ぬいぐるみとの約束

misa

文字の大きさ
3 / 19

森のささやき

しおりを挟む
森を歩くと、木漏れ日がやわらかな光の帯となって降りそそいだ。
葉と葉のあいだから差し込む光は揺らめき、まるで森が静かに息をしているみたい。
鳥のさえずりと葉擦れの音が重なり合い、どこか懐かしい歌のように響いていた。

風にのって、花の甘い香りがかすかに漂う。
その空気に、胸の奥が自然とあたたかくなる。

「すごい……こんな森、見たことない」
思わず足を止めて見上げると、ノアが笑って頷いた。

「ルミナリアの森はね、女神さまの祝福を受けた場所なんだ。
でも、気をつけて。魔物もいるから」

胸がどきりとする。ノアの袖をちょんと掴んだ、そのとき。

風に乗って、かすかなすすり泣きが耳に届いた。
シエルはぴたりと立ち止まり、耳を澄ます。

「ねぇ……ノア」
小さな声で呼びかける。
「今……悲しい声が聞こえた気がする」

ノアも足を止め、金色の瞳でシエルを見つめた。
「シエルはどうしたい?
危ないかもしれない。逃げてもいいし、助けたいと思うなら僕がそばにいる」

胸がぎゅっと縮こまる。
怖い、そう思った。
けれど、泣き声を思い出すたび、胸の奥が熱くなる。
 
「……ちょっと、こわい。
でも……やっぱり、助けたい」

ノアがそれを聞いてにこっと笑い、
「うん。それなら一緒に助けに行こう」

差し出されたノアの手を握り、声のする方へと足を進める。

さっきまで歌うように囁いていた森が、ふいに息をひそめたようにしんと静まり返る。
泣き声が、だんだんはっきりしてきた。

やがて茂みをかき分けると、そこには小さな妖精がうずくまって泣いていた。
透き通るような翅が震え、涙で頬が濡れている。

「妖精さん……?」
思わず声をもらした瞬間、妖精は怯えたように顔を上げ、シエルを見つめた。

そのすぐそばには、体を丸めて苦しげにうめき声をあげる白いきつねがいた。
ふだんなら雪のように美しい毛並みは、傷と血で汚れ、弱々しく身じろぎしている。
淡い紫の瞳がかすかに開き、シエルをじっと見つめた。
恐れではなく、どこか助けを乞うような静かな光がそこにあった。

「……きつねさん……」
シエルの声が震える。
妖精は必死に後ずさりしながらも、その瞳にはきつねを思いやる色が浮かんでいた。

ノアがそっとシエルの背を支え、囁いた。
「大丈夫。自分の心を信じてごらん」

シエルは小さくうなずき、胸の前で手を重ねた。
(どうか……しろきつねさんと妖精さんをたすけて)

手のひらから柔らかな光が生まれ、やさしい輝きが白きつねを包み込む。
光は羽のように舞い、傷をなぞるたびに痛みが和らいでいった。

「……なおっていく……」
シエルの瞳が驚きで丸くなる。

白きつねの苦しげな表情が少しずつ和らぎ、妖精が恐る恐る近づいた。
「……ありがとう……」
小さな声でつぶやいた妖精の笑顔に、シエルの胸があたたかくなる。

ノアが微笑み、シエルの頭を優しく撫でた。
「よくがんばったね、シエル。優しさも、立派な強さなんだ」

胸がじんわりと熱くなり、シエルはうなずいた。
次は……もっと勇気を出したい。

そう心に誓ったとき、森を抜ける風がそっと頬を撫でた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界リメイク日和〜おじいさん村で第二の人生はじめます〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
ファンタジー
壊れた椅子も、傷ついた心も。 手を動かせば、もう一度やり直せる。 ——おじいさん村で始まる、“優しさ”を紡ぐ異世界スローライフ。 不器用な鍛冶師と転生ヒロインが、手仕事で未来をリメイクしていく癒しの日々。 今日も風の吹く丘で、桜は“ここで生きていく”。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

魔女の祝福

あきづきみなと
恋愛
王子は婚約式に臨んで高揚していた。 長く婚約を結んでいた、鼻持ちならない公爵令嬢を婚約破棄で追い出して迎えた、可憐で愛らしい新しい婚約者を披露する、その喜びに満ち、輝ける将来を確信して。 予約投稿で5/12完結します

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

処理中です...