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アンナ=セラーズ編
その4 合流
しおりを挟む姉とレティ様が落ち着くまで暫くかかったが、カフェが混み合って来たこともあり、姉はレティ様に対して「この度はセラーズ家をありがとうございます」と深く礼をすると去っていった。
「お姉さん、綺麗な人ね」
微笑むレティ様に、私はこくりと頷く。
15歳の時に町に働きに出た姉は、私と同じで当然の事ながら貴族令嬢としてのデビュタントを済ませていない。
だが姉は、このカフェで店員として働く間に、店主に見初められて結婚した。
町の教会でささやかな式を挙げ、花冠を載せて笑っている姉は、とても美しく幸せそうだった。
『はい、これアンナちゃんにあげるね』
その時渡された色とりどりの花で彩られたブーケからは、幸せの香りがしたのを覚えている。
いつか自分も誰かの隣に立ち、花冠をかぶることがあるのだろうか。
侯爵家で働き始めたばかりの13歳の私には、とても想像がつかないことだった。
◇
「――次はどこに行きましょうか」
「そうねぇ、目的は達成されたから、あとはぶらぶらと散策でもしようかなぁ」
「目的、ですか」
「あ、うん、こっちの話よ」
パンケーキも食べ終えたし、店も騒がしくなってきた。
義兄はパンケーキを配膳しにきた時に挨拶をしてくれたため、そろそろ次の場所に移った方がいいだろう。
そう考えていた時、外で待機していたはずの護衛のひとりが慌てたように私たちの席へと駆けてきた。
敵襲だろうか。
「……ご歓談中失礼します。お嬢様、実は……テオフィル様がいらっしゃいました」
その言葉に、武器に伸ばしていた手を引っ込める。
敵襲ではなく、ただのテオフィル様だ。
やはりレティ様が心配で来てしまったのだろう。
「え、テオが……?」
「僭越ながら、町に出かけることを私がお伝えしました。心配されるかと思いましたので。……ご本人がいらっしゃるとは思いませんでしたが」
困惑するレティ様にそう言って、護衛と共に店の外に出る。
店の前にある少し開けた広場の中央にある噴水の前に、どう見ても貴族のご子息様にしか見えないお方が佇んでいた。
周囲の人々――特に女性は、その様子を遠巻きにしながらも熱い視線を送っている。
「……レティ!」
テオフィル様は状況を伝えに駆けて行った護衛と話した後にすぐこちらに視線を向ける。
そうしてレティ様の姿を確認すると、すぐにゆるゆると破顔した。その麗しい表情に、また周囲の熱気が増すのが分かる。
この人のこの笑顔が見られるのは、レティ様がいる時だけ。
それが分かっている私は、誇らしい気持ちになる。
だけど。
「やあ、アンナ」
その場にいたのはテオフィル様だけではなかった。
赤みがかった茶の髪を持つ隣国の王子様が、テオフィル様よりもずっと町に溶け込むようなラフな服装でテオフィル様の隣に立っていたのだった。
(どうしてこの人がここに……。)
今度は私が困惑させられる番だった。
「どうして貴方がここにいらっしゃるのですか」
恨みがましい視線を送ろうとテオフィル様の方を見たが、目の前のレティ様に視線が釘付けになっている。
おそらく、いつもとは違って町娘風のワンピースをお召しになっているレティ様に夢中なのだろう。彼の世界には今はレティ様しか映っていない。
早々に諦めて、本人に聞くことにした。
「ちょうど俺らも町に行くところだったんだ」
飄々とそう話す彼をじいっと見据えると、降参したというように両手を空に向ける。
「……というのは、建前で、本当は血相を変えて飛び出そうとするテオが面白かったからついてきた」
悪戯っぽくにかっと笑う彼に、ついついため息が出る。
「……リシャール公爵邸にいらっしゃったんですね」
「ああ。テオと話をしている時にちょうど使者が来たんだ。自分がまいた種とはいえ、流石にずっと城に軟禁状態だと息がつまるし、アルも暇じゃないからな。それに……いや、なんでもない」
「? あの、ジークハル――」
「しっ。アンナ、ここではジークと呼んでくれ。嫌だろうが、頼む」
一瞬物憂げな表情をしたのが気になって思わず名を呼ぼうとしたら、人差し指を立てたジークハルト殿下に止められる。
そうだ、ここは往来。殿下、だなんて呼んだら騒ぎになるに決まっている。
嫌だろうが、なんて。そんな言い回しをして、こちらが悪いことをしているような気にさせるのはやめて欲しい。
私だって、あの時は少し言い過ぎたと思って反省している。
レティ様の事で不満があったからと言って、それを直接隣国の王子に告げるべきではなかったのでは……と家に帰ってから考えていた。
「あの、先日は……」
続きを言おうとした私の顔の前に、殿下の右手が向けられる。顔を見ると、ふるふると首を横に振っている。
「あの件はもういい。俺が性急過ぎた。ところでアンナ嬢たちはこれからどこへ行く予定だったんだ?」
「あ、え、えっと、特には決めていません。用事は粗方済ませましたので、レティ様とゆっくり街並みを散策しようかと思っていました。ですが……」
ちらりと例のあの2人の方を見遣る。
どこからどう見てもお似合いの2人は、幸せのオーラを辺りに撒き散らしながら笑顔で会話をしている。
(流石に……テオフィル様がいらっしゃったのに私がレティ様をお連れする訳には行かない)
「――なるほど。そうだな。俺がテオと話をしてこよう」
そう言って、ジークハルト殿下は2人の元へと足早に向かって行ったのだった。
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