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③
そうしていると、また扉がノックされた。
「俺だけど」
その声はルーカスだ。フェリシアを迎えに来てくれたのだろう。
この潜入により、アーサーが隣国の王女との縁談を勧められていることは分かった。そして、それをきっぱりと断っていることも。
(そんなことより、恥ずかしくて耐えられません……っ!)
今はもう、金髪令嬢のことを追及するより、大好きな婚約者に吸われてしまっている現状から逃れたいフェリシアである。
だが、ルーカスが部屋に入ってきても、アーサーは猫のフェリシアをきつく抱きしめたままだ。
「いやあの、アーサー。その猫……そろそろ返してくれない?」
「……いやだ」
ルーカスの言葉に、アーサーは駄々っ子のように答えると、ますますフェリシアをぎゅうと腕の中に閉じ込める。
フェリシアが縋るような瞳でルーカスを見たが、彼は首を振っていた。お手上げだと瞳が訴えている。
先程、あの貴族と対峙した時に感じた重たく仄暗い冷たい力は、アーサーの魔力だったのだと今初めて気が付いた。
フェリシアと一緒の時にはまるで感じたことが無い。
ちっぽけな力しかないフェリシアでも分かる。アーサーのあの力は、かなり強大だと。
「えーと、でもほら、その猫ちゃんの飼い主が見つかったっぽいからさ」
「交渉して、譲ってもらう」
「おいおい、一国の王太子がそんな私利私欲に塗れたこと言っていいの?」
「だって、フェリシアと同じ匂いがする」
「ええ~……」
ルーカスの説得にも応じないアーサーは、まるで幼子のようだった。そして、『フェリシアと同じ匂い』とは何事だ。
そしてアーサーがそう言ったとき、もうひとつのアーサーの声は《この匂い、最高……》とうっとりしていた。
思いもよらない展開すぎて、フェリシアは混乱してしまう。この猫が実はフェリシアだったと分かった時にはとんでもない事になるのではないだろうか。
膠着状態の部屋にまた来訪者があった。
ノックと同時に勢いよく扉が開けられる。思わずびくりと背筋が伸びたが、アーサーにしっかりと抱きしめられているから大丈夫だった。
「アーサー、やっほ~。どう、治った?」
ケラケラと笑っているのは、真っ黒なローブを身に纏う赤髪の令嬢――ルーカスの双子の姉であるアリスだった。彼女もルーカスと並び、いやそれ以上に力のある国家魔術師だ。
そのまま彼女がスタスタとアーサーに近づき、彼に触れる。
「残念ながら、まだだ」
《……チッ》
舌打ちがどこかから聞こえた。そしてそれはアリスにも伝わったようで、「わあ……」と呆れた顔をしていた。
「じゃあまだ、フェリシアに会えないんだ?」
「そうだ」
「ひえ、悲惨……」
「それを君が言うのか」
「本当に悪かったとは思ってるよ! まさか魔法事故であんな事が起きるなんて。だから今必死に解呪の方法を探してるから」
アリスとアーサーは訳知り顔で会話をしている。その最中にも、もうひとつの声は《フェリシアに会いたい》《あの子のどこが無表情だと言うんだ。あの狸親父め、思い出したらまた腹が立ってきた》と騒がしくしている。
アーサーとアリスとルーカスとアーサーのもうひとつの声と……フェリシアは正直いっぱいいっぱいだ。何が起きているのだかまるで見当もつかない。
「殿下ってば、逆にもう禁断症状みたいになっちゃってんじゃん。そんなフェリシア色の猫なんて抱いちゃってさ。……って、あれ?」
アリスの翠の目がフェリシアの顔を覗き込む。深く吸い込まれるようなそれに、フェリシアは目が離せなくなった。
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