29 / 55
番外編置き場
小さな庭園(前) ーテオフィル視点ー
しおりを挟む◇「48 小さな庭園」の裏側。
「僕、レティにプロポーズしたんだ」
「は……?」
突然のアルの言に手に持ったカップが滑り落ちそうになり、すんでのところで持ち堪える。
ただ、受け止めきれなかったカップの底が、ソーサーにぶつかってカチャンと音を立てた。
休校から数日が経ち、学園内の警備が見直された上で再開されたが、隣国の王女がまだ城に滞在している関係から、俺とアルとジークはまだ寮には戻っていない。
早朝に俺に用事があると言って公爵家にやってきたアルを応接間に通し、急いで準備をしたメイドが俺とアルにお茶を注いですぐのことだった。
アルの口から予想外の言葉が飛び出したのは。
「ふふ、今さらでしょ。直接ふたりで話したことは無くても、テオなら僕の気持ちは知ってると思ってたけど」
「それは……分かってるけど」
涼しい顔をして、目の前に座る王子はゆっくりと紅茶を口に含む。
当然、アルの気持ちがレティに向いていることは知っていた。同じ気持ちを持つ者同士、きっと気付いたのは同時だったと思う。
幼い頃、うちの庭園で出会ったレティは俺にとってもアルにとっても特別な女の子で。
途中親交が途絶えた時は、どうやって彼女の元を訪ねるか、そればかりを考えていた。
だけど小心者の俺はなかなか行動に移せず、両親から、レティは城に通ってアルと共に勉強をしているらしいという事を聞いたのだ。
『テオのお気に入りのヴァイオレット嬢は、城に通っているらしいな。アルベール殿下と親交を深めていると、専らの噂………うぐっ!』
『あ・な・た! テオ、ヴァイオレットちゃんはお勉強のために行ってるだけなのよ~』
父の言ったことに茫然としていると、母が慌ててフォローをする。
どうやら油断していた所に肘鉄を入れられたらしい父は、それ以上の言葉を紡げずに悶絶している。
国王陛下と兄弟の筈だが、実は思慮深い陛下とは異なり、父は行動で示すタイプ。
王位継承で揉めるはずの第一王子と第二王子だったが、「(めんどくさ過ぎて)俺には無理だな。兄さんよろしく!」と言って王弟殿下であった父がレースから早々に離脱したという噂は、絶対に真実だと思う。
『いや~ほんっと国王って忙しそうだよなぁ、俺早めに逃げてて良かった。自分の領地だけ経営してる方がいいもんな』
『リチャード……』
『ブライアム先輩も、兄さんをよろしくな! わはは!』
宰相であり、レティの父であるロートネル侯爵と父が2人で部屋で飲んでいる所に偶然通りかかった俺は、上機嫌でそう話す父の言を聞いてしまったのだ。思わずため息が出た。
俺が成人し、誰かと結婚したら早々に爵位を俺に譲り、領地の隅で母とふたり自由気ままな隠居生活を送るつもりらしい。
お陰で幼い頃から領地経営について事細かに叩き込まれたものだ。
アルとレティが今も会っている事。
そして、その事を知らなかった事。
どうしようもない焦燥感と、喪失感が俺を襲った。
だが、レティが俺と距離を取ったのはあの日。
俺なりに勇気を振り絞って、自分で町に行って選んだ青い花の髪飾りを彼女に贈った日からだ。
何か気に障ることがあっただろうか、嫌われることをしたのだろうか。
決定打が怖くて、何も聞けずに2年が経った。
せめてもの救いは、それでも彼女が誰の婚約者になる事もなく学園の入学の日を迎えることになったことだった。
入学してから再び距離を取られそうになったが、強引に頼むと困ったように眉を下げた彼女は、周りに人がいない時はという条件で、以前のように気安く話すことを了承してくれた。
何も変わらない彼女の様子に内心歓喜する。
あの髪飾りを使ってくれている姿は見たことはなく、その事を考えると胸がちりりと痛むが、それでも一緒に時を過ごして笑い合えることで全てが吹き飛ぶ。
――近いうちに、気持ちを伝えよう。
嫉妬に駆られた令嬢たちの悪意を一身に浴びるレティを見て、そう決めた。
共に密室に閉じ込められた相手が毒に慣れた王族のジークだったこと、彼女に毒や鍵開けの知識があったこと、アンナが解毒薬を作っていたこと。
偶然にも全てのピースがかっちりと組み合わさって事なきを得たが、もし少しでも条件が狂って、レティが他の男に穢されていたらと考えると背筋が凍った。
欲を言えば、彼女を婚約者にしたい。
それが叶わなくても、気持ちを伝えたい。
この騒動が落ち着いたら、時間を取ってもらおう。
今ならちょうど、うちの庭園に咲く花も見頃だ。
そう思っていた矢先のことだった。
アルがレティにプロポーズをした、というのは。
それに、アルの様子からすると、レティは受け入れたのではないか。
……一気に体がかっと熱くなったが、それもそうか、と冷静に受け入れる自分もいて、とても混乱している。
アルのいい所は俺がよく知っている。非の打ち所が無いというのは、ああいう人物のことを言うのだろうと思う。
「テオは、これからレティの様子を見に行くんだよね?」
「……ああ、その予定だ」
どんどん無表情になる俺とは対照的に、アルは笑顔を崩さない。
元々ずっと体調不良のレティが心配だった俺は、侯爵家に行くつもりだった。そしてその予定は、確かに昨日この友人に伝えたのだ。
「じゃあ、これ。レティに渡してくれる? 大事な手紙なんだ」
取り出されたのは、王家の紋章が入った封蝋を施された手紙。
このタイミングでの手紙ということは、内容は婚約に関する重要な手続きの書面が入っているのだろう。
「っ、自分で――」
「そうしたいのは山々なんだけど、ほら、まだ正式に発表するのはまだ先だし、今から噂が立つとレティの安全上よくないでしょう。よろしくね、テオ」
自分で渡すように言おうとした言葉が遮られる。
この場でこの手紙を破りさりたいが、重要な手紙だ。
そんなものを破棄したと知られたら、なんらかの処罰を受けるだろう。
「……分かった」
気持ちを押し殺して受け取った手紙は、とても重かった。
121
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~
ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】
転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。
侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。
婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。
目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。
卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。
○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。
○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。
新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。
趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝!
……って、あれ?
楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。
想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ!
でも実はリュシアンは訳ありらしく……
(第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。