悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

文字の大きさ
35 / 55
アンナ=セラーズ編

その4 合流

しおりを挟む
 
 姉とレティ様が落ち着くまで暫くかかったが、カフェが混み合って来たこともあり、姉はレティ様に対して「この度はセラーズ家をありがとうございます」と深く礼をすると去っていった。


「お姉さん、綺麗な人ね」

 微笑むレティ様に、私はこくりと頷く。
 15歳の時に町に働きに出た姉は、私と同じで当然の事ながら貴族令嬢としてのデビュタントを済ませていない。
 だが姉は、このカフェで店員として働く間に、店主に見初められて結婚した。
 町の教会でささやかな式を挙げ、花冠を載せて笑っている姉は、とても美しく幸せそうだった。

『はい、これアンナちゃんにあげるね』

 その時渡された色とりどりの花で彩られたブーケからは、幸せの香りがしたのを覚えている。
 いつか自分も誰かの隣に立ち、花冠をかぶることがあるのだろうか。
 侯爵家で働き始めたばかりの13歳の私には、とても想像がつかないことだった。





 ◇


「――次はどこに行きましょうか」
「そうねぇ、目的は達成されたから、あとはぶらぶらと散策でもしようかなぁ」
「目的、ですか」
「あ、うん、こっちの話よ」

 パンケーキも食べ終えたし、店も騒がしくなってきた。
 義兄はパンケーキを配膳しにきた時に挨拶をしてくれたため、そろそろ次の場所に移った方がいいだろう。

 そう考えていた時、外で待機していたはずの護衛のひとりが慌てたように私たちの席へと駆けてきた。
 敵襲だろうか。

「……ご歓談中失礼します。お嬢様、実は……テオフィル様がいらっしゃいました」

 その言葉に、武器に伸ばしていた手を引っ込める。
 敵襲ではなく、ただのテオフィル様だ。
 やはりレティ様が心配で来てしまったのだろう。

「え、テオが……?」
「僭越ながら、町に出かけることを私がお伝えしました。心配されるかと思いましたので。……ご本人がいらっしゃるとは思いませんでしたが」


 困惑するレティ様にそう言って、護衛と共に店の外に出る。

 店の前にある少し開けた広場の中央にある噴水の前に、どう見ても貴族のご子息様にしか見えないお方が佇んでいた。

 周囲の人々――特に女性は、その様子を遠巻きにしながらも熱い視線を送っている。


「……レティ!」

 テオフィル様は状況を伝えに駆けて行った護衛と話した後にすぐこちらに視線を向ける。
 そうしてレティ様の姿を確認すると、すぐにゆるゆると破顔した。その麗しい表情に、また周囲の熱気が増すのが分かる。

 この人のこの笑顔が見られるのは、レティ様がいる時だけ。

 それが分かっている私は、誇らしい気持ちになる。

 だけど。


「やあ、アンナ」


 その場にいたのはテオフィル様だけではなかった。
 赤みがかった茶の髪を持つ隣国の王子様が、テオフィル様よりもずっと町に溶け込むようなラフな服装でテオフィル様の隣に立っていたのだった。


(どうしてこの人がここに……。)

 今度は私が困惑させられる番だった。

「どうして貴方がここにいらっしゃるのですか」

 恨みがましい視線を送ろうとテオフィル様の方を見たが、目の前のレティ様に視線が釘付けになっている。

 おそらく、いつもとは違って町娘風のワンピースをお召しになっているレティ様に夢中なのだろう。彼の世界には今はレティ様しか映っていない。
 早々に諦めて、本人に聞くことにした。


「ちょうど俺らも町に行くところだったんだ」

 飄々とそう話す彼をじいっと見据えると、降参したというように両手を空に向ける。


「……というのは、建前で、本当は血相を変えて飛び出そうとするテオが面白かったからついてきた」

 悪戯っぽくにかっと笑う彼に、ついついため息が出る。

「……リシャール公爵邸にいらっしゃったんですね」
「ああ。テオと話をしている時にちょうど使者が来たんだ。自分がまいた種とはいえ、流石にずっと城に軟禁状態だと息がつまるし、アルも暇じゃないからな。それに……いや、なんでもない」
「? あの、ジークハル――」
「しっ。アンナ、ここではジークと呼んでくれ。嫌だろうが、頼む」

 一瞬物憂げな表情をしたのが気になって思わず名を呼ぼうとしたら、人差し指を立てたジークハルト殿下に止められる。
 そうだ、ここは往来。殿下、だなんて呼んだら騒ぎになるに決まっている。

 嫌だろうが、なんて。そんな言い回しをして、こちらが悪いことをしているような気にさせるのはやめて欲しい。
 私だって、あの時は少し言い過ぎたと思って反省している。

 レティ様の事で不満があったからと言って、それを直接隣国の王子に告げるべきではなかったのでは……と家に帰ってから考えていた。

「あの、先日は……」

 続きを言おうとした私の顔の前に、殿下の右手が向けられる。顔を見ると、ふるふると首を横に振っている。

「あの件はもういい。俺が性急過ぎた。ところでアンナ嬢たちはこれからどこへ行く予定だったんだ?」
「あ、え、えっと、特には決めていません。用事は粗方済ませましたので、レティ様とゆっくり街並みを散策しようかと思っていました。ですが……」

 ちらりと例のあの2人の方を見遣る。
 どこからどう見てもお似合いの2人は、幸せのオーラを辺りに撒き散らしながら笑顔で会話をしている。

(流石に……テオフィル様がいらっしゃったのに私がレティ様をお連れする訳には行かない)

「――なるほど。そうだな。俺がテオと話をしてこよう」

 そう言って、ジークハルト殿下は2人の元へと足早に向かって行ったのだった。
しおりを挟む
感想 271

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。