
「……昔から、ミラだけ……わたしの話を、ちゃんと目を見て聞いてくれるの……」
ぽろりとこぼされた本音に、私は思わず目を見開く。
「スピカ……」
「でも今日は……もう限界」
もう目を開けるのも億劫そうなスピカを見て、私は苦笑しながら頷く。
「そうだね、寝よう。まだ時間はたくさんあるもの」
ひとつのベッドに入り、くっついて眠る。
例の伯爵が、スピカを迎えに来るというときまで、あと二年弱だろうか。
その前に、何かお手伝いができたらいい。友人の、本当の幸せのために。
「おやすみ、スピカ」
スピカからの返事はない。既に深い眠りに入ったらしく、規則正しい寝息が聞こえてくる。
私もそのまま、すぐに眠りについた。
早朝。朝食をとるために早めに厨房に下りると、もうランプの灯りがついていて、両親が仕込みをしていた。
「おはよう」
そう声をかけると、お父さんが「ミラ!」と私の名前を呼びながら飛んできた。
なんだかすごい形相で肩を掴まれたので、驚いてしまう。
「あらあらあなた、ミラが怖がってますよ」
穏やかなお母さんがそう言ってくれて、お父さんの手の力が少し弱まった。
「だっ、だがな。俺はミラに聞きたいことがあるんだ。……なあミラ、アレはなんだ?」
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