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390~396 地上へ

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【390.喜劇】
 夕食後、オリエは独りになると魔王の話を反芻する。

『魔力が強すぎれば地上に住めなくなる』

 魔法使いが発する魔力が災害を呼ぶレベルに感じたので魔王に尋ねたら、オリエ自身の方がもっと危ないと知らされた。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 ベッドの上を転がって悩んでも結論が出ない。
 一度実家に帰って家族と会っておくべきか。
 思い返せば没落した貴族の家系の話はその日暮らしの両親が現実逃避に吐いたホラなのだろう。それが証拠にポン菓子で生活に不自由しない程度の収入を得られるようになったら、それまで毎日のように言っていた貴族の話をしなくなった。証拠も何も無いのに両親が揃って言っていたのも奇妙奇天烈だ。
 それなのに、ああそれなのに、以前のオリエはすっかり真に受けてお家再興を目指したのだ。両親にねだられるままに生活費も入れた。その前にいつの間にかお金が無くなって殆ど入れられなかったけど!
 何と言う喜劇! いや、悲劇!

「あれ? どうしてお金が無かったんだろう?」

 オリエは大いなる疑問に直面した。



【391.実家に】
 悶々と一夜を過ごしたオリエは魔王の前に立った。

「あたし、今から実家に行くよ」
「そうか……」
「2、3日で戻るから」
「そうか」
「それじゃ」

 オリエは魔王に小さく手を振って51階層への転移陣へと向かおうとするが、魔王が呼び止めた。

「待て、地上に行くなら着ぐるみパジャマや止めておけ。魔物に間違えられる」
「あ……」

 地上では着ぐるみパジャマを着た魔物を危険視していて、その魔物と間違えられかねないのだ。
 だからオリエは部屋に戻って着替えを探すが……。

「これだけだね……」

 着ぐるみパジャマばかりだったので、他にあったのはビキニアーマーだけだ。

「うむ。懐かしさすら感じるぞ」

 ビキニアーマー姿だと口調が騎士っぽくなるオリエである。



【392.地上へ】
「では行って来る」
「ああ、行って来い」

 オリエは魔王に声を掛けてから51階層に転移し、1階層への転移陣の在る31階層に向けて駆け上がる。
 多くの狩人と擦れ違うが、オリエの姿を見た者は少ない。一陣の風に煽られておたつく間にオリエが走り去っているのだ。たまたまオリエが走って来る方を見ていたら見えたくらいのものである。
 転移陣の前で止まった時から周りが注目し始める。周りにもそのための猶予が与えられたからだ。「オリエだ」「オリエよ」「オリエ」「オリエ」……。あまりに特徴的な容姿と身形に、誰もがオリエと認識した。

「むぅ」

 オリエは少々困惑した。以前は判らなかった、視線に含まれる好色と好奇、畏怖、悪意などの区別が付くようになっていた。しかし好意が殆ど感じられなかったことがもの悲しくもある。
 出口はもう目の前だ。



【393.ダンジョン庁4】
「オリエが生還しただと!?」

 ダンジョン庁長官は秘書からの報告を受けるなり身を乗り出して叫んだ。

「見間違いじゃないのか!?」
「あの威圧感と姿格好を誰が真似られるって言うんです?」

 秘書は何かを押し返すような仕草をしながら問い返した。
 実のところ、オリエは常に害意、つまり襲撃を警戒して周囲に神経を尖らせているのだが、その際に僅かに漏れ出る魔力が周りには威圧感となって捉えられる。

「そうだな……。だったら直ぐに呼び出せ! 皮被りを討伐させるのだ!」
「え、嫌ですよ……」
「何を言っとるんだ、貴様は!?」
「威圧感が前にも増してましたから、面と向かったらチビります」
「何を言っとるんだ、貴様は!」
「ご自身でお願いします」
「何を言っとるんだ、貴様は……」

 そのままうやむやになった。



【394.武具店店主】
「オリエ! オリエじゃないか。戻って来たのか!」

 オリエは通り掛かった店の前で呼び止められた。

「これは武具店店主殿。久しいな」
「折角だから寄って行かないか? 取って置きの装備があるぜ。何と、着けるだけで防御力が1割増になる指輪だ」
「ほう。だが不要だ。邪魔したな」

 オリエは踵を返す。

「待て! 待ってくれ! 剣もあるぞ! 攻撃力が3倍になる魔剣だ!」
「ほうぅ。だが不要だ」

 オリエは視線に混じる感情を感じ取れるようになったことで、店主の悪意を初めて知った。騙そうとする気満々だ。
 今までは他の人々が遠巻きにする中で気さくな感じで話し掛けて来る店主に全幅の信頼を置いてしまっていた。ビキニアーマーもこの店主から買ったものだった。
 立ち去るオリエの耳に店主の舌打ちの音が飛び込んだ。



【395.ダンジョン横町】
 ダンジョン傍の町スーパーグレートダンジョンスペシャルゴージャスマネージメントタウン、通称ダンジョン横町をオリエが歩けばその周囲にぽっかりとした空間が出来る。触らぬ神に祟りなしとばかりに通行人が遠巻きにしてしまうのだ。
 そんな空間に小さい子供が走り込んで来た。余所見した子供の足下は覚束ない。勢い、オリエの目の前で転けてしまった。
 オリエは仁王立ちでその子を見下ろす。その実、オリエのパワーで下手に触っては怪我をさせるだけなので困惑しているのだが。
 泣き出す子供。周囲に緊張が走る。
 すると女が一人駆け込んで来て子供を抱き抱えた。

「申し訳ございません! 申し訳ございません! この子にはよく言って聞かせますので何とぞご容赦を!」

 その突拍子の無さにますますオリエが戸惑っていると、周囲のオリエを見る目が冷ややかになった。「あんなに謝ってるのによ」「子供にも容赦無いぜ」と囁く声までする。
 オリエは心の内で叫んだ。

 ふ、風評被害だ!



【396.気にする】
「気にするな」

 心の叫びはおくびにも出さず、オリエは一言だけで立ち去った。子供が勝手に転けた様子は大勢が見ていた筈なのに悪く言われるのだから、ここで言を労しても悪く取られる。
 彼らに多くにあるのは畏れ。オリエに本能で恐怖を抱いている。悪口雑言の多くも無意識の虚勢だ。
 そんな彼らを煽るのが、悪意だけで「ひでぇ事しやがる」だのと陰口を叩く輩。この手の輩は以前から居たものの、以前は周囲を煽るに至らなかった。ところが今回はそれに至っている。
 オリエとしては切ない限りである。

「魔王もこんな風になってたのかな……」

 オリエは小さく呟いた。

「せやぞ」

 オリエの様子を見守っていた魔王は頷いた。
 ダンジョンとは違ってアクティブに行う必要があるが、魔王はダンジョンの外も観察可能であった。
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