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第二章 秋
第九話 道のり
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「本当にやるのか?」
「くどい!」
「そうは言ってもな……」
俺は横に控えているペッテの顔色を窺った。
微動だにしない糸目に邪魔されて表情が全然読めない。
仕方なくホーリーに視線を戻す。
ホーリーの主張は「ダンジョンに挑戦するに当たって自分も召喚しろ」と言うものだ。
俺は当初の契約通りに俺がダンジョンの罠を確かめる役を担うつもりだった。
ところがホーリーは言った。
「貴様の魔法を使えば吾輩にも罠の有無を確かめられると判ったのだ。
ならば危険なことを率先して行うのが騎士たる吾輩の務め」
その心意気や是!
……と言いたいところだが、ホーリーを一緒に召喚するのは色々と緊張を強いられるのだ。
ホーリーが動転したら俺の身が危ない。
それに俺の方も、緊張してはいけないところが一際緊張するのが必至だ。
想像しただけで生唾を呑み込んでしまう。
ごくり。
いや、それはどうでもいいのだが。
一番の懸念は、俺自身は大丈夫でも一緒に召喚するホーリーが死んでも復活するかどうか判らないことだ。
過去の経験から、服に鉤裂きが出来ても元に戻るのは確認済みだが、人については判らないので俺としては不安が尽きない。
しかしホーリーは「その時はその時なのだ」と豪快に男らしい主張をしてくれる。
罠が一人だったら作動せず、二人だったら作動する可能性を考えれば、二人でダンジョンの臨むに当たってはホーリーも召喚した方が安心できること疑い無い。
だが、二人でなく一人で臨めばそんな心配はいらない。
エリクサーの有無まで俺が確かめて来ても良い筈だ。
しかしホーリーは「吾輩の目で確かめなければならないのだ」と主張した。
そこまで言うならしょうがないのだが、それでもやっぱりと思って念押しした俺だったのだ。
「とにかく、気は確かに持っていてくれよ?」
「無論だ」
安請け合いするホーリーに何となく不安を覚えてペッテにまた視線を投げると、ペッテは腕まくりをするかのように左手を右手首から一の腕まで滑らせてから、力瘤を作る仕草をした。
任せておけと言いたいらしい。
ならば任せよう。
「判った。
少し離れていてくれ」
先に俺を送還しなければならないのだ。
俺はいつも召喚と送還をしている場所に移動してから魔法に集中する。
いつもなら適当な場所で送還するのだが、ホーリーとペッテが傍に居るので何かの拍子にぶつかったりしないよう、念のためだ。
暗転。
そしてまた視界が明るくなる。
「消えたのだ! 今、消えたのだぞ!」
ずずいっと間近に迫ったホーリーが、けしからんものを挟むように両の拳を握り締め、目をキラキラと輝かせる。
キラキラと見詰められても俺自身が知らないのだから、「そうなのか?」と疑問を返すしかない。
魔法の中に在るのだから、傍からの見た目は判らないのだ。
今まで誰にも魔法を見せていないので聞くのも初めてである。
「そうなのだ。
一〇秒くらい完全に消えて、その後でもやもやっとっしたものが湧いて広がったのだ」
「ほう……」
今まで知らなかった事実には興味を惹かれた。
「もっと詳しく」
「ん? それだけだぞ」
ペッテに確認するように視線を向けると、ペッテが「そうですよ」と言った風情で頷いた。
ホーリーが目をキラキラさせるからもっと凄いのかと思ったら、そうでもないらしい。
肩透かしを食らった気分だ。
何となくその微妙な気分を味わっていると、「早くやってくれ」とホーリーの催促が入ってしまった。
仕方ないので本題に戻ろう。
「それじゃ、手を置いてくれ」
俺が左手の平を上に向けて脇の前に差し出すと、ホーリーは「うむ」と素直に頷いて右手を俺の左手に重ねた。
見た目は華奢で柔らかそうなのに、伝わる感触がカッチカチの違和感にはなかなか慣れそうにない。
微かな寂寥を感じつつ、俺は魔法に集中、呪文を唱えた。
暗転。
そしてまた視界が明るくなる。
目に映るのはけしからんものを露わにしたホーリーだ。
目を逸らさねばと思っても、どうにも惹き寄せられてしまう。
僅かの時間、呆けたようにしていたホーリーは、俺の視線を感じてか、慌てて手を引いて胸を隠し、身体そのものを隠そうとするように前屈みになる。
だが、けしからんものは隠しきれず、少し涙目で上目遣いに睨んで来る、その恥ずかしげな姿は却って扇情的だ。
勢い、猛り出す我が息子。
何かの予感に突き動かされたように、ホーリーが視線を下げてそれを目前に見る。
声なき叫びを上げるのと合わせ、ホーリーは右腕を振り上げた。
瞬間、背筋に悪寒が奔ったが、ペッテがホーリーの右手を手で制しつつ、もう一方の手でホーリーの視界を塞いだ。
それだけでホーリーが動きを止める。
続くのはペッテの底冷えのするような声音。
「シモン様、その汚らわしいものを早々にお仕舞いください」
忽ち子猫ちゃんの我が息子であった。
「お見苦しいところを……」
俺とホーリーは背中合わせになって、もそもそと床に散らばった服を身に着けた。
若干の居たたまれなさを感じながらも朝食。
「やはり、ペッテの料理が一番だ」
ホーリーは終始ご機嫌だ。
宿屋に泊まっていた数日間は宿屋かどこかの飲食店での食事で、物足りなさを感じていたらしい。
そんなホーリーの素直な賞賛に、ペッテの口角も終始上がりっぱなしであった。
◆
「早速参ろうぞ!」
ホーリーが意気揚々と宣言した。
そんなホーリーを放っておいて、俺はペッテに言う。
「留守を頼みます」
「お任せくださいませ」
ホーリーがほっぺたの片方を膨らませてじとっと睨んでくるが、ここはホーリーに相槌を打つよりもペッテに留守番を頼む方が重要ではないだろうか。
それとも、タイミングを逃せば打てなくなる相槌の方を優先させるべきであっただろうか。
いや、ホーリーを横目で見ながら口角を持ち上げているペッテの様子からして、きっと俺の選択は正しかった。
ペッテがホーリーの可愛いらしい表情を愛でているだけだったとしてもだ。
……少し違う気もする。
ともあれ、俺とホーリーはそれぞれに背負い袋を背負って出発する。
未だ朝早く、真っ直ぐ行けば昼前にダンジョンに入ることも可能な時間だ。
愛用の背負子は形状に融通が利かないのでお休みである。
町の南東部の自宅からダンジョンに行くには、まず町の中心を南北に走る通りに沿って北へと抜ける。
ちょうど北へ南へと出発する旅人や荷車の往来で混み合っている時間帯なのが玉に瑕だ。
横に並んで歩けないため、俺はホーリーの後ろを歩いている。
するとよく判る。
立ち止まってホーリーを振り返る者が多い。
男は勿論、女までもが振り返る。
これが美少女力と言うものか。
そのせいで通りが余計に混雑するのだから、美少女過ぎるのも必ずしも良いものではない。
それどころか、「何だ? あいつ」と俺に向けた陰口が飛び交ったりもして、俺にとっては悪くさえある。
今後、ホーリーと歩く時には人通りの多い時間帯を避けるとしよう。
できる限り。
町を北に抜けたら少し先を左に折れる。
ところがだ。
なぜかホーリーが右の茂みに分け入ってしまう。
「ホーリー!」
慌てて後を追うと、ホーリーは幸せ一杯の笑顔で斜め上を見上げ、その視線の先に広げた両手を差し出しながら駆けていた。
同じ所をぐるぐると。
「チョウチョさーん」
ホーリーの視線の先には確かに青い蝶が舞っている。
捕まえようと思えば容易に捕まえられるものを、ただ追い掛けている姿は実に微笑ましい。
どこの幼女なのか。
「ダンジョンに行くんじゃないのか?」
目を眇めつつ問い質すと、ホーリーは意外そうに目を瞬かせた。
「青いチョウチョだぞ? 珍しいではないか。
追い掛けるだろう」
まったく、どこの幼女なのか。
ホーリーが追い掛けていた青い蝶は樹液に集まるが故に、町中では珍しいが森の中では珍しくない。
ここセバルスでも町中ではあまり見ないものの、町を出ればそこかしこに飛んでいる。
比較的高い位置をだ。
「今の蝶はここじゃ珍しくないぞ。
ほら、あそこにも」
俺は木の幹に留まって樹液を吸っている数匹の青い蝶を指差した。
探せば直ぐに見つかるが、意識しなければ木漏れ日に紛れたりして案外目にしないのもこの蝶の特徴である。
するとホーリーが仰天とばかりに口を窄めて蝶を凝視した。
「こ、こんなに……。
前の時はよく見られなかったから今度はじっくりとと思ったのだが……」
「見たかったらいつでも見られる。
判ったらダンジョンに向かうぞ」
「うむ……」
ホーリーはがっかりしたように項垂れた。
俺は直感する。
「もしかして、前に泉に居たのも蝶を追い掛けてだったのか?」
この間うやむやのままに流れた質問の続きだ。
ホーリーは一瞬だけ上目遣いになって口を引き結ぶ。
「仕方がなかったのだ。
あの時、初めてこの蝶を見たのだ」
必死の声音だ。
その一方で、目に力を籠めようとして籠めきれない様子。
しかし俺は溜め息しか出ない。
蝶のために殺されたのかと思うと、切なくなった。
生きてるけど。
ともあれ、追及しても得るものは無い。
「そうか。
都会育ちには珍しかったんだな」
適当に話を合わせてダンジョンへの道を急いだ。
途中、ホーリーがまたふらふらと道を外れそうになるのを押し止めつつ、昼過ぎにダンジョン近くの集落へと到着した。
ホーリーがふらふらしなければ昼前に着いた筈だから反省を促したいところだが、何かを見つけた時の嬉しそうな笑顔や、それに構おうとするのを押し止めた時のむくれた顔が可愛いくてどうでも良くなってしまう。
美少女に騙され過ぎだと自分で思う。
反省だ。
できればだが。
何にしても、ホーリーが天然で、邪気が無いのが救いである。
これで意図的にやられたら始末に負えない。
しかし、天然だからこそ放ってはおけないのもまた然り。
悩ましい限りだ。
「くどい!」
「そうは言ってもな……」
俺は横に控えているペッテの顔色を窺った。
微動だにしない糸目に邪魔されて表情が全然読めない。
仕方なくホーリーに視線を戻す。
ホーリーの主張は「ダンジョンに挑戦するに当たって自分も召喚しろ」と言うものだ。
俺は当初の契約通りに俺がダンジョンの罠を確かめる役を担うつもりだった。
ところがホーリーは言った。
「貴様の魔法を使えば吾輩にも罠の有無を確かめられると判ったのだ。
ならば危険なことを率先して行うのが騎士たる吾輩の務め」
その心意気や是!
……と言いたいところだが、ホーリーを一緒に召喚するのは色々と緊張を強いられるのだ。
ホーリーが動転したら俺の身が危ない。
それに俺の方も、緊張してはいけないところが一際緊張するのが必至だ。
想像しただけで生唾を呑み込んでしまう。
ごくり。
いや、それはどうでもいいのだが。
一番の懸念は、俺自身は大丈夫でも一緒に召喚するホーリーが死んでも復活するかどうか判らないことだ。
過去の経験から、服に鉤裂きが出来ても元に戻るのは確認済みだが、人については判らないので俺としては不安が尽きない。
しかしホーリーは「その時はその時なのだ」と豪快に男らしい主張をしてくれる。
罠が一人だったら作動せず、二人だったら作動する可能性を考えれば、二人でダンジョンの臨むに当たってはホーリーも召喚した方が安心できること疑い無い。
だが、二人でなく一人で臨めばそんな心配はいらない。
エリクサーの有無まで俺が確かめて来ても良い筈だ。
しかしホーリーは「吾輩の目で確かめなければならないのだ」と主張した。
そこまで言うならしょうがないのだが、それでもやっぱりと思って念押しした俺だったのだ。
「とにかく、気は確かに持っていてくれよ?」
「無論だ」
安請け合いするホーリーに何となく不安を覚えてペッテにまた視線を投げると、ペッテは腕まくりをするかのように左手を右手首から一の腕まで滑らせてから、力瘤を作る仕草をした。
任せておけと言いたいらしい。
ならば任せよう。
「判った。
少し離れていてくれ」
先に俺を送還しなければならないのだ。
俺はいつも召喚と送還をしている場所に移動してから魔法に集中する。
いつもなら適当な場所で送還するのだが、ホーリーとペッテが傍に居るので何かの拍子にぶつかったりしないよう、念のためだ。
暗転。
そしてまた視界が明るくなる。
「消えたのだ! 今、消えたのだぞ!」
ずずいっと間近に迫ったホーリーが、けしからんものを挟むように両の拳を握り締め、目をキラキラと輝かせる。
キラキラと見詰められても俺自身が知らないのだから、「そうなのか?」と疑問を返すしかない。
魔法の中に在るのだから、傍からの見た目は判らないのだ。
今まで誰にも魔法を見せていないので聞くのも初めてである。
「そうなのだ。
一〇秒くらい完全に消えて、その後でもやもやっとっしたものが湧いて広がったのだ」
「ほう……」
今まで知らなかった事実には興味を惹かれた。
「もっと詳しく」
「ん? それだけだぞ」
ペッテに確認するように視線を向けると、ペッテが「そうですよ」と言った風情で頷いた。
ホーリーが目をキラキラさせるからもっと凄いのかと思ったら、そうでもないらしい。
肩透かしを食らった気分だ。
何となくその微妙な気分を味わっていると、「早くやってくれ」とホーリーの催促が入ってしまった。
仕方ないので本題に戻ろう。
「それじゃ、手を置いてくれ」
俺が左手の平を上に向けて脇の前に差し出すと、ホーリーは「うむ」と素直に頷いて右手を俺の左手に重ねた。
見た目は華奢で柔らかそうなのに、伝わる感触がカッチカチの違和感にはなかなか慣れそうにない。
微かな寂寥を感じつつ、俺は魔法に集中、呪文を唱えた。
暗転。
そしてまた視界が明るくなる。
目に映るのはけしからんものを露わにしたホーリーだ。
目を逸らさねばと思っても、どうにも惹き寄せられてしまう。
僅かの時間、呆けたようにしていたホーリーは、俺の視線を感じてか、慌てて手を引いて胸を隠し、身体そのものを隠そうとするように前屈みになる。
だが、けしからんものは隠しきれず、少し涙目で上目遣いに睨んで来る、その恥ずかしげな姿は却って扇情的だ。
勢い、猛り出す我が息子。
何かの予感に突き動かされたように、ホーリーが視線を下げてそれを目前に見る。
声なき叫びを上げるのと合わせ、ホーリーは右腕を振り上げた。
瞬間、背筋に悪寒が奔ったが、ペッテがホーリーの右手を手で制しつつ、もう一方の手でホーリーの視界を塞いだ。
それだけでホーリーが動きを止める。
続くのはペッテの底冷えのするような声音。
「シモン様、その汚らわしいものを早々にお仕舞いください」
忽ち子猫ちゃんの我が息子であった。
「お見苦しいところを……」
俺とホーリーは背中合わせになって、もそもそと床に散らばった服を身に着けた。
若干の居たたまれなさを感じながらも朝食。
「やはり、ペッテの料理が一番だ」
ホーリーは終始ご機嫌だ。
宿屋に泊まっていた数日間は宿屋かどこかの飲食店での食事で、物足りなさを感じていたらしい。
そんなホーリーの素直な賞賛に、ペッテの口角も終始上がりっぱなしであった。
◆
「早速参ろうぞ!」
ホーリーが意気揚々と宣言した。
そんなホーリーを放っておいて、俺はペッテに言う。
「留守を頼みます」
「お任せくださいませ」
ホーリーがほっぺたの片方を膨らませてじとっと睨んでくるが、ここはホーリーに相槌を打つよりもペッテに留守番を頼む方が重要ではないだろうか。
それとも、タイミングを逃せば打てなくなる相槌の方を優先させるべきであっただろうか。
いや、ホーリーを横目で見ながら口角を持ち上げているペッテの様子からして、きっと俺の選択は正しかった。
ペッテがホーリーの可愛いらしい表情を愛でているだけだったとしてもだ。
……少し違う気もする。
ともあれ、俺とホーリーはそれぞれに背負い袋を背負って出発する。
未だ朝早く、真っ直ぐ行けば昼前にダンジョンに入ることも可能な時間だ。
愛用の背負子は形状に融通が利かないのでお休みである。
町の南東部の自宅からダンジョンに行くには、まず町の中心を南北に走る通りに沿って北へと抜ける。
ちょうど北へ南へと出発する旅人や荷車の往来で混み合っている時間帯なのが玉に瑕だ。
横に並んで歩けないため、俺はホーリーの後ろを歩いている。
するとよく判る。
立ち止まってホーリーを振り返る者が多い。
男は勿論、女までもが振り返る。
これが美少女力と言うものか。
そのせいで通りが余計に混雑するのだから、美少女過ぎるのも必ずしも良いものではない。
それどころか、「何だ? あいつ」と俺に向けた陰口が飛び交ったりもして、俺にとっては悪くさえある。
今後、ホーリーと歩く時には人通りの多い時間帯を避けるとしよう。
できる限り。
町を北に抜けたら少し先を左に折れる。
ところがだ。
なぜかホーリーが右の茂みに分け入ってしまう。
「ホーリー!」
慌てて後を追うと、ホーリーは幸せ一杯の笑顔で斜め上を見上げ、その視線の先に広げた両手を差し出しながら駆けていた。
同じ所をぐるぐると。
「チョウチョさーん」
ホーリーの視線の先には確かに青い蝶が舞っている。
捕まえようと思えば容易に捕まえられるものを、ただ追い掛けている姿は実に微笑ましい。
どこの幼女なのか。
「ダンジョンに行くんじゃないのか?」
目を眇めつつ問い質すと、ホーリーは意外そうに目を瞬かせた。
「青いチョウチョだぞ? 珍しいではないか。
追い掛けるだろう」
まったく、どこの幼女なのか。
ホーリーが追い掛けていた青い蝶は樹液に集まるが故に、町中では珍しいが森の中では珍しくない。
ここセバルスでも町中ではあまり見ないものの、町を出ればそこかしこに飛んでいる。
比較的高い位置をだ。
「今の蝶はここじゃ珍しくないぞ。
ほら、あそこにも」
俺は木の幹に留まって樹液を吸っている数匹の青い蝶を指差した。
探せば直ぐに見つかるが、意識しなければ木漏れ日に紛れたりして案外目にしないのもこの蝶の特徴である。
するとホーリーが仰天とばかりに口を窄めて蝶を凝視した。
「こ、こんなに……。
前の時はよく見られなかったから今度はじっくりとと思ったのだが……」
「見たかったらいつでも見られる。
判ったらダンジョンに向かうぞ」
「うむ……」
ホーリーはがっかりしたように項垂れた。
俺は直感する。
「もしかして、前に泉に居たのも蝶を追い掛けてだったのか?」
この間うやむやのままに流れた質問の続きだ。
ホーリーは一瞬だけ上目遣いになって口を引き結ぶ。
「仕方がなかったのだ。
あの時、初めてこの蝶を見たのだ」
必死の声音だ。
その一方で、目に力を籠めようとして籠めきれない様子。
しかし俺は溜め息しか出ない。
蝶のために殺されたのかと思うと、切なくなった。
生きてるけど。
ともあれ、追及しても得るものは無い。
「そうか。
都会育ちには珍しかったんだな」
適当に話を合わせてダンジョンへの道を急いだ。
途中、ホーリーがまたふらふらと道を外れそうになるのを押し止めつつ、昼過ぎにダンジョン近くの集落へと到着した。
ホーリーがふらふらしなければ昼前に着いた筈だから反省を促したいところだが、何かを見つけた時の嬉しそうな笑顔や、それに構おうとするのを押し止めた時のむくれた顔が可愛いくてどうでも良くなってしまう。
美少女に騙され過ぎだと自分で思う。
反省だ。
できればだが。
何にしても、ホーリーが天然で、邪気が無いのが救いである。
これで意図的にやられたら始末に負えない。
しかし、天然だからこそ放ってはおけないのもまた然り。
悩ましい限りだ。
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