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58 年越し
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料理に魔力が宿るだなんて衝撃の事実を知ってから2ヶ月が過ぎた大晦日。あたしは天ぷらを持って純三さん宅を訪ねる。
海老、イカ、キス、サツマイモの各種天ぷらと、かき揚げをあたしが担当して、純三さんが蕎麦と蕎麦つゆを担当する。つまり、年越し蕎麦を食べるのだ。
『こんばんはー』
『いらっしゃい』
純三さんの家に入ったら、蕎麦つゆのいい香りが鼻をくすぐった。
『まだ夕食の時間で年越しって感じゃないが、始めよう』
『はい。除夜の鐘も初詣もありませんから』
『そう言うこった。ついでにテレビも無いから歌合戦も見られないしな』
『歌合戦が好きだったんですか?』
『好きって訳じゃないが、他に見たい番組も特に無かったからな』
『あはは……』
話している間にも、純三さんは蕎麦を茹でている。
『もう直ぐ茹で上がるぞ』
『蕎麦を食べられるとは思ってもいなかったから、ワクワクします』
『ここじゃ、蕎麦の実は有っても麺にはしないようだしな』
『あたしには醤油が無かったから、麺が有っても一緒ですけどね』
『確かに醤油無しだったら難しいな。さあ、できたぞ』
純三さんが茹で上がった蕎麦をどんぶりに入れて、汁を掛ける。
今はまだ掛け蕎麦。天ぷらは別皿から好きなものを自分で入れるのだ。あたしは全種1個ずつ。
ずず……。
『美味しい!』
はぁー、身体に染み渡る。純三さんの打った蕎麦も、蕎麦つゆも絶品だよ!
『喜んで貰えて良かった』
『これで商売ができそう!』
『それが、そうでもない。この町の奴らに食べさせても、不味くはないって言うだけだったからな』
『こんなに美味しいのに……』
『味覚の違いだろうな。蕎麦を打っても、殆ど自分で食べるだけだった』
『それは少し寂しいですね』
『そうなんだよ。だから、俺が蕎麦を食べるのも10年ぶりくらいだ』
『年越し蕎麦も?』
『勿論だ。独りで食っても味気ないだろ?』
『やっぱり、そうですよね……』
あたしが天ぷらを揚げたのも1ヶ月近くぶりだもの。
それから暫くは黙って蕎麦を啜った。
『この天ぷらは美味いなぁ』
純三さんがイカ天を頬張りながら呟いた。
『お口に合って良かったぁ』
『だけど、これが売れなかったんだって?』
『はい』
それは11月の下旬のこと。薩摩揚げとチーカマの売れ行きが順調で、資金的に余裕が出来ていたから、海老天と芋天を試しに売ったのだ。でも、それぞれ10食だけだったそれが売り切れたのは最初の3日だけ。2週間も経ったら全く売れなくなってしまった。
お客さんに勧めてみたことも有るけど、返って来たのが「それ、回復しないからなぁ」と言う答え。声を掛けてみたお客さんが魔法士だったからかも知れないけど、その言葉はショックだった。味なんて関係無かったんだよ!
だけど魔法士じゃなさそうなお客さんにも買って貰えなかったから、普通の天ぷらは売れないんだ、きっと。
まあ、魔法士のお客さんが多かった理由は判ったけどね。
そして諦観した。料理に魔力が宿るのを知った後も、今更だと思ったり、諦めてたりで、惰性のように同じ料理法のままだったけど、敢えて変えないままで続ける決心をした。
いつかはクーロンスの時のようになって、この町を出て行かなくちゃならなくなると思うけど、その時までは精々稼がせて貰おうと思うのさ。
ただ、その日は早晩来るだろうと予感している。
普通の天ぷらを揚げなくなったのもその日から。もう研究する意味も無いからね。
『天つゆが無い代わりに、塩胡椒で味をしっかり付けいたのが駄目だったのかな、とか。時間が経ったらどうしても衣が湿気て味が落ちるのが悪かったのかな、とか。色々考えてしまうけど、お客さんの目の前で揚げて、揚げ立てを食べて貰うようなお店じゃなければ解決しないことばかりで……』
『迷走してたんだな』
『そんな感じです』
少し愚痴になってしまった。口を開いたらまた愚痴になってしまいそうだから黙ろう。
折角の美味しい蕎麦なのだから、堪能しなけりゃ損だもの。
そして、来年が平穏な年でありますように。
そう言えば、去年も同じことを祈ったっけ。
◆
年明けは、1月2日の火曜日から営業。
商品は全て乾燥させたものにしてしまっている。それと言うのも、乾燥させたものが売り切れてしまって、苦情を言われることが多くなったから。
1日の作るのは合計で1200個になっていて、もうこれが限界。大きな鍋を新調して一度に揚げる数を30個にしているけど、成型に掛かる時間はどうにもならないんだもの。
その上に、乾燥していないものを提供するために一旦冷蔵して揚げ直す手間を掛けていたんだ。定休日以外は朝から晩まで働き詰めにもなっていた。
そんな中に苦情が来たから、ダメージが大きかった。だから開き直ったのだ。元々、薩摩揚げを売るようにしたのも拘りを捨てた結果なんだ。もう1つや2つ捨てたって大したことは無いさ!
はあぁ……。
そう、大したこと無いはずなのに、何故か溜め息は出るんだ。
1月8日には税金を納めに行った。11月から12月にかけて売り上げが伸びたことで、店を開いて3ヶ月間の利益は300万円くらいになった。その所得税に加えて、下町にも間口税や人頭税が掛かるから、税金の総額は67万円だった。
海老、イカ、キス、サツマイモの各種天ぷらと、かき揚げをあたしが担当して、純三さんが蕎麦と蕎麦つゆを担当する。つまり、年越し蕎麦を食べるのだ。
『こんばんはー』
『いらっしゃい』
純三さんの家に入ったら、蕎麦つゆのいい香りが鼻をくすぐった。
『まだ夕食の時間で年越しって感じゃないが、始めよう』
『はい。除夜の鐘も初詣もありませんから』
『そう言うこった。ついでにテレビも無いから歌合戦も見られないしな』
『歌合戦が好きだったんですか?』
『好きって訳じゃないが、他に見たい番組も特に無かったからな』
『あはは……』
話している間にも、純三さんは蕎麦を茹でている。
『もう直ぐ茹で上がるぞ』
『蕎麦を食べられるとは思ってもいなかったから、ワクワクします』
『ここじゃ、蕎麦の実は有っても麺にはしないようだしな』
『あたしには醤油が無かったから、麺が有っても一緒ですけどね』
『確かに醤油無しだったら難しいな。さあ、できたぞ』
純三さんが茹で上がった蕎麦をどんぶりに入れて、汁を掛ける。
今はまだ掛け蕎麦。天ぷらは別皿から好きなものを自分で入れるのだ。あたしは全種1個ずつ。
ずず……。
『美味しい!』
はぁー、身体に染み渡る。純三さんの打った蕎麦も、蕎麦つゆも絶品だよ!
『喜んで貰えて良かった』
『これで商売ができそう!』
『それが、そうでもない。この町の奴らに食べさせても、不味くはないって言うだけだったからな』
『こんなに美味しいのに……』
『味覚の違いだろうな。蕎麦を打っても、殆ど自分で食べるだけだった』
『それは少し寂しいですね』
『そうなんだよ。だから、俺が蕎麦を食べるのも10年ぶりくらいだ』
『年越し蕎麦も?』
『勿論だ。独りで食っても味気ないだろ?』
『やっぱり、そうですよね……』
あたしが天ぷらを揚げたのも1ヶ月近くぶりだもの。
それから暫くは黙って蕎麦を啜った。
『この天ぷらは美味いなぁ』
純三さんがイカ天を頬張りながら呟いた。
『お口に合って良かったぁ』
『だけど、これが売れなかったんだって?』
『はい』
それは11月の下旬のこと。薩摩揚げとチーカマの売れ行きが順調で、資金的に余裕が出来ていたから、海老天と芋天を試しに売ったのだ。でも、それぞれ10食だけだったそれが売り切れたのは最初の3日だけ。2週間も経ったら全く売れなくなってしまった。
お客さんに勧めてみたことも有るけど、返って来たのが「それ、回復しないからなぁ」と言う答え。声を掛けてみたお客さんが魔法士だったからかも知れないけど、その言葉はショックだった。味なんて関係無かったんだよ!
だけど魔法士じゃなさそうなお客さんにも買って貰えなかったから、普通の天ぷらは売れないんだ、きっと。
まあ、魔法士のお客さんが多かった理由は判ったけどね。
そして諦観した。料理に魔力が宿るのを知った後も、今更だと思ったり、諦めてたりで、惰性のように同じ料理法のままだったけど、敢えて変えないままで続ける決心をした。
いつかはクーロンスの時のようになって、この町を出て行かなくちゃならなくなると思うけど、その時までは精々稼がせて貰おうと思うのさ。
ただ、その日は早晩来るだろうと予感している。
普通の天ぷらを揚げなくなったのもその日から。もう研究する意味も無いからね。
『天つゆが無い代わりに、塩胡椒で味をしっかり付けいたのが駄目だったのかな、とか。時間が経ったらどうしても衣が湿気て味が落ちるのが悪かったのかな、とか。色々考えてしまうけど、お客さんの目の前で揚げて、揚げ立てを食べて貰うようなお店じゃなければ解決しないことばかりで……』
『迷走してたんだな』
『そんな感じです』
少し愚痴になってしまった。口を開いたらまた愚痴になってしまいそうだから黙ろう。
折角の美味しい蕎麦なのだから、堪能しなけりゃ損だもの。
そして、来年が平穏な年でありますように。
そう言えば、去年も同じことを祈ったっけ。
◆
年明けは、1月2日の火曜日から営業。
商品は全て乾燥させたものにしてしまっている。それと言うのも、乾燥させたものが売り切れてしまって、苦情を言われることが多くなったから。
1日の作るのは合計で1200個になっていて、もうこれが限界。大きな鍋を新調して一度に揚げる数を30個にしているけど、成型に掛かる時間はどうにもならないんだもの。
その上に、乾燥していないものを提供するために一旦冷蔵して揚げ直す手間を掛けていたんだ。定休日以外は朝から晩まで働き詰めにもなっていた。
そんな中に苦情が来たから、ダメージが大きかった。だから開き直ったのだ。元々、薩摩揚げを売るようにしたのも拘りを捨てた結果なんだ。もう1つや2つ捨てたって大したことは無いさ!
はあぁ……。
そう、大したこと無いはずなのに、何故か溜め息は出るんだ。
1月8日には税金を納めに行った。11月から12月にかけて売り上げが伸びたことで、店を開いて3ヶ月間の利益は300万円くらいになった。その所得税に加えて、下町にも間口税や人頭税が掛かるから、税金の総額は67万円だった。
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