ぬいぐるみとの約束

misa

文字の大きさ
5 / 27

初めての村

しおりを挟む
木々を抜けて歩き続けると、森の空気が少しずつ開けていった。
陽の光が強さを増し、石造りの家々の屋根が並び、あたたかな気配が胸に広がっていった。
ノアが足を止めて、指をさした。

「シエル、あそこが村だよ」

胸がどきりと高鳴る。
新しい場所、人との出会い。
わたしの心は、不安と期待でいっぱいになった。

小道の先に見えたのは、こぢんまりとした石造りの家々。
屋根の並びは素朴で、どこかあたたかな空気が漂っている。
畑には風にそよぐ麦の穂が広がり、洗濯物が太陽の光を受けてやわらかに揺れていた。
ノアが足を止めて、にこやかに言った。

「ここで一息つこっか、シエル。どんな人たちと会えるか楽しみだね!」

知らない人と会うのは、やっぱり少しこわい。
けれど、その奥にある“はじめて”の出会いがどこか楽しみで、
緊張でぎこちない足取りのなかに、ほんの少しだけ力がこもった。

村の入り口が近づくにつれ、子どもたちの笑い声や、かすかなパンの香りが風に混ざって届いてきた。
体の中がふわっとして、思わずノアの手をちょんとつかんだ。

そのとき。
背後から落ち着いた声がした。

「おい、そこの子」

はっとして振り返ると、背に弓を背負った男が小道を歩いてきていた。
肩には狩りで仕留めたらしい獲物を提げ、日に焼けた顔は少し厳しげだが、目元はやさしい。

シエルは思わずびくりと体をすくめ、ノアの背に隠れる。

「大丈夫だよ、シエル」
ノアがそっと肩に触れて安心させてくれる。

男は足を止め、少し眉をひそめて言った。
「……君、ひとりか? こんな小さな子が旅をしてるなんて……危ないだろう」

シエルは喉がきゅっと締まって声が出ない。
おずおずとノアを見上げると、ノアがにこっと笑ってうなずいた。

勇気をふりしぼり、シエルは小さく口を開いた。
「……ひとりじゃないよ。ノアがいるから」

男の視線がノアに移り、一瞬驚いたように目を見開いた。

「……動く、ぬいぐるみ……? いや、そんなはず……」
それでもすぐに、シエルに寄り添うノアを見て、安堵するようにわずかに表情をゆるめた。。
 
「そうか……頼もしい相棒がいるなら、安心だな」
男は少し肩の力を抜き、シエルをじっと見つめた。

その瞳の奥に、ほんのわずかな戸惑いが揺れる。
まだ幼い子どもが旅をしていることに、理由があるのではと感じたのだ。

「けれど、この辺りは魔物も出る。危険な場所だ」
言葉を探すようにして、男は続けた。
「よかったら、俺の村まで来ないか。小さな村だが、休める場所くらいはある」

シエルは目を瞬かせてノアを見上げる。
ノアは金色の瞳をやわらかく細めて、そっと頷いた。

不思議と怖さがやわらいで、心がすこし軽くなる。
「……わたし、行ってみたい」
 シエルは小さな声ながらも、まっすぐにそう告げた。

男は微笑み、手で道を示した。
「こっちだ。安心してついてきな」

三人は小道を村の方へと歩き出す。
やわらかな風が背中を押すように吹き、どこか新しい予感が胸に広がっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。 やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。 自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。 彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...