召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第二章 秋

第一五話 鉄杭

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 翌朝、メーアの愁いを含んだ瞳に見送られて宿を出た。




「で、鉄杭とロープをどう使うんだ?」

 立て看板の奥、洞窟の壁がつるつるになる直前で立ち止まったホーリーに尋ねた。

「それを使うのはもう少し後だ」

 ホーリーがおもむろに手をかざして魔法を放つと、薄暗い中を光球が前方の地面へと眩しいばかりの軌跡を描く。
 すると、魔法の当たった床が一瞬で融けて煮えたぎった。

 俺はあんなのを食らったのか……。

「ここはまだのようだな」

「まだって何が?」

 ホーリーは独り納得しているが、俺は「求む説明」だ。

 ところがホーリーはきょとんと俺を見て眼をパチクリさせる。

「落とし穴を先に空けてしまえば掛からずに済むだろう?」

「おう……」

 確かにそうだが、ここまでの力業ができると誰が想像できようか。

 ただ、目の前で見せられたことで、やろうとしていることは解った。
 今し方の地面は熔岩が溜まったままになっていて、地面の下に空洞が無いのが見て取れる。
 もしも落とし穴が有れば熔岩が下に落ちて空洞が覗く筈だ。

 ホーリーが次々に魔法を放って溶岩溜まりを作る。
 無造作に続けていることに疑問を感じる。

「そんなに魔法を連発して疲れないのか?」

「この程度、歩くくらいのものなのだ」

「そうなのか……」

 魔法を使うと疲労するが、個人差が激しいために、どの程度疲れるのか傍目には判らない。
 だから脚の疲れでたとえるのだ。
 歩く程度、駆け足程度、全力疾走程度くらいの区別しかできないが、目安さえ判れば良い。
 力の籠め方も疲れ方も相応との意味で、歩く程度なら少々使い続けても平気だと言うことになる。

 つまり、俺にとってはでたらめにも見える魔法でも、ホーリー本人にとっては何でもないのであった。

「これ程の魔法ならホーリーは剣がいらなくないか?」

 ホーリーが信じられないと顔に書いて反論する。

「何を言うのだ。
 魔法では相手が死んでしまうではないか」

「いや、どうせ……」

 魔物は殺すだろうと言い掛けて気付いた。
 歩く程度でこの威力なら、極力威力を絞っても手足の一本くらいは消し炭になる。

「そうか、人相手には使えないんだな」

 ホーリーが大きくうなずいた。

 たとえ相手が犯罪者だったとしても、無闇に命に関わる傷を負わせる訳にはいかないのだった。
 それが尋問のためだったとしても。

 疑問も解消したところで探索の再開。
 ホーリーが魔法で地面に溶岩溜まりを作りつつ進む。

 最初の曲がり角を左に曲がって少しの所で変化が有った。
 溶岩溜まりが出来ない。
 それを確認したホーリーがその穴を起点にして四角の輪郭を描くように魔法で穿つ。
 そして輪郭を描き終わると、その内側が静かに落ちて行った。

 ゴガンと落とし穴の蓋の一部だったものが底に激突して音を立てるが、ぼんやりとしたランプの光の下では判然としない。
 結構な深さである。

 ホーリーは続けて穴の手前側の際まで魔法で崩してしまう。
 一緒に融かされたことで穴の縁の角が取れた。

 それから穴から二歩ほど離れた場所を指差して言う。

「シモン、ここを融かすから鉄杭を差し込んで欲しいのだ」

「え!? それって危なくないか?」

「手早くやれば大丈夫なのだ」

「だったら手本を見せてくれ!」

「やだ」

「何で!?」

「だって熱いんだもん」

 ホーリーが片頬を膨らませながらプイッとそっぽを向く。

「『もん』て……」

 あざとい。
 あざといぞ、ホーリー。
 いつもと口調からして違う。
 頬を膨らませた顔も仕草も可愛らしくて二の句が継げない。
 絶対に自覚してやってると思うのに、ほいほい言うことを聞いてやりたくなる。

 本当に美少女は狡い。

「解ったよ……」

 一つ溜め息を吐いて答えた。
 そもそも雇われていながら今日はここまで何もしていない俺の仕事だろう。

「頼むのだ」

 ホーリーは一転良い笑顔をする。
 これではもう文句を言おうにも言えない。
 「狡いなぁ」と頭では考えながらも心はホーリーのために動こうとするのだから、我ながら度し難い。

 俺が鉄杭を持って構えるのを待ってホーリーが魔法を放つ。
 一瞬で地面が灼熱に融けた。

 その溶岩溜まりに近付いて手を伸ばすが……。

「熱っ!」

 一瞬で引っ込めた。

「早く挿さないと挿し難くなるのだ」

「そう言われても……」

 想像以上に熱かったからどうしても躊躇する。

 ところがホーリーが脇を締めて両腕を軽く広げ、両の拳を握って可愛く言う。

「頑張って!」

 天然のハニートラップだと解っていても、どうにも抗い難いものがある。
 勿論一生に関わるようなものだったりするなら話は別だが、今、目の前に有るものはそうではないし、僅かな時間で済むものだ。
 美少女の期待に応えたい気持ちの方が強く出る。

 意を決して再度灼熱に挑む。
 既に冷めてきているようで先よりも熱くない。
 鉄杭を突き刺す。
 粘土に突き刺すような感覚だ。
 なかなか刺さらないので力を籠めると、ずぶずぶと鉄杭は熔岩に埋もれて行く。
 そして俺の腕の長さほどの鉄杭が刺さること概ね三分の一。

「あっつっ!」

 鉄杭が焼けるように熱くなって刹那で手を放した。

 火傷した。
 焼けるようにではなく、焼けていたのだった。

「良くやったのだ、シモン。
 これで暫く冷めるのを待つのだ」

 親指を立てたホーリーの無邪気な賛辞を素直に受け取れないのは、きっと俺の心がすすけてるのだろう。

 これから暫くの間、熔岩が冷えて固まって鉄杭が固定されるのを待つ。

「ホーリーはよくこんなのを思い付いたな」

 ヒリヒリする手に息を吹き掛けながら尋ねた。
 鉄杭をこう使うとは予想だにしていなかった。
 目の前で見た後だからホーリーが「魔法で岩が融ける」と言っていたことと繋がるが、鉄杭を買い求める時点では全く繋がらなかった。

「最初に思い付いたのは殿下なのだ」

 何でも、第三王女ナイチアビーナはある日、王宮の花壇に柵を作ろうと考えたらしい。
 その際、支柱を立てる工事が遅遅として進まないことや、ゴンゴンと杭を打つ音が延延と続くことに業を煮やしたと言う。

 たかが柵。
 されど柵。
 しっかりしたものを立てようとしたならそれなりに手間暇掛かるものなのだ。
 職人達も王宮でやっつけ仕事などできよう筈がない。
 地盤の固い部分では地面を穿孔せんこうして杭を打ち、緩い部分では大きく掘り起こして栗石ぐりいしを入れ、き固めて杭を固定してから埋め戻した。
 これでは時間も掛かれば音も出る。

 これを職人達から聞き取ったナイチアビーナが知恵を絞った訳だ。

 ただ、この時の試みは失敗に終わったらしい。
 木杭では燃えてしまい、鉄杭でも真っ直ぐ立てるのがほぼほぼ不可能だったため、柵の支柱としては使いものにならなかったのだ。

 しかし早々に杭を垂直に挿す装置を考案し、職人に開発させた。

「王女様は賢いんだな」

「うむ。
 吾輩自慢の主君なのだ」

「それで、その装置は完成したのか?」

「完成したぞ。
 職人とは大した者達なのだ」

「ほう」

 赤の他人でも職人を褒められると、ドグを褒められたようで何だか嬉しい。

「その装置を使って柵を完成させたんだな」

「いや、柵は完成していない」

「はい?」

 ホーリーに疑問の視線を向けると、彼女はふいっと視線を逸らした。

「殿下は少し気まぐれで移り気なのだ」

「柵が必要だったんじゃ?」

「特には……」

 おいおい。

 だとすると、エリクサー探しも気まぐれだったのではないか?

 その疑問を口から出そうとして止めた。
 気まぐれだったのならエリクサーとやらを探さなくても良さそうなものだが、そこに言及してホーリーが納得したなら彼女は帰って行ってしまう。

 それはそれで嬉しくない。




 話している間に熔岩も冷えて固まったので、ロープを結んで落とし穴の中へと降りて行く。
 ホーリーが先に降りて刺を魔法で融かして水を掛けて足場を作る。
 更に魔法と剣とで周囲の刺を薙ぎ払ったところに俺も降りる。

 岩と同じ固さの刺をどうしてホーリーが剣で斬れるのか俺には解らない。
 きっとことわりを超越した何かだ。

 その刺は、目の前で見れば高さが俺の肩くらいまでで、先端が極めて鋭く尖っていた。

「こんな刺でも横から見たら可愛いものだな」

「おう……」

 試してみたら、俺の剣ではまるで刃が立たなくて、全く可愛くなかった。

 そのせいでホーリーの後ろを付いて行くしかない俺である。

 刺を薙ぎ払いながら進んで右に曲がり、暫く進んで左に曲がり、もう暫く進んで行き止まりとなった。
 この落とし穴は念の入ったことに、ちょっとやそっとの跳躍力では逃れられないようになっているのだ。

 少し後戻り、落とし穴の蓋の上がり口になる部分をホーリーが魔法でくり抜いて落とす。
 降り注いだ熔岩がまだ熱いが、避けられるものは避け、避けられないものは斬り倒した刺を上に置いて足場にしつつ壁際に寄る。
 そしてホーリーの魔法で壁を融かした所に斬り倒した刺を突き立てて階段にして落とし穴から脱出した。

「抜けたー」

「思ったより時間が掛かってしまったな」

 俺は安堵ばかりだったが、ホーリーは時間が気になったらしい。

 言われてみればそうである。
 ダンジョンの中では時間が判らないが、腹の虫の機嫌からすればもう昼時だ。
 進んだ距離に対して使った時間が多かった。
 一般に言われているダンジョンの攻略時間が当てにならないのはむをないにしても、この先がどこまで続いているかも判らないので掛かる時間も判らない。

 そして、夜までに温泉宿に戻ろうと考えたなら、ここから幾らも探索を続けられない。

「この後のことは昼を食べながら考えよう」

「うむ」

 腹が減ってはいくさができない。
 ここでしているのは探索ではあるが、言葉の綾というものだ。

 落とし穴から数歩だけ離れて座り、温泉宿で用意して貰った鳥カツタルタルサンドをぱくつく。

「今日はどのくらい進む?」

「進める所まで行くのだ」

 ホーリーは即答した。

「そうしたら今日は帰れなくなるかも知れないよ?」

「この先に罠が幾つ有るかも判らぬのだ。
 真っ直ぐ突破しても数日を要するやも知れない。
 だから少しでも先を見ておきたいのだ」

 準備不足だからとここから引き返すようなら探索は遅遅として進まない。
 この先に待っているもの次第では直ぐに引き返さざるを得なくなり、一日が丸々無駄になるかも知れない。
 だからできるだけ先を確認するべきで、野営の道具を持っていなくても一晩くらいなら何とかなるとのことだ。

「判った」

 俺の問いは確認の意味でしかなかったので否やは無かった。




 空腹が癒えたところで出発。
 ずっと暗い洞窟をランプの灯りだけを頼りに進む。

 下り坂になった。
 随分と急だ。
 慎重に下りて行く。

 暫く進めば坂にも慣れる。
 歩みも少し速くなろうと言うものだ。

 しかし不意に足が空を切る。
 悪戯なことに段差が有った。

 何て意地が悪い。

 内心で悪態を吐きつつ足下に神経を集中させると、幸いなことに急な階段程度の落差で足が着く。
 ところが階段とは違って段差の下も斜面になっている。
 踏ん張りが利かず、俺の身体からだは前のめりに宙を舞った。
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