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怪しい訪問者①
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「――!」
「……かし、そうは……!」
床に散乱した書類を前に落ち込んでいたフェリシアだったが、その耳に人の話し声が聞こえてきて三角耳をピンと立てた。
その声はどんどんと大きくなり、こちらに向かってくる。
殿下が部屋に戻ったのかもしれない。フェリシアは急いで椅子の上に乗り、こっそり様子を窺うことにした。
「……だからその話は、もう議題にはならないと言っただろう。少なくとも、廊下でする話ではないよ」
扉が開くと共に、苛立ったようなアーサーの声がした。足音は複数。誰か別の人物もこの部屋に入ってきたようだ。
「しかし……! ノヴォグ国と縁を結ぶことは我が国にとっても必要なことと言えます」
アーサーに食い下がるのは、年嵩の男の声だ。その声にフェリシアも聞き覚えがある。
首を伸ばしてちらりとそちらを見れば、白髪混じりの茶髪を後ろになでつけた貴族の男がそこに立っていた。
(やっぱり……バリアーニ侯爵でしたか)
バリアーニ侯爵は、フェリシアのレアード侯爵家と並ぶ三大侯爵家のひとつだ。
だが、昔からレアード侯爵家を目の敵にしているらしく、普段は温厚な父からもこの家門に対してはいい話を聞かない。
「せっかく、あちらにも年頃の王女がいらっしゃるのですから! 私がお渡しした釣り書は見ていただけたでしょう?」
どうやら、先程の釣り書を用意したのはこの人だったようだ。対峙するアーサーは苛立ちを隠しもせず、大きなため息をつく。
「バリアーニ卿。確かに諸国と国交を結ぶことは大切だ。しかし、フェリシアとの婚約は昔から定められたものだ。それを覆してまで繋ぐ縁なのか?」
「それは……! しかし、フェリシア嬢は表情に乏しく、王とともに外交を行う王妃としての資質を疑問視する声が上がっているのもまた事実かと。それに確かに姿かたちは美しいですが、彼女の有する魔力は正直王家に嫁ぐには足りない――」
バリアーニ卿がそこまで話したところで、部屋の温度がぐっと下がった気がした。
息が詰まるような圧迫感まである。
(どうしたのかしら――急に部屋が冷たくなって)
猫の姿のフェリシアも、思わずふるりと震えてしまう。
「言いたいことは、それだけか?」
地を這うような声だ。普段の優しいアーサーのそれとは全く違う。ビリビリとした緊張が部屋を満たし、ますます凍えるほどの寒さになる。
「バリアーニ卿に、いかにフェリシアが素晴らしいかを説いてあげたいが……それも勿体ないな。彼女の素晴らしさが分からないものに、王妃の資質を問う資格はないだろう」
「ひっ……」
バリアーニ卿の、酷く怯えた声がする。
アーサーの背中しか見えないフェリシアは、彼がどんな表情をしているのか窺い知ることができない。
「し、しかし殿下、先日の夜会では他の令嬢を連れていたではありませんか」
「令嬢、ね……。それで卿が慌てて隣国の間者と連絡を取ったことはすでに調べがついている。その娘について嗅ぎ回って、刺客を差し向けようとしていたことも。何も見つからなかっただろう?」
バリアーニはひゅっと喉を鳴らす。
アーサーという人物は、いつも朗らかな優男だと思っていた。それでいつか、出し抜けると。
「な、なんのことだか分かりませんね。しかし殿下が見知らぬ女性を連れていれば、老婆心ながらに調べてしまうのが家臣というもので」
「ふむ……ではこれまで、フェリシアの悪評を流し続けていたのも家臣だから仕方ないと? お茶会などで、しきりに周囲に噂話を吹き込んでいた娘は、バリアーニ卿の依頼だと認めましたよ」
「……かし、そうは……!」
床に散乱した書類を前に落ち込んでいたフェリシアだったが、その耳に人の話し声が聞こえてきて三角耳をピンと立てた。
その声はどんどんと大きくなり、こちらに向かってくる。
殿下が部屋に戻ったのかもしれない。フェリシアは急いで椅子の上に乗り、こっそり様子を窺うことにした。
「……だからその話は、もう議題にはならないと言っただろう。少なくとも、廊下でする話ではないよ」
扉が開くと共に、苛立ったようなアーサーの声がした。足音は複数。誰か別の人物もこの部屋に入ってきたようだ。
「しかし……! ノヴォグ国と縁を結ぶことは我が国にとっても必要なことと言えます」
アーサーに食い下がるのは、年嵩の男の声だ。その声にフェリシアも聞き覚えがある。
首を伸ばしてちらりとそちらを見れば、白髪混じりの茶髪を後ろになでつけた貴族の男がそこに立っていた。
(やっぱり……バリアーニ侯爵でしたか)
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だが、昔からレアード侯爵家を目の敵にしているらしく、普段は温厚な父からもこの家門に対してはいい話を聞かない。
「せっかく、あちらにも年頃の王女がいらっしゃるのですから! 私がお渡しした釣り書は見ていただけたでしょう?」
どうやら、先程の釣り書を用意したのはこの人だったようだ。対峙するアーサーは苛立ちを隠しもせず、大きなため息をつく。
「バリアーニ卿。確かに諸国と国交を結ぶことは大切だ。しかし、フェリシアとの婚約は昔から定められたものだ。それを覆してまで繋ぐ縁なのか?」
「それは……! しかし、フェリシア嬢は表情に乏しく、王とともに外交を行う王妃としての資質を疑問視する声が上がっているのもまた事実かと。それに確かに姿かたちは美しいですが、彼女の有する魔力は正直王家に嫁ぐには足りない――」
バリアーニ卿がそこまで話したところで、部屋の温度がぐっと下がった気がした。
息が詰まるような圧迫感まである。
(どうしたのかしら――急に部屋が冷たくなって)
猫の姿のフェリシアも、思わずふるりと震えてしまう。
「言いたいことは、それだけか?」
地を這うような声だ。普段の優しいアーサーのそれとは全く違う。ビリビリとした緊張が部屋を満たし、ますます凍えるほどの寒さになる。
「バリアーニ卿に、いかにフェリシアが素晴らしいかを説いてあげたいが……それも勿体ないな。彼女の素晴らしさが分からないものに、王妃の資質を問う資格はないだろう」
「ひっ……」
バリアーニ卿の、酷く怯えた声がする。
アーサーの背中しか見えないフェリシアは、彼がどんな表情をしているのか窺い知ることができない。
「し、しかし殿下、先日の夜会では他の令嬢を連れていたではありませんか」
「令嬢、ね……。それで卿が慌てて隣国の間者と連絡を取ったことはすでに調べがついている。その娘について嗅ぎ回って、刺客を差し向けようとしていたことも。何も見つからなかっただろう?」
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「な、なんのことだか分かりませんね。しかし殿下が見知らぬ女性を連れていれば、老婆心ながらに調べてしまうのが家臣というもので」
「ふむ……ではこれまで、フェリシアの悪評を流し続けていたのも家臣だから仕方ないと? お茶会などで、しきりに周囲に噂話を吹き込んでいた娘は、バリアーニ卿の依頼だと認めましたよ」
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