召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第二章 秋

第一〇話 温泉宿へ

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 ダンジョンの入り口は山を少し登った所に有る。
 その正面は直ぐに斜面になっていて建物を建てる余地が無いことから、少し手前の平地を確保できる場所に集落が作られている。
 尤も、集落と言っても食堂兼宿屋が三軒と、雑貨屋が一軒有るのみだ。

 宿屋は必要なものを全てセバルスから運ぶためか、少々お高い。
 お高いので宿屋に泊まらずに野営する者も多く、野営のための広場と誰もが利用可能なかまども宿屋近くに設けられている。
 竈はそこかしこで火を焚かれては堪らないとのことで設けられたらしいが、食事だけを宿屋で摂っても良いためか、大して使われてはいない様子である。

「ここの宿屋で昼食を摂ろうではないか」

 そのホーリーの提案に俺は同意した。
 食事代もホーリー持ちだから断る理由など無いのだ。




 宿屋の一軒に入り、案内された席に座る。
 メニューは無く、日替わり定食が有るのみだったので、それを注文する。

 待っている間のホーリーはワクワクした顔だ。

 程なくして出された料理に小首を傾げ、一口食べたら眉尻が下がった。

 気持ちは判る。
 美味しくはない。
 それもセバルスの大衆食堂よりかなり落ちる味だ。
 ホーリーの口に合わせた味付けをするペッテの料理と比べたら、彼女にとって堪え難い差にもなるだろう。

 値段がセバルスの倍程度で収まっていたのがせめてもの救いであった。




 食後には雑貨屋を覗く。
 殆どの品物がお高いが、唯一、温泉の水だけはセバルスよりお安い。

 当然と言えば当然だ。
 ダンジョンの中に在ると言う温泉宿でタダで温泉の水を分けて貰えるらしい。
 値段の全てが輸送費と商店の利益なのである。

 雑貨屋で売っているものと売っていないもの、そしてその値段を確認してから、俺達はダンジョンに向かう。
 集落の宿屋より更にお高くても温泉宿に泊まる予定なのだ。

 道すがら、ホーリーが少し浮かない顔をする。

「何か気になることでも有るのか?」

「うむ。
 先の宿屋の料理があれでは温泉宿の料理も期待できそうにないのだ」

 下見の時には温泉宿に立ち寄っただけで泊まらなかったらしい。

 確かに集落の食事から考えればパンとスープだけなんてこともあり得る。
 だが、俺にとっては全然大したことではない。
 ホーリーと違って食えれば十分である。




 ダンジョンの入り口には「温泉はこちら」との立て看板が有る。
 これが無ければ見過ごしてしまいそうなほど、普通の洞窟のような風情だ。
 周囲につたが絡まり、苔むしてもいる。
 いかにも何も無さそうで、有っても動物か魔物の巣穴くらいに見える。

 ダンジョンも魔物ではあるのだけど。

 ホーリーが購入済みだったダンジョンの地図は至ってシンプルなものだ。
 入り口を入って暫く進んだら十字路が有り、左右どちらかに曲がれば魔物の出没する大部屋へと達し、真っ直ぐ進めば温泉宿に着く。

 俺達の目下の目的地は温泉宿のため、そこを真っ直ぐ進む。

 真っ直ぐ進んでも魔物は出没する。
 全て植物系の魔物で、多少剣を振るえる腕が有れば倒せる程度のものだが、それを倒して進まなければ温泉宿に辿り着けない。
 その一方で、倒せなくても拘束されてダンジョンの外に放り出されるだけなのだから良心的だ。

 魔物が出ない方が良心的かと言うとそうでもない。
 温泉宿とその付近には魔物は出ず、動物も途中の魔物が排除することから、温泉宿の客は安心して過ごせるのだ。
 客の立場からすると、探検と称して子供が入り込むのを同じように阻止してくれるのも安心材料だろう。

 これはあくまで真っ直ぐ進んだらの話で、十字路を左右のどちらかに曲がれば動物系の魔物が出没する。
 右に行けば、比較的弱い魔物が現れ、収入が低くなる代わりに命までは取られない。
 左に行けば、比較的強い魔物が現れ、収入が高くなる代わりに命の危険が有る。

 収入になるのは倒した魔物が消える時に残される宝石である。
 牙が宝石に変化したもので、魔物が口を開けば持っているかどうかが直ぐに判るのだが、持っているものだけを倒すのは不可能だろう。

 植物系の魔物は時たま枝を残すだけだ。
 拾えば薪にくらいは使えるかも知れない。




 中に灯りは無いのでランプを点けてから入る。
 魔光石を使わないのは、長く光るものでも五分程度しか保たず、長時間の使用に向かないためだ。
 少し注意を怠っただけで真っ暗になっては危険である。

 洞窟は入り口よりも広く、二人が並んで剣を振るえるほどだ。
 しかし、えて前後にずれて進む。
 出没する魔物よりも何かの拍子に互いの剣が当たる方が怖い。
 数分毎にランプを持つのを交替するのに合わせて前後も入れ替える。

 洞窟の地面も壁も岩を削ったようにゴツゴツとしている。
 地面の方が若干滑らかではあるものの、足下には注意が必要だ。
 だからと言って足下ばかり見ていると、魔物に襲われた時に対処できないので神経を使う。

 温泉宿へ向かう途中に出て来る植物系の魔物は触手のようにうねるつるを巻き付けてくる。
 そこいらの農夫が迷い込んだとしたら、蔓に巻き付かれて連れ出されるのだ。

 倒すには、その蔓を斬り払いながら近付いて本体を攻撃すれば良い。
 動きも速くないので、俺の腕なら鼻歌交じりに何回か剣を振るだけで倒せる。
 それは、それだけの剣の鍛練を俺がして来たからである。

 ところがホーリーは巻き付こうとする蔓を引き千切りながら本体を一撃で斬り捨てる。
 さすがは騎士と言うべきか。
 などと、安易に済ませられない。
 ホーリーはその計り知れない膂力りょりょくを持ちながら、俺と同い年なのだ。
 どんな訓練をすればそうなるのだろうか。
 属性的に膂力を増す効果の有る火の魔法の使い手であることを考え合わせても想像しきれない。

 機会が有ったらペッテに尋ねてみよう。
 何となく、ホーリーに尋ねても漠然とした答えが返されるだけな気がする。




 温泉宿の有る広間には入り口から一時間と掛からずに着いた。
 ダンジョンの中としてはかなり浅い場所だ。
 途中の魔物にそれなりに時間を取られることを考えれば、町中や街道を歩く一時間より距離的にもかなり短い。

 ダンジョンの踏破にはダンジョンの年齢と同じ時間が目安とされ、このダンジョンなら三〇時間となる。
 途中の十字路を左右のどちらに曲がっても地図上では温泉宿と距離が変わらない大部屋で行き止まっていて、大部屋の広さを考え合わせたとしても踏破されていない部分がかなり多いことが窺える。

 ホーリーの言うエリクサーが有るとすれば、その未踏破の場所な訳だ。

 広間はセバルスの町に準ずる広さが有り、天井も高い。
 その高さは正面奥に建てられている温泉宿に三倍する。
 温泉宿付近には灯籠が並べられ、天井まで光を届けているのでそれが見えるのだ。
 その光量たるや大部屋全体にうっすらとその光を届けるほどだ。

 壁がここまでの洞窟と同様のゴツゴツしたものである一方、地面は自然ではあり得ない平坦さで、砂利が一面に敷き詰められている。
 固く締められていて、とても歩きやすい。

 そんな大部屋の左右、それぞれ手前側の角付近には野営する者のものだろう灯りもちらほらと見える。
 宝石目当ての狩りをする者の一部だ。
 外の宿屋付近と比べて狩り場となる大部屋まで少し遠くなるものの、寝る時には安全である。
 外か中かは一長一短なため、各人の都合次第となる。
 時間的に人の少ない夜間に狩りをするつもりだろう。

 何にせよ、ここまで来れば一安心。
 俺としても物珍しさが先に立つ。
 しかし、立ち止まってキョロキョロと見回していると、周りが暗くなった。
 何ごとかと振り向けば、ランプを持ったホーリーがすたすたと先に進んでいる。
 どうやらホーリーはダンジョンそのものには興味が無いようだ。




 大部屋を七割方過ぎた辺りから灯籠が灯されていて、ランプはひとまずのお役御免となる。
 その先からは、あたかも回廊のように並べられている灯籠の間を通って行く。

 温泉宿の近くまで行くと、その荘厳なたたずまいに圧倒される。
 床と柱には大理石が、壁や天井には御影石が使われている。
 驚くべきことに、複数の石を積み重ねている筈が、継ぎ目が全く判らない。
 建築技術は超一流だ。
 そしてそれらが全てピカピカに磨かれている。

 こんな場所にこんな建物をどうやって建てたのだろうか。

 遠目からはよく判らなかった建物の高さにも感心させられる。
 一階だけでも庶民の家なら二階建て以上の高さが有る。
 壁も高いが、何より天井がアーチ状に組まれている分だけ余計に高い。

「凄い建物だな……」

 思わずそう呟くと、ホーリーがきょとんして振り返る。

「貴族を相手にする宿屋としては普通だぞ」

「お、おう」

 ホーリーはこんな建物がこんな場所に在ることに疑問を持たない様子でこの状況を受け入れている。
 実に素直なものだ。

 しかしそれで良いのだろうか。
 いや、まあ、良いんだろう。
 そのお陰で俺の魔法にも疑問を持たれていないようなのだから。
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