召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第三章 冬

第二二話 休暇

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 何かを言わねばと焦る俺の様子にペッテは気付いたらしい。

「この方はお嬢様の許嫁いいなづけのシモン様でございます」

「許嫁じゃと!?」

「その通りでございます。
 そして夫婦となられた暁には、私もシモン様の妾を兼ねたメイドとして毎夜『働きが悪い!』と鞭打たれるのでございます」

「何と!」

「待てーっ! 嘘ばっかりじゃないか!」

「嘘とおっしゃいますか? それではお嬢様を娶ってくださるのは嘘だったのでございますか?」

 少し仰け反りつつ顔の前で右手をふるふる震わせるペッテ。

 わざとらしい。

 わざとらしいのだが……。

「ホーリーが嫌じゃなければ俺は……」

 途中で恥ずかしくなってもごもごとなってしまった。

「でございましたら、やはり私は夜な夜な鞭で打たれる運命にあるのでございますね」

 今度は顔を背けて「よよよ」と嘆く真似をした。

 勘弁しくれ……。

「かっかっかっ! そうか、そうか。
 お主がホーリーの許嫁か!」

 そのナイチアビーナの豪快な笑いと共に、不思議と威圧感が薄れた。

「いえ、そうと決まったのではなく……」

 ホーリーが嫁入りできなかった時の滑り止めみたいなものだから許嫁ではないのだ。
 その滑り止め役もいつまでもやっていられるものでもなく、立場が自分で判らない。

 もしもホーリーが嫁入りする前に俺が嫁を貰ったらホーリーはがっかりするのだろうか。

 そんなホーリーの顔は見たくない気もするし……。

「何じゃ? こやつは何を考え込んでおるのじゃ?」

「恐らく自らの人生に思いを馳せられていらっしゃるのでしょう」

「は? この場ですることか?」

「人生とはいつも唐突なものなのでございます」

「お主が言うと、本当に唐突になりそうで怖いのじゃ」

「恐れ入ります」

「褒めてなどおらんわ!」

「左様でございますか」

「それはそれとしてじゃ、そろそろこやつを現実に戻してはどうじゃ?」

「左様でございますね」

 俺の肩が揺らされる。

「シモン様、シモン様」

「え? あ……」

 意識がどこかへ行っていた。

「やっと戻って来おったか。
 それでお主は何か聞きたいことでも有ったのか?」

 尋ねられて思い出した。

「あ、はい。
 エリクサーが冗談だったなら、ホーリーをここに来させた理由は何なのかなと……」

「ふん。
 いくらホーリーが可愛かろうと、けしからん時も有るのじゃ」

「けしからんのですか?」

 なぜかぷるんぷるん揺れるけしからんものを空目した。

「まったくけしからん。
 ぷるんぷるんたゆんたゆんと腹立たしく、見とうない時もある」

 思わずナイチアビーナの胸部に目が行った。
 もの悲しい。

 それを察したのか無意識か、ナイチアビーナが胸部を両腕で覆った。

「だからもののついでで休暇を与えることにしたのじゃ」

「休暇……」

「納得しておらん顔じゃな。
 あやつはああ見えても職務に忠実でな、碌に休みも取らん。
 休めと言うても休まんから簡単なお使いを頼むことにしたのじゃ」

「それがエリクサーですか……」

「たわけ! 冗談だと言うたであろうが。
 買って来させようとしたのは美容に良いと言う温泉水じゃ」

「そうだったのですか……」

 端から変だとは思っていたが、種明かしされれば他愛無いものだった。
 あの苦労は何だったのか。

「解せぬのはペッテじゃ。
 エリクサーが無いことくらい、ホーリーならともかくお主に判らぬ道理が無かろう? いつまでも何を遊んでおったのじゃ?」

「え?」

 びっくりして俺がペッテを見ると、ペッテも俺の方を見ていた。

「当初は数日してから殿下のおっしゃる通りにするつもりでございましたが、少々事情が変わったのでございます」

 俺? と、一瞬戸惑ったが、ホーリーと会った時のことだろう。

 へくちっ。

 くしゃみが聞こえた。
 誰がかと思ったら、いい加減びしょ濡れのまま放置されていたウルスラだった。

 忘れていた……。

 だがそれは俺だけではないらしい。

「何じゃ? お主はまだそこに居ったのか? 早うガンツを連れて宿に戻っておれ」

「ええ!? 寝ているガンツさんをですか?」

「当然じゃ。
 起きたらまた面倒ではないか」

「そんなぁ、ガンツさんて臭いんですよぉ。
 それに無駄に重そうじゃないですかぁ」

 おっさん……、酷い言われようだ。

「つべこべ言うておらずにくと行け」

「ええーっ」

 へくちっ。

「寒いですぅ」

 ウルスラが両腕を摩りながら震える。

 少し冷え込んだ朝に水を被れば、そりゃ寒いだろう。

「ほら、早うせんと風邪を引くぞ」

「うう……」

 ウルスラは恨みがましくナイチアビーナとペッテを見ながらガンツを背負い上げ……。

「重いですぅ。
 臭いですぅ」

 ぶつぶつ言いながらガンツを引き摺って行った。

 それを見送りながらペッテがぽつりと言う。

「殿下もあのような愚か者を連れていらっしゃらなくても宜しかったでございましょうに」

「馬鹿者! ホーリーもお主も居らぬのだから仕方ないであろう!」

「それにしても人選がお悪うございます」

「他の者は忙しくてあやつしか居らんかったのじゃ! 第三王女の立場の弱さを舐めるでないわ!」

「立場だけなら殿下は腫れ物を触るような扱いを望むこともできましょう?」

「たわけ! そんなていの良い奴隷になって堪るものか」

 ナイチアビーナが歯軋りするほどに奥歯を噛み締める。

「左様でございますね」

 しかしそのペッテの相槌にカクンと首を傾げて力を抜いた。

「のう、ペッテ。
 妾はお主のおもちゃじゃないのじゃぞ?」

「左様でございますか?」

 目を見開いてペッテを睨み、口をパクパクさせるナイチアビーナである。

「でも、あの人達は護衛ですよね? 帰して良かったんですか?」

「お主の目は節穴か? ここにペッテが居って、中にはホーリーも居るのであろう? あやつら程度が一〇人二〇人居るよりも余程安全じゃ」

「はい?」

 俺は目をしばたたかせるばかりだ。

「何を驚いておる?」

「騎士と言うのは皆さん、ホーリーくらいに強いものだと思っていたのですが……」

「痴れ者め。
 こやつらより強い者などホーリーの父君を筆頭にして幾人しか居らんぞ」

「そうだったのですね……」

 漠然と王都は凄いなと思っていたのだが、気のせいだったようである。

「それよりもシモン様、殿下をお宅へお招きして宜しゅうございますか?」

「え? うん。
 俺は構わないけど……」

 王女様の方が堪えられるのか心配だ。

「それでは殿下、こちらへお越しください」

「うむ」

 心配するだけ無駄なようだ。

 ペッテが先導してナイチアビーナが続き、俺が最後。
 鍵を掛ける都合だ。

「これが庶民の住居なのじゃな」

 ナイチアビーナが明かり窓から差し込む光だけの薄暗い店舗スペースを見回す。

「秘密基地みたいでワクワクするのう」

 発想がホーリーと同じだった。




「ペッテ、待ちくたびれたのだ。
 何が有ったのだ? どうして吾輩は見に行ってはいけなかったのだ? 殿下のお声を聞いた気がしたのだが、誰だったのだ?」

 ペッテが居間に入った途端、ホーリーの矢継ぎ早の問いが飛んだ。
 ホーリーが表に出て来なかったのはペッテに待っているよう言われたためらしい。

「ホーリー、元気そうで何よりじゃ」

「で、殿下!」

 ナイチアビーナに続いて居間に入った俺が見たのはホーリーが頭を垂れる姿だ。
 左膝を床に着けて右膝を立て、左手を胸に添えて右手を斜め下に伸ばして手の平を前に向けて開いている。

 これがガンツの言っていた臣下の礼なのだろう。
 こう言ったこともホーリーがすれば不思議と絵になるものだ。

 数拍を置いてホーリーは頭を上げて立ち上がった。

「よもや真に殿下のお声とは思いも寄りませんでした。
 して、如何いかがなされたのでしょうか?」

「誰かのお陰でのう、妾が来ぬと話が進まぬでな」

 ナイチアビーナがペッテを睨むが、ペッテに動じる様子は無い。
 元より確信的にしていたようだから、今更なのだろう。

「ペッテが何か粗相をしたのでしょうか?」

「粗相はいつものことじゃろう」

 ナイチアビーナが大きな溜め息を吐いた。
 そこはかとなく苦労が窺える。

「それは良いのじゃ。
 妾が足を運んだのは他でもない。
 ホーリー、お主を呼び戻しにじゃ」

「お言葉ですが、吾輩はいまだ殿下のめいを全うできておりません」

「そんなものはどうでも良いのじゃ」

 ナイチアビーナがホーリーに種明かしをすると、ホーリーの目が真ん丸に見開かれた。

「な、何と……」

「休暇はもう終わりじゃ。
 お主が居らねば妾は碌に外出もできぬのじゃから、早う帰るのじゃ」

「はい……」

 喜ぶべきところでありながら沈んだ声で返事をしたホーリーがすがるような目で俺を見る。

 その放っておけない可愛さにドキンと俺の心臓が高鳴った。
 しかしそれとは裏腹に、心に隙間風が吹いたようにも感じた。
 俺に何が出来る訳でもないのだ。
 焦燥が募って行く。

 ホーリーを手放したくない。

 そう思った瞬間だ。
 だが、俺に口出しできるものではない。

 そんな俺の懊悩を察したか、ホーリーがペッテに視線を移す。

「お嬢様、殿下がここまでお越しになった以上、王都までお送りしない訳には参りません」

「う、うむ……」

 少し落胆気味にホーリーは返事した。

 そしてそんなホーリーを前に、ナイチアビーナが渋い顔をした。
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